第六百六十八話 『歴史の残り香』
「今のところ確かな手掛かりはないわけだけど、案を出した暴食さんは心当たりとかないのかな」
「ボク等の記憶は数百年前の錆び付いたもんだって分かってて聞いてるのかァ? まぁ、そもそもボク等は龍の住処なんざァ知らないけどなァ」
目的地が決まっていないからか、通路がグネグネと迷路のように変化し続けている。あてもなく彷徨うセツナ達は方針を話し合うが、何気ない移動時間で精神が削られそうだ。
「あのさ、あのさ? どっか落ち着いた場所で話し合わないか? 自分のアジトの事悪く言いたくないけど、吐きそうになるぞ……」
「あたしは気にならないな、どうせどこ歩いても迷うし」
「わたしは好奇心が留まる事を知らず、違う意味で倒れそうなのですよ」
「そうだな、俺もこの知識欲の怪物を抑えるのが限界だよ……一刻も早く落ち着ける場所で休みたい」
(同意もあったのに気持ちがバラバラな気がする……)
「はっ!? 道が開けたぞ! 食堂が見える! 乗り込め!」
あれから流魔水渦の仲間達を手当たり次第訪ね龍の情報を聞いて回ったが、有力な情報は得られなかった。適当に道を進み、捻じれまくる先で出会った仲間にひたすら聞きまくるランダム作戦は大失敗に終わったのだ。
「そもそも、今お前等は悪魔問題に総動員なんだろォ? 人手が足りないからこそ、最初はお前が動くのも渋られたんだしなァ」
「つっても、切り札ちゃんがクロノ君の為に動いてるのはもう仲間内で知られてるんだよ」
「方々に散ってるお仕事中の奴等も、切り札ちゃんが探してるもんの名前くらい聞いてる筈だぜ? 龍の情報が耳に入ってりゃ、嬉々として教えてくれるだろうよ」
「つまり何も情報が入ってないこの状況、本当に手がかり0なのですねぇ……」
「わたしとしては本当かどうか分からない龍の情報が山のようにあるのですが、これを全部巡るとなると数週間はかかりそうで……」
「総当たりは最後の手段かもな、一応候補近くの流魔水渦メンバーにチラッと調べて貰う程度にしとこうぜ……」
「しかし希少種とはいえ龍王種ってこんなにも見つからないもんなのか? どでかいイメージで隠れようにも隠れきれないような……」
「はぁ……レー君、エルフとしてがっかりだよ……」
大きなため息を吐きながらも、ピリカが席を立ちレラの近くに歩いて来た。危険を感じ逃げ出そうとするレラだが、肩を掴まれ無理やり座り直される。
「個体数が少ないのもそうだけど! 龍は強く賢いの! 大体大きさなんて龍にとっては些細な問題だよなんだ分からないの!? 人間化や別の魔物に化けたり透明化や認識阻害、あらゆる方法で世に溶け込むそれくらいの能力と知恵があるんだよ圧倒的なステータスの高さもそうだけど龍の強みはむしろそこにあると言っても過言じゃないし好戦的な個体も居るかもしれないけど大半が無益な争いを好まない孤高で大人な感じなの格好いいの分からないのレー君はロマンが分からないの!? 龍が出てくる物語を読んだ事ある? 全部が全部憧れと興奮を与えてくれるんだよ子供に読ませれば次の瞬間には冒険に出たい欲が溢れんばかりにあぁもう話がずれたねそうまずは龍の魅力について最初から最後の二週目までしっかりと!!」
「うわああああああああああああああああああああああっ!」
「どぇれの連れてきたな……切り札ちゃんよぉ……」
「私の人選じゃないぞ……」
レラが文字数の山に物理的に潰されていく。椅子ごと潰れていくレラを見て、ルベロとセツナは震える事しか出来なかった。
(ピリカちゃんの言う通り……龍種は強い個体であればあるほど自分から積極的に戦ったりはしない……自身の縄張りで静かに過ごすのを好む……セシルみたいなオラオラ系は結構珍しい方だ、まぁあの子は育ちが育ちだしなぁ……)
(縄張りを荒らされればその牙を向くけど、対話次第じゃ戦闘だって避けられる可能性はあるんだ……やっぱり最大の問題は住処を見つける事……僕等の知る龍の住処、セシルの故郷は既に……)
