第六百七十四話 『共に在る為に』
クロノを起こす為に龍の血を求める切り札セツナ! 彼女は先走り命の危機に晒されていたラーネア達をなんとかギリギリ庇う事に成功する!
「攻撃防いだのは僕だけどね」
始まっていた戦闘! 遅れを取り戻すべく嬉々として龍へ立ち向かう頼もしき味方達! そして戦闘は避けたい切り札セツナ!
「食い散らかしてやらあああああああああああああっ!」
「未知をこの手にいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「なんだこいつらはああああああああああああああああああああ!?」
「止まれピリカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
加速する混沌! そして制御を丸投げされる切り札セツナ!
「さて見ものだね、急展開過ぎてワクワクするよ」
「丸投げした鬼畜精霊がワクワクするなぁっ!!」
「ちょっとセツナちゃん、君の相手は向こうでしょ? こっち向いてちゃ始まらないよ」
「始めたくないんだよ!!」
「心配しなくてもクロノの友人である暴食ーズには指一本触れさせないってば」
「私の心配はそこじゃないんだよ! それも大事なんだけどさ!」
「ほら早くしないとレラ君が過労死しちゃうしあのドラゴンも色々と可哀想だよ」
「一番可哀想なの私じゃないか!?」
「まぁそう震えるなって切り札ちゃんよ、あんたにゃあこの絵札のスペード……ケルベロスのルベロ様が付いてるんだぜ?」
「他の二匹より腕っぷしには自信がある、軽く捻ってめでたしめでたしにしてやるよ」
「頼もしいけど待ってくれルベロ! 私はあのドラゴンをボコボコにしたいわけじゃないんだ!」
「きっと……クロノもそんな方法で手に入れた血で起きても、喜ばない……だからっ!」
俯きながらも前に出て、セツナは自分の意思をルベロに伝える。方法は思いつかないが、きっとこのままのやり方ではよくない終わりを迎えるだろう。そうならない為、セツナはルベロに協力を頼もうと顔を上げる。そこにルベロの姿はなく、話も聞かずに既に突撃をかましていた。
「いや待て待って!」
「おいこら暴食おらあああああああああああ! 目立ってんじゃねぇぞテメェこらああああ!」
「あァ? キャンキャンうるせェ犬っころだなァ!」
「増えたあああああああああああああああああああ!?」
「だああああ何一つ安心できる要素がないよぉ!! 助けてクロノォ!」
「いや君はクロノを助ける為にここに居るんでしょ」
「もうやだよぉ! このままじゃあのドラゴンさんがリンチにされて文字通りの血生臭い蘇生アイテムの出来上がりじゃんかあ!」
「いや……そう簡単なお話じゃねぇんだこれが……」
ラーネアが身体を起こし、両手で糸を操り始める。意図が分からず困惑するセツナだったが、すぐに衝撃が背中を強打してきた。ラーネアの糸が受け止めてくれなかったら、ドジパワーも手伝い地面を転がって大ダメージに繋がっていたかもしれない。
「痛いんだがっ!? 何事……」
ひっくり返ったセツナが見たのは、吠える龍と隆起する地面。大地を両の手で喰い割く悪魔に、乗り越えるエルフとルベロの姿だ。
「流石にっ! 大した魔力量だなァ!!」
「何が何だかわからないけど、襲ってくるなら迎撃するからな!」
「やっと巡ってきた復讐の大チャンスなんだ……邪魔するなら許さないぞおおお!!」
「やべえええですよおおおお! 魔力が濃すぎて吐きそ……うぼぇ……」
「前見ろ馬鹿ピリカ! 足場が動いて……」
「”大激震”ッ!!」
ティドクランを中心に地面がうねり、全方位に棘のように突き出してくる。ディッシュは真正面から食い破っているが、他のみんなは身をかわすので精一杯だ。ちなみに切り札は余波で吹っ飛んでいる。
「あいつは強い、助けに来てくれて助かったが……正直巻き込んですまんって気持ちの方が強い」
「私も申し訳ないんだが既に助けられる側だ」
「よくもまぁあのレベルの龍にその状態で挑んだよね、ここにクロノが居たら怒ってたと思うよ?」
「……面目ねぇ」
「あの! あのね! ラーネアちゃんはテーウ達の無理を聞いてくれて……!」
「……ん、お願いしたのは、私達……」
ラーネアを庇うようにテーウとキリハが前に出るが、ラーネアは二人を下がらせた。
「頼まれたのは本当だし、叶えてやりたいと思ったのも嘘じゃねぇ」
「……心のどこかでどうにかなると思ってたんだ、あたしが甘かった」
「自分で自分を受け入れても、他人に受け入れられるわけじゃない……あいつにやってきた事考えりゃ許されるわけがねぇのに、価値観の違いも理解せず無神経過ぎた」
「痛かったろう、怖かったろう、一言二言で水に流せるわけがねぇ」
