第六百六十六話 『理解の先に』
「というわけで、僕達は血を分けてくれる龍を探しに……」
「龍と言ってもその生態は様々であり飛龍と一言で言っても火龍に水龍、かのジパングでは神と崇める地域もあると聞きますここは強ければ強いほど良いなんて曖昧な情報しかない以上総当たりで数多くのそりゃあもう知識欲のままにありとあらゆるドラゴンさんと意気投合のフレンドリーなふれあいでいっそドラゴン図鑑を作り上げるくらいの勢いでへぶあ!」
「開幕から文字数のバランスが崩れてんだよ」
暴走するピリカの後頭部をレラが刀の峰で殴りつける。だが、ピリカは白目のままその場に踏み止まった。
「龍との邂逅なんて生きている内に何度あるか……生物の頂点、数ある種の中でも特に優れた生命体……内に宿す力はどれも最上位……知りたい……その未知に触れる事その物がエルフにとって至高……」
「どんな苦難も、何が立ち塞がろうとも……わたしは……止まりはしないのですよ……!!」
「この執念はカムイを思い出すね」
「一応師匠なんでな、こいつのこれはもう呪いのレベルだけど」
(うん、今回の仲間もまともじゃないのがいるな、怖い)
「ピリカ、まだスタート前だから、お願いだから落ち着いて、落ち着けお前……」
「何処……龍……知りたい、見たい、触りたい……あっちもこっちも未知の匂い……世界はこんなにも美しい……!」
正気を失い始めているピリカをレラは羽交い絞めにして抑えつける。力負けしているのだろう、レラを引きずったままピリカは何処かに向かい始めていた。
「ど、どこに行く気だ!?」
「未知の輝くその先へ!」
「どうしよう今回も会話が成立しない」
「あはは、会話が成立しないで困るなんてクロノもよくあった事だよ」
(僕達も、ルーンと会話が成立しないなんてよくあったけどね……)
楽しそうに笑いながら、アルディはピリカの首筋に手刀を叩き込んだ。気絶したピリカをレラに任せ、アルディは笑顔でセツナに向き直る。
「さぁ、暴食とルベロさんを迎えに行こう! 出発するよ!」
(流れるように気絶させたぞ、表情も変えずに……)
「すまないな……早々に迷惑をかけて……」
「大丈夫だよ、慣れてるから」
「クロノを目覚めさせる為だ、気合い入れて頑張ろう!」
(そうだ……クロノの為だ……今回も頑張るぞぉ……)
「龍はプライドが高い孤高の存在、血をくださいではいどうぞなんてまずありえない」
「十中八九戦闘になるだろうし、穏やかな旅路とはいかないだろうね……改めて協力感謝するよ」
「クロノの為なら、魔王だろうが神だろうが相手してやるよ」
「あいつの夢を支えるってのは、そのレベルだろ」
「良い友達に恵まれてるね、僕らの契約者は」
(頑張りたいなぁ……指先冷たくなってきた……)
(……うぅ……切り札の道は険しいなぁ……)
アルディ達の後をちょこちょことついていくセツナには、今のところ転ばないようにするくらいしか出来ていない。結局気を付けてもこの後三回も転んでしまい、セツナの自信は順調に削れていく事になる。それでも、へこたれている暇なんてない。今回こそは、切り札らしく少しくらいは活躍したいのだ。
(それに……海での最後……私の知らない私……切り札の私の、ヒント……ようやく触れた、見えたんだ)
(私は知りたい、私の忘れた全部を……取り戻せると知ったから、思い出せると分かったから……)
(頑張った先に、きっとそれは待ってるから……!)
霞の中で触れた、確かな答え。手を伸ばした先に何かがあるのなら、セツナは伸ばしたいと自分の意思で思ったのだ。だからどんなに険しい道でも、その歩みは止まらない。迷いなんて、置き去りだ。
切り札が順調に成長している頃、クロノはマルスにボコボコにされていた。
「次が始まらないな、修行が捗って良いけどさ」
「修行? ストレス発散リンチの間違いじゃないか?」
記憶の再生は暫くされておらず、クロノはあれからずっとマルスから組手とは名ばかりの暴力を受け続けていた。
(いや、卑屈になるな……マルスは手心は無いけど、それでも真正面から受けてくれてる)
(一方的にボコボコにされてるのは、俺が未熟だから……思えばローやセシル、格上と戦う時俺は精霊の力を借りてなんとかってレベルだった)
(全部取り払って、己の力だけで挑むとこうも、俺は……!)