「暴食さんは、以前どうやって龍の血を?」
「偶然の邂逅だなァ、国を襲ってきた奴を返り討ちにしたんだぜェ」
「龍王種の中でも格下、弱めの個体だったがなァ……どの部位も高く売れたもんだ」
「龍の……いやァ……魔物の能力は血に宿る、種の力は血の力だ」
「その通りなのですよぉ……」
レラを沈めた知識の怪物が、ディッシュの言葉に反応しゆらりとその身体をこちらに向けてきた。
「おっと……ヘイトがこっちに向いたね……」
「龍の血の力……固有能力である沸血! 効果はシンプルに身体能力の向上! 熱量を上昇させ全身煮え滾らせるわけなのですが……!」
「注目すべきは熱量上昇や身体能力向上じゃなく、通常じゃ有り得ないほどの限界温度の最大値だ」
「宿す能力が多種多様な魔物の血の中でも、加工する上で幅の最大値は枷であり限界点……龍の血はその幅が広く、宿す効果を最大限活かせるわけだ」
「っ!! やはりそうなのですね……ならやはり強い龍の血の方が……」
「あァ、当然同種でも差があるさァ……上と下を比べりゃもはや別種と言ってもいいくらいだなァ」
「今でもあるのかねェ、童話で、あれだ……龍の血をガラス瓶に詰めようとして瓶が溶けちまう奴……あれは実際有り得るだろうよ、沸血直後なら尚更なァ」
「地底伝説四章なのですよ!!」
「あァそれだそれだ」
「凄いなぁ……ピリカちゃんと語り合ってるよ」
「これでも元インテリなお仕事してたんでなァ、大罪の悪魔の頭脳派担当だァ」
「吐き気がするぜ……!」
目を輝かせるピリカと色々意見を交わすディッシュ、ポンポンと知識が飛び出てくる辺り頭脳派担当は嘘ではなさそうだ。
「……けど童話か……昔話や伝説をモチーフにしてたりするよね……」
「実話が元になってたりなァ、地底伝説も大昔の勇者の実話が元だっていうしなァ」
「なら作中の地底龍・オルゴグランゼも実際に居たのですか!?」
「居たとしても存命ではねェだろォ……作中でぶっ殺されてるしなァ」
「会いたかった……! 無念なのですよ……!」
「けど考えてみると、龍ってのは珍しいからか物語とかによく残されてるイメージあるな」
「大昔のは期待薄いけどよ、最近出来たばかりの話とかならマジでその龍に会えるかもしれねぇな」
ルベロが謎の肉料理を口に運びながら、そんな事を口走る。暇だったのだろう、彼女は食堂の料理を山のように運んできていた。それを見たディッシュが静かに席を立つ。
「雲を掴むような話だが……手がかりがない以上、その辺から当たるのが良いのかもな……」
「あれ、レー君ダメージ受けてない? どしたん?」
「お前にやられたんだよ……!」
「龍……りゅう……りゅー……おごごご……」
「切り札ちゃんどったー? お腹痛いのか?」
「覚えてないけど、なんかあったような気がするんだ……ルトが言ってた気がするんだ……龍の関係してた事件……」
「んー? 魔物関連の事件は毎日転がってきてるけど、龍の関わってた奴なんてあったかぁ?」
「それがマジなら、絵札のあたし達の耳には絶対入ってる筈だけどなぁ」
「……暴食の森に関わってる話、じゃないかな?」
アルディが零した言葉、それにルベロの片耳が反応した。
「暴食の…………あーっ!! 何年か前に会ったぜそんな話!」
「暴食の森に龍王種が降り立ったんだ、数時間でどっか飛んでったからそれで終わった事件だな! 何してたのかもわっかんねぇからみんなすぐ忘れちまったんだ」
「ボクの寝てる間にそんな事がねェ、ボクは知らない間にどこぞの龍に足蹴にされたわけだ」
(なんだこいつやっべぇ量の料理持ってきてんだけど)
「なるほどね……だからか」
(声かけてくれれば良いのに……何を企んでいるのやら)
「暴食の森に龍種が……確か森から来てる魔物達が何名か居ましたね!」
「話を聞いてみるか、なんか分かるかもな」
