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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第八章 『人魚の探し物』
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第六十七話 『喧嘩の理由』

「……カハッ……死ぬかと思ったぞ……」


 周囲をなぎ払った氷塊の雨、直撃こそしなかったものの、クロノは大きく流されてしまっていた。光珊瑚ひかりさんごの欠片が水中を覆う中、巨大な影が佇んでいるのが見える。




「あれが、クリスタルシャークか……」




 実際に目の当たりにすると、想像より遥かに大きい。あれと直接ぶつかるのは何としても避けたい。この場にはマリアーナも居る、彼女は2人の姉と違い、戦闘力に劣っているだろう。


 戦闘に巻き込まれた場合、最悪の事態も考えられる。



(そんなの冗談じゃない……絶対に……)



(クロノッ! 来るぞ!)



 アルディの叫び声が思考を切り裂いた。顔を上げると、クリスタルシャークが突っ込んできている。その速度は、その巨体には似つかわしくないほど、速い。



「くっそ! 冗談じゃねぇぞこれ!」



「金剛!」



 回避を諦め、金剛を纏って両手でガードする。水中に漂ってる状態では踏ん張る事もできず、クロノの体はボールのように吹き飛ばされてしまう。



「……つぅあっ!?」



「クォオオオオオオオオオオオオオッ!!」



 吹き飛んだクロノに向かって、クリスタルシャークは口を広げる。その口から尖った氷塊が撃ち出された。




「ちょっと待て、マジで殺す気かぁ!?」




 堪らず疾風に切り替え、自身の体を水流に乗せて何とか避ける。そのまま全速力で逃亡を図った。




(くそっ……マリアーナ達を探すどころじゃない……)



(アイツを何とかして撒かないと……)




 光珊瑚ひかりさんごの間を掻い潜り、距離を取ろうとするクロノ、その体が水流で弾き飛ばされた。



「なっ……」



 すっかり忘れていたが、この海域は正しい道以外は水流で通れないのだ。背後から追ってくる巨大な影に背筋が凍る。




「これマジでやばいんじゃないのか……?」



「今更だよぉ~~~!!」



「クロノッ! 来てる来てる!」




 クリスタルシャークが周囲に再び氷を作り出している。それはまるで氷の魚雷のように、クロノ目掛けて撃ち出された。



「くそぉ! これ絶対にいつか当たるぞ!」



「畜生っ! 遠距離攻撃ならガルアからたっぷり撃ち込まれたんだ! もう勘弁してくれよっ!」



 水中ではいつまでも上手く避けられない、被弾するのは時間の問題だろう。半泣きで逃げ惑うクロノだったが、水流の壁が無慈悲にその体を押し返した。




(やっぱ俺、神様に嫌われてないかな?)



(何悟ったような事言ってるんだ!)



(ひゃあっ! 前来てるよぉ!?)