「我流の体術、それ自体を悪く言うつもりはない」
「けど君は外付けの力は強大だが、基礎がそれに追い付いていない」
飛び掛かるクロノに対し、マルスは態勢を低くして前に出る。クロノと交差するように地を蹴り、マルスは地面ギリギリのところで身体を回転させクロノの顔面を肘で殴りつける。そのまま片手を地面に付け、怯んだクロノを両足で蹴り飛ばした。
「外付けの力を上手くコントロールして誤魔化して来てるが、基礎がなってないから戦闘後の反動もでかい」
「今回のこの事態も、消耗のでかさも勿論だけど君自身の未熟さ故だ」
「耳と顔面が痛いなぁ……!」
「まぁ基礎は今ここで出来る限り叩き直してやるけど……そんなの誰でも出来る基本中の基本」
「基礎を伸ばせば、他の伸びしろも伸びて出来る幅も広がる……個々人の武器を特化する事こそ強者の在り方」
「強さとは、他の理解を超えた先にある」
「他の理解の先?」
「特に人は、理解できないモノを恐れるからな」
経験則からの言葉は重い、それを語るマルスの纏う空気はそういった圧を感じさせる。
(まぁ確かに、理解できない奴からはプレッシャーを感じるよな)
クロノは旅路の中で出会った狂った奴等を思い出してみた。一部強さとは違うベクトルの怖さを持つ奴等も居たが、総じて警戒はしてたなと納得した。
「固有技能もそうだが、戦闘においては能力が何なのか、何が出来るのか、そういった未知はアドバンテージにもなるし脅威にもなる」
「君でいうなら精霊の力、四精霊を従えてる精霊使いなんて稀だからね、常に四択、場合によってはそれ以上の戦法が飛び出す、相手からすれば相当不快だよ」
「最後の方、若干主観入ってないか?」
「後、君は人間の癖に精霊の力を宿して霊体に近い状態になるよな」
「あれは特異だ、初見なら未知その物……君だけの大きな武器だよ」
「基礎を伸ばして出来る幅が増えた時、君はあの技を伸ばすべきだ……君だけの武器を特化させれば、それは誰の予測も超えた必殺になり得る」
「仮霊化か……精霊達に最初は止められたんだよな」
「俺自身なんで出来てるかは、いや今は少し心当たりがあるけど……最初は無我夢中で……」
クロノは手のひらの上に風の精霊球を作り出す。今では当たり前のように出来ているこれも、最初はドカンドカンと破裂させたものだ。
「精霊球のコントロールは大したものだ、複数同時に操り多種多様な使い方をしているな、陽動や、レヴィの時は目くらましにもなった」
「一つ疑問があるんだが、君のあの霊化はそれを握り潰したり砕く動作が必須なのか?」
「え?」
「ゲルトでの最終戦、霊化した部位の属性はその過程を省いて切り替わっていたが」
「あの時はズルをして精霊達が凄くなってたからな……常に自分の中で精霊の力が暴走してる感じで、内側から供給されてる状態だったから……」
「供給、属性の力を供給する為に精霊球を作り出し、砕き取り込んでいると」
「だがその精霊球は揺蕩う自然界の力を圧縮しているものだろう」
「ん? いやこれは俺の中の精霊の……」
「今現在君の精霊は外で、ここから干渉は出来てない」
「君の操作は当然いるけど、その球体を構成する風の力は君の内ではなく、外の物だよ」
「知らず知らずに、君は己の消耗を減らす為に外からも力を借り受けているんだろう、そもそも精霊の、自然界の力はそういうものだし」
「まぁここは君の精神世界だから、内とか外とか言っても若干違和感あるけどさ」
「何処にでもあって、意識しないと気づけない、自然の力はそういうものだ」
「そして意識せずとも使えるようにってのが、自然体だ」
意識しないと気づけない、そしてその極意は意識しなくても使えるように……。ずっと使ってきた、無我夢中で、出来る事を。数々の死闘を乗り越え、今自分のやってきた事を振り返る。その時限りのズルや、無茶、振り返る事で理解出来るピースもある。クロノの頭の中で、経験と発想が手を取った。
(俺は、やった事がある……俺の身体は、その経験を覚えてる……なら……)
風の精霊球を握り潰し、左手を風化させる。ここからだ、霊化した部位に集中する。精霊球を作る時のように、自然の力を集中圧縮させる。球体を作るんじゃない、その力を、圧縮点を霊化させた左手に集中させるんだ。風化した左手が一瞬大きく揺れ、属性が水に変化した。
「出来た……!」
「なんだ、出来るじゃないか」
(今は遅い、意識しないと出来ないし……でも、それでも……!)
(もっと早く出来るようになれば、もっと安定して出来れば……あの時の、ゲルトで至った、ズルの先、全身霊化に近い事が……)
(今までの経験、感覚、全て束ねてここに至った……まだ足りない、けど見えた……次の極致、確かに形になった……!)
「マルス、基礎訓練の続きだ!」
「む?」
「見えたんだ、俺の次の力!」
「俺は自分を理解した、他の奴等の理解の先に行ける!!」
「…………そうか、加減はしないぞ」
「精々、狂っていけ……君の夢は、そうじゃなければ届きはしない」
仲間達の知らない場所で、成長は続いていく。理解の先に、欲する物はある。




