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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十七章 『切り札奮闘記』
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Episode:ルイン  ⑤ 『逆回転の物語』

 ここはアノールド大陸、クロノの生まれ育ったカーリ村の近くだ。街道から離れた場所で焚火を囲む三つの人影、その内一番小柄な影が火のついた枝を俯く青年の顔面目掛けぶん投げる。



「あっじゃあ!?」



「いつまで迷ってるのさ、なんで村のすぐ近くで野営準備しなきゃなんないのさ」



「違うんだって! なんか覚えてないけど生き物としての危機感知能力が警告を発してんだって!」

「空っぽになった俺の内側から、それでも『この先にお前の天敵が居るぞ』って叫んでんだよ! タイミングを間違えたら確実にあの世行きに……!」



「わけわかんない事言ってないでさっさと情報収集するんだよ、偉そうな口だけ悪魔に成り下がるよ」



「その枝を置きなさい! マントが燃えちゃうでしょうが!」



「…………複雑だけど、シャルが楽しそうで嬉しい」



「注意しろ保護者ぁっ!」



 シャルに追いかけ回され、最終的に凄まじい切れ味のスライディングで転倒させられた。そのまま追い打ちの飛び蹴りをくらい、悪魔は少女の下敷きになる。



「……ルイン、あの村にはルインがルインだった頃のヒントがあるんだよ」



「あぁ、分かってる」

「俺自身の事……あの子の事……きっと知りたかったもんがあるんだろうな……何一つ思い出せないが、不思議と懐かしさを感じるよ」

「けど、危険を感じる以外になんか入りにくいっていうか……今の俺に資格がねぇっていうか……」



「ゴチャゴチャうるさいんだよ」



「待て待て待てその方向に腕は曲がらな……ぐあああああああああ!?」



「これ以上うだうだ言うならシャル一人で突撃してルイン知ってる人居ませんかって聞き込み開始するよ」

「また日が暮れてきてるし、これ以上遅くなったら普通に迷惑な時間帯になるよ」



「分かった行くよ! 行くから!!」



 これ以上渋ると違う意味で危険だ。ルインはマントを被り直し、覚悟を決め村に向き直る。



(……初めて来るはずなのに、何度も通った道に感じる)

(何度も駆け抜けたような……ん?)



 足を止め、振り返る。後ろに立っていたシャルが首を傾げこちらを見た。



「どしたの?」



「…………なんでも、ない」

(いつも、そこに誰か居たような……いつも、俺の後ろに……)



 答えは出ない、それでもそれは自己主張を続けている。当たり前だった何かは、透明なまま自分を象っていた。村に入ると、数人の村人が目に入る。仕事を終え、農具を片付けている最中らしい。



「…………私達の調査によれば、そんなに大きな村じゃない」

「…………けど、平和……カリアとの関係も良好」



「ルイン、なんか思い出した?」



「懐かしくはあるが、何も……」



「おや? 珍しいなこんな田舎に旅人さんか」

「何か用事でも?」



 片付けをしていた村人が一人、こちらに気づき声をかけてきた。



「……人を探している、ロート・ルインという男を知らないか」



「え、ロー? あいつは勇者として旅に出てるぜ」

「あいつの家なら向こうだけど、残念だが無駄足だったなお前さん」



「そうですか……いや、十分です……ありがとう」



 頭を下げ、ルインは示された方へ歩き出す。自分の名前を、当然のように知っていた。愛称で呼ばれたその名が、頭の中で響いた。



(ロー……あの子も、そう呼んでいた)

「……この、道……」



「? ルイン、そっちじゃないよ」



「いや、こっちだ、こっちに村長の家がある」

「俺は、知ってる……」



 空白が覚えている道を辿り、ルインは村長の家を目指す。本能が、自分の家よりこちらを選んだ。何故かは分からないが、家に戻るわけにはいかないと全身が叫んでいた。



「はて、珍しいの……こんな田舎に旅人さんとは」



「それさっきの人も言ってたよお爺ちゃん」



「ははは、それだけこの村がど田舎という事じゃよ」

「お嬢ちゃん達はそんな田舎に何用かな?」



 突然の来訪にも関わらず、村長はこちらの話を嫌な顔一つせず聞いてくれた。村全体の空気も穏やかで、本当に居心地の良い場所だった。



(落ち着くのは、懐かしさのせいだけじゃない……そういう村だ、ここは)