「善は急げだ! 怖いからみんなで行くぞ!」
「喰う以外の事を、記憶に留めてればいいけどなァ」
微かな光明を見つけ、セツナ達は意気揚々と席を立つ。だがルベロだけは、ディッシュが一瞬で積み上げた皿の山を前に震えていた。
(……どんだけ喰ったんだ、見えなかったぞ……一瞬で山が……)
「負けねぇ……頭脳派だかなんだか知らねぇが……テメェには負けねぇぞ悪魔野郎っ!!」
「いや、なんで喧嘩売ってきてんだテメェは……」
突っかかってくるルベロをいなし、ディッシュは欠伸をしながら最後尾を歩く。そんな中、セツナが興味本位でディッシュに並んだ。
「あの、さ」
「知らねェ」
「お前はコミュニケーションって概念を人間時代に置いて来たのか?」
「私に協力してる間以外って、お前達は他の大罪を追ってるんだろ?」
「ミライの情報はねェ、他の大罪っつうか完全に傲慢狙いだな」
「……最初にクロノの部屋に来た時、お前は腕を怪我してた……今はもう、治ったみたいだけど」
「なに、してたんだ?」
「別に、予測して、その通りの場所で傲慢に会った……んで器と意識が入れ替わって、取り逃がした」
「ツェンに意識が戻れば、また襲撃場所の予測は出来る……次は逃がさねェよ」
「クロノ起こしたらさ、私も手伝うから」
「はァ?」
「クロノもそう言うと思う、仲間だもんな、絶対手伝うからな」
「間に合うか分かんないけど、これだけは絶対言っとこうって思ってさ……んじゃ怖いからさらばだ!」
急ぎ足で駆け出すセツナの背中を、ディッシュは黙って見つめていた。吐き捨てようとした言葉が何故か出せなくて、数秒止まってしまった。
「バカかよ」
ようやく絞り出せた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
その頃、傲慢の悪魔はその能力を振るい木々を薙ぎ倒していた。黒い魔力が乱れ飛び、邪光の嵐が周囲に穴を開けていく。目的はない、ただ暴れているだけだ。肉体の主導権を奪い合い、悪魔は天を仰ぎ咆哮する。暫く暴れ続けた悪魔は、ようやく顔を上げた。
「人間風情が……ここまで煩わせるか……!」
「邪魔も入った……ディッシュ、レヴィ……お前達が何故そっち側に居る……」
「お前達が出てこなければ……メリュシャンを消し飛ばせた……! お前達が何故、その国を庇う……!」
「……我等を陥れた、利用した……時が流れても罪は消えぬ、薄汚れた歴史の上に建つ国など我は認めぬ、必ず潰して……」
多少落ち着きを取り戻した傲慢は、近くに人の気配がある事に気づいた。一つ二つではない、どうやら村があるようだ。
(……人間の気配……煩わしい……誰に断って息をしている、ゴミが……)
まだふらつく足取りで、傲慢の悪魔は人の気配に誘われるように進んでいく。森を抜け、木々の間から村の入り口らしきものが見えてきた。今まさに村に入ろうとしている人影も一緒に目に入る。
(あ?)
マントで隠しているが、あれは悪魔だ。三人組だが、一人は間違いなく悪魔だしもう一人のガキは人間じゃない。これでも自分は悪魔になる前は真っ当な冒険者、修羅場は幾つも潜ったし経験値は誇れるくらいにはある。人とそうじゃないモノの区別くらい、目を凝らせば分かるつもりだ。あんなお粗末な変装、見間違えるわけがない。
「…………早く行こう」
「まぁ待ってくれ……緊張するんだよ……!」
「ルイン、格好悪い……」
和やかで、温かい気配だ。敵意を感じない、平和な空気がそこにあった。それが、どす黒い感情を加速させた。
「人と、悪魔と、魔物か? どうして一緒にいる、どうしてそれが許される」
「時代か? お国柄か? 何が変わった、どう変わった、否定が我等を生み、それだけが我等を肯定した」
「なら、我はそれを許しはしない、許すわけにはいかないだろう……許せるわけがねぇんだよ……」
「…………殺してやる…………」
その悪意だけが、自らの存在証明。




