第六百六十話 『妨害上等、海戦勃発』
「よーし! 出発進行だー!」
「マリアーナ! 先に行くんじゃないの! あたしはあんたが着いてくるの今でも反対なんだから!」
「お姉ちゃんしつこいよー、探し物は僕が居た方が早く済むってお兄ちゃんが言ったんだよ?」
「それにクロノお兄さん助けたいのは僕も一緒なんだから今更留守番とか言わないでよ空気読まないなぁ」
「姉としての心配を何だと思ってんのよ!」
「余計なお節介だって思ってるよ!」
「このガキィ!」
「すーぐ怒る、きっとすぐ老けるよ! すぐシワ増えるよ!」
「出発前に切り身にしてあげましょうかっ!?」
城を出てすぐに仲間内で戦闘が始まった、セツナの青い顔がそろそろ色を失い始めている。
「愚妹がすいません……」
「元気があって何よりじゃないか、元気が無いより百倍は良い!」
「なんせ妨害が確実に入るのだからな! それを物ともしない胆力、頼もしい限りだ!」
「……ん……少なくても、今の……切り札より……よっぽど、頼りになる……」
「何も言い返せないけどさ……行く先に不安しか並んでない状況に切り札だって愚痴の一つも零したいぞ……」
「……クロノ、みたい……笑っちゃう、ね」
「全然笑えないが……」
「クロノ君みたい云々はよく分からないけど……女三人寄れば姦しいと言うように、うちの愚妹達はどうしてこうすぐ喧嘩するのか……」
「ほら、姉さまやマリアーナがお子様なせいでいつも私が巻き添えを食うのです」
「私はいつも落ち着きがあり、何事も冷静にそつなくこなす出来た妹だというのに……全く悩ましい」
「武器オタクが何か言ってるわ」
「自覚ないのが一番厄介なのにね」
「切り身がご所望でしたよねっ!?」
「どこに落ち着きがあるのかしら!?」
「全然冷静じゃないじゃん!」
姉妹喧嘩が激化し、生まれた水流でセツナが流されかける。ロスがセツナの首根っこを捕まえ事なきを得るが、喧嘩による水流は暫く止みそうが無いのでネプトゥヌス達はこのまま進むことにした。幸い、アクア達はやり合いながらもこちらに着いて来ている。その為荒れ狂う水流が追尾してくる形になり、ロスが捕まえているセツナがあっちこっちに揺さぶられまくっていた。
「君達は切り札のこの状況に何の疑問も抱かないのか?」
「現状お荷物だな?」
「傷つく言動は控えて貰おうか!」
「……愚妹がすいません……」
「そうだけどそうじゃないんだよ!」
「……わんこちゃん……幸せそうだから、良いんじゃないかな……」
セツナを捕まえているロスは笑顔だった。当然含んでいる意味合いは色々で、ティアラはその色々に感づいているからこその発言だ。これ以上の突っ込んだ発言は危険だろう、ロスの視線がそう語っている。
(余計な事を言うな、手助けするな、触るな、心の声が漏れ出てる……フェル兄……たすけて……)
「うぅ……愚痴一つ言わずに助けてくれて……ロスは優しいな、いつもお前だけは優しいなぁ……」
「※笑っている」
「……知らぬが、仏……ぷるぷる……」
震えるティアラに首を傾げつつ、ドゥムディがおもむろに背後を確認する。争う三姉妹の他に、視界には何も映らない。
「来ないな、あの様子なら確実に邪魔してくると思ったのだが」
「必ず来るでしょうね、あの方はそういう方だ」
「……険悪極まってたぞ……仲悪いのか? あのごつい人と……」
「あの方はマーキュリー・ナバラ様……北の海の王子です」
「昔からちょっかいをかけてきてましてね……ネーレウス様に言い寄っていた事もありました」
「異形のお前なんか誰も貰ってくれないだろう、趣味の悪いお飾り程度にはなるだろうからうちに来るか、と」
「嫌味だな」
「当然ネーレウス様の逆鱗に触れ、海の彼方まで殴り飛ばされたのは記憶に新しい……正直スカッとしましたね」
「北の海……コリエンテ周辺の海は凍獄の影響で苦労してまして……急な環境の変化で辛い時期があったんです」
「故に、他の海と比べ実力主義、力無き者から消えていく過酷な環境で育った経験は弱者を嫌うのです」
(……ルーンが凍獄を打ち上げた、から……でも、その影響、抑える為に……すっごく、頑張った……)
(……きっと、その事実は、知られてない……ルーンの事、殆どちゃんと……伝わってない……)
(……セシルも、私達も……きっと、みんな感じてる、違和感……モヤモヤ、する……)
「ネーレウス様は魔核個体の中でも強力な方でしたから、マーキュリー様は強者として迎え入れたかったのでしょう」
「もっとも、そのような野蛮な扱い……ネーレウス様は一番嫌うので相手にしていませんでしたが……」
「プライドだけは水面を突き抜け雲まで届くようなお方です、常に人を弱者と見下している彼からすれば、ネーレウス様含め我々全員人の為に動いているのは面白く無い筈……邪魔してくるのは間違いないかと」
「穏便に事を済ませる方法はないのか!」
「向こうが難癖付けてきているだけなので……それに穏便の正反対に位置する野蛮な魚類です」
「当初の予定通り、面倒ごとは僕達が担おう……向こうの出方次第では荒事にも発展し兼ねない」
「王から海底洞窟の場所は教えて貰えたし……いざとなったら君達はシーとマリアーナを連れて先にこの場所を目指してくれ」
