第六百八十三話 『そういう奴しか、居ないので』
「そういえばティターニア様で思い出した! エティルさんさぁ、プラムちゃんって妖精知らないー?」
「クロノお兄さんの言ってた大会に出てあげてってお願いしてからずっと戻ってこないの、流石にダメダメで心配になっちゃうよぉ……」
「あぁあのツッコミスキルの高い子ならジパングでのほほんとツッコミの修行してたよぉ」
「ダメダメェ……何にもわかんないよぉ……」
「まぁ元気一杯って事!」
「そっかぁ! やったぁ! わーい!」
「レヴィ、私はどうすればいいと思う? こんな時切り札はどうするんだ?」
「無視だよ、無視」
ニコニコと飛び回るエティルとフェルル、楽しそうで何よりだが多分あのノリについていくと後が続かない。
「うあー! でもプラムちゃん居ないからフェルルが連れてくしかないー! ティターニア様に会いたくねー!」
「同胞にここまで嫌われているとは、噂に聞く以上に凄い女王だな……ティターニアってのは」
「妖精はその羽から取れる粉が高く売れるんでしたよね、主君も昔に退治依頼を……?」
「あまり良い思い出じゃないが、数回な」
「特に記憶に残ってるのは、ティターニアのお使いとやらの途中だった子に会った時だ」
「確か、『もう耐えられない、我慢の限界だ……私を殺してくれ』と縋るように退治を頼まれたんだが……あの時はジェイクが気味悪がって突き放したっけか……絶望の表情をしていたよ」
「フェルル気持ちは分かるなぁ」
「どんどん会いたくなくなってきたぞ……」
「あたしは逆に興味湧いてきたなー、やばかったら兄ちゃんにバトンタッチできるし気楽に行こうぜー」
「あのな……」
「まぁどう転んでも悪い事しか起きないしパパっと済ませよっか……ルルーナさーん? ちょいと行ってきますねぇ」
「私は何が何だか分からないけど、気を付けてね」
ルルーナ達に手を振り、フェルルはふよふよと泉に近寄っていく。セツナ達もそれに続くが、正直何処にどう向かうのかもあやふやだ。
「なぁ、ティターニアは具体的に何処に居るんだ?」
「ティターニア様と妖精大樹は基本的に何処にでもいるしどこからでも会えますよー」
「幻魔法で現から外れた特殊な次元の中に、ずーっとね」
「夢の中みたいな? だったらうちにもテイルって奴が居るぞ! 同じような事が出来るんだ!」
「あははは、現実世界に重なる幻の世界だよぉ? そんなぶっ飛んだもの作れる奴がそう何人も居たらフェルル驚いちゃうなぁ」
「本当だよ、テイルちゃんはエティルちゃんの友達でもあるし凄いんだよぉ」
「エティルさんの友達ならマジなんでしょうねーあははははー」
(この子はエティルに何されたんだ……?)
声を硬くしながら、フェルルは泉の傍で何やら魔力を放出する。空中に亀裂が入り、異なる時空への裂け目が現れた。
「これより先は我等が女王の領域、そして我等が御神木が在る場所」
「くれぐれも気を抜かないように……何よりも自分の身を優先して守ってね!」
「あれこれ失礼の無いようにとかって流れじゃないのか?」
「セツナはいい加減嫉妬を枯らすのやめてよね、言ったじゃん」
「ティターニアは害虫なんだよ……先手を打たれると尊厳が殺される」
「果実を頂戴ってお願いしにいくんじゃなくて、面倒ごとと果実を交換しに行くと思っておいた方がいいよぉ?」
「親切にはいどうぞ♪ とか世界が滅んでも有り得ないからねぇ」
「私達は何に会いに行くんだ? 女王様ってそんなに怖いのか?」
「だからうざいんだってば」
「いつもならだめだめーなんだけど、今回ばかりはフェルルも否定できないなー」
もはや何が何だか分からない、何に警戒しているのか分からない状態のままセツナ達は裂け目を潜り時空を跨ぐ。そこに広がっていたのは、現実よりも更に鬱蒼とした草木だった。
「森……? 泉も無いぞ」
「向こうに広場があるよー! 妖精大樹の広場ー!」
「本当はティターニア様の側近が十人くらいは居るんだけど、隠れちゃってるかなぁ」
「側近なのに女王の傍に居ないのですか?」
「傍に居ると身が持たないからね」
「えぇ……」
「そもそもどうして別の時空に? これほどの領域をずっと維持するのは相当な魔力が居るだろうに」
「妖精大樹を守る為だねー、妖精種はか弱い生き物だからさ、魔力が優れてるっていっても上は居るし、対策だって取れる」
「そんなフェルル達にとって、妖精大樹は生まれた時から傍に在って、他にはない凄い物でさ」
「本当に凄いから、追い詰められた時の切り札だし、交換材料だし、最後の最後に頼りにするもんなわけ」
「だから女王は全てを懸けて守るんだ、生涯を懸けて、己の世界で覆い隠して、代々ずっと……」
「女王はその役目を継ぐ時に妖精大樹の果実を食べるんだよ、生涯この領域を維持できるくらいの魔力を授かっちゃうんだから凄いよねぇ」
「実が出来るまで何年もかかるから、その間ティターニアの名を継いだ子はせっせせっせとお世話するの」
「私達そんな凄い物貰いに来たのか?」