 水中で逆さまの状態のクロノ、その眼前に氷塊が迫っていた。被弾を覚悟したクロノだったが、何かが思いっきり手を引っ張った。




「クロノお兄さん! 遅れてごめん!」




「っと!? マリアーナ!」




 ギリギリで氷塊の直撃を避けられたが、感謝している暇すらない。




「まさか海中で霰に降られるとはなっ!」




「大きすぎだっての! 冗談言ってる場合じゃないよこれ!」




 クリスタルシャークはまだクロノに狙いをつけていた、氷塊は現在進行形で放たれ続けている。




「シーお姉ちゃんのとこに先に行っててさ、遅れて本当にごめんね!」




「それはいいよ! それよりこれどうするんだ!?」




 その言葉に返事をしようとしたマリアーナだったが、すぐ横に氷塊が着弾し、言葉を遮られてしまう。





「あたしの妹に何してくれやがりますか!!」





 追撃を放とうとしていたクリスタルシャークに、アクアが水撃を叩き込んだ。一瞬怯んだところに、シーが下から剣撃を喰らわせる。




「姉さま、正直……体が痛いです」




「泣き言は生き延びてからにしなさい! あたしだって泣きたいですわ!」


「成人の儀でもあるまいし……なんでここで死闘を繰り広げなきゃならないんですのっ!」



 自業自得という言葉が地上にはあるが、今はその言葉を飲み込もう。




「クォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」




 連続で攻撃を喰らったクリスタルシャークだったが、まったく意に介せず追撃の氷を生み出した。その目にはクロノとマリアーナしか映っていない。




「このっ! あたしを無視とはいい度胸じゃありませんの!」




 その言葉の後、クリスタルシャークの巨大な目がアクアの方をチラッと見た。




「シー! マリアーナが心配ですわ! 傍で守りますわよ!」




(絶対怖かったんだろうなぁ……)




 調子のいい姉だったが、妹目掛けて放たれた氷塊を水の魔法の一撃で弾き飛ばしてくれた。頼りになるのは間違いない。




「お姉ちゃん! いつも自分の魔法の自慢してんじゃん! こんな時こそ凄いとこ見せてよ!!」



「やかましい! 時と場合と敵を考えて口を開きなさいな!」

「こんな事になってる半分はあなたの責任ですのよ!?」




「ピンチの時くらい喧嘩止めろっ!!」




 堪らずクロノが叫ぶ、今は喧嘩してる場合では無い。




「マリアーナ! ここじゃ逃げるのも難しいだろ! 一回海林かいりんから出ようぜ!」




 自分の手を引いて泳ぐマリアーナに向かって叫ぶクロノだったが、マリアーナは前進を続けていた。




「勝負云々はまず置いておこう! このままじゃ……」




「勝負云々置いといてもね! 出口からどんどん遠くなってるの!」

「ここまで奥に来ちゃったら、神海しんかいの方が近い、そこに逃げ込むのが一番確実だよ!」




「けど、この場所は……」




 そこまで言って気が付いた、さっきから水流の妨害が一度も起こってない。マリアーナはまるで、道が見えているようにスイスイと泳いでいた。



「マリアーナ、あなたこの場所の進み方知ってましたっけ?」



「知らないよ」



「これでは先導するのは危険と怒れませんね……」



 実はこの場所には、本来の進み方という物が存在する。海住種マーメイドは成人の儀の際、その進み方を肉親から教わるのだ。


 そんな事はまったく知らないクロノだが、マリアーナが見えている物が何なのか、なんとなく分かっていた。



 彼女の固有技能スキルメント……探し物を映す目……。



 兄や姉にも秘密にしていると言っていた、生まれ持った力。



 マリアーナには見えているのだ、進むべき道が。




(『道』を探すんだ……この目に映すんだ……!)




 珊瑚の森を全速力で泳ぐマリアーナ、その速度は、僅かだがクリスタルシャークを引き離しつつあった。放たれる氷も、アクアとシーが弾き飛ばしてくれる。




 このままいけば、逃げ切れる。




「命の危機ですからね、今だけは休戦ですわ!」

「ですけど、神海しんかいに辿り着いたら容赦はしませんわよ!」



「お姉ちゃんしつこいよ!? いい加減お兄さんを認めてよ!」



「そんな男、あたしは認めませんわよ!」

「大体、その男がした事といえばシーを吹っ飛ばしてあたしにぶつけたくらいですわ!」


「どこが共存を訴える変人ですか!」



「僕の為にここまで来てくれてる事自体、既に証明になってるじゃん!」



「屁理屈を……シー! あなたはどう思ってますの!?」



「剣を返してくれましたし、希少種君は優しい良い子です」

「私は、もういいかと……」



「あーもう! 肝心な時に使えないですわ!」



「とにかく! 神海しんかいに着いたら覚悟しなさいよ人間君!」

「さっきの分、しっかりきっかり体に返してあげますわ!」



「だから俺はあんた達と戦う理由が……」



「えぇい! 口だけの善人気取りは聞きたくないですわ!」

「大体! マリアーナに懐かれてるからって調子に乗りすぎですわ!」




 ここで気がついたが、アクアの顔は少し赤い。




 そして、その目に浮かぶ感情は……僅かな嫉妬……?




