第六百七十話 『虫の知らせ』
「さて、キノコさんから得られた情報で暴食の森の強者が龍に繋がっている事が分かったわけだけど、僕達はその古株のムカデさんかカマキリさんから話を聞かなければならない、ここまではいいかなセツナちゃん」
「色々とツッコミたいところがあったけど、私はもう限界だからうんとしか言わないぞ」
「龍すらドン引きさせ保存食扱いするほどの強さを持ち、今日まで何度か捕食を繰り返しているならその強さは研ぎ澄まされ魔核個体の中でも特に強烈な存在となっているだろう」
「うん」
真面目な顔をして土を操り、アルディは土人形を作りながら正座するセツナと作戦会議をしている。いつも無表情なセツナだが、いつも以上に目から感情の死を感じさせていた。
「さて、切り札的にはどっちから情報を聞き出せそうだい?」
「うん、やっぱり私が行くんだな」
押し付けられたムカデとカマキリの土人形を壁に叩きつけ、セツナは剣を鞘ごと腰から引き抜いた。そのままアルディに向け剣を振り下ろすがあっさり避けられ、地面を強打しその衝撃で両腕が悲鳴を上げる。
「何するんだ危ないなぁ」
「危ない事させようとしてるくせに! 守るって言ったじゃんか守れよ切り札を!」
「危なくなったらちゃんと守るよ、ほら見てごらん絵札も大罪もバックに居るじゃないか」
「ガン付けあってるだけだろこっちを見てすらいない!」
少し離れたところでは、ルベロとディッシュがまた揉めていた。さっき食べた料理の質がどうのこうの言っているから多分どうでもいい話だ。
「大丈夫だよどっちもクロノの友達らしいし、ほらレラ君達もついてるよ」
「ぐへへへ……魔核個体とのコンタクトなんてご褒美なのですよぉ……」
(ご褒美とか言ってるけどキノコの時速攻で距離取ったじゃんか……!)
「メリュシャンの時もとんでもない目に遭ったんだ、私はあの女エルフに安心安全を感じないぞ」
「お前順調に色んな奴から嫌われてんなぁ」
「嫌われてないよ! ちょっと警戒されてるだけでこれから身体の裏側まで色々教えてもらう予定だし!」
「そんな予定ないんだが!?」
「だ、大体暴食の森メンバーズは暴食やルトの指示で色々お仕事したりしてるんだろ、アジトに居ない可能性だって……」
「特に強そうだったムカデとカマキリなら今アジトに居るぞ、ボクと一緒に戻ってきてるからなァ」
「どっちも女だったが、魔核個体らしく好戦的だったなァ……まァ、今のボクでも余裕だったが」
(二体同時だったら、少し不味かったかもしれねェが……面白くねェから黙っておくかァ……)
「当たり前のように戦ったあとなんだね……」
「暴食由来のコミュニケーションってところだなァ」
「切り札的にはもうちょっとにっこり仲良しなふれあいを求めたいなって」
「パックリお食事なふれあいになるだろうなァ……まァお前程度じゃ餌としても認識されねェかもだが?」
「やったああっ! いや待て嬉しくないぞ!!」
「お前の気分なんざ知った事かよ、あいつらの力の感じは覚えてるからさっさと会いに行こうぜェ」
「待ってまだ心の準備が!」
「待て暴食! あたしは認めねぇ! シチューをご飯にかけるなんて認めねぇ!!」
「君達何の話で喧嘩してたの?」
「飯」
適当にルベロをあしらいながら先導するディッシュに合わせるように、通路が現れ道が続いていく。暫く歩くと、再び森に出た。
「キノコさんが居た森より深い森だね、空が見えないや」
「屋内で空が見えるのがまずおかしいんだけどな……未知って言うならここも相当だぜ」
「不思議な場所なのですよ、現世と地獄の狭間なのにとても平和で気持ちが良いのです」
「確かにエルフからしてもこの森は良い場所だ、色々片付いたらクロノを誘ってここでのんびりしたいもんだぜ」
「きっと、僕等の契約者なら喜んで付き合ってくれるよ」
「切り札ものんびりしたいから、出来るだけ早くクロノには起きて欲しいぞ……」
「こっちは眠る度に沈むし凹むしなのに……馬鹿クロノめ……起きたら絶対褒めてもらうからな……」
