第六百五十話 『何度消えたって』
「念願の導き鈴蘭を手に入れたぞ!!」
「やりましたね切り札ちゃん!」
鈴蘭を片手にはしゃぐセツナと踊るケール。巨大泥水体種を倒した一行は屋敷の前まで戻ってきていた。一行を出迎えるように、ミカルゲ達が駆け寄ってくる。
「お疲れさまです皆さん、あんなに大きくなったあの子を相手によくぞ……」
「お前は大会に出てたデュラハンか? なんだどういう流れだ?」
「その辺は我が友が説明しよう、我は面倒だからパスだ」
「なんですかその理由は……」
ラサーシャから泥水体種の暴走原因を聞き、一同は納得したような顔をする。フェルドは頭をかき、ミカルゲに謝罪を言葉を述べる。
「暴れまくった俺達のせいか、面倒かけちまったな」
「いえいえ、あの子を止めて頂きありがとうございました」
「この場を任されていたにも関わらず、来訪者への警告を怠ってしまいました……私の落ち度です」
「定期的に倒す必要もなさそうですけどね、しっかり監視して適度にご飯、適度に発散させてあげれば大丈夫だと思いますよ」
そんな事を言うケールは、プルプルした泥を手に乗せている。核を消し飛ばされ、0から再生を始めた泥水体種がそこに居た。
「ぎゃあああケールお前なんでボスを持ってきてんだよ!!」
「いやあ匂いが消えないのでなんでかなーってとりあえず捕獲しといたんですよぉ、今の話で納得しましたけど倒せないならしっかり見といてあげた方が被害も少ないのでは?」
「本能のままに、魂を啜り命を襲う……戦闘中の動きを見るにこの子に知性は絶対にありますし、共に在るなら寄り添い方を変える必要もあるかと」
「良ければうちの水体種を何体かここに派遣しましょうか、お喋り出来るようになるかも知れません」
「良いんですか? 仲良く出来るようになるなら、私も嬉しいんですけど……」
「共存の為なら、我等流魔水渦は喜んで力になりますとも!」
「この子もプルプルしてるだけじゃなくて、ちゃんと意思疎通出来るはずですから……とりあえず今は逃げないようにしてくださいね」
「じゃあ私の鎧コレクションの中にでも入れておきましょう」
泥水体種を手渡しされたミカルゲはサラッと変な事を言ったが、ケールはニコニコするだけで何も突っ込まない。僅かに泥の塊が動揺したようにプルっとしたが、戦闘により疲れている一同は誰一人突っ込まない。
「じゃあ鈴蘭は手に入ったし、もう面倒だから帰ろうよー」
「思ったよりサクッと手に入ったな! 私殆ど役に立ってなかったがっ!」
「皿に勝ったじゃねぇか」
「食器にボコボコにされただけで成長は全く感じられていないが!?」
「ではミカルゲさん、またいつか会いに来ますね」
「はい、お気をつけて! それと私はお仕事でここに居ます、今はアクトミルに住んでいますから会いに来るときはそっちで!」
ミカルゲに別れを告げ、セツナ達はダンジョンを後にする。道中、元気のないラサーシャにラックが突撃した。
「ラサーシャ! 最後の一撃お前のだろ!? 助かったぜありがとう!!」
「あぁ……はい……」
「なんで元気ねぇんだよおおおおおおおお! 凄い一撃だったじゃんかぁ!」
「君こそ、最後思いっきり狙われて大変だったのに元気ですね」
「怪我とか大丈夫なんですか? 戻ってきた時珍しく息が切れてたのに」
「ん? あー確かに疲れたけど平気だぞ」
「俺もそうだし、誰も怪我はない! 完全勝利! ……なのになんでお前は暗いんだよ」
「……なんででしょうね、私にも分からないんです」
「誇らしい筈なのに、胸を張って良い筈なのに、何故かガタガタで、自分が分からなくて……」
「うわ、でかい花が生えてる……タロスくらいありそうだな」
「…………珍しく君に相談しているのに……君は本当に……!」
「うげっ!? ラサーシャ俺疲れてるんだぞ!? 槍を振り下ろすのは待っ……!」
背後からラックの悲鳴が聞こえてくるが、レフィアンは振り返らない。自分の義眼をなぞり、人知れず空を見上げ笑う。誰にも聞こえないように、小さく静かに呟いた。
「試練の時は、きっともうすぐだ……」
「必ず来るものだ、己を超える試練の時というものは……」
「レフィアン? また一人で何言ってんだお前は?」
頭にタンコブを作ったラックが、首を傾げながら横にいた。
「分からないなら声をかけるな! 聞こえても聞こえてないフリをするんだ今みたいな時はっ!!」
「ぎゃあレフィアンも怒ったっ!?」
「賑やかですねぇ」
「最後の最後までダンジョンらしくなかったな」
「外に出たら鍵使って帰るんだろ? 一日もかからなかったな」
「順調で喜ばしいですねぇ、次の目標はどうしましょう」
「大罪次第じゃねぇのかな、セツナの希望は聞いてもらえなさそうだしよ」
「そこは聞いて欲しいんだけどな?」
「どうせ叶う場所はねぇって」