ネプトゥヌスから水中仕様の地図を受け取るドゥムディだが、セツナの求めている答えではないのだ。
「あのあの……何事もまずは話し合ってだな?」
「ふふ……主無き今、初めて主の為に力を振るいたいと願うとは……皮肉だな……」
「無礼な発言をこれでもかって吐き出した奴には正当な裁きとなるだろう……躊躇いなく叩き潰せるというものだ……」
「あの……お喋り……」
「おっとすまない、確かにお喋りが過ぎた……邪魔が無いのが一番だ、さぁ急ごう!」
「違う……違うんだ……おかしい前に進めない……」
「波に逆らうのは、難しいもんだぜ」
「思えばおれ達も、流されてるのに気づいた時にゃ遅かったからなぁ」
「ふえ……?」
「けど、お前やマルスの器を見てると……やっぱり思っちまうんだよなぁ」
「もっとちゃんと支えてりゃあ……逆らえて、変えられてたんじゃってさ」
「切り札ちゃんよ、お前恵まれてんぜ?」
ドゥムディはそう言うと、セツナの後頭部を軽く叩く。ロスが威嚇するが、セツナには何故かドゥムディの背中が寂しそうに見えた。後悔や悔しさに色が付いたように、目に見えたような気がした。
(……レヴィと似た目をしてた……)
(……助けたいとか、なんとかしたい……最近感じて、どんな気持ちか思い出してきて……空っぽだった私からすれば分かるようになったけど、やっぱりまだフワフワしてて、切り札って胸を張れるような感じじゃなくて……でも、0じゃないっていうのは凄く大きくて……)
(クロノを助けたい気持ちは嘘じゃない、頑張りたいって気持ちは本心……何度忘れても、無くしても、明日の私もこの気持ちは絶対に持ってる)
(この気持ちを大きくしてるのは、私を成長させてるのは、クロノの影響もあるけど……きっと……)
『仲間は大事にしろ、後悔してからじゃ遅い』
『正しい期待なんだ、追い風にしないと損だよ、無駄にするとか嫉妬しちゃうよ』
失敗し、絶望し、多くを経験した大罪から学び、糧とした。この影響は、セツナにとってきっとプラスになる。その証拠に、当初は大罪を封じるという名目で表舞台に立ったセツナには変化が生まれていた。クロノやルトと同じように、身体と心は勝手に動き出そうとしている。今、同じ時を生きる欲に塗れた大罪に、手を伸ばそうとしている。己の欲が、それを望み始めている。
(私は……切り札なら……きっと……っ!?)
「ぎゃあっ!?」
思考を回す事に集中していたセツナは、不意に荒れた海流に背を叩かれた。さっきからアクア達の水流に身を任せ、漂いまくっていたセツナだがこれは訳が違う。明らかに敵意を含んだ海流の乱れ、アクア達も喧嘩を止め近くに寄ってきている。吹き飛びかけたセツナはドゥムディが片手で受け止め、そのままロスに投げ返された。
「しっかり持っておけ、それは切り札なんだろう」
「※涙目でセツナに飛びついている」
「さて、当初の予定ではお前達に任せおれ達は進むんだったか?」
「おれは兎も角、この中を突き進めば細切れかもな」
ドゥムディが楽し気に周囲を見渡すが、ネプトゥヌス達は心底苛立っている様子だ。周囲は荒れ狂い、まるで幾層もの渦に閉じ込められたかのようだ。魔法ではない、これは物理的に引き起こされた現象だ。
「ここまで露骨に邪魔しますか、マーキュリー様?」
「王族に向ける眼じゃねぇなぁ? ディープじゃねぇなぁ」
「オレ直々に、教育し直してやろうってんじゃねぇか……あの触手お化けに代わってさぁ」
突貫魚と呼ばれる巨大魚に乗った人魚達が周囲を高速で移動し、その際に生まれた流れが渦のようにこちらを包囲しているのだ。自滅しないよう計算された軌道での高速移動は、当然だがセツナの目では追えていない。その代わり、流れの中でも微動だにしない巨大な影はセツナの目にも映った。
「大きいが過ぎるぞ……明らかに手に負えない……」
「相変わらず、ルールや決まりを踏み潰して進むのがお好きなようで」
「神海の守護者を乗り回すなんて、罰当たりな……」
「北の神海は氷漬け……生態系もルールもとっくに砕け散ってんだよ!」
「死にかけてたこいつをここまで育てたのは俺だぞ? 感謝されても良いくらいだぜ……!」
「躾けてやるよ……こいつと同じように……! 雑魚共がぁっ!!」
マーキュリーが乗っているのは、神海の守護者とも呼ばれるクリスタルシャークだ。それも、通常より二回り程大きい。身体中に傷が刻まれ、その目つきは凶悪性をこれでもかと主張している。荒れ狂う水流の中でも微動だにせず、戦艦のように佇む姿は切り札を震え上がらせるに十分な迫力だ。
(決意が水泡のように消え失せるのを感じる……目の前が真っ暗に……)
「退かして進んでいいのか? 片付けは任せて良いんだよな?」
「それで構わない、あの阿呆の相手は僕達がしよう」
「誰が阿呆だってぇっ!?」
「真っ暗になってる場合かぁ! 退けバカアホ間抜け! 邪魔するなぁ!!」
突っ込みの勢いのまま、切り札が戦闘開始の合図を切った。
「良い度胸だ雑種があああああああああああああああああああああああああっ!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!! ごめんなさあああああああいっ!?」
果たしてセツナは活躍出来るのか、成長を見せつけろ!