尚現在進行形でマルスの過去と対面したり、そのマルスにボコボコにされてることなどセツナは知りもしないのだった。
「ん、強そうな奴の匂いが二つするぞ」
「流石犬っころだ、鼻が利くなァ」
「地獄の番犬を犬っころ呼ばわりとはな……先代の名に泥を塗る前に嚙み殺してやろうかこのクソ悪魔が……」
「やめとけよなァ……その牙折れちまうぜェ?」
「ねぇ喧嘩しないで……? そして匂いが二つってもう嫌な予感しかしな……」
震えながら二人の間に入り仲裁しようとするセツナだったが、その身体がふんわりと浮かび上がる。
「なんだ!!? ついに召されるのか私は!?」
足をバタバタさせるセツナだが、身体は何かに拘束されビクともしない。そのまま数メートル持ち上げられ、何かが首に巻きついてくる。少し湿っているが、これは腕だ。
「え、誰……」
「暴食様の気配がすると思えば……生き物がこんなに……」
「あはぁ、動いてるのも珍しい、群れているのも珍しい……森の外は面白いものが沢山だねぇ」
人の上半身に巨大なムカデのような下半身。頭から伸びる触覚がセツナの頬をペチペチと叩いているが、その動きに合わせ腰の辺りから生えているムカデの顎のようなものがセツナの身体を挟み込んでいた。
「生命の危機を感じるので直ちに離してはくれないかっ!?」
「大きいな……ムカデの虫人種か……」
虫人種は様々な虫の特徴を持った『基本』人型の魔物だ。アルディ達の前に現れた個体は下半身が完全にムカデの物であり、辛うじて人の上半身がくっついているに過ぎない。このような半人半虫の場合、多くの場合人の部分はデコイである。主要な臓器などは虫側にあり、獲物を誘う為の部位に過ぎない。人と勘違いして寄ってくるも良し、獲物と勘違いして寄ってきて貰っても良しなのだ。
「そう、僕は大きいんだ……沢山食べないと身体を維持出来ないんだよ……丁度お腹が空いているんだ」
「丁度ってなんだ! なにも丁度良くないぞ!!!!」
「おっと暴れないでおくれよ、興奮しちゃうじゃんか」
「やっぱり獲物は抵抗してくれないとね……あぁ君の肌柔らかいなぁ……」
「駄目です!! レッドカードだ安心安全が全速力で離れていく!!! 誰か助け……」
「ヒャク、それ以上戯れるな、約束しただろう」
冷たい声がセツナの耳を撫でた瞬間、真っ白な鎌が首筋に当たった。いつの間にかカマキリのような魔物がムカデ女の肩の辺りに乗っており、両手の鎌をムカデ女と何故かセツナの首に当てていたのだ。
「ありゃ、シロガネちゃんじゃん相変わらず怖い顔だね」
「なんで私まで!? 無抵抗です無害な切り札です助けてください!!」
「勝手に食べちゃダメ、ルトさんと暴食様が怒る、怒らせるのはダメ」
「勝手に戦うのもダメ、ズルい……お前がやるなら先に私がやる……」
「獲物の取り合い~? 目の奥ぎらついてるよ? やるかぁ?」
「やるな!!! 一刻も早く放してくださいお願いします!!」
「うひゃあ暴れる暴れる、はぁゾクゾクしてきた……やっぱ食い千切るか……」
「駄目、殺しちゃう……それに殺すなら刻んだ方がゾクゾクする」
「そろそろ助けようか」
「しょうがねぇ切り札だなァ!」
セツナを引っ張り合う二体の虫人種だが、そろそろセツナが気を失ってしまう。そうなる前に、セツナはアルディ達によって引っぺがされるのだった。
「なぁんだクロノの知り合いだったかぁ、なははは」
「彼には世話になった、とても仲良くしてもらった」
「「美味しそうだった」しなぁ」
(これは伝えても喜ばないだろうなぁ)
セツナも怯えているし、この独特なコミュニケーションはまだ早すぎる。
「改めてヒャクだ、足の数だけ友好を深めようじゃないか」
「シロガネ、暴食の森に住まうカマキリ系の中では一番強い自信がある……鋼までなら刻める」
「握手は……オススメしない」
「ピリカ聞いたろ? だからその手を引っ込めるんだ……!!」
「魔核個体で……貴重な半人半虫のムカデ系に……全身真っ白なカマキリ系……今を逃せばいつ触れ合えるか……!」
