第六百八十九話 『星はどうにも、陰りの先で』
「星海の山って、一体どういう場所なのでしょう?」
道中、紫苑が単純な興味で口を開く。その言葉にヨナが笑顔で振り返った。
「ふふふ、気になる?」
「えっと、少し……」
「あたしもさ!」
「えぇ……」
「行った事ねぇくせに思わせぶりに答えてんじゃねぇよ」
「うぐ……そ、それでもここに居る誰よりも知ってるもん、元の形が残ってないから文献情報持ってるあたしが一番の情報原だもん……」
「エティルちゃんは元のお山知ってるけど空気読んで黙ってるよぉ」
「空気読むって言葉が嫉妬しそうだよ」
「そんな馬鹿な!? あの山が消し飛んだのは五百年くらい前って話だよ!? そもそも原因不明だし山の上半分が消し飛ぶとか何をすりゃそうなるのってみんな信じてないくらいで……」
(原因不明……ルーンに関する色んな事が不自然に捻じ曲がってるのは薄々気づいてたけど……露骨だなぁ……)
(戻ったらみんなに話してみようかなぁ……けどアルディ君辺りが拗らせそうだしなぁ……エティルちゃん個人もなんか嫌な感じするし~……)
頭のアホ毛を左右に振りながら思考を巡らせるエティル、そんな彼女の顔をセツナが覗き込んでいた。
「ん? どしたの切り札ちゃん」
「……エティルは幾つなんだ? 五百……?」
「ふふん、まぁエティルちゃん含めクロノの精霊達はみーんな五百歳は超えてますけどー? その中でエティルちゃんが一番のお姉ちゃんなんですよ! ドヤヤ」
「五百歳ってもうお婆ちゃんだな」
「切り札ちゃんー? 種族によって年齢の基準とか違って来るからその呼び方はやめようね?」
「はい」
(怖い)
風が吹き荒れるのではなく、一瞬完全な無風になった。これ以上踏み込むと殺される、そう肌で感じ取った切り札は本能で己の未来を書き換える。それを見たヨナは感心するように息を吞んだ。
「凄いねインク……実力のある人って運命を視なくても変えたり避けたり出来るんだね!」
「うんまぁそれで良いよ、大体合ってるし」
「全然合ってないよ、セツナに実力なんて大層なものあるわけないよ」
「やかましいわ!」
「会話が脱線しまくっているが……結局どんな山なんだ? 星海の山ってさ」
「兄ちゃんも空気読めないねー、この脱線してダラダラグダグダな空気が良いんじゃんさー」
「分からんでもないがな、まったりした空気は良いもんだ」
「あ、主君お茶を入れましょうか?」
「質問した鬼ちゃんまでもが脱線していく! 待ってあたしの話を聞いて!?」
どこからともなく急須と湯呑み茶碗を取り出す紫苑と慌てた様子でそれを止めるヨナ、道中はこんな感じで何事もなく平和に過ぎていった。そう、嵐の前の静けさである。
「ん?」
「どしたのセツナ、ドジするなら先に言ってね」
「いや言えたら苦労しないんだが……なんか凄く嫌な予感がしてだな……」
「ふぅん? そろそろ一回転ぶんじゃない?」
「いやそういうのじゃなくでぶぁっ!」
足をもつれさせ、セツナは一回転式顔面着地転倒を披露してみせた。
「凄いよセツナ、予知能力にでも目覚めたんじゃない?」
「とても楽しそうで何よりだ……私は結構真面目な話をしてたつもりなんだけどさ……!」
「次からはそういう話を続けられるように体幹でも鍛えとくんだね」
手を引きセツナを立たせてやるレヴィだったが、一瞬その視線をセツナの背後に向ける。鼻を押さえ痛がっているセツナはもう感じて居ない様子だが、確かに先ほど妙な気配があった。
(…………悪意の匂い、一瞬だが確かに……)
「レヴィィ……鼻が痛いよぉ」
「……だらしないとこ見せてないで、もうすぐなんだから気を抜かないようにね」
「そろそろ見えてきてもおかしくないんだけどなぁ、上半分消し飛んでなかったら見えてたかなぁ?」
ケーランカから南東に位置する星海の山、そこから更に南東に下るとビーズ港に辿り着く。その為通り過ぎていた場合すぐにわかるのだが……。
「上半分が無くなってたとしても山だぞ? 下半分見逃すなんてあるか?」
「この中に方向音痴が紛れている可能性……」
「主君は違いますよ」
「セツナで良いんじゃないかな」
「なんで!?」
「大丈夫大丈夫、見えてきたよぉ」
上空に飛び上がったエティルから吉報が舞い降り、無事切り札の尊厳は守られた。確かに木々の向こうに大きな台座のようなものが見えてきた。
「存在感あるなあれ、明らかに自然に出来た形じゃねぇ……」
それは山の上半分を消し飛ばしたと表現するのが一番しっくり来るほど、不自然な形をしていた。何か、強大な力が山の上半分をそのまま切り離して持って行ったような、笑い話のようなふざけた事象の残していった置き土産というか……。
「もうあれ山じゃないよ、でっかい台座みたいだよ」
「物凄く不自然に上の方が平らだ……」
