第六百五十五話 『積み重ねて、崩れるだけで』
背景は歪み続け、場面が飛び飛びで映し出される。まるで記憶の洪水だ。様々な光景が流れていく中、隣に立つマルスは黙ってそれを見つめていた。
(……どんな思いで、見てるんだろう……)
流れていく記憶の中、マルス達はみんな楽しそうに笑っていた。いつだって、前を向いて笑っていた。
『俺達は調査の才能でもあるのかもな、また変なの見つけたぞ』
『またってレヴィの事じゃないよね? レヴィ変なのじゃないよね?』
『レヴィちゃんは可愛いものだよっ!!』
『変なので良いよもっと変なの湧いて来たよ』
『なんて騒がしい人間共だ……だがお前達が何者でもこの先の財宝には指一本触れさせ……』
『誰の為にこんな遺跡を守り続けているのか……きっと長い歴史と大きな理由があるんだろうね』
『理由も理屈も何もかも、全部纏めて僕達が持っていく! 放っておけないからな!』
『は?』
『そういう星の元に生まれたのかねぇ、予想はしてたが』
『レヴィちゃん嫉妬しちゃう~?』
『その前に窒息するよ……離してよ……』
問答無用で宝ごとドゥムディが攫われた、あれはただの拉致ではないだろうか。抵抗虚しく連れていかれ、何度か日を跨ぎ朝日が場面を照らす。映し出されたのは、マルスがドゥムディに向け手を差し出しているところだ。
『僕達と一緒に行こう、一緒に居よう』
『誰にも文句は言わせない、当たり前に一緒に居られる世界を目指してるんだ』
『君の目的が守護なら、そこに穴が開いて埋まらないのなら、どうかそこに僕達を当てはめて欲しい』
『それが可能なら嬉しいし、とっても頼もしいから』
『強引に奪っておいて良く言うな……』
『強欲な奴だ……いや、この状況でも尚手にしたいと思うおれこそ、よっぽど欲深いのか……』
『不具合だらけのジャンク品だぞ、それでもいいのか? 人ですら、生き物ですらないんだぞ』
『それで良い!』
『……馬鹿だな、お前達は』
「生き物じゃないって?」
「……ドゥムディはゴーレムだ、もっとも……当時のディッシュに『いや生きてんだろこれ』とまで言わせたくらいそうは見えなかったけどね」
「俺にも人より人らしい機人種の知り合いがいるし、俺の仲間曰く機械にだって心は芽生えるらしいぜ」
「だろうね、仲間を大事にしてくれたし、彼の守護は頼もしかった」
「ミライとは違う意味で、仲間を離さなかった」
『うっっっっざいんだけどぉ~~~~~?』
だるそうな声が背後に向かって流れていく。映し出された画面には、プラチナがドゥムディに担がれていた。
『また依頼をサボろうとしていた』
『俺は仲良しこよしグループに仲間入りした覚えはねぇんだよ!!』
『強制加入させられたんだよなァ、残念だがギルドのパーティー表にゃしっかり名前が載ってんだなァこれが』
『やぁディッシュ、レヴィ送ってくれてありがとね』
『一人で大丈夫なのに嫉妬しちゃうよ』
『なら肩から降りてくれねェかなァ!?』
『めんどいよ~……何が悲しくてお仕事するんだよぉ~』
『夢の為!』
『相容れねぇ……おい放せアホゴーレム、アホの輪から俺を解放しろ』
『それは出来ない相談だな、おれ達は仲間だ、依頼はみんな一緒に、だ!』
『イエーイ! ミライちゃんもそれに賛成ー!』
『諦めろ天才、ここにはアホしかいない、そしてアホから逃げるのは面倒だぞ』
『俺は初対面で黒焦げにされたんだぞ? 仲間意識がこの短期間に生まれると思うか?』
『大体そこの異常白衣が俺の事をこいつらに売ったんだ! 何がギルドの一員として有能な才能を腐らせておくのは勿体ないと思っただ!』
