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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十七章 『切り札奮闘記』
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第六百九十一話 『忘れちゃいけない、事らしく』

 まだ、仲間達は眠っている。セツナは誰よりも早く目を覚まし、ここは何処だろうと空を見上げた。また、覚えていない事を悟った。一人で鍵を虚空にかざし、セツナはゲートを潜りクロノの部屋を訪ねる。まだ朝と言うには早すぎる時間、星々が僅かに煌めいている時間だ。部屋の中では精霊達も眠りについていたが、フェルドだけは片目を開けてセツナを認識した。



「……随分早いな、思い出したか?」



「……うん、ごめんな起こして」



「気にするな、我等が寝坊助契約者の為に頑張ってる奴に文句なんて言えるかよ」

「もう三日続けてこんなだが、お前の記憶は本当に霞のようだな」



「うん、嫌になる……思い出せるだけ前よりずっとマシだけど、思い出せるからこそ毎朝胸に風穴が開く気分だ」

「けど、逃げないぞ、絶対に」



「……そうか」



「そうだ、私は切り札だからな」



 それだけ言うと、セツナは背を向けゲートの中に飛び込んでいく。山の天気に振り回され、セツナは三日間足止めを喰らっていた。既に魔石は十分過ぎる程集める事が出来たので、ヨナの指示のもと魁人達はスターライトクリスタル生成の為の場所を吟味していた。



「位置的には……この辺りか」



「多少歪でも私なら退かせますよ主君!」



「魔石の位置はインクが持ち上げれば条件満たせるかな?」



「そもそも自然発生のクリスタルは高所まで伸びた奴なんだろ? 俺が異分子扱いされねぇかそれ」



 あーでもないこーでもないと話し合う魁人達だが、肝心の切り札はここに居ない。賢くない勢の切り札は時間を無駄にしない為、山の生き物達相手に修行の真っ最中だった。





「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」





 そして今日も巨大サソリの尾に殴り飛ばされ、星にされていた。



「昨日も見たよこれ」



「一昨日もねー」



「セツナーーーーーーーーーーッ!?」



 色々な生物に悉く返り討ちにされ、切り札の耐久力が多少上昇した。



「ふざけるな! 心はバッキバキだ!」



「はい沁みるよー」



「うぎゃあああああああああああああああっ!?」



 タイナの肌から分泌された回復薬を頭からぶっかけられるセツナ。擦り傷だらけの切り札にとっては地獄のような一撃である。



「セツナ……根性は認めるがそろそろ痛々しいぞ」



「そうか、私も痛いよ……」



「そもそもこの辺の生き物は切り札ちゃんと相性悪いと思うなー、魔力絶ってもフィジカルが切り札ちゃん以上だし」



「うぐぐ、でも、私だってヘッポコ切り札だった時と比べて色々身についてるんだ、自然体だって気持ち出来てるし、ツイに教えてもらった剣術や足運びだって……」



「それを踏まえても勝ち目が見えないんだよなぁ……」



「一朝一夕には強くなれないと思うけどー」



「正論が胸を抉っていく……」



 落ち込むセツナだったが、そんな彼女の背後から木々を薙ぎ倒しながら星々誘いが姿を現した。この巨大サソリはレヴィの事を恐れているようだが、セツナの事は依然追いかけ回しているのだ。



「またこいつ……しつこい奴だ……!」



「切り札ちゃんをボールか何かと勘違いしてる説があるねー」



「ぶっ飛ばされすぎてもはや恐怖心はどっかに飛んでったね! 行くぞこんにゃろう!」



「あぁまたセツナちゃんが猪突猛進していくよぉ」



 突っ込んでいくセツナを迎え撃とうとサソリは右の鋏を振り上げる。振り下ろされる鋏を横っ飛びに回避するセツナだが、ドジが発動し足を滑らせた。



「どうしてこうもお約束を回収していくのかな、嫉妬の極みだよ」



「勝手に嫉妬するな! そう何度もドジしてたまるか……!!」



 剣を右手一本で持ち直し、左手を地面に付くセツナ。そのまま自分の体重を支え、華麗に空中で一回転、上手く着地に持っていけたら理想だっただろう。現実は左手首からグキッと嫌な音を響かせ、そのまま哀れに転がっていった。心無しかサソリすら転がっていくセツナを憐れむような目で見ている気がする。