「レヴィは昔奪いに来て酷い目に遭ったよ」
「うわぁ……」
「この領域にも不法侵入だったし、まぁ悪いのこっちだったけどさ……散々玩具にされたよ、妬ましい……」
「実が出来るまで何年もって……もし実が無ければどうしましょうか……」
「幾つか保存されてる筈だけどなー……ティターニア様漬け物とかにしてなければいいけど……」
「凄く大事な、神聖な物の話だったよな? 漬け物って聞こえたぞ?」
「クロノの為じゃなかったら絶対にエティルちゃんここに来てないからねぇ……出来るだけ喋らせないように開幕暴風で顔潰しとこうかなぁ……」
「そだね、開幕大事、先手必勝で舌でも抜こうよ」
「味方が怖いよぉ」
「セツナが泣きそうだ……」
赤いオーラを纏うエティルとレヴィに怯える切り札。落ち着かない道中だったが、森を抜け広場に出た瞬間切り札の顔色は大きく変わる。キラキラと輝く大樹が陽光を枝でかき分け、周囲に降り注がせている。幻想的で、とにかく綺麗で、言葉を失った。
「ひゃあ……」
「これは凄いな……現実じゃないみたいだ……いや、現実じゃないのか」
「ティターニアの領域で包み込んでるから、移動も自在なんだよぉ」
「本当に……この景色だけ見れば荘厳なんだけどねぇ……うざさがベルちゃんより数段上だからなぁ……」
「大きい樹だなぁ……凄いなぁ……」
「そうだろう、そうだろう、代々女王が世話をしてきた大樹だ輝きが違うだろう」
「うん、凄いぞ、感動した……」
「うんうん、素直な子だな褒めてあげよう、よしよし」
「あ、なんか凄く久しぶりに素直に褒められている気が……いったい、目が痛い! なんか凄く沁みるんだけど!? なんか汁が垂れてきてるんだけど!?」
「それなー、この果汁めっちゃ沁みるんだよー、あははは」
「あははじゃないんだよ! っていうか誰だお前ぇ!!」
少し目を離した隙に、またセツナが被害を被っている。普通の妖精より二回り程大きな妖精が、ふわりと一同の前に飛び上がる。
「懐かしき顔ぶれも居るじゃないか、良いぞ良いぞ心が躍る」
「特に……うんうん甘美な響きだ……記憶を、思い出を掘り起こすこの感覚、新鮮だよ、脳が普段と違った動き方をしているのがわかる、楽しいな楽しいなぁ!」
「懐かしき嫉妬の申し子、懐かしき風の迷い子、今日はなんと珍しい日だ、友人が訪ねて来るなんて!」
「死んでも違うよ」
「エティルちゃんのお友達リストに、貴女のお名前は無いかなぁ」
「むっ、良いのか? 我が機嫌を損ねると怖いぞ?」
「良いのか良いのか? ここから出られなくなっても良いのかぁ?」
周囲の景色が歪み、日の光は消え失せ空が赤黒く染まる。間違いなく彼女が妖精女王、機嫌を損ねると本当に何が起こるか分からない。自分達は今、彼女の領域内に居るのだ。
「信じられないくらい強大な魔力だ、刺激しない方が良い……!」
「主君、私が前に……!」
「ぎゃあああ! ツイ、タイナ! 助けてくれえええ!」
「ほらほらお仲間さんが怖がってるぞぉ? 良いのか良いのかぁ?」
「茶番は良いよ、レヴィお前が嫌いだって言ってるじゃん」
「エティルちゃんも同感かなぁ」
「おいおい! お二人とも挑発しすぎじゃ……!」
「むぅ……久しぶりなのに……」
「やだやだやだーーーー!!! 冷たいのもつまんないのもやだーーーーっ!!」
「いいもんね、へそ曲げた! そっちがその気なら……」
地面が蠢き、周囲の木々が鞭のように持ち上がる。全てが女王の思うがまま、ここはそういう世界だ。
「力尽くで遊んでもらうから」
「ほいセツナ、出番だよ」
そして女王の暴力の前に、セツナが蹴り出された。
「レヴィ?」
「見せ場見せ場、切り札ファイト―」
「お前本当に覚えとけよ?」
ツイやタイナが反応するより早く、セツナは女王の操る土やら木やらの攻撃に晒された。涙を流しながらも、セツナは恐怖で硬直することなく剣を振り抜く事に成功する。能力を断ち切るセツナの一刀は、女王の操る色々を切り裂き霧散させた。
「なっ……」
(死ぬかと、思った……)
「おー、やるね、嫉妬しそう」
「おま、おまえ……お前な……ほんと、本当に……」
「どうだティターニア、お前の能力を容易く消し去るこいつこそレヴィ達の切り札だ」
「存分に遊んであげるよ、この『切り札』がな」
呂律が回らないセツナに代わり、この嫉妬野郎は勝手な事を口走る。既に嫌な予感とかそんなチャチなもんじゃない何かを頭上から感じる。恐る恐る顔を上げると、先ほど見た妖精大樹が霞むほどキラキラと目を輝かせる女王がそこに居た。
「面白い! 面白い面白い、凄く、面白いぞ!!」
「お前! 切り札とかいう奴! 今日からお前は友達だ! 我を楽しませよ!」
「絶対に、逃がさないからな……! 久しぶりの来客だ、楽しみ楽しませ、尽き果てろっ!」
「クロノ、助けてくれえええええええええええええええええええええええええええええっ!」
逃げ場の無い領域内で、切り札の悲鳴がこだまする。クロノを救う最後の試練、早々に切り札は生贄に捧げられるのであった。




