第六百九十話 『山の天気は、複雑で』
「せいやぁ!」
岩壁から生えている魔石の結晶を力技で捥ぎ取る紫苑、彼女と魁人はたまたま見かけた洞窟内部を探索していた。
「環境はそのまま、上半分を失おうとも山の外側内側問わず魔石は自然発生しているみたいだな」
「今でも素材収集に来る人は居るそうですね、お姫様が言ってましたし」
「だがエティルの言っていた通り、魔石を糧にする生き物が多く生息しているからな……戦闘能力を持たない者にとってここは危険だ」
「だからこそ素材集め系の依頼は中々消えないわけだ、魔石は需要が高いから……高すぎるが故に、何に使われるのか、雇い主が善か悪か……結果が枝分かれしやすいとも言える」
「主君は色々考えちゃう人ですものね」
「己の行動が何かを決定的に変えてしまうと思うと、どうしてもな」
「そうする事しか選べないのに、選択肢が一つしかないのに、それでもゴチャゴチャ考えてしまう生き物なんだよ」
「……人も魔物も変わりませんよ、きっと大小含めれば……行動が何かに影響を与えないなんて有り得ないんです」
「だから、後悔しないようにえいっ! って気合いを入れて、頑張るんです」
「お前は強いな」
「主君が隣に居るから、です」
互いに視線を合わせ、気恥ずかしさにすぐ離す。片手で結晶を運ぶ紫苑は、空いた方の手をじりじりと魁人に近づけていく。
(私は何を……いえ、今は二人っきり……あわわ……でも、ひゃわ……)
湯気が出る程顔を赤くする紫苑だが、前方から気配を感じ取り即座に鬼の目つきに切り替わる。空いた方の手で魁人を後ろに引き、結晶を地面に置き前に出る。
「主君! 下がってくだうひゃあ!?」
そして蝙蝠の群れに怯んでしまう。焦って前方に突き出した全力の拳が空気を叩き、洞窟内に衝撃波が吹き荒れる。数体巻き込まれ、蝙蝠は迷惑そうに辺りに散り散りになっていった。
「魔物でもなく、ただの蝙蝠……うぅ、私は何を……」
(浮かれて気を抜いて……情けない……主君を想うのも、まずはやるべき事をちゃんとやってから……しっかりしろ紫苑!)
「主君! 気を取り直してどんどん魔石を集めましょう! 私まだまだ持てます、頑張れま、す……」
振り返った紫苑が見たのは、壁から足だけ生やしている主君の姿である。
「……主君?」
「……お前は、強いな」
魁人が己の能力、退魔の力で無効化出来るのは魔物からの能力や影響、ダメージなどだ。紫苑にぶん殴られても痛くも痒くもないが、吹っ飛ぶしそれで何かに激突したりすればその分の影響は普通に受ける。例えば、今みたいに思いっきり引っ張られ壁に叩きつけられるとこのように生け花のようになるのだ。
「あ、あ、あ、あ、あ」
「問題ない、ちゃんと生きている」
「ただ引っこ抜いて貰えると、凄く助かる」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
気合いを入れた結果、後悔することになった。この後も挽回しようと空回った紫苑の超パワーによって、魁人は傷だらけになっていくのだった。
その頃、外では台座と化した星海の山の上をヨナが駆け回っていた。
「インクインクー! また拾ったよー!」
「なんだって俺が石ころ集めに付き合わなきゃなんねぇんだ……」
「つうかここは本当に山なのか、途中までは山道登り道だったが……いざ上まで来てみりゃ平坦な広場じゃねぇか……」
「一体何があったらこうなるんだろうね、明らかに人工的に平べったいよ」
「ロクなもんじゃねぇのは確かだ、俺の勘がそう言ってるぜ」
「自然をこうも刈り取れば、そりゃあ歪で異質な光景が出来上がるってもんだぜ……」
拾い上げた魔石を広げた布の上に放り投げるインク、既に小さな欠片は結構な数が山積みになっている。
「こまごまとしたのは石ころの如く転がってるな」
「採掘された物の欠片かな、それともお食事の食べ残し?」
「まぁ、こんだけありゃ多少はそうなんだろうよ」
辺りには魔石の結晶が木のように無数に生えている。本来岩の中で生まれたり、壁から少し顔を出していたり、自然と自然の混ざり合いのように出来ていく魔石が、それ以外全てを取り払われたせいで植林されたような光景になっている。
「魔素が結晶化して次々生まれる魔石はともかく、消し飛んだ山は戻ってこねぇからな」
