第六話 『旅立ち』
旅支度を済ませ、クロノは自宅に向き直った。
「しばらく帰って来れないよな……」
家の横にある母親の墓の前に、クロノは腰を下ろす。
「母さん、俺旅に出るよ」
「めちゃくちゃ悩んで格好悪かったよな、心配かけてごめんな?」
「母さんが信じてくれたようなスゲェこと、きっとやってみせるよ」
「天国でも、安心して見ててくれよな!」
手を合わせ、立ち上がる。
「すぅーはー……よしっ!」
深呼吸をして、走り出した。
「クロノ!?」
そしてローが飛び出してきて、クロノは思いっきり転倒するハメになった。
「いやぁ悪いな……、急に飛び出して」
悪い悪い、と苦笑いするロー。
「俺は盛り上がった気分をぶっ壊された気分だぜ……」
旅立ち前に転倒してボロボロになったクロノ、やはりこの男、幸薄いのだろうか。
「んで、何だ? その荷物は」
ローはクロノの背負っている荷物に視線を移す。
「あぁ、旅に出るんだ」
その言葉、にローは顔を曇らせる。
「クロノ……あのな……」
「安心しろって、現実なら嫌ってほど見えてるぞ」
「分かったんだよ、止まっててもどうにもなんねぇよな」
何かを言いかけるローを遮って、クロノは笑う。
「大丈夫、もう大丈夫だ へへッ」
無理して笑ってるわけじゃねぇぞ、と続ける。
「……そっか、ごめんな頼りになんなくてよ」
ローは、申し訳なさそうに目を逸らした。
「バーカ、ローは昔から頼りになりすぎるっつの」
そう言って、クロノは左拳を突き出す。
「ローはもう勇者だろ? こんなとこで燻ってんじゃねぇよ」
「俺も自分の夢の為に頑張るからさ、ローも止まってると置いてくぞ?」
クロノは、自分の為にローが止まっていてくれている事に気が付いていた、だからこそ、もうその必要は無いと伝える。
「……この泣き虫が……偉そうに」
ローは右拳を突き出して、クロノの左拳と合わせる、お揃いのリングがぶつかり、金属音を響かせた。
「油断してるとすぐに追い抜いちまうぞ、一般人」
「やってみろ、勇者さんよ」
お互い笑い合い、そして別れた。
「あの泣き虫が、生意気言いやがって……」
「そうだよ、お前に落ち込んでる顔は似合わないんだ、頑張れよな……」
ローはそう言い、心底嬉しそうな顔で自分も旅立とうと決めたのだった。共に旅には出ない、それぞれの夢が有り、覚悟が有るのだから。だから、再びどこかで再会できる日を、ローは楽しみにすることにした。
街道を歩くクロノは、地図と睨めっこしながらこれからどうするかを考えていた。
「他の種族ってどこにいるんだ……?」
人類の作った地図(しかも田舎産)に、詳しく魔物の住処が載ってる訳がなかったのだ。
「とりあえずカリアに行くかぁ……」
いきなり行き詰ってどうすんだ、と自分の計画性の無さを痛感するクロノだった。
「ほぉ、本当に旅に出るのか」
「あぁ、やっぱ行動しないとどうにもならないよなああああああああああっ!?」
森に落とし物を取りに行くといって消えたはずの竜人種が、いつの間にか背後に立っていた。
「なんだ、本当に騒がしいな人間は」
「お、お、おま……なんで……?」
いきなり背後に現れたのもビックリだが、なぜ再び自分に近づくのかを問いただす。
「ふむ、そうだな……」
こちらをチラッと見て。
「面白そうだから、だな……」
ニヤッと笑う。
「人と魔の共存など訴える、馬鹿の行末が気になってなぁ♪」
スゲェ良い笑顔で、言い切られた。
「むっ……悪いけど、俺はもう諦めないからな」
「自慢じゃないけど、諦めは悪いんだ」
「ふふっ どこまで持つか見せてもらうぞ?」
どうやら、この旅に変な同行者が出来てしまったらしい、よく見るとこの少女、身長はクロノよりほんの少し低い癖に、何やらデカイ剣を担いでいる。
「その剣が落し物……か?」
「ん? あぁ、大事な物なんだ」