『事実だからなァ、お前ほどの術者を寝かせとくのは損害だからなァ』
『こいつらくらいの異常集団ならお前を引きずり出せると思ったが、いやァ上手くいったもんだ』
『余計なお節介なんだよ訴えてやる!!』
『そんな面倒しなくても、ボクの居場所はそろそろ消えて無くなるだろうなァ』
『流石にやりすぎて目に余るって言われちまったからなァ、白い目で見られるのも疲れてきたから一人で勝手にやる道に逸れるとするぜェ』
そう言って背を向けるディッシュだったが、ひらひらと振った手は木の枝のようになっていた。
「悪魔の時の下半身とか、翼も枝みたいだったな……前に身体を弄って擬態種みたいになったって言ってたけど……」
「研究に研究を重ね、自らの身体を使って実験して、対象と同じ物質に変化するような身体になったんだ」
「そして、戻れなくなった……常に身体の半分以上が何かしら、元の形じゃない状態で固定されたんだよ」
「だからモドキだ、全身変化は出来ても変化箇所0には出来なくなった」
「木の枝なのが気になるか? あれが一番楽なんだってさ、一番調べてた奴だから」
「ドルイドの、レヴィの一族の話は前に聞いただろう? ディッシュは血濡れの木々から、どうにか犠牲者達を救い出そうとしたんだよ」
「レヴィの為に、ずっと続いていた呪いのような行いに楔を打とうとしたんだ」
「知恵も術も呪いも正方から外法全てを取り込み、喰らい尽くし、どんな目で見られても……ね」
「だから僕達は彼を仲間に誘ったし、レヴィはディッシュが大好きなんだよ」
「夢の為……大層な話だ、いつだってちっぽけで、僕達は僕達の為に、頑張ってただけだ」
「小さな輪の中で、それさえ守れていれば……それで良かったんだよ」
最後の方の言葉は、消え入りそうな大きさの声だった。閃光が弾け、頭上に沢山の場面が映し出される。そして、四方八方から声が飛び交った。
『誰もこの依頼を受けないのは、難しい依頼だからだ』
『僕達がやろう! きっと喜んでくれるよ!』
点数稼ぎ、化け物連れてりゃそりゃ簡単だよな。
また化け物増やしたんだってさ。
ギルド追放された奴拾ったんだって。
『王様からの依頼だ、気合い入れて行こう』
『最近は国境付近でいざこざが絶えないからね、危険でも僕達ならやれるよ』
強さだけは本物だよな。
都合よく動いてくれる内は良いけど、どうなる事か。
魔物だけじゃねぇよ、あいつ等は人間も化け物みたいな能力持ってんだ。
特にマルス、あいつの能力はただの反則だろう。
「……ッ!」
「いつかは見返せる、いつかは見直してくれる」
「馬鹿だよ、僕達は……いや、僕は……変えるんじゃなくて、いつしか変わる事を、変わってくれることを待っていた」
「前を向いて頑張っていれば、いつか、都合よく何かが好転するって、いつまでも子供みたいにさ」
「努力に伴っていったのは、力だけだった、強さだけだったんだ」
俯くマルスの背後に、巨大な龍が降り立った。人々は逃げ惑い、ギルドから駆け付けた者達も苦戦を強いられる。
『なんで国の近くにこんなでかいのが!』
『隣の国がバカやって住処でも追いやられたんだろ! 弱音はいいから撃てよ!』
何人かが魔法で攻撃しているが、クロノから見てもレベルが違う。あんな魔法じゃ、龍の鱗に焦げ目も付かない。絶望を浮かべる男達だったが、すぐ横にマルスとプラチナが降り立った。
『面倒なのが出てきたね~』
『流石に僕一人じゃ不安なんだけど、まさかサボったりとか……』
『だったらマルス『達』でやれば? あと任せるからさぁ』