「これはこれで幻想的で綺麗だけどね、うーんつるはしとか欲しいよインク」
「お姫様がつるはし担いで魔石掘りかよ、世も末だぜ」
「石と木の棒で作れないかな?」
「お前の前に居るのは悪魔であってクラフターじゃねぇんだよ、土人種にでも頼んでくれや」
「私のお願いを叶えてくれるのは、インクが良いの」
「テメェの我儘の間違いだろうが、欲深い野郎だ」
「悪魔好みの生き方でしょ♪」
悪戯っぽく笑うヨナと、呆れたようなインク。平和な時間が流れるが、不意に地鳴りのような物が響いた。
「何かしら? 大きな音が下の方から……」
「お前ここが危険地帯って忘れてねぇか? 魔石を餌にする化け物の住処だぜ?」
「俺達だっていつ遭遇するか分からねぇんだぞ、言ってみりゃここは餌場なんだからよ」
「それは怖いね、頼りにしてるから」
「俺はテメェの方が怖いっつの……」
呆れを二乗させ、インクはヨナが夢中になっている魔石結晶に近づいていく。どう採取するか頭を悩ませる悪魔だが、その表情はどこか穏やかだった。一方、山の麓では穏やかとはかけ離れた切り札が全力疾走の真っ最中だ。
「おわああああああああああああああああああああああああっ!!」
「おおっと切り札ちゃん! ここ最近で最も早い! 風のように駆け抜ける!」
「実況してないで助けてっ!!!?」
青ざめた無表情で森の中を全力ダッシュするセツナと、クルクル回転しながら並走するように飛び回るエティル。そしてそれを追いかけている、滅茶苦茶おっきなサソリ。
「シャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「うわああああああああああああっ!! なんで!? なんで怒ってるの!? 助けて! 私はただの切り札だああああああああああああああああああっ!!」
「情けないね、切り札ならこの程度のサソリ真っ二つにして夕ご飯のオカズにでもしなよ」
「もうサソリ入りのパンは御免だぁっ!」
「え、何の話……?」
「シャアアアッ!」
「ぎえええええええええええっ!」
振り下ろされる鋏の一撃を、セツナは滅茶苦茶な態勢だが横っ飛びに回避する。その一撃は地面を抉り、喰らえば死ぬと切り札に確信させた。
「誰か助けてください」
「そのサソリは星々誘いって言ってこの辺に生息する危険生物だよぉ、お山があんなになっても、今日この日まで生き延びてるんだねぇ……住処を荒らされても逞しく生態系を維持してるなんて……自然と密に関わる精霊としてなんだか嬉しいなぁ……」
「助けろっつってんだよ!?」
「ちなみにその子は魔石が好物で、見ての通り甲殻が魔石パワーでカチカチ魔力モリモリだからちょっとやそっとのパワーじゃビクともしないよぉ」
「だろうなぁっ!! ツイ―ッ!! タイナァッ!!」
セツナのヘルプに応じ、木々の上からツイが両手から生やした鎌でサソリに襲い掛かる。しかし、ツイの鎌の方がへし折れてしまう。
「ッ!!」
「あちゃー……上の兄ちゃんくらいのパワー無いと、あれは厳しいかも……?」
「だったら……!」
砕けた鎌の欠片が黒く染まり、ツイが新たに生やした鎌と引き合う。態勢を整え、地面を蹴りつけサソリの真横まで飛んだツイは鎌を細長く変形させ、サソリの脚部の隙間を狙う。
「関節っ!!」
「シャガアアアッ!」
「すら、硬いっ!!!」
鎌が入り込まず、勢いに負けてツイが吹っ飛ばされてしまう。サソリは速度を落とさず、セツナを狙う。
「なんで執拗に私を狙うんだこいつはああああああああああっ!」
「セツナちゃんがこの子の上に座ったからじゃない?」
歩き疲れ腰を下ろした場所が、このサソリの真上だったわけだ。
「あ、そうだセツナちゃん」
「なに!? 今凄く余裕ないんだが!?」
「この子は食べた魔石みたいに甲殻ピカピカだけど、尻尾の先に魔石そっくりなキラキラな石を生成してね」
「うん!?」
「それで他の魔石大好きな子を釣って食べちゃんだよぉ、だから魔石だけじゃなくてちゃんとお肉も食べれるよぉ」
「その情報今いるっ!?」
「だから頑張ってなんとかしないとセツナちゃん食べられちゃうなぁって……」
「そろそろ本気で助けてええええええええええええええええええええっ!」
「むぅーどんなに大変でもクロノは簡単に助けてなんて言わなかったよ!」
