Episode:カルディナ ⑫ 『今、交差する』
セツナ達がアノールド大陸に渡っている頃、残る大罪達は流魔水渦のメンバー複数人を引き連れジパングを訪ねていた。
「見張りって言うけどさー、正直お前等って寄せ集めだよねー」
「面倒だからしないけど、俺達が暴れたらお前達じゃ抑えられないでしょ」
「言い返す言葉も、実力もないです……」
後ろをついてくる獣人種は、明らかに委縮していた。プラチナは溜息を付くが、歩くのが面倒な彼はディッシュの木の枝のような翼に絡まるようにしている。当然その姿には威厳もクソもなく、強者の圧+困惑からの萎縮だった。
「まぁそう警戒しなくてもいい、万が一こいつらが変な事をしたらおれが抑えよう」
「お前はどっちの味方なんだドゥムディ、面倒くせェなァ」
「マルスもレヴィも居ないんだ、面倒くさがりなお前達をどうにかするのはおれの役目だろうに」
「せっかく今の世で得た縁を無駄にはしたくないし、お前達とももう離れ離れはごめんだからな」
「守りに入って被ったクソな現実を忘れたかよ、お前の欲は本当に厄介だなァ……」
「そんなに大事かね、強欲のままに得た全てが」
「当然だ、おれの優先は欲して得た全てだ」
「大体今回の案はお前が出したものだろう、なんだかんだ言ってお前もツェンを放っておけないんだ」
「はァ? ボクはただマルスが起きる前に全員揃えて寝坊助クソ役立たずって煽ってやりたいだけなんだよなァ!」
「なんでもいいから終わらせて帰ろうよー……面倒なやり取り聞いてるだけでダルゲロ吐きそうー……」
「テメェ人の翼にゲロ吐いたらお前の布団八つ裂きにするからなァ」
「は? 人の聖域に踏み込むなよカス悪魔が、火種にすんぞ」
「悪魔が聖域とか言うなよなァ……そのやる気別の事に向けれねェのかよマジで」
前を歩く大罪達のくだらないやり取りに対し、流魔水渦のメンバーは動揺していた。話に聞いていた危険な悪魔、それこそ物語に出て来るような大物だ。そんな彼等は布団や枕をかけて言い争っている、自分達は何を見せられているのだろうか。
「あのー……」
「なんだよモブ野郎、今こっちは忙しいんだよなァ」
ディッシュは木の枝のような翼を操り、寄生している怠惰を締め上げている最中だ。もがく怠惰が視界にちらつき非常に気になるが、見張りの一人が意を決して話を切り出す。
「ジパングには、何をしに……?」
「はァ? そんなもん決まってんだろうが」
「いや、おれ達も何も聞いてないぞ」
「お前が策を変えるって言って勝手に動いたんだろ、おれ達は付いて来ただけだ」
「はァ!? じゃあなんで聞かねェんだ!?」
「お前を信用しているからな」
「めんどーだからー」
「あァクソが、中継役が居ねェとこうも……!」
「流石引きこもりレベルが俺の次に高いディッシュさんですねー、コミュ力低すぎて笑う」
「こいつどっかに捨ててきて良いかァ?」
「感情で動く奴が多すぎて大変だな……全く……」
「ゴーレムが一番冷静で盤面見てるの、普通に考えると凹むよねー」
「それこそ今更だなァ……」
「あァ脱線してしょうがねェ……なんだっけかジパングに来た理由だっけかァ?」
「あ、はい……一応見張りって感じで来てますけど、そもそも目的もあやふやで」
「そんなんで良くボク達自由にぶらつかせるよなァ」
「まぁなんだかんだ言って割と信用されてんでしょ、組んでる間は敵対しないってさ」
(そりゃ枕で買収される怠惰とか警戒する方が難しいですし……)
プラチナは朝昼晩と違った枕を抱いて寝ているが、あれは流魔水渦から貰ったものだ。だらける環境を整えるだけで、怠惰の機嫌は簡単に上がっていく。
「傲慢、ツェンをそろそろ本気でとっ捕まえる為だなァ」
「ツェンの狙いは絞れてる、先回りは十分に可能だってのは今までの検証で分かった」
「だが、全力で抵抗するあいつをぶっ殺すんじゃなくとっ捕まえるってのは少しばかり分が悪い……しかも今はレヴィも居ねェしマルスも寝てる」
「地獄で動きもあったらしいしな、ミライの方も何かあるなら……ツェンにこれ以上手間取るわけにはいかないな」