プラチナは欠伸をしながらマルスの肩を叩く、それだけの動作でマルスが6人に増えた。
『お国の傍で暴れる龍は、当然罪に値するだろ? 焼いちまえよ』
『あぁ! 裁いてやろうじゃないか! 罪を穿て!!』
六連で放たれた白い雷は、龍の身体を貫き一瞬で勝負を付けた。崩れ落ちる龍の巨体は、ドゥムディが手をかざし虚空に吸い込まれていく。
『とりあえず保管しといたぞ、何処に運ぶ?』
『俺達の来た意味がねぇな』
『ミライちゃんの出番は!?』
『レヴィの自由の心配もして欲しいよ、毎回毎回抱き抱えないで欲しいよ』
『研究材料か、はたまた焼肉か……丸々一匹は贅沢だなァ』
圧倒的過ぎるその力は、救われた者ですら恐れを抱くに十分だった。龍を瞬殺したマルス達に向けられた視線は、尊敬や感謝だって確かにあった。だけど、その数倍、数十倍もの恐れが込められていたんだ。
「それでもいつかはって……求めて、足掻いて、僕達は頑張ったよ」
「国の為、人の為、献身的に動き続けた、純粋なありがとう一つ貰うまで、その数倍の恐れを買った」
「みんな気づいてた、だけど見ないフリを聞こえないフリをして頑張ってた、けど……」
『……チッ』
『ツェン?』
『誰のおかげでこの辺が平和だと思ってんだろうな、エーテル領を離れりゃ戦争の火種に魔物の危険、安全なんか保障されねぇぞ』
『ツェン……積み重ねは……』
『報われる? 俺達の頑張りを正当に評価してくれる奴は? 見てる奴は!? 報いを与えてくれる奴が居ねぇなら0は0じゃねぇかっ!!』
『……ツェン……』
『俺達は甘かったのかもしれねぇぞマルス、このままじゃ何も変わらねぇ、世界どころか取り巻く環境すら変えられねぇ』
『少なくてもだ、ちゃんと見てくれる奴が必要だ、影響のでかい奴に俺達を認めさせる必要があるんだよ!』
『影響って言うなら……エーテル王は僕達を見てくれているじゃないか』
『現状都合の良い戦力くらいにしか見てねぇよ、けどまぁ……有象無象よりかはマシ、か……』
『このままじゃ埒が明かねぇしな、どうせどいつもこいつも俺達の強さにビビってんだ……だったら振り切ってその線で……』
『ツェン……その顔レヴィの前でしたら泣いちゃうよ?』
『……ッ……はぁ……別にお前にキレてるわけでも、お前達に文句があるわけでもねぇよ』
『……今も昔も、お前が一番頑張ってるのは分かってんだ、俺はそれが報われねぇのが我慢ならねぇんだよ』
『分かってるよ、ツェンが仲間の為に怒ってる事くらいさ』
『……根拠のない大丈夫を繰り返すのは、進歩してないって事だよね』
『やってみよう、出来る事全部……全力で』
『強さにしか目がいかねぇなら、恐れが先に来るのなら、置き去りにしてやろうぜ』
『丁度世の中はあっちもこっちも戦争戦い戦場だらけだ、俺達の力でエーテルを高みに押し上げる』
『英雄足る存在感、影響力で世界を揺らすんだ』
『俺達なら出来る、いざって時は……俺が全部背負ってやる……だからお前は、昔のまま夢を掲げろ』
『うん、僕達なら必ず出来る!』
「自分に言い聞かせるように、そう言い続けた」
「欲は消えない、求め続けて、次第に膨れ上がって」
「決定的に、爆ぜたんだ」
記憶が爆ぜ、黒ずんだ魔力が周囲を侵す。マルスは俯き、クロノは拳を握って歯噛みした。何もかも食い違って、環境が努力を否定する。報われない積み重ねが、徐々に笑顔を奪っていく。
「ツェンは、きっと人間を許さない」
「僕達の中で、最初に手を汚し、目覚めた悪魔」
「…………今も尚、僕と一番距離が開いてしまった……友達だ」
何もかもが、黒く染まっていく。