「ロート・ルインという男に用があるんだ、奴の居場所に心当たりはあるか」



「…………むぅ、そうか」

「村人にはまだ伝えておらんが、ローは亡くなっておるんじゃ」



「……死んだと?」



「ワシとローの両親、そしてカリアの王はそう聞いておる……勇者の訃報は証を授かった場所に届くからの」



「……家族は、なんと?」



「悲しんでいたが、受け止めておったよ」

「良い子じゃったからなぁ……ワシも悲しいよ……妹さんが亡くなった時も折れずに、救われぬ者を救い出す勇者になると、ずっとひたむきに努力していたよ」

「お前さん方が何の用があって彼を訪ねてきたか知らんが、まだ傷も癒えておらん……彼の家族はそっとしておいてあげて欲しいのじゃが……」



「無論だ、辛い事を思い出させたな」

「話してくれてありがとう、邪魔をした」



 頭を下げ席を立つルインを、シャルロッテと鈴は黙って追いかける。村長の家を出てすぐ、ルインは小さく呟いた。



「じゃあ、俺は誰なんだろうな」



「ルイン……?」



「さてどうしよう、次は何を目指せばいいかな」

「こんな話を聞いた以上、この話題を持ってローとやらの家を訪ねるのは流石に気が引ける」



「…………なら、カリアの王は?」

「…………聞いた話なら、王も関係者でしょう」



「そうだな、この際だし会えるなら会っておこうか……」



「ねぇ、ルイン」



「んー?」



「本当に、会わなくていいの? 家族にさ」



 シャルの問いに、ルインは困ったような顔をした。



「いやあ……俺の家族じゃ、ないだろう……」

「困らせるだけだろうし、悲しませるだけだろうしな……」



「後悔しないの?」



「……俺がなんなのかすら、分からないからな……」

「迷惑だろうし……知りたいが為に踏み込んで、また傷つけるかもしれない」

「あんな涙は、もうごめんだ……」



「…………悪魔は欲に忠実だというのに、本当に変な悪魔だお前は」



「酷いなぁ……」



「…………兎も角もう日も落ちてる、カリアに向かうのは明日だな」



「そうだな、夜の山道はそりゃ怖いから……」



「…………? カリアまでは街道を通る、山道って何の話?」



 鈴が振り返ると、ルインの足が止まっていた。その視線の先には、確かに山が見える。



「…………? どうした?」



「ルイン?」



「熊も出る、必死に逃げても、家に帰れば怒られて……」

「俺はよく、匿ってもらって……結局それでもばれて、怒られて……」



 足が、勝手に動いていた。知らない筈の慣れた道、駆け抜けた先に家があった。



「何度も、何度も、何度も、毎日、毎日……俺は、お前と……ここで……」



 自分の中にはもうないけれど、思い出も記憶もここにある。拳を合わせ笑い合った記憶は、ここにある。



「俺は、俺なのか……? 言い切れない、確証がない……でも、だったらなんだ、なんで空っぽの胸が、こんなに痛む……」

「これは、この記憶は……本当に、俺の物なのか……?」



「ルイン! 急に走らないでよ!」



「…………村の外れに家? む、墓があるぞ」



「お墓? ルインはここを目指してたの? 誰の家?」



「う、ああああああああああああああああああああっ!!」



「えちょ、なに!?」



 絶叫と同時に、ルインは全身から魔力を発する。その光とは別に、村の方で黒い閃光が走った。



「…………ッ!? 村の方で何かが弾けたぞ!」



「あぁもう何事!? 何が起きて……これ悲鳴だよ!」



 村の方で、明らかに異常な事が起きている。誰のものとも知れぬ悲鳴を聞いたルインは、気づいた時にはもう駆け出していた。



「あっ!? ちょっとルイン!」



「俺が誰かなんて、どうでもいい……」

「目の前の悲劇を前に、何も出来ない、何もしない俺はっ!! もういらないっ!!」



「わけわかんない事言って……鈴! どうしよう村で何か起きてるのかな、ルインも正気なのかどうか……!」



「…………私が付く、何かあったら能力で援護する」

「…………シャルはここに居て、隠れてて」



 そう言い残し、鈴は自分の能力で転移してしまう。



「あちょ……もう、即断即決が過ぎるよ……」

「隠れててって言われても……何もしないで見てるだけなんて出来るわけ……」





『んー? 不思議な事もあるもんだ、これは一体どういうことなのか』





 不意に、シャルロッテの背後から声が響き渡る。その声は妙に透き通っており、普通の声じゃなかった。聞こえないのに頭に響くような、音として不確かな透明な声だ。振り返ったシャルロッテは、異様な物を二つ目にした。一つは青白く光る墓、もう一つはその上に座っている青白い女性。



「……は?」



『あ、やっぱり見えてる? あはは超常現象だね!』

『幾つも奇跡を起こしてきたし、見てきたけど……これにはあたしもビックリかなぁ』

『うーむ? さっきの悪魔くんの魔力が原因? 固有技能スキルメント? いや、あるいは……』

『勇者の奇跡……? なんてね♪』



 笑う女性に呆然とするシャルロッテ、彼女達は知る由もないだろう。今も眠り続けるクロノ、その懐にしまい込まれた亡き兄貴分の形見の指輪。死んだ勇者の証は砕け、人知れず形を変えていた。誰にも気づかれず、その意味を叫んでいた。




 終わった物語に、等しく続きを。



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