「エティルちゃんも辛いけど……精霊は信じた人を苦難の道に突き落とすんだよ!」
「嘘だぁっ!!」
「鬼ごっこ、それは速度を追い求めた者が行きつく最果ての修羅……風を追い、風となりて、風を知れ…………えへへ、ちょっと格好いいエティルちゃんでした」
「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
エティルがアホをやっている間に、セツナが鋏にぶん殴られて星になった。
「うわぁセツナちゃんが!!」
鈍い音を立て、セツナが地面に激突した。泣き声が聞こえるので生きてはいるようだ。
「なんだかんだ言って頑丈だよね、セツナってさ」
「タイナ! セツナを! 治療を!」
「へいへーい」
「回復、回復ね……ま、それでいっか」
「シャアアアアアアアアアアアアアッ!」
怒り狂うサソリは目の前に降り立ったレヴィに狙いを定める。だがレヴィは一切怯まず、サソリに向かって右手をかざす。
「世の中全部、解釈次第、レヴィの嫉妬は巡り巡って、先を選べる」
「回復の逆はダメージ、レヴィが痛めばお前は癒される」
レヴィは自分の右手を、左手の指で軽く弾いた。デコピンの痛みはレヴィの右手にじんわり広がり、すぐに引いていく。
「レヴィの痛みが引けば、お前の癒しも反転する」
「元と逆の関係性はそのままに、だけどその大きさは、とっても理不尽に」
レヴィに襲い掛かる直前、サソリの身体が歪み、大きく吹き飛ばされる。甲殻にヒビが入り、その巨体が宙を舞った。
「『自己解釈の両天秤』……レヴィの解釈は、我儘で、なんでもありだよ」
生物として勝てないと悟ったのだろうか、吹き飛ばされたサソリはすぐにその場から逃げ出した。外殻の破片から魔石を削り取っていると、ツイ達がセツナを回収して戻ってきた。
「キュゥ……」
「傷は大したこと無いけど、セツナちゃんダウンしちゃったー」
「先が思いやられるね、こんなんでどうにかなるの?」
魔石集めこそ順調ではあるが、どうにかならないのが空模様である。日が暮れるまで魔石を集めたセツナ達だったが、夜になると曇り空で星が出ていない。
「こっからは運だな」
「カリアに寄ったのが無駄にならなくてよかったよ」
「まぁ物資が切れたらいつでもゲート開いて戻れるんだけどねー」
そんなわけで、星が条件通り輝くまでここを拠点にキャンプである。ここからは運と根気の勝負だ。
「私、明日覚えてるかな……」
「明日朝起きたら、セツナちゃんは一回クロノのところ戻ろうね」
「ぶっちゃけキャンプの意味ないよね、いつでも戻れるならさ」
「まぁ、無駄を楽しむ余裕って嫉妬しちゃうけどね」
「レヴィちゃんはこういう楽しさ、分かってるタイプだねぇ?」
「エティルちゃんも分かるなぁ、昔はみんなでこうやって……」
エティルの脳裏に、五百年前の記憶が蘇る。それは楽しくて、今は胸を締め付ける記憶。大切で、それでも今は気軽に語る気にはなれない程複雑な記憶。だから語るのは表面だけ、想いはまだ、奥底に。
「? エティル?」
「昔、ね……こうやってワイワイ楽しくやってたなーってさ!」
「今も楽しくやれてて、幸せだなってね」
「いつまで続くか分からないから、こういう時間は大切にするべきだよ」
「……大好きな人達に、時間に、嫉妬出来る時間なんて限られてるんだからさ」
「……大切を守る為に、その時間を長く続けられるように……私は切り札にならなきゃな……」
焚火を囲みながら、何やら神妙な顔つきになるセツナ達。今がどれだけ特別で、大切なのか。当たり前に傍にあるモノが、いつしか消えてしまう時が来るのなら。日々それに感謝する事は、大事な事だ。
「キャンプと言えばカレー! リベンジしまーす!」
「やめ、やめろテメェこらぁああああ!!」
仲間達に激震が走る。星は陰り、いつまで続くか分からない耐久戦が始まった。そんな中、毎晩魔王召喚に匹敵する儀式が行われるらしい。平穏はいつ終わるか分からない、だから当たり前に感謝し、それを守る為に戦うのだ。
「頑張ってセツナちゃん」
「セツナの切り札がみんなを救うと信じて」
「逃げるなお前等ああああああああああっ!」
当たり前は続かない、そんなの当たり前だ。だけど誰もが、それに気づかない。気づいても諦めない。幸せを当たり前にしたいと願い、それを欲して手を伸ばす。その欲は、捨てられない。




