第六百四十八話 『事態はとてもシンプルに』
「取り乱して申し訳ありません……ラサーシャと申します」
「いえ、こちらこそ上から急に失礼しました……ミカルゲ・ナン……デュラハンやってます」
お互いに頭を下げ、落ち着きを取り戻す。ラサーシャが頭を上げると、丁度浮かんでいたミカルゲの首が胴体と合体するところだった。
「死を運ぶ首無し騎士……デュラハン……話す機会こそあまりありませんでしたが、大会では誤解が解けたようで何よりです」
「あ、あはは、お恥ずかしいところを見られていたわけですね……結果も惨敗でしたし穴があったら入りたい……」
「ある意味ではお互い様です、私の正体もばれているわけだし……」
先の天焔闘技大会でミカルゲは本心を大衆の前で語り、ラサーシャも蛇人種の姿で戦っている。今更ではあるが、こうして冷静に語ってみると割と大胆な事を全世界に垂れ流してしまっているのだ。
(魔物で勇者……そんな私が全世界の前で……レフィアンさんに憧れたんだから仕方ない……なんて……言い切った癖に何をウジウジと……本当に情けない……)
「確かそちら勇者さんでしたよね? サクマ殿と同じ……如何様な理由でこんな廃墟に?」
一瞬表情に陰を落とすラサーシャだが、ミカルゲはそれに気づかず質問を投げる。首を傾げ頭が転げ落ちるが、ラサーシャは突っ込みも忘れハッとしたように顔を上げた。
「実はかくかくへびへびで……クロノさんの為に導き鈴蘭を……」
「おぉ! お友達の為に……なんと素晴らしい! やはり勇者、サクマ殿のような芯を感じます!」
(魔狩りの……アクトミルの専属勇者……)
「大会での相手でしたよね、あれからも関係が続いているようで……」
「何を隠そう! 我が師匠です! そう呼ぶと怒られるのですが!」
「私はあれからサクマ殿に剣を教わっているのです! アクトミルへの訪問許可も貰っています! 国内での首着脱許可は未だに貰えないのですが!」
人の国で生首が飛び回ればそりゃあパニックだ、魔物への見方が変わってもルールが設けられるのは当然だろう。魔物の特色は凄まじい、0からルールを用意するのは容易くない。それでも、あれから一部の国ではそういった動きが確かにあるのだ。
「貰うばかりでは申し訳なく……日々尽力の限りを尽くしている次第……元々独りぼっちでこの場所に隠れ住んでいた身でして……一度は討魔紅蓮の手でズタボロに狩り尽くされたこのダンジョンの定期的な管理を任されているのです」
「ダンジョンは魔を引きつけ、放置していると勝手に再生し危険度はどんどん上がり続けます……特にここは鈴蘭の影響かそれが早く強い」
「定期的に無機物に憑いてしまった魂を払ったり、危険度が一定になれば報告したり、それが今の私のお仕事なんです!」
「なるほど……でしたら私達はそのお仕事の邪魔をしてしまったのでは……」
「いえいえ! むしろ増えすぎた下級霊の間引きになった感じですよ! 逆に助かりました!」
「まぁ一度に大量の魂を解き放って、鈴蘭の方へ飛ばしちゃうと滅茶苦茶危ない事が起こったりしますけど……ラサーシャさん一人の倒した数じゃそこまでやばい事は起きません!」
「…………え?」
自分の胴体に頭を抱えさせ、両腕の中でミカルゲはニコニコと笑っていた。こちらに気を遣わせないよう明るく振舞っているのだろうが、今の文字列だけでラサーシャの血の気は一気に失せている。
「あの、それはどういう……?」
「鈴蘭の特性を知ってか知らずか、この森には厄介な魔物が居ましてね……このダンジョンって過去の事件や雰囲気からアンデッド系なイメージじゃないですか」
「否、それは素人目線……ここで最も脅威なのは泥水体種なのです、上位個体ですがね」
