第六百八十五話 『君に胸を、張りたくて』
「って事で! スターライトクリスタルだ!」
「どういうわけさ」
「っていうかその素材の山どうしたのぉ!?」
帰ってきたセツナとラズライトが抱えてきた希少素材の山を見て、エティル達はお茶会を中止して寄ってきた。
「お前等切り札を放置してお茶会ってさ……」
「人魚の宝玉をクロノに返さないとって思ったんだけど、この山も放っておくわけにいかないしな」
(この女王……見せろって言ったのに別に欲しいわけじゃなくて突き返してきたし……私の友達の頑張りの結晶だぞクソォ……)
「仮にも女王である我を差し置いて楽しそうな事してるねぇ、フェルルちゃあ~ん?」
「違うんです女王様! フェルルは脅されて!!」
「お仕置きする相手が変わるだけだよぉ? よく考えて喋るべきだと思うなぁ」
「脅しじゃんかぁ!! だめぇ! あーっ!」
フェルルを小さめな木の根っこで縛り上げ、そのまま全身くすぐりの刑に処す女王。彼女はそのままテーブルの上に着地し、お茶菓子を漁り始める。セツナもそれに続き、テーブルの上にマタンゴの蜂蜜ソースがけを並べた。
「なんだこれは……」
「これだけは保存が利かないから食べないといけないんだ……!」
「わぁ、主君主君、お洒落なお料理ですね」
(魔力が漏れてる……魔物で出来ている……)
退魔の使い手である魁人にとって、その気配は特別集中しなくても肌で感じるのだ。尚ちゃんと処理されているのでこの料理は人体に害はないし、美味しいし、なんならクロノでも作れたりする。セツナ達は紅茶のお供にマタンゴを食しながら、さっきまでの流れを整理し始めた。
「つまりかくかくしかじか、切り札は頑張ったわけだ」
「あのセツナが立派にやり遂げるなんてな……俺は嬉しいよ……」
「兄ちゃんは何処目線で語ってんの?」
呆れたような反応を返しているが、タイナも涙ぐんでいた。というかセツナを全力で撫でまわしていた。
「お前達もツイ達を見習って切り札を褒める事を覚えるべきだぞ」
「あはは、調子乗ってるよ滑稽だね」
「お前本当に嫌な奴だよ!」
「分かったよ、じゃあ撫でてあげるから頭出しなよ」
「え? 本当か!? レヴィが褒めてくれるのか? 明日は雨か!?」
「今日の天気も明日には忘れてるような奴が言うじゃんか……」
それでもセツナは嬉しそうに頭をレヴィに向けて差し出した。そんな警戒心の無い切り札の頭に、レヴィチョップが炸裂する。
「ぎゃん!」
「アホだねぇセツナはさ」
「お前本当に友達無くすぞバカ―!!」
ポカポカとレヴィに殴り掛かるセツナだったが、次の瞬間には関節技で秒殺された。切り札のギブアップ的叫び声が響く中、エティルはセツナの生傷が少ない事に首を傾げた。
「ねぇねぇクソゴミ女王様ー?」
「遠慮も敬意も全くないなぁエティルちゃんてばさ……我言うほど酷い事今回あんまりしてないぞー?」
「さっきセツナちゃん追いかけ回してたのに、随分手抜きしたねぇ? ルーンの時はあんなに元気よく襲ってきたのに」
「あれ? あの時襲われたの私の方じゃない? ってそれはいいや……別に手は抜いてないし何回かあの子吹っ飛ばしてるけど?」
(にしては、セツナちゃんピンピンしてるような……? 逞しくなったねぇって喜ぶより、流石になんか違和感が……?)