剣を見る少女の顔がフッと微笑む、優しい笑みだ、油断すると魂を奪われそうになるほどの美少女だ……。
「さぁて……、この馬鹿の挫折はどこで起きるのだろうな?」
「バーカ♪ バーカ♪ 共存バーカ♪」
気のせいだった、殺意しか沸かない。
「お前なぁ……」
ここで、ある事に気がつく。
「お前、名前は?」
「むぅ? 人に名を尋ねる時は、分かるな?」
お前は人じゃねぇだろうが、と言う突っ込みは飲み込む。
「クロノ、クロノ・シェバルツ」
「セシル・レディッシュだ」
自己紹介を終え、セシル・レディッシュと名乗ったリザードマンの少女は続けて。
「で? 貴様一体どこへ行くつもりだ?」
「え、とりあえずカリアにでも……」
「むぅ? エルフの森へは寄らんのか?」
不思議そうな顔で疑問を投げかけるセシル、まさかこいつ……。
「セシルさん? 変な事をお尋ね致しますが……」
「なんだ急に……キモイな……」
ストレートな暴言に構ってる場合ではない。
「貴方様は……魔物達の住処をご存知なので?」
「……貴様は知らんのか?」
信じられないモノを見るような目で見られる。
「いや、まぁ…………うん……」
「それでよく共存などと言えたモノだなぁ……」
呆れた……といった様子のセシル、その視線が突き刺さるようだ。
「だって俺人間だもん! 魔物の住処とか図鑑で大雑把にしか知らないもん!」
「海住種の住処・海、とか舐めてんだろこの図鑑さぁ!!」
「うむ、大体はあってるが?」
「大体しか書いてねぇだろうが! ふざけるんじゃねぇ!!」
「私に言われてもなぁ」
この旅は難航するフラグしか今のところ立っていない、頼みの綱は、目の前のセシルだけだ。
「セシル! 頼む、魔物達の住む場所を教えてくれ!」
「旅に付いてくるってならさ、案内役にくらいなってくれてもいいだろ!?」
深々と頭を下げるクロノ、こうなってはセシルに頼るほか無いのだ、昨晩は思い出すと恥ずかしいくらい、取り乱したところも見られた。この際、プライドなんて捨ててしまって構わないだろう。
「……はぁ」
やれやれと、セシルは首を振る。
「ここから街道に沿って歩けばカリアに辿り着くが、北に行けば深い森がある」
地図を確認すると、確かに北には森があった。
「このアノールド大陸は魔素を多く含む森が多い、そう言った森はエルフの住処にはピッタリだ」
「じゃあ北の森にはエルフがいるのか!? 案外近いな……」
エルフ、森の守護者と言われる亜人の一種だ、魔法の扱いに優れるほか、獣人種にこそ劣るが高い身体能力を持ち、軽い武器の扱いがうまい。
「だよな?」
得意げに語るクロノ、何年も図鑑とにらめっこして得た知識だ。
「図鑑で覚えてきましたって知識のオンパレードか貴様、薄いな」
ハッ……と鼻で笑われた。
「会った事ねぇもんよ! それ以上どうしろってんだよ!」
7年間の知識を鼻で笑われて、少しショックである。
「だから会いに行くのだろうが、どんな種族かは本人達に聞け、馬鹿タレ」
そう言って歩き出した後姿を、クロノはポカーンと眺めていた。
前もそうだが、どうやらこの少女は核心をよく突いてくる、少し悔しいが、『あぁ、そうだな』と認めざるを得ないのだ。
「ヘヘッ……」
それが少し、嬉しかった。
「何してる? 置いて行かれたいのか、共存馬鹿」
「いや、行くさ!」
そう言って。駆け出した。人間と竜人種、異なる種族の奇妙な旅が始まった、種は違えど、会話は成立し、意志の疎通も出来ている。クロノはこれが、多種族間交流の一歩と考えると嬉しくて仕方がなかった。
(きっと出来るさ、まずはエルフと仲良くなるんだ!)
(迷うのは後回しにしよう、今は前だけ見ていよう!)
勇者でもなんでもない一般人の、長い長い旅が始まった。
このお話で第一章は終了! ここから色んな種族が登場しますよ!