「不思議だねぇ」
そう呟くエティルは、何処か遠くを見ているようだった。
「うぅ、本で読んだ通りの形だ……あたしの思い描いてた登山は楽しめそうにないね……」
「こいつは何しに来てんだ……ん?」
呆れるインクだったが、足元に転がる石ころに何かを感じた。拾ってみると、それは魔石の欠片だった。
「おぉ、星海の山周辺には消し飛んだ上半分の残骸が飛び散ったって話はあながち嘘じゃないみたいだね」
「嘘みたいなお話ですねぇ……」
「時に現実は空想を超えるって事だな」
「星海の山は魔石が豊富に採れた山だったんだけど、その理由は環境と龍脈と風水とあれやこれやの条件が整っているからでね」
「興味ない部分うろ覚え過ぎるだろお前」
「うっさい! 昔はこう、ニョキニョキって魔石の結晶が生えてきて、素材採れ放題の楽園みたいな場所だったんだよ!」
「魔石食べる魔物ウヨウヨで、気軽に入れる山じゃなかったけどねぇ」
「あれ不穏な情報出てきたぞ?」
「色んな属性の魔石結晶が生えてキラキラ輝く山頂の景色は、嘘か真か幻想的な光景だったんだって……!」
「そうだねぇ、バリボリ結晶貪ってた子はキラキラ輝いて中々の強敵だったよぉ?」
「レヴィ! ツッコミ! レヴィ!」
「やだよ」
「複数の属性の魔石結晶が最高のバランスで混じり合い、天高くそびえ立ち、星の数、角度、光の強さ、何もかもが合致した時……複合属性の魔石結晶がスターライトクリスタルに成るんだよ!!」
「なるんだよぉ!」
「なるほど……つまり山が消し飛び魔石の数が減り、複数の属性の魔石結晶を用意できる環境でもなければ、そもそも上半分が消し飛んだ為恐らく物理的に高さも足りず、しかも星の気まぐれも必要と……」
「その何もかもレヴィがなんとかしてくれるんだな!」
「何でもは出来ないよ、嫉妬出来るものだけ」
「夜まで時間もあるし、星が煌めくかどうかも運任せ……嫉妬の大罪でどうにか出来る範囲までは、俺達も頑張る必要があるな」
「嫉妬出来る働き者で何よりだよ、実際無いもの出したりは出来ないからね」
星が出るかどうかは運任せになるが、せめて魔石だけでも揃えておきたいところだ。
「ケーランカで買い揃えておくべきだったのでは?」
「今からでもゲートで近くに飛んで買って来るくらいは出来るよー?」
「駄目だよ! 天然物でやらないと! スターライトクリスタルを作ろうとした人達が残した記録じゃ人の手が入った魔石じゃ上手くいってないの!」
「あくまで奇跡的な比率で自然に混ざり合った魔石じゃないと、成らないらしいの」
「その奇跡的な比率って分かってるの?」
「数値では覚えてるけど……」
「なら素材さえあればどうとでも出来るね、人の手が入った魔石を混ぜるよりかは、まぁ自然物混ぜた方が成功率高いと思うよ」
「入れるのは人の手じゃなく、悪魔の技能……奇跡的な比率で自然に混ざり合った魔石を不自然に練り出してあげるよ」
「自然の摂理すら、レヴィの嫉妬は思い通りだ」
「流石レヴィだ! さすレヴィ!」
「うおおお……不可能を可能にするパワーを感じる……これが未来を切り開いて行く者の輝き……!」
「ではやるべき事は、夜が来るまで魔石探しでしょうか」
「環境自体はまだギリギリ保ってるみたいだし、山の下半分や周辺探せば結晶を見つけられるかもな」
「出来るだけ多くの属性の魔石を、時間が許す限り集めよう」
「魔石を餌にする生き物も居るから、気を付けてねぇ」
「そういう子は大抵結構強いからさ、力を蓄えているのです!」
「あれぇ? また不穏な情報が出てきたぞ?」
「とりあえず手分けして効率よく行くか」
「インク! ワクワクしてきたね! 頑張ろうね!」
「元気だなお前は……」
仲間達がズンズンと山へ向かって歩いていくが、急に湧いて出てきた戦闘の可能性に切り札はビビり始めていた。
「待って! 切り札は油断するとすぐにやられちゃうぞ!」
「とてもじゃないけど切り札の台詞とは思えないよ……」
「心配するなセツナ、何があっても俺やタイナがお前を守る」
「まぁ切り札ちゃんとあたし達の仲ですしねー」
「ツイ……タイナァ……」
危険の中に放り込んでくる精霊達とは大違いなツイの対応に、セツナは感動で涙を流す。しかしそんなセツナの背後には嫉妬の大罪が迫っていた。
「嬉しそうだね、嫉妬しちゃうね」
「ぎゃあ悪魔っ!」
「その通りだよ、こんにちわ嫉妬の悪魔です」
「じゃあ過保護に甘やかされたセツナを虐めるのは、レヴィのお仕事だよね」
「やめろやめてーっ!」
「困難無くして成長はしないんだよ」
「ツイ! タイナ! 出番だ助けろ!」
「いやぁ……」
「勝ち目ないし、レヴィさんの言う事も一理あるしー」
「お前達の輝きは一瞬か!? アー―――ッ!!」
次回、採掘とキャンプと切り札と。