「ほらほら、情けなく許しを請うんだよ」
「ギブ、ギブゥ……! ってなんで私は虐められてるんだ! それより話を進めようよ!」
「話を逸らして逃げ出そうなんて卑劣な切り札だよ、まったく」
(事ある毎にセツナにじゃれついているようにしか見えないんだよな、この大罪可愛いな)
「極めて心外な波動を感じるよ、レヴィに失礼なことするとセツナが酷い目に遭うからね」
「なんで!?」
「……肝に銘じておく」
「ハッタリだったらどうするのさ兄ちゃん、わざわざ自分から暴露しなくてもさぁ」
「ハッタリじゃないよ、長く生きてるレヴィに隠し事とか通用しないよ」
「例えばお茶菓子の中に幾つか激辛が仕込んである事もお見通し、妖精の出してきた物を馬鹿正直に食べるとか悪戯の餌食だよ」
「ンぐッ!」
丁度エティルが食べたクッキーが当たりだった。仕込んだ張本人はまだくすぐりの刑で拘束されているが、風の流れが変わった事により笑顔も引っ込んでしまう。
「エティルちゃん辛い物嫌いなんだよねぇ……」
「女王様ーーーーーーっ! 離して助けてせめて逃がして―!」
「自業自得だしなぁ、それにエティルちゃんだしなぁ、逃げても無駄だし何より見てて面白いからこのままで」
「だぁめぇえええええええええええええええええええええええええええええっ!」
今、一人の妖精が風に呑まれて消えていく。巨大な竜巻が背後で荒れ狂う中、関わってはいけないと判断したセツナがキノコ片手に真面目な話を展開する。
「このまま脱線してると私の体力も持たないからな、兎にも角にもスターライトクリスタルだ」
「レヴィはどっかの山で夜にしか取れないとか聞いたことがあるよ」
「主君はどうですか?」
「俺も同じような情報しか持ってないな、魔物由来ではなく自然由来の素材だからあまり詳しくないんだ」
「ただ、魔道具や錬金術に用いられる高価な素材だ」
「見た目も美しく、装飾品に加工される場合もある……淡く光り続ける神秘の素材だとか」
「要は光る石ころだよ」
「魔力を含んでいる素材なら、それを狙う者が障害になり得るな……」
「あたし本で読んだことあるよー、お空に近い山で夜になると光り出す綺麗なやつだってー!」
「なるほど大体わかったな、ちなみにラズからヒントとかあるか?」
「あるわけないじゃん、面白いなぁ」
「あっても良いと思うよ……クソォ……大体なんでラズはその石ころを見たいんだ?」
「綺麗だし、月明りの結晶とか可憐な我にピッタリでしょ?」
「失笑だよ」
「ラズちゃんはもう少し自分を知ろう?」
「我に失言剛速球出来るのは己らくらいだよ、まったく……新鮮でワクワクしちゃうな!!」
「ある意味幸せな思考回路だな、妖精女王って」
「巻き込まれる方は堪ったもんじゃないだろうねー」
「で、どうするのさセツナ、目的地が曖昧だよ」
「うーん」
クッキーを頬張りながらセツナは考える、恐らくここで悩んでいても事態は進展しないだろう。なら、とにかく動くしかない。
「あの素材の山を私の部屋に運ぶついでに、アジトでみんなに聞き込みまくろう」
「分からない事は、みんなに助けてもらうんだ」
「……そうだな仲間を頼ろう」
「仲間、ね……珍しくセツナに真っ当な嫉妬をしたよ」
「私の仲間達は、凄いんだ、優しいし、凄いんだ」
「ラズ、果実を洗って待っていろ! お前の無理難題なんて私達が軽く捻ってやるぞ!」
「お前も寂しいからって変に絡んで妖精を困らせちゃ駄目だぞ! 大切ならちゃんと伝えるべきだ!」
「ぶほぉ!? またこいつ変な汲み取り方を……」
「それでも寂しいなら、私が遊びに来るから我儘ばっかり言っちゃ駄目だぞ!」
「!」
(…………うわ、ビックリだぁ)
(ルーンも、同じこと言ってたよね……鮮明に覚えてる)
『いつだって、何度だって、僕は君に会いに来る』
『また遊ぼう、気の済むまでっ!』
偶然だろうか、気まぐれだろうか、きっと違う。セツナは変わった、初めて出会った時よりずっと前向きになった。そして自覚があるのかないのか分からないが、方向性は影響を与えた者に良く似てしまったんだ。
「我に怯まず、また遊ぼうって……? 随分な変わり者だな」
「うーん、私が果実を使って起こしたい奴がな……きっとここに居たら同じこと言うと思ったんだ」
「あいつは人と魔物の共存が夢で、お人よしで、凄くて、私は何度も助けてもらった」
「だから、どうせなら、あいつと同じような道を辿って、起こしてやりたいんだ」
「あいつが起きた時、偉いぞ凄いぞって言ってくれるような道を進んで、胸を張って自慢してやるんだ」
「……うん、エティルちゃんもそう思う、クロノならきっと、同じこと言ってたよぉ!」
「同感だな」
「ですね、クロノ様ですしね」
この場に不在でも、想いを先導する者。女王は笑みを浮かべ、ふわりと飛び上がった。
「誰だか知らないけど、随分と高く持ち上げられてるなぁ」
「大口叩くなら、その覚悟が果実に見合うかさっさと我に見せておくれよ」
「そしてそのクロノとかいう奴と一緒に、また会いに来てよね」
「あぁ、絶対にな!」
「待ってろ! 石ころなんてすぐ見つけてきてやるぞ!」
セツナは鍵を使い、空中に渦を作り出す。素材の山を抱え、セツナ達は一旦情報収集の為アジトへ帰還する。去り際に手を振ったセツナに対し、ラズは素直な笑顔で手を振り返す。他意はない、真っ向から向き合い、受けて立ったんだ。堂々と乗り越え、また会いに来る。対等に紡いだ縁だから、知らず知らずに増えていく縁だから。自分はもう、それを見ないフリなんて出来ないから。大切に抱え、糧とする。大切は消えない、忘れても自分の中に溜まってる。いつかの芽生えに、備えてる。
渦は全てを、飲み込んで。