「しかも戦ってる最中に高確率で器の人格が出てきちゃうしねー……面倒で仕方がないよ……」
「ツェンの器に関しちゃ良く知らんが、ツェン以上に暴れる上に戦い慣れしてやがる、ボク達複数相手は分が悪いと思ってんだろうな、逃げが上手くて厄介極まりない」
「はぁ……傲慢の器になってる男は元討魔紅蓮の八柱なんですけど……大罪さんと接点とかないですしね」
「そう言う事だ、勿論話も通じねェ、出てくる前にツェンを説得しようとしたが聞く耳持たずで延々いたちごっこだ」
「だから切り口を変える、お前等流魔水渦の纏めた情報に使えそうな駒があった」
何枚かの紙切れに目を通しながら、ディッシュは目の前の長い階段を睨みつける。耳を澄ましてみれば、上の方から爆発するような音と悲鳴が聞こえてきていた。
「うわぁ、寿命が縮みそうな階段……」
「確かに上からこの世の地獄みたいな悲鳴がしているな……」
「俺達大罪には縁が無くても、ツェンの器と因縁がある勇者……どっちが先に勝負を決めるか知らず知らずの内に競う形になってたが……この際使えるモノは何でも使う」
「共闘と行こうじゃねェか……どんな奴か知らねェが利用させてもらうぜェ……!」
舌なめずりをしながら階段を上るディッシュだったが、彼が階段の先で最初に見たのは蹴鞠で遊ぶ竜人とチビ狐だった。
「ポーン、ポーン!」
「毎日毎日飽きもせずに良くやるなぁ……」
「けまりもしゅぎょー!」
「リューカちゃんは違うと思うけどなぁ」
「…………」
「本当にここであってるのか?」
「ディッシュー?」
「そこの女ァ! ここに勇者が居る筈だ! 出せ!」
(絵に書いたような悪役ムーブなんだけど、突っ込むのめんどいしいいや……)
尚、巻き込まれないようにプラチナはディッシュの翼から飛び降りた。更に言うなら後ろに並ぶ流魔水渦メンバーの影に隠れる位置に移動していた。
「悪魔……? 突然現れて結構じゃないか、どっちに用か知らないが、用件によっちゃここを通すわけにはいかないな」
「こんにちわー!」
「あぁ! こんにちわ!」
「モブに話す事は何もねェなァ……面倒だ押し通らせて……」
「わーわー!! なんで喧嘩腰なんですかぁ!」
「すいません流魔水渦です! カルディナさん達に用があってきました!」
「はぁ? ならそう言えよ……」
「言ってんだろうがァ!!」
「言ってなかったですよっ!?」
「ね? こいつらといると面倒で疲れるでしょ?」
プラチナの呟きに思わず頷きそうになりながらも、なんとか仲介役に徹して話を纏めるモブ流魔水渦達。今は名もなきモブだが、彼等はこの後とても活躍する事になる。
「カルディナ達なら向こうで修行してるよ」
「してるよー!」
「修行か! 中々活発で良いじゃないか! 向上心は尊いものだ!」
「悪魔が尊いとか言うなよなァ……」
「ねぇ面倒で言いたくないけどさ、向こうって悲鳴聞こえてる方だよね?」
「あぁ……慣れ過ぎてて気づかなかったぜ……可愛いリューカちゃんが悲鳴慣れとか引くよな」
「引くね、悲鳴が日常化してるここやべぇよ」
「誰の悲鳴か知らねェが……こんなやべェところで修行してるなら目的の勇者はさぞ屈強な化け物なんだろうなァ……ツェンの器にあてがうんだ、それくらいじゃねェと話にならな……」
「この悲鳴ならこの先に居る勇者二人のもんだぜ」
「あ?」
林を抜け開けた場所が見えた瞬間、何か人型のようなものが二つ左から右に飛んでいった。悲鳴すら置き去りにしたそれは、木々をへし折りながら鈍い音を鳴り響かせている。
「ねぇ面倒抜きにして帰らない? 俺達の生きてた頃より殺伐としてない?」
「生き物があんな重い音を出すか……? 妙だな……」
「おいこら、折れない心、強い精神力を兼ね備えた優秀な勇者って書いてんぞ、ガセ情報掴ませたのかァ!?」
「纏めたの僕じゃないですし!! 情報班に言ってくださいよぉ!?」
「ん? あれ? 大罪達やん! なんでここに? ちょっとちょっとうちの新入り達虐めんといて!」
