第六百七十一話 『欲を抱きしめて』
情報によると、目的の龍王種はデフェールに住んでいるらしい。セツナ達はシロガネとヒャクにお礼をし、すぐにデフェールへと向かった。
「一番近くの仲間に鍵でゲートを開いてもらうか……連絡するから待ってな」
「流石絵札だね、移動自体はスムーズにいきそうだ」
「大体この便利な鍵についてもわたしは知りたい発作が出て辛抱堪らんのですよ」
「辛抱しろって、落ち着いたらルトさんにでも聞きに行こうな」
「うー……あの人身体まさぐってくるから苦手なのですよぉ……あの人自体未知未知しててこう逃げたいのに逃げられない感じもあって……エルフホイホイなのですよぉ……」
「知らねぇよその葛藤」
「ピリカちゃんはどんな時でも場所でも生き生きしてるね、流石カムイの弟子だよ」
「その点に関しちゃ、同じ弟子でも追い付ける気がしないぜ……」
「レラ君も凄いさ、理性を保てるエルフは貴重なんだからね」
「ははは……誉め言葉として受け取っておくよ……」
微妙な顔をするレラの背後では、ピリカが書き留めたメモをセツナがじっくりと読んでいた。ここから先は龍との邂逅は不可避、些細な情報でも頭に叩き込んでおかねば危ないと思っての行動だ。
「…………」
「お前表情変わらねェなァ、さっきから黙ってどうしたァ?」
「さっきも聞いてて思ったんだけどな……この龍虐められてる気がするぞ」
魔核個体数体にリンチにされ、美味いから価値があるなんて理由で生かされ、定期的にムシャムシャされているらしい。冷静に考えずとも、酷すぎる扱いである。
「世の中弱肉強食なんだよなァ、ぶっ殺されてないだけマシじゃねェかァ?」
「まぁ龍の血は希少だからなァ、入手手段を断たなかったのは英断だと思うぜェ? 定期的に摂取出来る究極栄養食とか最高じゃねェかァ」
「ん……けどな、可哀想だと思うぞ」
「同情かァ? その感情は気を付けた方が良いぜェ?」
「助けたいだの、力になりたいだの、何様だァ? テメェの身一つ守れねェ奴がでかい口叩くと後悔するぜェ」
「うん……分かってる、けどな……私は切り札なんだ……私にだって理想像はあるんだ」
「私にだってな、凄いなって思う切り札像があるんだ……ルトとクロノだ……どっちも誰かの為に凄い頑張れる奴で、助ける事に迷いがない」
「きっと……ルトとクロノなら助けたいって思う……私は理想を追いかけたい、同じように頼れる切り札になりたい」
「何も感じなかった空っぽは終わったんだ、私はそう思う、思えてる……だから、この衝動は無視したくない」
「そう在りたい、なりたいんだ……私の欲は、分不相応かな……」
「…………分不相応かどうかで悩んで捨てる程度なら、そもそも欲じゃねェんだよ」
「欲のままに生きる悪魔からの忠告だ、本物の欲は制御出来るもんじゃねェ……だから己を蝕み、堕ちるところまで突き落としてくる……この呪いを飼い慣らした先に、何が見えるか保証もされねェ」
「成功か失敗かは関係ねェ、それでも突き進む奴が馬鹿と呼ばれるんだ……いつだって普通にヒビを入れるのは、突き抜けた馬鹿だけだ」
「凄い奴にはまだなれないけど、馬鹿にならなれる気がするな」
「…………どうであれ、己の欲と向き合えるのは自分だけだ」
「やりたいように生きればいい、それで後悔しなきゃ上々だ」
「…………暴食は、後悔してるか?」
「失敗を極めた結果が今のボクだぜェ? してないように見えるのかァ?」
「……分かんない、けど……辛い事や苦しい事、悲しい事がいっぱいあったのは聞いた」
「でも、レヴィ達と一緒に居る時お前は楽しそうだ……だから、お前達の出会いは後悔に入れてほしくない……と、見てて思ってる……」
「ッ!」
「私も仲間に支えられて、日々感謝してるから……ぼんやりとだけど凄く大事だってのは分かる、繋がりは、大事にしたい……」
「だから、お前達の絆は、壊れて欲しくない……なんて、部外者なりに思ってる」
「絶望で色んな事が終わって、壊れても……まだ続いて残ってる絆は、凄いと思うから」
「…………偉そうに喋ってんじゃねェよ、言動に見合うくらい力付けてからほざけ」
「ぐぅ……気にしてる事を……!」
「ゲート繋がったぞー!」
ルベロの声に振り返り、セツナが仲間達の元へ駆け出していく。ポツリポツリと語られた切り札の本心に対し、ディッシュは静かに拳を握り締める。
(言われなくても、後悔になんかさせねェんだよォ……!)
