第六百六十九話 『ゆらゆら』
大罪同士が想いをぶつけ合い、人知れぬところで途切れた物語が再び紡がれようとしている。様々な『何か』が進行していく中、クロノは未だ目覚めずセツナはハチャメチャに巻き込まれていた。
「こんにちわ! 突然ですまないがお話を聞かせて貰えないだろうか!」
「あら美味しそうな肉だわ?」
「失礼しましたああああああああああああああああああっ!!!」
「あらら、また駄目か……」
肩を落とすアルディと全力で逃走する切り札に追う蟻の虫人種、龍の手がかりを求め暴食の森から来ている魔物達を訪ねているのだが、そもそもまず会話が成り立たない。
「困ったなぁ……結構な数来てるし協力体制築いてるから数撃ちゃ当たるかと思ったが……」
「魔物の文化は特異だからね……暴食の森はルールも独特……そこに住まう魔物達もとても未知未知していて意思疎通が困難……暴食さんから何かないのですか?」
「話すより喰ってから考えろとしか言えねェなァ」
「つまり……こちらも食べるコミュニケーションを……!」
「無理に理解しようとしないで? 俺もう止めるの面倒だし色々と崩壊するから」
「カトーネスってマシな方だったのな、バトル脳なだけで」
「喋ってないで切り札を助けろお前等ぁっ!!!!!!!!!!!!!」
「しょうがねェなァ……」
ディッシュが姿を消し、その一瞬でセツナを追い回していた蟻の虫人種の肩に嚙みついた。そのまま足を払い、両手を背後から抑え込む。
「お前は今一回食われた、立場は餌だ……弁えろ」
「これが本物の暴食……あぁ……これが捕食者の目……!」
「あいつには何が見えてんだ?」
「実に興味深いのですよ……食べてみたい食べられてみたい……」
「幼馴染が変な未知に目覚めそうで鬱だわ」
(苦労人だなぁ……)
結局この蟻さんは何も知らず、セツナが疲れただけに終わった。
「やっぱり魔核個体レベルじゃないと、有益な情報は得られないかもね……」
「おい! なんでさっきから最初に声かけるの全部切り札の仕事なんだ! 食われかけるし追いかけられるし舐められるし縛られるし吊るされるし散々なんだがっ!?」
「仕方ないじゃないか、暴食さんが表に出ると萎縮したり羨望の眼差しだったり戦闘始まったりで話が進まないし、ピリカちゃんは暴走してレラ君過労死だし、ルベロさんはこういうの向いてないし」
「じゃあアルディが行けよ! こういうの向いてるだろ!!」
「精霊はね、契約者の二歩後ろから見守るポジションなんだよ」
(それプラス、無茶を止めるポジションね……ルーンと比べるとクロノは心配かけるけど大人しいよなぁ……ははは……)
「うぅ……このままじゃ切り札が食卓の切り札になってしまう……まだ何も進展がないのに今ので今日何度目の命の危機なんだ……」
「こんな雑魚食っても不味いと思うんだがなァ」
「頑張った切り札に対する言葉使いくらい考えろぉっ!!」
「あァ!?」
「ごめんなさい」
一睨みで丸くなる切り札だが、この調子じゃ本当に行き詰ってしまう。暴食の森の魔核個体達はクロノと知り合いの筈だし、そこを利用できればスムーズに話が進むのではないだろうか。
「クロノも暴食の森に投げ込まれた時は大変だったと思うけど、ちゃんとコミュニケーション取って友達沢山作って帰って来たんだ」
「セツナも頑張れば大丈夫さ、自分の力を磨いてしっかり生き抜いてきた魔核個体さんなら話も結構通じるかもしれないし、何事もトライだよ」
「トライ&エラーで命失ったらトライ出来ないんだよ……!」
「うぅ……でもクロノも通った道なら……やってやるよ……切り札ファイトー……!」
(ちょっとズルかったかなぁ……)
というわけで暴食の森からやってきた魔核個体を訪ねるべく、セツナ達は森エリアにやってきた。
「フリークインかカトーネスを先に見つけたいな……知ってる顔を挟まないと緊張で腰が抜けそうだ」
「ボヨン」
「おっとごめん、ぶつかってしまったぞ」
森エリアに踏み込んですぐに、セツナがとても大きなキノコにぶつかった。
「ひゃあ、大きなマタンゴなのですよ」
「あれ、クロノが苗床にされかけたって言ってた子じゃないか」
「確か、君も魔核個体だったよね」
「エンカウントが早すぎるぞ! ぎえええお助け!」
「ヌー……ボヨヨン……ヌマ―」
「な、なんだ? 左右に揺れるだけ……もしかして大人しい子なのでは!?」
「胞子ばら撒いてるから離れた方が良いのですよ」
「吸い込むとぼんやりして、その隙に苗床コースだぞ」
「立て続けに危険が襲ってくる!」
ひとまず距離を取るセツナ達だが、当のマタンゴはぼんやりと空を見上げている。こちらに対し、殆ど関心がないようだ。
「クロノが話してくれたんだけど、食用可能なキノコを分けてくれるくらいには仲良くしてたみたいだよ」
「一度として会話は成立しなかったし、そもそも喋れるのか分からないとも言ってたけど」