修行に付き添っていた雪奈がこちらに駆け寄ってくる。早速事情を話すと、少し困ったような顔をされた。ちなみにディッシュじゃ話にならないので流魔水渦メンバーが説明した。
「んー……協力するのは良い事やと思うよ、どっちが先にーって慌てる必要なくなるからな」
「けど見ての通り、まだこっちの修行は完璧やないんよ」
「それに……カルディナの気持ちもあるからなぁ……」
「そこは話し合いで折り合いを付けれるとこちらもありがたいな、こっちの目的はツェンの捕獲だ」
「ツェンはこっちでなんとかする、そこさえ何とでもなるなら幾らでも譲ってやるからなァ」
(なんや、想像よりずっと話が分かるやん……)
「あー……せやったらカルディナと直接……ん、ちょいあかん!」
突然雪奈が駆け出したと思ったら、次の瞬間離れたところから赤い柱が上がる。ディッシュ達が一斉に警戒するほど、強く濃い力が周囲を包み込む。
(なんだァ? 感じた事のねェ力が……)
「うおおおお! ユッキーアイスバリアアアアア!」
雪奈が氷の壁を作り出すが、それが一撃でぶち抜かれた。
「あかん! リウナちゃんストップ!! 待て! お座り!」
「ここぞとばかりに犬扱いするのやめろっ!!」
「止めたいのは……こっちも……うわああああああああああああああ!?」
赤黒く光る爪のような武器を右手に装備したリウナが、その爪に引きずられるように氷を突き破ってきた。地面に着地した後も、爪に引っ張られるように暴れている。
「畜生こうなったら……即席スケートリンク!」
「うわ馬鹿加速乗ってる時にこれはぶべら!?」
「今や! 九曜さん! シズクちゃん!」
速度のままに転倒して滑っていくリウナ。動きが止まった一瞬を狙い、何者かが飛び上がる。八つの尾を生やした獣人種が、倒れているリウナ目掛け水体種を投げつけた。
「うおー! お助けシズクアターック!」
「他に方法ねぇのかよおおおおおおお!」
水体種に取り込まれたリウナの悲鳴がこだまする中、八尾がディッシュ達の前に降り立った。
「全く面倒な来客ばかりですね……今度は悪魔ですか」
「訪ねてきたことを後悔しそうになってるぜェ、なんなんだここは」
「四天王と女装巫女が名物の至って普通の社の裏側ですが?」
「狂ってるなァ」
「してんのうの茜でーす」
「え、こっち!?」
困惑しながらも、訪ねてきた理由を九曜にも話す。ちなみにディッシュじゃ話にならないので雪奈や流魔水渦が説明している。
「それなら当人にどうぞ」
「うわぁ投げやりー……」
「当人は何処なんだ? 姿が見えないが」
「さっき飛んでった子の片方や」
「よりにもよって飛んでった奴なのか……違って欲しかったなァ……」
溜息を付くディッシュだったが、丁度そのタイミングでガサガサと木々をかき分けるような音が割り込んできた。どうやら吹き飛んだ二人が戻ってきたらしい。
(ツェンの器と因縁があるらしい勇者……奴を餌にあてがえば逃走を防ぎ、戦闘に持ち込めると思ったんだがなァ……現状役に立ちそうもな……)
戦闘の経験値は、かなりある方だ。ディッシュ含め大罪の悪魔達は人間時代から相当な場数を踏んでいる。それなのに、知らない。先ほどの赤黒い爪が纏っていた力もそうだが、経験の中に存在しない異質な力を感じた。知らないとは、未知とは、恐怖である。そう感じてしまうほど、大きな未知。林の中から現れた二人から、大罪達は知らない何かを感じた。
「最近、なんで今ので死んでないんだろうって不思議に思うんですよね……」
神を宿し、着実に神獣の隣に近づきし者。
「あはは……毎日これならさ、暦さんは確実に普通じゃないです……」
「あーーークソー! 平凡脱却遠すぎるーー! いちち……」
そして、想いを貫きし者。右目だけだった変化は、今は両の目に。世界の秘密の一つ、勇者技能、目覚めた者の中でカルディナは最もこの力を研ぎ澄まし、鍛え上げた。彼女はまだ気づいていない、平凡、普通、そんなもの遥か後方に置き去りにしている事に。
「あれ……? お客さんかな……?」
「居るじゃねェか、使えそうな化け物がよォ……!」
今ここで、新たに道が交差する。