「どうすりゃいいのかわからねぇ、どうすりゃあたしは、クロノみたいに出来るんだ?」
「虫が良いのは分かってる、だけどここを避けたら、あたしは自分の生き方が見えなくなる」
「あたしはどうしたら、あいつと共に在る事が出来るんだ」
ラーネアは苦しそうに言葉を紡ぐ。クロノと出会っていなければ、彼女はそんな生き方考えもしなかっただろう。本能のままに生きる事を、迷ったりはしなかっただろう。考える必要なんてないのかもしれない、下手にそれを考えれば、正しさは狂うのかもしれない。それでも、愛情と食欲に踊らされても、彼女は大切な存在と共に居たいと願ったのだ。歪でも、クロノと別れてからもずっと、その生き方を模索していたんだ。
「……君は、共存の世界を真剣に考えてくれてるんだね」
「それだけでも、クロノが頑張ったかいがあるってものだよ」
(……ルーンの願いが続いている証拠でも、あるんだけどね)
「結局解決出来ないで、多くを巻き込みこの様だけどな……」
「拒絶されたこの結果が、全てって事かね……」
「諦めは悪いほうが、いい……と、思う……」
落ち込むラーネアに、セツナが呟きに近い声量で声を投げた。
「クロノは、どんだけ絶望でも諦めなかった……どんだけ私が泣いても挫けても情けなくても……引っ張ってくれた」
「本当に諦めてるなら、心が投げ出してるなら、きっとそんなに色々出てこない、から」
「蜘蛛のお姉さんも私みたいで、だから私と一緒で諦めが悪いと思うから……どうすればいいかわかんないなら、出来る事からやろう」
「なんでもいいから、出来る事、じたばたして……全部、なんにも、空っぽになってから、それから泣こう!」
「どうしようもなくなったら、近くの誰かが引っ張り上げるから、それまで足掻こう!」
「私は切り札だ、助けに来たんだ、だから、だからっ! 今の私みたいに、グチャグチャでもいいから、ここにあるもの、ぶつけてみよう!」
「悪いと思ってるなら、酷いことしたって思ってるなら、謝ろう!!」
多分、セツナは何を言っているのか自分で全部は理解出来てないだろう。それでも、彼女はクロノを見て、確かに何かを受け取っているんだ。ドジでも情けなくても、何かを感じて自分の意思でクロノの背を追っている。だからこそ、湧き出たそれは似通っていて、本心だからこそ他者に届きうる。
(……この波紋は、他者を動かす才能は……確かに切り札の素質がある)
(最初から持ち得ていたのか、はたまたクロノの撒いた種なのか……どちらにせよ、確かに芽吹いてる)
「幸い、あの龍はまだ若く純粋だ……怒りも恨みも本物だけど、関係性は幾らでも再構築出来る……僕はそう思うけどね」
「まぁ、会話をするにはあの魔法とリンチ勢をどうにかしないといけないけど」
ティドクランはディッシュを筆頭にルベロやピリカから猛攻を受けている、殆ど当たっていないが、それでもあの状態では会話どころではないだろう。
「…………私に、考えがあるぞ」
「切り札の案だ、これは期待できるね」
「私は今のお前の顔を絶対に忘れないからな……生涯呪ってやる……」
涙目で剣を抜くセツナだが、この状態でやろうというのだ。これを成長と言わずに何と言う。切り札が覚悟を決めた頃、丁度ディッシュが右手をティドクランに振り下ろすところだった。
「美味しく頂いてやるからなァ! 血ィ吹き出せェ!」
「危ないんだけどこの悪魔ぁ!!」
首を振りその一撃を避けるティドクランだったが、いつの間にかルベロが目の前まで迫ってきていた。
「良く避けた! そのクソ暴食野郎にやられる前に、あたしにやられろ!!」
「なんなんだよこいつらまともな奴が居ないんだけど!!」
片翼を顔の前に出し、ルベロの拳を受け止めるティドクラン。そのまま土魔法で地面を槍状に変化させ突き飛ばすが、槍を乗り越え、這うようにピリカが接近してきた。
「ちょっとお話よろしいですかぁああ……!」
「ぎゃあああああああああああああ化け物おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
拘束系の魔法が雨のように放たれるが、ティドクランは必死の形相で振り払う。捕まったら絶対に良くない事が起こりそうだし、実際起こるだろう。なんだったらレラは幾つかの拘束魔法を逆に防いでいるくらいだ。
「テメェレー君どっちの味方!?」
「今のお前に味方する奴居ねぇから! いい加減落ち着けよ!」
「大体ふざけて勝てる相手じゃ……ッ!」
横から飛んできた強烈な蹴りを、レラはギリギリ刀で受ける。ティドクランが人間化を発動し、サイズ差を利用しピリカの連続魔法を潜り抜けレラに接近してきたのだ。
「もうわけわかんないよさっさと倒れろおおお!」
(重いっ! 見た目と違って重さそのままなのか!?)