(……もしかして、こいつ……?)




「見えた! 神海しんかいの入り口だよ!」




 そんな疑問も、マリアーナの声で流されてしまった。


 目の前には、光珊瑚ひかりさんごがアーチの様になった物が見える。



「兄さんによると、神海しんかいの入り口は海林かいりんに4つ存在するようです」

「東西南北に1つずつ……、その入り口以外は水流の壁で通れないとか……」




「あれで間違いないよ!」

(探し物、見つけた! やっぱ僕の眼凄い!)



 その話が本当なら、もう少しで神海しんかいに辿り着ける。まだ追ってきているクリスタルシャークも、そこまで辿り着けば追跡を止める筈だ。




(よし、なんとかなりそうだ!)



(着いたら着いたで、あの人魚と一戦ありそうだけどね)



(ねぇねぇクロノ、あのお姉さんってさぁ?)




 





「クォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」









 突然のクリスタルシャークの咆哮、それと同時、神海しんかいへの入り口が氷で閉ざされた。




「なっ!?」




 クロノが慌てて振り返ると、額を青く輝かせたクリスタルシャークが、逃げ道を塞いでいた。



「しゃらくさいですわね! こんな氷ぶち抜いてやりますわ!」



「アクア・シュトローム!!」



 アクアの手から放たれた高圧水流が氷を砕くが、一瞬で再生してしまった。



「なっ……!?」



「……あの額の輝き……どうやら魔力をこの壁に注ぎ続けていますわね……」

「あの輝きを止めない限り、この氷を消す事は出来ませんわ……」




「それって……つまり……」




 ――戦闘開始……ということだ。





「クォオオオオオオオオオオッ!!」





 咆哮と共にクリスタルシャークが突っ込んでくる、だが、その速度は先ほどと比べると遅い。




「壁の再生に魔力を集中してるんですわ! 本体の能力は先ほどより落ちているはず!」

「倒せなくても、額の輝きさえ止められればオッケーですわ!」



「シー! 分かったら突っ込みなさい!」



「……釈然としませんが、仕方ないですね……」

「一応、私怪我してるって覚えてますよね?」



「世の中には自業自得という言葉があるのですわ!!」



 どうやらその言葉の存在は知っていたようだ。



 クリスタルシャークに向かって突っ込んでいくシー、その姿を見て、クロノも構えを取る。




「お、お兄さん……」




「マリアーナは離れてろ! 絶対に近づくんじゃないぞ!」




 クロノに引っ付いていたマリアーナだったが、その言葉でゆっくりと離れていく。そんなマリアーナを、アクアは寂しそうに見つめていた。




(……別に、どうでもいいですわ)



(最後に懐いてくれたのは、いつでしたっけ、どうでもいいですけど)




「……っ!? 姉さま!!」




 シーの叫び声、アクアが顔を上げると、眼前に氷塊が迫っていた。





「しまっ……」




「てりゃあっ!!」





 完全に虚を突かれたアクアだったが、クロノが金剛を纏って庇う。




「おい、大丈夫か!?」




「あ……、……っ! べ、別に助けてなんて言ってませんわよ!?」

「今ので恩を売ったつもりですか? 残念ですけどそんな事では認めたりはしませんわよ!」




「あっそ、怪我がないなら良いよ」

「あの鮫、頭いいな……油断してる奴を狙ってきたぞ」




「ちょっと! あたしがいつ油断したんですの!?」




「シーさん! 一緒に攻めよう!」




「聞きなさい!!」




 油断なんてしてない、する筈がない。


 それなのに、胸が痛かった。




(何なんですの、これは……)



(イライラしますわね、もう!)