「今の状況に最も不適切だよ!!」
「けどよ、今のところ出会った暴食関係者で一番マシじゃねぇか? 切り札ちゃん食われかけてねぇし」
「苗床にされかけたよ!」
「捕食者の目もしてないしな」
「ちょっと頭にキノコの被り物をしているぼんやりさんって見た目なのですよ」
「巨大キノコに顔が付いてる見た目だよ! キノコと一体化ってより8割超えるくらいのキノコだよ!!」
「クロノから好き嫌いはダメって言われてるでしょ」
「食事の話してるんじゃないよ! 意思疎通の段階なんだよ分野からして迷子だよ!」
(ツッコミだけならクロノの役目を果たしてるなこの子……)
「まぁでも、いきなり捕食してこないだけ安全なのは間違いないよ」
「奴の足元からやばい色したキノコがやばい速度で生えてきてるんだよ!! 近寄ったら切り札茸になっちゃうよ!!」
「あァうるせェなァ!! だったらギリギリ安全な距離を見極めてさっさと情報聞き出してこいや口だけ切り札ァ!!」
「過去一で切り札の扱いが酷い!!」
ディッシュに蹴り飛ばされ、セツナがマタンゴの方へ転がっていく。地面を這いずり距離を伺うセツナだが、マタンゴはこちらを見もしない。
「セツナ!」
「なんだよぉ……助けにならいつでも来てくださいお願いします……」
「クロノは彼女をキノコさんと呼んでいたらしいよ」
「その情報で何を救えると思ったんだダメ精霊」
(あぁもう! クロノの友達ならなんとかな……る気が欠片もしないよ、このキノコずっと上見て左右に揺れてるし……しかしやるしか……)
「や、やあ! さっきぶつかってしまった切り札だよ! こんにちわいいお天気ですね!」
「ボヨンボヨン」
「私は切り札のセツナだ! お名前はなんですか! ご趣味は!」
「ヌー」
「喋れますか!!!?」
「ホァー」
「チェンジで、心が折れました」
「なんて頼りにならない切り札だ」
「無理だろこれは!! 観葉植物に話しかけてる方がまだ心が豊かになるよ!!」
「左右に揺れてるだけの人の顔が付いた巨大キノコに話しかけ続けるのは精神が病むわ!」
「大体このキノコどうやってここに来たんだよ!! っていうか何しに来たんだ揺れてるだけだぞこいつ!」
「こらこら失礼じゃないか、遠路遥々協力しに来てくれた大事な戦力に」
「魔核個体なんだよ? 実際強い力は感じるし……マタンゴは戦闘が得意じゃない魔物なんだから、そこまで力を伸ばすには長い歴史と物語が……」
「実に、興味……深いのですよ…………」
「抑えろ……ピリカ、抑えろ……!」
「長く生きてるなら尚更情報くれよっ!! 龍の情報をっ!! クロノが待ってるんだよぉ!!」
「助けたいんだよ! 何でもいいから知ってることを……!」
「あれはいつの事じゃったか……森に龍が降り立った事があってのぉ」
「!?」
「センシュウ花の糸を引き千切り、そりゃあもう強引に着地しよった……地は揺れ、大気は震え、わしの胞子も舞い上がったものじゃ」
「あ、はい……はい……?」
「暴食様の力に興味があったそうでな、力試しに来たのじゃよ……名は何と言ったか……若い龍で世界を見て回っていた好奇心旺盛な龍じゃった……」
「龍など珍しいからのぉ……森の皆は珍しいご馳走が舞い降りたと群がり、龍はドン引きして空に飛び立った」
「当時森から出られるほどの強者達は若い龍を喰らおうとその後を追い、暫くして戻ってきた……ちなみにわしはその時も左右に揺れておった」
「戻ってきた者達はこう言っておったよ……『結構美味かったから生かしておいた、また喰いに行く』とな……当時の龍虐め参加者ならば、居場所を知っておるじゃろう……逃がさぬようマーキングしておいたらしいからのぉ」
「これは有益な情報を得られたね、当時の参加者について何か知らないかな」
「待って? 私は切り札として色々とやらなければならない事がある気がするんだ、会話を進めないで?」
「蜘蛛のラーネアを始め……ムカデちゃんとカマキリちゃんだったかねぇ……」
「わしはユラユラしていたからねぇ……」
「助かりました、揺れているところお邪魔して申し訳ない……」
「クロノ君の為ならこの程度お安い御用じゃよぉ……また一緒にユラユラしましょうねと伝えてくださいねぇ」
にっこりと微笑んだキノコさんは地面に沈んでいき、何処かへ移動してしまった。情報を手に入れたアルディ達は早速行動を始めるが、セツナだけがキノコさんの残した穴を見つめ固まっていた。
「切り札ちゃんー? どうした行こうぜー?」
「…………うん、今行く……」
ルベロの声に力なく反応するセツナ、振り向く途中で足がもつれ転んでしまう。いつものドジではない、それ以上の衝撃と虚しさと無力さがセツナの全身を叩いた。
「突っ込めなかった……クロノ、クロノォ…………早く、戻ってきてよぉ……!!」
切り札、完全敗北の瞬間である。




