第六百六十一話 『どれだけ荒れても、その先は』
「ごめんで済めば教育は要らねぇんだよ馬鹿がよぉ!」
「許し合う大切さを聞いて欲しいぞ!!」
「なぁに言ってんだディープじゃねぇの! だが死ね!」
「ひぃぃ会話のキャッチボールが物騒過ぎる!」
マーキュリーの乗るクリスタルシャークは周囲を囲む激しい水流をものともせず、ゆっくりとセツナに狙いを付ける。一瞬動きを止め、次の瞬間にはその巨体に見合わぬ凄まじい加速で突っ込んできた。当然だがセツナには避けられない。
(うわぁ視界が一瞬でおっきなサメでいっぱいに……切り札のミンチが完成だ……)
セツナが走馬灯に飲まれる前に、ロスが間に割り込んだ。物凄く冷たい目をしたロスが手をかざすと、クリスタルシャークの動きが蠢く黒い靄のようなものに縛り止められる。
「あ? なんだこりゃ……」
「闇魔法か、おれが出るまでも無かったな!」
「仲間の為迅速な判断と動き……実に見事!」
(仲間の為……というか……セツナ、の……為な気が……)
泣きつくセツナを満足気なロスが抱き留めているが、その内の声はティアラにダダ漏れである。緊迫した状況との温度差にティアラは冷めた目を向けているが、その背後でアクアの魔力が爆発した。
「水竜の宴! 出し惜しみは無しよっ!」
水流の包囲網を押し返し、アクアの操る水が一点集中でクリスタルシャークを吹き飛ばす。一瞬だが、隙が出来た。
「行って! あのバカはあたしと兄様がなんとかするわ!」
「じゃあ任せるが、あのでかいのは中々強そうだぞ」
「腐っても北の王族、実力は昔からよく知っています」
「そう、昔からの腐れ縁です……くだらない海の問題……今回の目的はあくまでクロノ君の為の珊瑚です」
「妨害は請け負います、どうか無事に珊瑚を……」
「あったなぁ、こんなお水遊びが……」
「暫く見ないと思ってたが、変わらぬ弱さに安心したぜ無能共!」
ダメージを感じさせない様子で、クリスタルシャークが戻ってきた。乗っているマーキュリーは呆れたように笑っているが、アクアは怯まず水を操りマーキュリーを直接狙う。だが、加速した水の一撃は片手で弾かれた。
「あの触手姫が異常だったんだ、姿だけじゃなくその強さも……なんだかんだ言って俺はその一点を認めていたんだぜ?」
「趣味が悪いと笑われるだろうが、俺はその屈辱を、デメリットを呑み込み寛大な心で貰ってやるって言ってたんだよ、なのに触手パンチだぜ? 実にディープじゃねぇよ」
「そして今、その部下及び姉妹が人間の為にわっせわっせと国を巻き込みやらかしてやがる」
「残念ながら、昔から仲が良いとは言えない我々の言葉ではマーキュリー様を納得させるのは不可能と思っています」
「ですが、我々はクロノ君に恩義があり、尚且つ彼の作る未来に可能性を感じている」
「彼の言葉は、行いは、貴方すら変えるかもしれない……ならその未来をここで失うわけにはいかないでしょう」
「彼は我等を全力で助けてくれた、だから全力で助けるんです、邪魔をするなら反撃くらい覚悟してください」
「ディープじゃねぇな」
「結局貴方が気に入らないからって話でしょう」
「それもあるが、お前等王族の影響力舐めんなよ、それに仕える者の言葉もなぁ力があんだよ」
「軽率に動けばなぁ、波が立つんだ、波紋は簡単に海を進んでいく」
「人間がなんだ? 陸の雑種がどんな未来を作るって? それが価値あるものでも、ゴミでも、投げ込まれれば波は立つ……広い海、多様な種、複雑に絡み合い今を保つのにギリギリな一つの世界に、不確定な要素を無責任に投げ込む……」
「お前等西の者が引き起こした問題が、嵐にならねぇ保証もねぇ……面倒ごとの種を摘もうとして何かおかしいか!?」
マーキュリーの言葉に一番最初に反応したのは、アクアだった。水の操作が強まり、アクアの腕の動きに合わせ強烈な一撃が放たれる。先ほど同様マーキュリーは片手で弾くが、振るった右腕に痺れが残る。
(……威力が上がっただと……)
「面倒ごと……そうね、最初から変人だったわよ」
「顔を出せば魔物の問題に首を突っ込んで、いつも誰かの為に忙しそうにしてた」
「迷惑だって思っても、無理やりにでも割り込んできて……勝手にこっちの手を取って、余計なお世話ばっかりな変人よ」
「断言できるわ、あの人間が引き起こすのはいつだって嵐、常識も価値観も、吹っ飛ばすような大嵐」
「複雑に絡み合う海の問題だって、いつかきっと綺麗にしてくれる、そう信じさせてくれる変人なのよ」
「あのバカの起こす嵐の後はね、絶対笑顔で居られるのよっ!」
「ネーレウス様だってねっ! あいつと一緒だと笑えてたんだから!!」
アクアの放った連撃がマーキュリーの動きを止め、生まれた隙をネプトゥヌスが突く。二人の操る水流がクリスタルシャークの側面を捉え、その態勢を大きく崩した。
