第六百七十七話 『ラストスパート』
帰って早々にディッシュを大罪達に返却したセツナ達、改めてレヴィを加えクロノの部屋へ戻ろうとしているのだが……。
「なんで切り札がレヴィをおんぶしなきゃなんだ!」
「レヴィはあのクソボケ傲慢野郎に振り回されて疲れてるんだよ、切り札なら少しくらい頼らせてよ」
「う、ぐぅ……頼り、私は頼りになる切り札……ま、まぁそこまで言うなら仕方な……」
「今のところマイナスの方でかいんだからさ、早く嫉妬させてよね」
「振り落してやろうかこの野郎!」
「出来るもんならやってみなよレヴィより非力な癖にさ、ほらほら」
「ぐえええ!」
「仲良いね君達」
背後でセツナが締め落とされかけているが、アルディは適度に対応しながらクロノの部屋を目指す。途中レヴィを背負ったままセツナが転倒し波乱があったが、何事もなくクロノの元へ帰還した。
「ドラゴン戦よりダメージを受けたぞ……」
「無駄に酷い目に遭ったよ、自分で歩けば良かったよ……!」
「よりにもよって階段の最後の段で転んで一番下まで転げ落ちたからね」
「上った時より段数が増えてたよ……相変わらず狂った空間に嫉妬する」
「心配するどころか噴き出したアルディも相当狂ってると切り札は思うんだ」
「ごめんごめん、予想通り過ぎてつい、ね?」
「ね? じゃないんだよ! 大体お前の無茶ぶりのせいで寿命がどれだけ縮んだと……」
「みんなただいまー、無事に帰ったよー」
「こんにゃろ!」
部屋の中へ入っていくアルディに殴り掛かるセツナだが、当然のように空振りしその勢いのまま地面を転がっていく。
「うわああ!!」
「わぁ、セツナちゃん元気いっぱいだねぇ!」
「逞しくなったものだよ、ドラゴン戦でも大活躍だったから次も期待できるんじゃないかな」
「そりゃあいい、精々鍛えてやれよエティル」
「どうして一瞬で切り札を虐める流れを生めるんだお前達は!」
「……でも、本当に頑張ってる……起きたらきっと、クロノも喜ぶ……」
「…………まぁ頑張らない事もないな、なんせ私は切り札だからな!」
(単純すぎて嫉妬も呆れるよ……)
「それはそれとしてクロノはどうだい? いい加減何か反応とか」
「たまに苦しそうにするくらいだな、悪夢でも見てんのかね」
見てるのは他人の過去で、悪夢より恐ろしい実戦形式の修行をしているとは精霊達ですら思うまい。実際問題精霊達が関与できる層より更に深い深層精神での出来事なので、感じる事すら出来ないのだが。
「苦しんでるのか……もう少しで起こせるからな、頑張るんだぞクロノ……」
「マルスも一緒なのかな、なにしてんだか……」
器を全力でボコボコにしているのだが、勿論そんな事レヴィにだって分からない。
「切り札がこんなに頑張ってるんだ、起きたら褒めないと泣くからな、このこの」
寝ているクロノを揺さぶるセツナだが、クロノも現在進行形で頑張っている、死に物狂いで。
「ところでディッシュ君じゃなくてレヴィちゃんと一緒って事は~?」
「うん、僕の番は終わって君の番だよエティル」
「って事は遂に最後だねぇ! 最後の精霊はみんなのお姉ちゃんことエティルちゃん! 大船に乗ったつもりで頼りにしてよね!」
「安心しろ、誰が一緒でも舵のぶっ壊れた船の気分だ! 頼りにはしてるが安心は全然してないぞ!」
「失礼な切り札だぜ」
「心外……沈めようか……」
「そういうところだってんだよ!」
「コントは良いから、本題を進めようよ嫉妬するよ」
「構ってあげないと嫉妬するってさ」
「……それこそ心外だよ」
口ではそういうが、レヴィはさっきからセツナのすぐ横から離れようとしない。大罪の中では一番セツナと距離が近づいたのは間違いなくレヴィだろう。一緒に居た時間が一番長いのもそうだが、何か通ずるモノがあるのかもしれない。
「妖精大樹の果実はその名の通り妖精大樹に実る果実、妖精女王ティターニア管轄の筈だよ」
「ティターニアは普段現実世界とは別の次元に住まう幻魔法の達人、レヴィ達の時代から代替わりしてたりするのかな?」
「シルフは普通の妖精種と住んでる場所も暮らし方も色々違うからエティルちゃん詳しくは知らないなぁ、少なくても代替わりはして無い筈だよあのロリババア」
「相変わらず君はあの子嫌いなんだね……」
「性格が合わないんだよねぇ……!」
「なんだそっちも顔見知りなんだね、嫉妬しちゃうよ」
「レヴィも会った事あんのか、普通に生きてりゃまず関わり合いになんねぇと思うが」
「レヴィ達は普通じゃなかったし、レヴィは悪魔堕ちする前ドルイドだったんだよ? 妖精の導きがなくっても領域に踏み込むなんて簡単だったね」
「穏やかじゃないぞ……レヴィはなんでそんな事したんだ……?」
「……マルス達が大怪我したから、普通の回復魔法じゃダメだったから、妖精大樹の果実を求めて……」
