第六百七十三話 『ここは避けてはならぬ道』
「今こそ長年の恨みを晴らす時なりいいいいいいいいいいいいいい!」
「心外だねぇ! 弟分として可愛がってやってたってのによぉ!」
「可愛がりの意味が違うんですよ陰湿蜘蛛野郎が僕の平穏の為に駆除してやるあああああああああああっ!!」
天を仰ぎ絶叫するティドクランはこれでもかというほど全身で怒りを表現している。空気が震え、大地が揺れるのは膨大な量の魔力が迸っているからだ。
「シュワ―! 触手がゾワゾワするぅ!」
「……これが龍、圧倒される……けど、喰われる側に回るのは御免だ」
(逃がしてくれるほど甘くはねぇだろうな……狙いは……どう考えてもあたしだろう)
(こいつ等だけでも引かせたいところだが、当てられて目の色変わっちまってる……本能ってのはどうしてこう……!)
「はぁ……クラン、優しさで忠告してやる……黙って血を寄越せそれで帰ってやる」
「今日はマジで戦いに来たんじゃねぇんだ、不毛な争いはやめよ……っ!」
一瞬ティドクランが背を向けるように動いたかと思えば、次の瞬間には巨大な尻尾が右から急接近してきた。ラーネアは両手で糸を操り、キリハとテーウを真上に放り投げる。
「うえあ!?」
「ッ!?」
「つって……それで止まるわけはねぇよな……そりゃそうだ逆の立場だったらあたしだって納得しねぇ」
「自業自得だもんな、良いぜお前にとって復讐の大チャンスだ……受け止めてやらぁ」
本調子だったら、避ける事も受け止める事も出来た筈だ。だが今の力では回避は間に合わないし、どんな方法を使っても無傷で受け止める事は出来ない。ラーネアは自分と尻尾の間に糸の層を張り、直撃を喰らい吹き飛びながらもダメージを軽減、吹き飛んだ先の木々を糸で纏め衝撃を散らす事で受け流す。
(あの世がチラッと見えたぜ、全身が軋む……おいおいあたし弱いな? 洒落になってねぇ)
「ゲホッ……まぁこのチャンス生かせなきゃ……マジな話龍としても男としても終わりだよお前」
「こんだけ弱ってるあたしに勝てないのは、情けないもんなぁ」
「胸を借りるなんて言葉を使う気はないですよ腐れ蜘蛛……今こそ、今こそ虫けらの如く踏み潰してやる……」
「剥がされた鱗の数だけ……僕の怒りは燃え盛るのです……」
「お前は今まで喰われた鱗の数を覚えてやがるのか?」
「沢山ですっ!!」
「あぁ、大変おいしゅうございました」
襲い掛かってくる巨龍に対し、ラーネアは蜘蛛の足全てを使い糸を操る。広範囲に張り巡らされた糸は本来ティドクランの巨体を縛り上げ、その動きを完全に封じ込める事が出来るほど強靭だ。だがそれはラーネアが全力を出せればの話、魔核を生み出し弱化している今のラーネアの糸では足止めにもならなかった。
「見る影もないですねぇ!! なんですかこれはタコ糸か何かでしょうか!? プチプチ切れちゃいますよ!!」
「おいおいあたしをボコれるからって張り切るなよ、勿体ないぜ落ち着けよ」
「本能のまま戦うのも楽しいが、ちゃんと見て戦えって教えたろう」
大量の糸に紛れ、テーウとキリハがティドクランに肉薄していた。テーウは触手を束ね、キリハは両手の鎌を光らせる。
「触手パーンチ!!」
「全身鱗……とても硬そう、切り裂くのは容易じゃない……けどそこは、流石に刃も通るでしょう……!」
大量の糸の中に紛れさせた、くっつかない糸。それを足場に接近したテーウ達はティドクランの両目を狙い攻撃を仕掛ける。容赦なく急所を狙うテーウ達だったが、両者の攻撃はティドクランが目を瞑っただけで弾かれた。
「硬っ!? ラーネアちゃんの外殻より硬いっ!」
(まぶたに弾かれ……これが龍……!)