「姉さまがこんなに怒るとは、クロノ君に見せてあげたいですね」
「素直じゃないよね、皆がやるから仕方なくみたいな感じ出してたのに一番やる気なんだもん」
「無駄口叩いてないでさっさと行きなさいよ!!!」
「チィ、お前等! 行かせんなよ!!」
マーキュリーの言葉に反応し、周囲の突貫魚達が再び動き出す。アクアの水流操作で一度乱された動きを整え、再び渦での包囲が始まった。
「鬱陶しいですね、やはり奴等を倒さなければ……」
「任せろ、大罪として見せ場の一つも無きゃ笑われちまう」
「おれはな、力を貸しに来ているんだ……活躍させて貰わないと悲しいじゃないか」
ドゥムディがおもむろに前に出ると、その手が淡く光り輝いた。光の中から、複数の魔力を感じる。
「技能冊に能力を封じる、昔からあった技術だ」
「封じられた能力の持ち主が死ぬと、能力はどうなると思う?」
「え、あ、えっと……そのままだけど、本から出すと消えちゃう筈だぞ」
(私の能力でも封印が出来るから、忘れないように何度も勉強したから……覚えてる)
「そうだ、俺の欲庫も同じような性質がある」
「仕事でな、目の前で消えゆく命だって何度も見たんだよ」
「リーダーがリーダーだったからなぁ、おれ達は助けようとしたし、助けたかった、それでも零れていく命は沢山あってよ」
「消える前の能力だけでもって、俺はこの能力で保管した、記憶は宝だ、暖かいもんだ」
「まぁ、良くは映らなかったらしいけどな……薄汚い不気味なゴーレム、死者を冒涜している、命も能力も殺して奪う強欲の悪魔、好き放題言われたもんだ」
「それでもな、返す奴等はもう居なくても、おれは能力一つ一つ、使い手がどんな奴等だったか覚えている」
「間違った使い方はしていないと昔から自信があるんだよ、なんせ皆良い奴等だった、陰口ばかり叩かれていたおれ達に寄ってきてくれた奴等だからな」
「おれはそんな力を、いつだって仲間の為に使うと決めている」
「『鈍足』『自己強化』『風圧』『氷鎖』『重力指針』」
周囲の動きを鈍らせ、自己能力の強化、前方を風で吹き飛ばし、態勢の崩れた敵は氷の鎖で近くの岩場と繋ぐ、同時に自分と仲間も鎖で繋ぎ、後方に重力を放ち一気に包囲を抜け出した。
「では先に行くぞ! 気を付けろよ!」
「はは、凄まじいな……」
「すぐに追いつきます! そちらもお気をつけて!」
「ふざけ……!」
追いかけようとするマーキュリーの前に、ネプトゥヌスとアクアが立ち塞がる。
「チィ……お前等! 今の奴等を追え!」
「……全く……本気でイラついてきたぜ……何がそこまでお前等を変にしてんだか」
「貴方もクロノ君に会えば分かりますよ、何かを変えるには狂気すら味方に付けなければ」
「本当にイカレてんぞ、本気で勝てるとでも思ってるのか?」
「勝たなきゃ何も変わらないわ、自分も、周りもね」
「本気で変わると信じてるから、変えたいと願ってるから、あいつはきっと強いのよ」
「当てられた以上、少しはあたしも変わらなきゃ」
「怪我じゃ済まねぇかもな、後悔するなよ」
「これで負けたら、相当格好悪いですね、マーキュリー様?」
「やっぱお前、仕える立場の態度じゃねぇわ」
互いの放った水撃が、海中で激突した。大きな衝撃を背中で感じながら、ドゥムディが大きな岩の上に着地する。能力を解除し仲間達を降ろすが、セツナだけ泡を吹きながら痙攣していた。
「ん?」
「速いがすぎる……」
「まったく……この、切り札は……」
「しかし一気に引き離せましたね、マーキュリー様の性格上すぐに追手を向かわせてくると思いますが……」
「アクア姉ちゃん達が頑張ってくれてる内に! 僕達も進もう!」
白目切り札はロスに引っ張らせ、シー達は目的の海中洞窟を目指す。ドゥムディもそれに続くが、ふと視線を自分の右手に向けた。
(今の重力操作は、前の器が奪ったもんだったな……これの使い手は生きている)
(あの器、ゲルトの一件の後どっかに連れていかれたっけか……どうせなら一緒に返しに行きたいもんだが……借りた能力を返す時は色々揉めたり面倒ごと貰ったり良い思い出がねぇなぁ)
(けど、それでもやっぱり能力には記憶が、思い出が宿る……これは持ち主のものだ)
(あるべき物はあるべき場所に、欲しい欲しいと、物を大事にし過ぎた俺の欲は、それを望んでしまう)
(強欲は、欲する物を欲する場所へ、それが一番輝く場所で輝くことを望むのだ……今も昔も……)
(だから早く、みんな揃わねぇかな……元通りに、ならねぇかな)
(おれ達は、七人居なきゃやっぱ……駄目だ、隙間風が吹いちまう)
「今度は、奪われないように……間違えないように……」
欲のままに、欲するままに、もう二度と、離さないように……。