「あの時はディッシュと二人だったから、手探りだったし大変だったから思い出したくもない…………何? その目、むかつくんだけど……」
「レヴィは良い子だ……!」
「ていっ」
「痛ッ!? 凄い痛いっ!?」
切り札の向こう脛が嫉妬の蹴りにより撃ち抜かれた。会話の途中だが切り札は痛みの為少々悶絶離脱となる。
「とにかく、果実を手に入れるにはティターニアに会いに行くか、会いに行ける奴が必要って事」
「けどレヴィ達が聞いた話じゃ妖精の泉は今は無くなってるって……」
「だったらこっちのつてを使おう、確か空蝉の森の妖精ちゃんがティターニアと連絡が取れるって言ってたよね」
「脅してでも会わせて貰おう―♪」
(たまに出てくる……ダークエティ……南無)
「方法は問題ないわけね、じゃあ後は出発条件の仲間探し?」
「大罪からはレヴィちゃんで、精霊チームからはあたし! 後は絵札の人と流魔水渦から最低二人!」
「流魔水渦に一時的でも所属、協力態勢って括りでも良いらしいからな、クロノの友達が見つかればそこはすぐだろ」
「じゃあ後は絵札のケルベロスから誰がいつ来るかだね」
「少なくてもすぐに出れるわけじゃないね、レヴィも疲れてるしセツナもボロボロだしとりあえず少し休むかな」
「私は元気だったのにお前に瀕死にされたんだよ!!!」
「転がってる途中で何回か色んな場所にぶつかって勝手にボロボロになっただけでしょ、八つ当たりは嫉妬だよ」
「脛が痛いんだよ!! まだ! 痛いんだよ!!」
「そこは急所だからね、じゃあレヴィ寝るから行くとき起こしてね」
「覚えてろーーー!」
こんなノリで解散したわけだが、結局寝て起きてもレヴィの元にセツナは現れなかった。大罪達も戻っておらず、一度クロノの部屋を訪ねたがそちらにも顔を出していなかった。
(絵札も地獄から戻ってないらしいし、仲間探しが終わったわけでもない……ならあのポンコツ切り札はまだ寝てるのかな、レヴィより長く寝るとか嫉妬だから蹴り起こしに行こう……)
セツナを探しふらつくレヴィだったが、数分彷徨った辺りで入口の大きな空洞のような部屋に辿り着いた。中を覗くと、セツナが二体の鎌鼬と戦っていた。
「何やってんのあの切り札……」
足元には水が張っており、戦っている三名の移動の跡が目で追える。セツナは必死に食らい付いていってるが、男の方の一撃で剣を跳ね飛ばされた。
「良くはなっていってるけど……やっぱ二対一じゃ限界があるぞセツナ」
「特に小さい兄ちゃんはあたし達の中で一番早いし、無茶だと思うなー」
「というか……一回休まない? セツナちゃん息切れ凄いよ……?」
「まだ、足りないんだ」
「忘れた分を思い出すかもなんて、待ってられないんだ……忘れた分より、もっと、沢山積み重ねる……」
「私、もっと頑張りたいんだ……ツイ、タイナ……! だから、頼むから……もっと……!」
「うー……」
「…………構えろセツナ」
「うえ、兄ちゃんマジで言ってる!? あたしのセツナちゃんメモリーの中でも一番のオーバーフローですが!?」
「地獄の果てまで付き合うと、俺はあの時誓ったんだ」
「もう二度と違えない、折れないし折らせない」
「私は切り札だ、うああああああああああああああああああああああっ!!」
再び打ち合うセツナ達だが、剣を握るセツナの手はボロボロだった。昼間に会った時と比べると、生傷が増えている。
「……一睡もしないで修行してんの、あの馬鹿」
「……暑苦しいなぁ、嫉妬しちゃうよ……」
何かの為に真っ直ぐ努力する、それは自分達だって当たり前にしていた事だ。いつからそれを馬鹿らしいと思うようになり、いつからそれを信じられなくなったんだろう。冷めきって絶望して、いつからか熱は零れていった。目覚めて何が変わっただろう、心変わりなんてしていない、恨みつらみはまだ自分の中に残ってる。それでも環境が変わっただけで、こんなに違うモノなのだろうか。零れていた筈なのに、それはもう自分の中に貯まらないものだと思っていたのに。忘れていたはずの熱は、今確かにここにある。もう一度信じてみたいと、思わせてくれる。
「嫉妬は巡る、巡り巡って過去から今へ、今から未来へ巡り旅、知り得ぬ未来へ、グルグルと」
「ん? レヴィ! どうした嫌がらせか!?」
「嫉妬の大罪……」
「おっとっと……」
「そう警戒しないでよ、切り札強化計画のお手伝いだからさ」
「強化回復強敵演出なんでも出来るよ、レヴィの嫉妬は理を曲げるから」
「頑張って貰わないといけないんだよね、そこのヘナヘナ切り札にはさ」
「あぁ、頑張るぞ!!」
この数秒後にセツナはレヴィにボコボコにされるのだが、それでもめげずに頑張った。最後のアイテム収集の前に、セツナの修行は勢いを増すのであった。