「夢も希望も無い話だ……」
「鈴蘭でクロノさんが元気になれば、それが一番なんですけどねぇ」
ケールの一言で、セツナは手の中の鈴蘭に目を落とす。そうだ、自分はクロノの為に頑張っているんだ。何も出来なかった、不甲斐ない自分の分までクロノが頑張ってくれたんだ。自分の分まで負担をかけてしまった、クロノを起こすのは自分じゃなきゃいけないんだ。
「……絶対、やり切るんだ」
その決意が空回るように、流魔水渦のアジトに戻ったセツナ達を待っていたのは待機の指令だった。傲慢の大罪の手がかりを追い、レヴィ達が少し席を外していたのだ。
『ごめんよセツナ! まさかこんなに早く帰ってくるなんてぇ!』
「まぁ仕方ねぇよな、その辺同時に動いてるならこういう事もあるか」
「丁度いいや、俺はもう寝るからー……」
「私達も少し休み次第、別のお手伝いがあるので……」
「俺はまだクロノの為になんかしたいぞおおおおおおおおおお!?」
「流魔水渦のお手伝いだって立派なクロノ君の為でしょうが!」
あれやこれやと話が進み、結局解散になってしまった。セツナは導き鈴蘭をナルーティナーに届け、そのままフェルドと共にクロノの元へ向かった。
「ただいまー!」
「帰ったぜ、うちのボ契約者はどんなだ?」
「セツナちゃんとフェルド君だぁ! おかえりー!」
「変わらないかな、良く寝てるよ」
「Zzz」
「ティアラがか?」
「なんでこの精霊は契約者を枕にしてんだ……?」
暫く雑談を交わし、ご飯を食べてお風呂に入り、セツナは自室で眠りについた。目が覚め、セツナはベッドから飛び起きた。扉を勢いよく開け放ち、階段を転げ落ち、壁に激突しながらクロノの部屋に飛び込んだ。
「うあ、あああああああああああああああああ!!」
「わひゃあ!? セツナちゃん!」
「まだリセット箇所はそこからかよ、毎朝毎朝しんどい奴だぜ」
セツナは眠ると記憶を失う、大まかな時点まで記憶は巻き戻り、細かな点を忘れたり覚えていたりする。精霊達の名前やクロノの事は、もう眠っても忘れないらしい。だが、今のセツナは眠るとある時点まで巻き戻る。その時間軸は、ゲルトの戦いが終わった後だ。つまりセツナは、一度眠るとクロノが力尽き眠りに落ちた時点から記憶をやり直す。毎朝クロノの元に駆けつけ、自分のせいで無理をさせた現実を突きつけられる。精霊達から話を聞き、クロノの顔を見て記憶を取り戻すまで己の無力さを思い知る。記憶を取り戻しても、何日目覚めていないのか自覚し、責任感と悔しさで胸が締め付けられた。最近までは、朝ここに駆けつけ崩れ落ち、悔しさから我武者羅に修行を繰り返していた。行動を起こしたのはクロノが眠り続けて五日目、セツナ決意のアイテム探しが始まった。
「行動を起こしても、始まりは変わらずか……難儀な体質だぜ」
「セツナ……落ち着いて……クロノの顔、みて……」
「……違う、もう思い出した……!」
「ふぇ?」
「私はっ!! 自分の決意すら、また忘れたっ!! 忘れてた……!」
「絶対やり切るって……絶対私がって思ったのに……! こんなに大切なことまで……またっ!!」
「受けた恩も優しさも、期待も、全部、いつも、忘れて……もう嫌だこんな体質……!」
「自分が……情けない……!」
無表情が涙で濡れる、取り戻せるようになったとはいえ忘れる事実は変わらない。どんなに大切だと思っていても、強く決意しても、一度眠れば霞のように消えてしまう。ずっと繰り返し、見ないようにしてきた事象。クロノと関わり、取り戻せるようになった分、痛みは計り知れないほど大きくなっているのだろう。自覚した以上、避けられない苦痛がそこにあった。大切だと思えば思うほど、己の体質を呪わずにはいられない。
「……俺達には、お前の痛みは分かんねぇ」
「どんだけ自分が嫌いになってるか、自分の体質を呪っているかは分からねぇ」
「だけどな、思い出したなら、この馬鹿を見て思い出した記憶は、昨日までのお前のもんじゃねぇだろ」
「痛くても苦しくても、今日から紡ぐのはれっきとしたお前の続きだ」
「歪でも、お前は進んでる……進んだ先の未来、こいつが起きてるか、お前がどうなってるか、行かなきゃ分かんねぇだろ」
「……分かってる……!」
「忘れても、何度忘れても……明日の私もきっと同じことを言う……諦めない……!」
「やり切るんだ、何度消えても私は走り切るっ!」
「クロノは私が起こす、絶対だっ!!」
「おっと、良いタイミングで戻ってきたみたいだ……他の奴等はまだか」
「なら、次はおれの番だな」
セツナが顔を上げた瞬間、背後の扉が開いた。セツナの後頭部を強打しながら現れたのは、強欲の大罪だった。
「目指すは海底洞窟、浄水珊瑚を手に入れようぞ!」
「まずは謝れアホ悪魔ぁっ!!」
歪なスタートでも、心は折れずに。