(全部忘れて解放されるなんざ……叶わねェ……こびりついた欲は、目指した夢とボク達を今も縛り付けて離さない……渇望も憎しみも全部沁みついて消えやしない……!)
(それでも、ボク達は全部覚えてるからこそ……意味のあるなしだって見えてる……抑えようのない衝動だって飼い慣らしてみせる……ここまで堕ちたのは、そこまで求めたから……全員そうだったからだ)
(各々の欲の果ては……結局同じ想い……最も強い欲……その一点さえあれば、ボク達は……)
「餓えて、餓えて、餓えるからこそ欲するんだ……諦められねェって自覚しちまったら、足掻くしかねェよなァ」
「さっさと起きろよマルス、みっともなく汚らしく惨めに続いちまってるなら……どうせならまた全員でやろうぜ」
「ボク達なら、ゴミ溜めの中でも笑っていける……そうだろ」
全員がゲートを潜るのを見届け、ディッシュは人知れず言葉を漏らす。握り締めた拳に隠れた覚悟を込め、自身もゲートを潜るのだった。
デフェール大陸に到着すると、数体の魔物にルベロが指示を出していた。
「手間取らせて悪かったな、助かったぜ」
「いえ! 絵札のルベロさんのお役に立てて感激でした!」
「お前新入りか? 見所あるじゃねぇの!」
「流魔水渦のメンバーは世界各地に散ってるからこういう時助かるよな」
「悪魔関係のゴタゴタを治めてるんだっけ、討魔紅蓮の一件で広がった影響も片付いてないのに……大変なのですよ」
流魔水渦の総数は相当なものだが、それでも人手不足は改善しない。討魔紅蓮の残した傷跡に加え、世界中で悪魔が小さな問題を起こし続けている。流魔水渦が中心となり問題解決に動いているが、マシになったとはいえ魔物中心の働きはいざこざを招きやすい。
「国の代表が声をかけ、協力的な場所はまだマシだが……」
「天焔闘技大会の時から非協力的だった国は、流魔水渦も手を出しにくい……クロノが起きてたら落ち込んでいただろうね」
「急いでクロノを叩き起こして、大罪関係を解決して、私達も手伝おう!」
「切り札ーファイオー!」
「気合いを入れているところ悪いんだけど、目的地に移動しながら聞いて欲しい事があるんだ」
「実は僕達が動き出した辺りで、コソコソ後を付けていた子達がいてね」
そう言いながら、アルディは懐から蜘蛛の糸束を取り出す。
「クロノの友達の子達なんだけど、恐らく僕達の話を盗み聞きして行動を起こしてると思う」
「善意からの行動だろうけど、僕達とは別行動で龍の血を取りに行ってるんだ」
「蜘蛛の糸……そういえば龍をリンチした当時のメンバーに蜘蛛さんが居たって言ってましたね」
「じゃあもう血が手に入ってるかもしれないのか! うぅ? でも出来れば戦わずに済ませたいから喧嘩してるとちょっと困るなぁ……平和的に解決したいぞ……」
「ここでちょっと急ぎたい理由が出てくるんだけど、その蜘蛛さんはクロノに魔核を託してくれた子でね」
「どんな考えがあるのか知らないけど、今の彼女じゃ戦闘行為は自殺に等しい」
「…………え?」
全員の表情が固まる。アルディ自身、あの時止めておけば良かったと思っているくらいだ。
「やるべきことが増えたかもしれない……そう言った理由がこれだ」
「守るべき者が、増えたかもなぁって」
冷や汗を流すセツナだったが、その汗が不自然に肌から飛び跳ねた。地面が短く、揺れたのだ。
「地震、かな……偶然だよな……? なっ!?」
「こりゃ地震ってより……」
「地鳴り……かな……それも継続的に続いてる、自然発生じゃないよ」
「目的地はまだ結構遠いのですよ、なのに……」
「結構強いってさ……割と控えめな表現な気がするぜ」
「ここからでも、感じるぞ……! 滅茶苦茶強い気配だ」
立ち昇る膨大な魔力と、吹き出すような嫌な予感。セツナの想いも虚しく、戦闘は避けるどころか始まっているらしい。
「ヒヒャハハ、確かに美味そうだなァ!! 面白くなってきたァ!!」
「どうしていつもこうなるんだあああああああああああああああああああああああああっ!?」
「叫んでないで急ぐよ! 手遅れにならない内にね!」
切り札の苦悩に、休みはないのだ。