 歯噛みをしつつ、アクアはクリスタルシャークに向かって水撃を放った。その攻撃で一瞬隙が出来る。その隙に左右から、シーとクロノが同時に攻め込んだ。




「水流剣・みずち!!」




岩砕拳がんさいけん!」




 その攻撃がクリスタルシャークに届く瞬間、クリスタルシャークの身体が光り輝いた。一瞬で周囲の水温が下がり、クロノとシーの身体が薄い氷で覆われた。




「冷たっ!!? なんだこれっ!」




「……!? 動けなっ……」




 動きが止まった2人に向かって、容赦なくクリスタルシャークは尾を振るう。抵抗も出来ず、2人の体は吹き飛ばされてしまう。





「クォオオオオオオオオオオッ!!」





 咆哮と共に氷塊が生み出され、撃ち出される。標的は立ち尽くしていたアクアだ。




「おい馬鹿、避けろっ!!」




「姉さま!?」




 しかし、その声に応える事は出来そうも無い。


 アクアの手と尾びれが、薄く凍っていた。



(この距離にいるあたしの体も凍らせるなんて……しかもこんなピンポイントに……っ!)



(既に空間を支配されてる、撃ち出された氷塊で辺りの水温が下がってる……)



(あの鮫の氷魔法が空域魔法エリアスペルレベルに上がっている……!?)



 気がつくのが遅すぎた、動けない、避けられない。あの大きさの氷が直撃すれば、ただでは済まないだろう。





「……っ!」





 直撃の瞬間、柔らかい物が腰の辺りにぶつかった。昔は毎日のように感じた感触だ。





「マリ……ッ!?」






「……意地っ張りなんだもん、馬鹿」






 自分を突き飛ばしたマリアーナの小さな体が、氷塊に吹き飛ばされた。






 どうして、喧嘩をしたんだっけ。



 あぁ、そうだ、昔みたいに甘えて欲しかったんだ。



 でもそんな事、言えるはずがなくて。



 いつの間にか、意地悪ばかりしてた。



 プライドばっかり無駄に高くて、上手く言えない事が多すぎて。



 何より大切な妹を、傷つけてばかりで。



 今、本当に後悔した。





「マリアーナアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!!!!!」





 絶叫が周囲に響く、マリアーナの体は力なく水中を漂うだけ、姉の声には答えない。クリスタルシャークはそんなマリアーナに、無慈悲な追撃を放った。




(……っ! やっぱこの鮫! 一番倒せそうな奴から狙ってやがる!)



「避けろっ! アクアさんっ!!」




「姉さま! マリアーナっ!!」




 叫ぶクロノとシーだったが、お互い体の所々が凍り付いており、上手く動けない。届く物は、声くらいしかない。




 だが、巨大な氷塊は唐突に砕け散った。



 何の前触れも無く、何かに握り潰されたように。




(分かってる、あたしのせいだ)



(あたしが、こんな意味無い喧嘩したせいで……)



(つまらない意地張って、妹をこんな場所に……)



(あたしがあんな事言わなきゃ、素直に負けを認めてれば、マリアーナはここに来る事も無かった……!)



(こんな目に会う事は、無かった……っ!)



 ゆっくりと妹へ近づき、その身体を抱き抱える。



 アクアの目には涙が浮かんでいるが、光は失っていない。



(それは後で、ちゃんと謝りますわ……)



(今はそれより、やる事があります……)



(原因を作ったのはあたし、だけど、実際に傷つけたのは、あの鮫ですわ)



 クリスタルシャークを睨みつけ、アクアは手を翳す。その瞬間、水流がクリスタルシャークを殴りつけた。巨体が大きく吹き飛び、クリスタルシャークの水晶の様な皮膚に僅かながらヒビが入る。




「絶対に……絶対に許しませんわ……!」




「水竜のえん……見せて差し上げます……妹の痛みを知りなさいっ!!」




 怒りを宿したアクアが、神域の守護者と向き合った。


 姉妹喧嘩が引き起こした騒動は、終わりに向けて動き出す。



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