人型のティドクランは茶色い髪をした小柄な少年だ、龍としてはまだ若いのがそのまま見た目に反映されている。だが、身体能力や魔力は何も変わっていない、むしろ小柄で素早く動く今の状態の方がやりにくい。背後を取ったルベロだったが、拳を振るう前に尻尾で顔を強打された。
(一瞬で、尻尾だけ元の大きさに……!!)
「多勢に無勢ですけどおおお! 集団でボコられるの慣れてるんでえええ!」
真正面から喰らいに来るディッシュだったが、両手の指が閉じる前に動きを止めた。結果、ティドクランの眼前で隙を晒す。
(土……! 指を固められた……!)
「指や瞼、弧を描く軌道に殺傷能力があるんでしょう……見せすぎです」
顔面を蹴り飛ばされ、ディッシュは大きく後退する。ディッシュ自身はまだ余裕があるが、レラ達は正直押され気味だ。
「遊んでる場合じゃねぇんだって」
「遊んでないもん、こうなったら英知技能で……」
「暴食ぅ!! こいつを倒すのはあたしだからな!」
「面倒くせェなァ……いつまで張り合ってくんだ……!」
そして、圧倒までいかないが押しているティドクランは精神的に消耗しきっていた。このまま戦えば恐らく勝てるが、虚しさと理不尽さが彼の心を満たしていた。
(……僕は、何してるんだろう……勝手に飛び出して、世界を見て、喧嘩売ってボコられて、自業自得の果てに、なんだろうこれ)
(確かにあの頃より強くなったけど、あの頃求めた強さってこんなのだっけ……求めた先にあるのが、こんなのじゃ……あぁもう考えれば考える程、暗く、沈んでいく)
(もう面倒くさい、いっそ全部、消してしまおうか……)
その瞳が暗く沈んでいく、それに伴い魔力が邪悪さを増していく。人が悪魔に堕ちるように、どんな種族も闇に染まればどん底まで堕ちて変わっていく。マイナスの感情に支配されれば、どれだけ穏やかな存在だって限界を超え邪悪に変わる。ティドクランの感情が限界点を超え、邪龍化する一歩手前のところで閃光が弾けた。セツナの抜刀が、この場の全てを無効化する。
「あれ? 魔力が消えたのですよ」
「……ボクの牙も……何を考えてるんだあの切り札」
能力範囲を限界まで広げ、敵味方関係なく能力を封じるセツナの無差別攻撃。四天王の力すら0に抑えるセツナの全力抜刀により、この場の全員の力が剥がされた。
「切り取り、封ず…………これが、今の私に出来る……精一杯の格好付けだ……」
「注目ーーーー! お前等の力は切り札が封じましたー!! 先走って暴れまくったおバカは反省して隅っこに寄ってろ!! 万が一の時に私を助けに来れるようにスタンバイしてろーーー!」
「来いクラン! 魔法も魔物の固有能力も今は使えない! 正真正銘真っ向勝負だ!」
「お前が殺したいのはあたしだろ! かかってこい!」
剣を掲げ声を張り上げるセツナの隣で、ラーネアがティドクランを挑発する。その声に反応したティドクランはディッシュ達の包囲を抜け、真っ直ぐラーネアに向かい襲い掛かってきた。
「撲殺不可避! この好機逃しはしない!!」
「逃げねぇよ、これはあたしの役目だ」
「待って私がまだ近くにいるだろうがあああああああああああ!!」
両者の衝突により、切り札は大きく吹っ飛ばされる。後頭部を強打しのたうち回る切り札を尻目に、シンプルな殴り合いが始まった。
筋を通さねば、理解など夢物語だ。だからこそ、伝えなきゃいけないんだ。




