第六百五十三話 『第二目標、飛び込んで』
姉たちから少し距離を取り、マリアーナは溜息を付いていた。
(アクアお姉ちゃん……珍しく本気で怒ってたなぁ……)
(ネーレウスお姉さんの事、か……王様に説明なら、クロノお兄さんの事も話さなきゃなんだよね)
(ネーレウスお姉さんはクロノお兄さんの話してる時、本当に嬉しそうで楽しそうだった、本当に大好きなんだって僕にも分かった)
(悪いように伝わらないと良いな……ネプ兄ちゃんなら上手く説明してくれるだろうけど……)
「あー悪い想像ばっかりしちゃうなぁ……お兄ちゃんもお姉ちゃんも早く来ないかなぁ……」
「さぁ、いざ海へっ!!!」
「ひゃあっ!? なにごと!?」
いつの間にか姉達を引き連れ、悪魔が隣に立っていた。近くには、何度か見た無表情も居る。
「急な話でごめん、協力助かるぞ」
「いえ、こちらこそ……クロノ君の為に何か出来る事があるのなら、私は嬉しい」
「急な話とはいえ、とりあえずこの子が納得出来る折衷案が転がってきたのは感謝するわ」
「探し物自体は妹に頼れば目指す場所も浮き彫りになると思うから、後は動きやすいように海王様から行動許可さえ貰えれば完璧ね」
「今僕の事呼んだ? 何々なんのお話!?」
「問題が積み重なってきたって話よ、その問題全てに関係のある人間は今ダウン中だけども」
「最近頭を悩ませるとあの子の顔が必ず浮かんできてる気がするわ……」
「それだけクロノ君が、色々な事に関わってきたって事だろうね」
「! 兄さま……、こちらの話は纏まりました、シー含め全員で同行致しますわ」
アクア達の背後からネプトゥヌスが歩いて来た、人間化をしているがその顔には疲れが見える。
「何度も言ったけど、アクア達まで面倒な想いはしなくても……」
「面倒な想いだろうが、辛い想いだろうが、自分では良く分からない想いだろうが、あたし達は分け合うの」
「兄さまだけに背負わせてたまるもんですか、もう二度と一人でなんて先行させない」
「また一人で溜め込まれても迷惑だもの、家族特権でぐいぐい行くわ」
「わ、私だって姉様と同じ気持ちはあるんです……! ですが後ろ髪引かれる気持ちもあって……」
「話は纏まったんだから蒸し返さないの、兄さま、勝手ですが同行者を増やしてしまいまして」
アクアは兄と妹に決まった話を説明する。クロノを救う為と聞いて、ネプトゥヌスは快く承諾してくれた。
「マリアーナ、探せそうかい?」
「んー……正確な位置とかはちょっと……あるかないかは海に戻ってから探せば間違いなく見えると思うんだけど」
(どうせ話しても軽く扱われると思って秘密にしてた僕の能力……最近お兄ちゃんもお姉ちゃんも当てにしてくれてるのが分かる……)
(クロノお兄さんの為ってのもあるけど、なんか張り切っちゃうよね、へへへ……)
「あるかないか分かれば、きっとロスが何とかしてくれるぞ!」
「※セツナの腕にしがみついている」
セツナから全面の信頼を受けているロスだが、彼女は誰にも見えないようにセツナの腕を舐めていた。ゾワゾワするような心の波紋が広がっており、その事に唯一気が付いているティアラは非常に嫌な汗を流していた。
(フェル兄……ちょっと、怖くなってきたよ……)
「流魔水渦の方々にも少し席を外すと伝えてきたし、方針が固まったならすぐに出発しようか」
「それには賛成ですが、やはり大罪の方が一緒というのは……分かっていても少し肩に力が入りますね……」
「安心しろ、今は仲間だ」
「おれは仲間を大切にするからなっ!」
「世間一般の評価とは、えらい違いよね……」
「レヴィちゃんのお仲間なんだ、心配はないさ」
「兄さまのその嫉妬への信頼、凄くモヤモヤするわ……!」
「そうか、レヴィが言っていた器だった魚ってお前の事か」
「仲間の事を良く言う奴なら、気が合いそうだな! はっはっは」
「奇妙な縁だが、それを繋いだあの少年の為だ、張り切っていこうじゃないか」
「ん? ロス?」
セツナから離れたロスが、鍵を空中に差し込んだ。どうやら目的地の近くに居る流魔水渦メンバーが、門を繋げてくれたらしい。
「おぉ! 流石ロスだ頼りになるぞ!」
「※尻尾を音速で振っている」
「こいつを通れば、すぐに出発出来るわけか」
「何かを求める……欲が疼くというものだ! さぁ行くぞ!」
意気揚々と門を潜る仲間達、当然セツナも後に続く。今回も、やる気だけなら十分だ。
(鈴蘭は殆どみんなのおかげで手に入った……私は食器にボコボコにされたくらいだ……)
(今回は、絶対に……少しは……数ミリでも……頑張ったって胸を張りたい……)
(たとえ明日また忘れても、思い出した時、涙が引っ込むくらい……なんだ、私頑張ったじゃんかって、振り返れるくらいには……! また泣いても、自信持てるくらいには……頑張りたい……!)