「想定を更新していくドジっぷりだよ」



「あまり切り札を虐めない方が良いぞ、すぐ泣くからな」



「キシャアアアアアッ!!」



「待ってまだ手首が可哀想な感じで……あああああああああああああああああああっ!!!」



 こうして、セツナは星が輝くのを待つ間、自らがお星様にされる体験を何度も繰り返すのだった。そんな悲惨なお昼を経て、夕方……。



「結局セツナちゃんがボッコボコにされただけだったねぇ」



「経験は蓄積されたぞ……」



「ボロボロだねー……」



 燃え尽き、地面に突っ伏すセツナ。そんな無残な切り札をつっつくレヴィだが、少し疑問があった。




(…………傷の手当は丁寧且つ、鎌鼬の薬は高性能……それにしたって、頑丈過ぎない……?)




 ギャグ風にぶっ飛ばされていたとはいえ、空高く吹っ飛び岩壁や地面に何度も激突を繰り返していた。そもそも魔石を喰らって狂暴化している生物からぶん殴られているのだ、そこそこの耐久力なら普通に命に係わるダメージの筈なのだ。正体不明とはいえ、セツナも魔物、多少は頑丈といえるだろうが度が過ぎているように思える。




(……ゲルトでも殴られて血を流してたけど……なんか、なんて言うか……セツナは……)




 ダメージは負っているし、傷も出来る、血も流す。痛がるし、その辺はなんら生き物として不思議はない。だが、結果が伴っていないというか、違和感があるのだ。レヴィの目には、セツナの負傷は何かをカモフラージュしているような、薄っぺらの何かで何かを包み隠しているような、普通とのズレを感じさせるのだ。手当はしている、処置はしている、薬の性能も高いし治癒術の使い手も仲間に多い。だから傷が治るのは当たり前だ、当たり前なのだが……治りが早いとか、そういう問題ではなく、変なのだ。レヴィは黙って、セツナの腕を思い切りつねってみた。



「いだぁい!?」



「……痛い?」



「痛いけど!? 物凄く痛かったけど!? おま、滅茶苦茶赤くなってるけど!?」



「そっか」



「そっか!? おいこら待てレヴィ! 謝れチビ悪魔ぁ!!」



「よいしょ」



「なんでっ!?」



 突っ伏した体勢から飛び起き講義するセツナを突き飛ばし、その上に飛び乗るレヴィ。下敷きにされ蠢くセツナだが、その腕はもうつねった後が消えていた。治ったというより、その事実が無かったかのように。



(……封印、無効化、セツナの能力は、これっていう定義が無い、幅の広い力だって思ってたけど……理を捻じ曲げるレヴィだから感じる親近感……もしセツナの力も、何かを自身の思い通りにするような力だとしたら……)