「あー怖い……一切躊躇わず目を潰しに来るとか弱くても暴食の森育ちですよやだやだ」
「獲物を仕留める流れを身体が知ってるんですね、将来有望な捕食者さんです笑えない」
「若い芽はここで摘んでおくべきだと、僕の経験が言っているっ!!!」
ゆっくりと目を開いたティドクランは、目の前のテーウ達に向け咆哮する。ただの音なのだが、その圧でテーウとキリハは吹き飛ばされてしまった。
「その若い芽だったお前を摘まずに育て上げてやった恩はどこいった?」
「若芽をいたぶって僕が雑草パワーで踏ん張っただけでしょうが! 今の僕があるのは結果論に過ぎないでしょう!」
「いやぁ死んで欲しくないとか勿体ないとかは本心だったって、あたしの食欲は愛情とくっついてるし」
「そっちの理屈とかどうでもいいんですよね……痛いし怖いし散々だったのも事実なんで」
「そりゃそうだ、お前の恨みも当然……だからあたしは逃げないし引けない理由もあるからどんだけ不利でも戦うぜ」
「……けどテーウ、キリハ、あんた等は逃げても良いぞ? 完全にあたしのとばっちりだからな」
吹き飛んで地面を転がっていたテーウとキリハは、その言葉に飛び起きる。ラーネアが糸でクッションを作っていた為、ダメージは無い。
「ラーネアちゃん置いて逃げるとか、有り得ないけどー?」
「それもそうだし、クロノの為でもある……そもそも勝ち目が薄い程度で戦わない理由にはならない」
「……って事らしいからクラン、相手になってやる」
「乱暴なやり方で血を奪う事になるが、文句はねぇな?」
「そっちこそ踏み潰されても文句はないですよねぇ……害虫姉さぁん…………」
(うわー、滅茶苦茶怒ってるなー……分かっちゃいたけど嫌われてんなぁ……)
(喰いたいと思うのはあたしの好意……それは嘘じゃねぇけどそりゃ相手からすりゃこうなるのも当然だよな……クロノが頭おかしいだけでこいつの反応が正常だ……うん)
(ほんと、歪で難しいんだよな……あたしに限らず、魔物は変わり者だらけ、同じように生きるってのは無理な話だってどいつもこいつも思ってる)
(なのにさ、あの馬鹿と関わってから……もっとおかしくなっちまった、その可能性を、心のどっかで信じてる)
(……共存の世が成せるなら、それが現実になるのなら、きっとそれは一人の力で叶う夢じゃない……それを願った全員の偉業だ)
(だったら、少しでもその夢に感化されたのなら……あたしはあたしの撒いた種から目を背けちゃいけない)
(あたしは自分の本能のままに、こいつに愛情と食欲をぶつけた、こいつに付けた傷は、生まれた業は、あたしのもんだ)
「ケリを付けなきゃ、面倒見なきゃ……無責任だよなぁ」
弱化しているとか、クロノを起こす為だとか、そんなの正直関係ない。これは、自分を受け入れた先にある避けられない問題なんだ。自分の行いには、責任を持たねばならない。個人個人が持つ、共に在る形を見つけなければ、自分はこの先の奇跡を共に生きる資格なんて無いのだ。
「あるかも知れない未来のために、あたしはあんたと向き合わないとな」
「なんかゴチャゴチャ言ってますけど遠慮なくぶっ殺しますからねええええええええ!!」
大きく息を吸い込み、ティドクランはブレスの構えを取った。彼のブレスは地属性の魔力を使った振動波、直撃すれば鋼くらいなら余裕で粉々になる威力だ。
(糸で受け……れねぇな……避け、いやぁ範囲広いな)
「一手で詰みかねないとか、おいおい生意気に大ボスみたいな振る舞いしやがるぜ!」
「姉さん……未来がどうとか言ってましたけどね……今の姉さんの未来を決めるのは僕ぅ……なんですよぉ……」
「虫は虫らしくぅ……粉々になりやがれ畜生があああああああああああああああああああっ!!」
(イマイチ威厳とか足りてねぇんだよな、ほんとこのガキは……)
「なんて言ってる場合じゃねぇ、どうするこのままじゃ数秒後にはマジで粉々に……」
「ぎゃー! 死ぬー!!」
「クロノと結ばれるまで……死ぬわけには……」
「くたばれ虫けらがあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
放たれるブレスに対し、ラーネアは糸を壁のように張り巡らせる。一瞬で消し飛ぶだろうが、その一瞬より早く糸を編み、張り続けるしかない。
(ここら一帯消し飛ぶ! こいつらを遠くに投げる程度じゃ薙ぎ払われてどの道粉々虫けらコース!)