「止まれ……止まれ……!」
「あのエルフは何してんだ?」
「知らなくていいと思うぜェ」
とりあえずピリカはレラが羽交い絞めにしているからなんとかなるだろう。本題を切り出そうとしたアルディだが、その前にルベロが口を開いた。
「本来あんたらがうちに協力するって話は、暴食の森を滅茶苦茶にした暴食をぶっ飛ばす為だった筈だ」
「暴食との話も済み、あんた達も個人個人が暴食と話したりやり合ったりで決着済み……今もうちに協力してくれてるのはなんでだ? 喰う事優先、暴食の森の魔物は前々からこっちと意思疎通しようとして来なかった筈だぜ」
「たまに外から訪ねてくる奴は居たけど、確かに僕らは友達だとか慣れ合いに興味はなかったね」
「前までだったら、ここまで深入りはしなかったかもだ」
「……今はそもそも森が抉れてしまっている、触手の壁も無い今ある意味では自由」
「森で生まれ森の外を知らない子が、留まるも飛び立つも自由」
「クロノ君の名前が出た、どうせなら知ってる名前と縁がある場所で遊ぶのも一興」
「食べるのも好きだけど、クロノと遊ぶのも好きだからなぁ」
「結局僕達は、欲のまま、自分の好き勝手に生きてるだけだよ」
「……暴食さんの子って感じだね、欲に忠実だ」
「結構結構、ヒャヒャヒャ」
「意外に友好的だけど、だったらなんでいきなり私を襲ったんだよ……」
「やだなぁ誤解だよぉ! ちょっとしたスキンシップだよ狩りごっこ! 腕の一本くらいですませるつもりだったんだって!」
「欠片も誤解じゃない……」
アルディの後ろに隠れてしまうセツナ、どうやらまだこのレベルの冗談は通じないらしい。
「ヒャク、怖がらせちゃだめ」
「それに腕の一本じゃ、私の分が足りない」
「ピィ」
(もしかしてマジな奴かな、想像以上にクロノは暴食の森で頑張ってたのかもしれない)
誰とでも仲良くなってきたクロノだが、その点で言えば既にルーンと並び立てるくらい異常なレベルに至っている可能性が出てきた。
「と、とにかくだな! 私達がここに来たのはクロノを助ける為に教えて欲しい事があってだな!」
「別に知ってる事ならいくらでも教えるけど?」
「役に立つためにここに居る、誰かの役に立つのは楽しい」
「えっと、かくかくしかじか私は切り札なんだ」
「へぇ? 龍の血を?」
「龍なら知ってる、居場所も味も知っている」
「やった進展した! やったぞクロノ!!」
「あいつ美味いぞぉ?」
「うん、美味しい、手頃に強くて刻みがいもある、楽しい……♪」
「早くここから離れたいなぁっ!!! 笑顔が怖いなぁっ!!!」
ニコニコと知っている事を教えてくれる虫人種二体に本気でビビる切り札。会話内容をピリカがメモし、ようやく龍の血の目途が立った。
「よぉし! ありがとうこれで先に進めるぞ!」
「僕達にボコボコにされて数年、あいつもその度強くなってるからなぁ」
「多分、言っても血は簡単にはくれない……面倒だからぶっ飛ばすのがオススメ」
「困難の予感しかしない!!」
「うーん……一つ僕からもいいかな」
頭を抱えるセツナを宥めながら、アルディがシロガネ達に問いかける。
「仮に君達が魔核を作り出して弱化したとするけど、その状態でその龍には勝てる?」
「無理だな、そりゃ」
「最初は数体でボコボコにした、血肉を喰らって私達は強くなった、けど向こうも戦うたび強くなってる、龍の名は伊達じゃない、頭も良いから戦ってて楽しい……毎回良い刺激になる」
「毎回ボコボコにしてるとはいえ、雑魚じゃないぜ? 毎度泣いてるけど結構強いからなぁ……魔核なんて作ったらとてもじゃないが勝てないよ、舐めてかかれば逆に餌になるさ」
「そっか……先走ったのはおバカなのか……それともクロノの為か……どっちにしろ急いだほうがいいかな……」
「何をブツブツ言ってるんだ?」
「やるべきことが増えたかもしれないって思ってね」
アルディの予感は的中しているし、セツナの予感も当たっている。この先に待ち構えているのは、避けられない戦いなのだ。