「制限が無いのなら、それ自体にルールが無いのなら……そりゃ切り札だろうね」



「レヴィィィ……お前は今酷い事をしてるぞ…………」



「事実すら思い通りなら、それこそ世界のルールすら思い通りなら……世界そのものじゃんね」



「ボソボソ言ってないで退いてぐれぇ……」



「ねぇセツナ、そろそろお空に嫉妬しそうなんだけど、まだ星は出ないの?」



「そんなの私に言われても困るぞ、私だって早くクロノを起こしたいんだ、星が出るなら何でもしてやるよ」



「曇り空でも封印してみてよ、ズバッとさ」



「そんなの出来るわけないだろ……レヴィがやってよ……」



「流石に空を魔力で覆ってとか無理だよ、切り札の力に嫉妬させてよほらほらほらほら」



 無理やり立たされ背中を蹴られまくる切り札。強引な悪魔に乗せられ、セツナはヤケクソで剣を振るった。



「あぁもう晴れろこんにゃろおおおおおおおっ!」



 雲が散り、星が煌めく空が広がる。夕方だった筈だ、その筈だ。だけど、それを認識していたセツナとレヴィ以外、星空に疑問を抱いていない。



「わぁ主君! 凄いです綺麗です!」



「今夜はいけるかもしれないな、ヨナ様! どうですか!?」



「えーっと……ちょっと待って、今計算を……」



「…………あれ、……は、え?」



「やったなセツナ、今夜は晴れたし、星も沢山だ!」



「え、待って、まだ空赤かったはずで……みんなご飯の準備して……」



「………………本当に、そうなら…………」

「セツナ、あんたは……」



「うんいける! レヴィちゃんこっちこっち!」



 ヨナに呼ばれ、レヴィはゆっくりと歩き出す。混乱した様子のセツナの背中を、右手で引っ叩く。



「ぐえっ!?」



「シャキッとしなよ、切り札」

「あんたが覚えてなくても、あんた自身想像以上に凄い存在みたいだよ」



「え、え……?」



「でもそんなの関係ない、あんたが何であれ、あんたはセツナでしょ」

「レヴィ達もそうだよ、悪魔でも人でも魔物でも、レヴィ達はレヴィ達だった……そう在りたいって形があったんだよ」

「全部思い出す時が来てもさ、自分を手放しちゃ駄目だよ」

「自分を自分にしてくれる場所も、仲間も、手放しちゃ駄目、それさえ大丈夫なら、絶対大丈夫だよ」



「言ってる意味が……」



「今は分かんなくて良いよ、でも忘れないでね」

「無くしちゃいけないもの、絶対忘れないで」



 魔石を能力で一つにし、ヨナの計算した場所に配置する。星の光を一点に集中させ、レヴィはヨナの指示通り魔力と光を操り続ける。集中の反対が発動し、周囲の岩や魔石の欠片が粉々に散っていく。



(要求要素が多すぎるよ、悪魔使いの荒い…………けど、良いよ)

「大好きだから嫉妬する、嫉妬させてくれる奴の為なら、レヴィの力は何度でも、どれだけでも、巡り巡るから」



 もはや山頂と呼ぶに値しない、平坦な広場。その中心に星の光が集い、数多の属性の混合結晶が照らされる。凄まじい輝きが辺りを包み込み、属性色が白銀の光と化し一本の光の柱と成った。光の柱が溶けるように消えた後には、青白い月のような輝きを放つ水晶が宙に浮かんでいた。



「わぁ……」



「どれだけ長く生きても、今みたいな光景はそうお目にかかれないだろうな」



「これはお父様に自慢できそう……!」



「……呆然としてるところ悪いけど、これで次に進めるよ」

「ほらセツナ、これでマルスの器起こせるよ、さっさとティターニアにこれを届けに行くよ!」



「え、あ……あぁ……?」



 自分が何をしたのか理解する前に、物事が凄い勢いで進展してしまった。だけど、脳みそがたった一つ、一つだけ理解してくれた。これで、クロノを起こせるんだ。考えるのは、この際後でいい。ゴールはもう、目の前だ。




「やっと……叩き起こせる……」




 自分が助けると決めた、やらなきゃいけない、やると決めたんだ。やり遂げたって、初めて記憶に残せる気がした。切り札として、頑張ったって胸を張って言える気がした。そんなゴールが、目の前に見えているんだ。無表情に亀裂が入り、セツナの口角が僅かに上がる。心から、笑える気がした。顔を上げ、レヴィからスターライトクリスタルを受け取る。もうすぐ、もうすぐやり遂げる事が出来るんだ。





 セツナが大きな成長を遂げようとしている頃、大きな波紋が広がった。この世と地獄の狭間、流魔水渦のアジトが大きく揺れる。その揺れは、アジトに居る全ての者に伝わった。地震なんて粗末な物じゃない、ここは世界の狭間、この場所が揺れるという事は、世界が揺れているという事だ。



 異常を知らせる警報と共に、地獄の門が抉じ開けられる。欲のままに、絶望が溢れ出す。



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