(手も足も全部使って今出来る最速で糸を操れ! 今ある一秒を千分割してでも次の一秒に繋げ!)
ラーネアの覚悟は軽いモノじゃない、それでも力の差は残酷すぎる程簡単に現実を突きつける。糸は容易く消し飛び、糸を張る速度も追いつかない。衝撃はラーネア達を正確に捉え、地面を抉った。
「勝った……ラーネア姉さんに……」
「なんでだろう、夢にまで見た瞬間なのに……どこか虚しい……色んな部位を齧られておかしくなっちまったのかな……僕は……」
「姉さん……僕は、本気の貴女を超えたかったです……なんて言うかバーカ! 多脚ゴミムシがざまぁみろバーカバーカ! 土に帰れバカバカバカアアアアアアアアアアアアッ!!」
「好き放題言ってくれるなぁお前……」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああなんで生きてんのぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」
まだ土煙が晴れておらず、姿は確認出来ていない。だが確かにラーネア声で返事が返ってきた。
「なんでなんでなんでっ!? 弱化したゴミムシすら僕は倒せないの!? 奇跡の時間はおしまいなの!?」
「いや、奇跡でも夢でもない……あたしの弱化は現実だ、今も続いてるぞ」
「なんていうか……情けないし申し訳ないな……多方面に迷惑をかけまくっちまった……すまん」
煙が晴れたそこには、ティドクランの知らない奴等が数人立っていた。特に、ブレスを受け止めたであろうノームがほぼ無傷な事に対し、ティドクランは顎が外れそうになるほど大口を開けて間抜け面を晒した。
「動かざること、山の如し……久しぶりに護る者として活躍できたよ」
「しかし無茶するね君達、これで死んでたらクロノにどう説明すればいいのさ」
「返す言葉もねぇ……」
「誰だお前等ああああああああああっ!! 邪魔するならこう、なんだ……えっと、お前達だって容赦しないぞおおおおおおおおおお!」
「ぎゃあああああ本物のドラゴンだぎゃあああああ! 場違い感がやばすぎる切り札は気絶寸前です!?」
「ひゃああああああああああああああああああああああ本物の龍王種なのですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 生きてて良かったあああああああああああああああああああっ!!!」
「うるさいなこいつら……」
「うちのエルフがすまん……」
(な、なんなんだ……ノームだけじゃない、エルフに獣人と人? に……悪魔!?)
「お、お前等なぁ……今は僕の大事な復讐タイムで……」
「知らねェなァ……そっちの事情なんて悪魔のツマミにもならねェなァ」
「戦闘が始まってる以上、シンプルに済ませちまおうぜェ……ついでに何口か、噛んじまうかァ」
「セシルさんには拒まれてしまった色々……龍の生態……ぐへへ……知りたい、スベテ……シリタイ……」
「ヒィ!? 違うベクトルの恐怖を感じる!?」
「さて混沌としてきたね、味方サイドの狂気を上手い事コントロールしてこの場を乗り切る必要がある」
「頼んだよセツナちゃん、切り札としての腕の見せ所だ」
「お前は無茶ぶりしか出来ないのか!? 私の腕の何処にそんな幻見たんだ!!!」
「心配要らないよ、何があっても僕達が君を守るから」
「頼もしさが逆に残酷なんだよ!!」
「ドラゴン知りたいのですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「待てピリカ冷静に、あああっ!」
「ぎゃああああああああなんか来たあああああああああああああああ!?」
「ほら、始まっちゃうよ」
「いやちょっと本当に待ってっ!?」
助けて貰ったのは事実なのだが、ラーネア達はあまりの急展開に固まっていた。それをよそに援軍と思われるエルフや悪魔がティドクランに襲い掛かり、何故かずっと無表情の子が一番展開の速さに振り回されていた。果たして、セツナは切り札らしくこの戦況をコントロール出来るのだろうか。混沌極まるこの戦闘の行末は如何に……。