人知れず決意を固めるセツナだったが、門を潜った先は空中だった。
「おぅ?」
「あれ、切り札ちゃんだ」
流魔水渦所属の鳥人種がこちらに気づき、笑顔を向けてくれた。右には笑顔、左には雲、上は空で下は海だった。ついでに言うと、先に行った仲間達が落ちていっているのが見えた。
「あーね、次は私だなこれは」
「うんうん、私は切り札だが飛べないからな、自然の法則には抗えないのだ」
そろそろ重力が襲って来るだろう、当然勝てるわけがない。自分に出来るのは現実から目を背け、涙を堪える事だけだ。
「いってら~♪」
「いやだああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「お前覚えておけよモブみたいな扱いで済むと思うなよ帰ったら絶対見つけ出してなんかもう怒るからな絶対に怒るからな切り札としてじゃなくて人として説教してやるからなその顔絶対忘れないからなあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
叫び声は遠くなり、海に沈んでいった。切り札を見送った鳥人種は、当初の仕事に戻る。ある悪魔の魔力の残滓を、調査する仕事だ。同じような任務に就いている魔物達は多数おり、少し離れた箇所にはレヴィが数体の魔物の監視付きで空を飛んでいた。
「なんか聞き覚えのあるなっさけない声が聞こえた気がする、嫉妬がムズムズするよ」
「またここにも残ってるね、嫉妬がグルグルするし、間違いないと思うよ」
「見覚えがあると?」
「あるある、すっごくある」
「でも安定してないね、癖のある器なんじゃないの?」
「交戦した勇者ってまだ諦めてないんだっけ?」
「うん、回復次第まだ挑むみたいな話を聞いたよ」
レヴィは魔力を回収しながら、己の見張り役に声をかける。数体の飛行可能な魔物達に包囲されているような状況だが、はっきりいって気持ち悪いくらい敵意が無いので気が抜けてしまう。
(形だけなのが丸分かりだよ……少しは警戒して欲しいんだけどなぁ……)
「はぁ……まぁそれは良いんだけど……」
「?」
「……レヴィが言うのもあれだけど、傲慢の能力って反則に片足突っ込んでるよ」
「勝算が無いなら、挑むのはやめておいた方が良い、レヴィ達がやる」
「ツェンはね、レヴィ達の中で一番容赦がない……強いよ」
空中に残る傲慢の残滓を指でなぞり、レヴィは神妙な顔で呟く。消え入りそうな魔力の跡からは、敵意と殺意が感じ取れた。自分達とは違う、一段強烈な敵意。言葉だけじゃ止める事は叶わない、本気の復讐心。理解は出来る、その気持ちは痛いほど分かる。それでも、立ち位置の歪みを見せつけられると悲しくなる。
「マルス、一緒に居たいだけなのに……それが一番難しいみたいだよ」
「思い出したくも無いけど、レヴィ達は終わる前、気が乗らない戦いばっかりだったね」
「ほんと……正しく続き、だよ」
切り札が海に沈み、嫉妬が過去に思いをはせている頃、クロノはマルスに目を潰されていた。
「ぎゃあああああああああああああああああっ!?」
「僕は今ここで器を叩き割る」
「過去一番の殺気を感じる! 見えないけど凄く分かる!」
組手に精を出していた二人だが、空間に歪みが生じ変化が生まれた。マルスの過去投影が始まると思い動きを止めていたわけだが、始まったのはちんまいマルスが草原で転んで泣いている場面だった。
「言い残す言葉はあるか」
「何の罪もないはずだ! 俺は無実だ!」
「無実の無は無情の無だ」
「なんて奴だ悪魔みたいな奴だ!」
「その目を抉り取って出来た穴から脳を引きずり出してやる」
「ぎゃあああああああああ目がマジだこいつ! いいじゃねぇか誰にだって子供時代はあるんだから!」
マウントを取られクロノは身動きを封じられる。迫る手を必死に抑えるが信じられないくらい力が強い、マジで殺しに来てる。命を諦めかけたクロノだったが、両脇を二つの影が走り抜けた。
「今の……」
「……っ!」
そういえば前に言っていた、幼馴染だったと。前に一瞬見た時も、この草原だった筈だ。
「あー! マルスが泣いてるー!」
「何やってんだか、すぐ泣くんだから俺達が来るまでじっとしてりゃいいのに」
「ミライ……ツェン……!」
駆け寄っていく二人の背を、マルスは黙って見つめていた。起き上がったクロノの頬を、風が撫でる。
「夢の始まった場所、だっけ」
「…………あぁ」
「そっか、ここが始まりか」
後の大罪、後の憤怒、色欲、傲慢。だけど、目の前の子供達は何処にでもいるような普通の子供だった。泣き、笑い、夢を描いて、夢を目指した。これは何処にでもあるような、希望を掲げた物語。最低な結末で終わる、悪魔の物語。