「とても、とても貴重な水体種です、なんせ死霊術の余波で核がゾンビ化したほぼ不死の水体種ですから……核を砕いても時間経過で元通り、だから倒しても倒してもいつかまた活動を始めてしまうのです」
「彼……彼女……? 私もここに住んでいる時にお会いしましたけど、お喋り出来るような知性は確認出来ず、情けない話ですがコテンパンにされましてね……討伐され復活直後なら勝てるかもしれませんが、時間が経つと相性問題もあってまず勝てません……」
「えっと……?」
「彼は泥です、地面と一体になって今も何処かを這いずっている筈、そして彼は基本的に鈴蘭近くの土中に潜みます」
「鈴蘭に導かれた魂を取り込み、霊力で自らを強化していくのですよ」
「彼が囮にしている鈴蘭以外に誘われた魂は自然の流れに乗っ取り成仏しますが、運悪く彼の撒き餌に誘われると取り込まれ力の糧となります……そうなれば彼が一度倒されるまで囚われる事に……」
「魂が他の鈴蘭に導かれないよう回り込んできたり、力が弱い時は生き物を襲わず、強くなってきたら生き物を襲い取り込む……明らかに知性がある動きなのにお喋り出来ないのです……行動を制御出来れば共存の方法も考えられるというのに……」
「今の私には彼の強化具合を報告するしかないのです……小さい時は追い払い、強くなってきたらサクマ殿を頼るしか……情けない……」
「まぁこの前見た時はまだ小さかったので! 一気に下級霊を解放し大量の霊を取り込ませたりしない限りはこのダンジョンも言うほど危ない場所ではないですよ! ご安心を」
「勝つのは俺だあああああああああああああああああああああっ!!」
「笑止! カクリヨの力を今ここにっ!!」
ミカルゲの後方の壁が爆ぜ、ラックとレフィアンが飛び出してきた。周囲に飛び散った破片の中に、食器類の破片が混じっている。肌で感じる、解放された大量の魂が流れていくのを。ミカルゲの笑顔が固まり、ラサーシャの体温が活動に支障をきたすレベルで下がっていく。
「お? ラサーシャと……誰だ? どっかで見た事あるけど、うわああああああ首が落っこちてるぞ!!?」
「むぅ? 大会で見かけたデュラハンではないか、どうした鳥人種が闇魔法を受けたような顔をして」
「…………お一人じゃ、なかったんですね……」
「…………他にも、まだ仲間が…………」
「…………倒しまくってしまいましたか」
「…………不謹慎な話ですが、討伐数で競い合っていまして……」
「…………ぴゃー……」
俯くミカルゲとラサーシャ、首を傾げるラックとレフィアン。数秒の沈黙の後、凄まじい衝撃が周囲を揺らす。ラック達が飛び出してきた時、軌道を外れたレフィアンの闇魔法が屋敷の壁を一部消し飛ばしていた。そこから外が見えているが、森の一角から何か土色の触手のようなものが伸びている。
「なんだあれ? 土臭いなここからでも匂うぞ」
「明らかに自然のモノではないが……ラサーシャ? 何か知っているのなら情報の共有を……お主、顔色どうした……」
「なんて謝れば良いか……」
「ここを任されたという責任感が足りませんでした……! ここはダンジョン……攻略に来るであろう来訪者への対応だって私の仕事……! 入口に説明文でも刻んでおけば良かったっ!!」
「サクマ殿ごめんなさあああああああい!! 皆さんごめんなさああああああいっ!」
「ああああああああ謝らないでくださいっ!! 全部私達のせいでええええっ!!」
半泣きの二人だが、事態は当然待ってくれない。天高く伸びた泥の触手は、木々を薙ぎ払い地上に居たケール達を上空に巻き上げた。
「急になんですかあああああああああ!? ぺっ! 泥が口にぃ……!」
「めんどくさいなぁもぉ……ん?」
「駄犬、下見てみなよ」
「既に駄犬扱い!?」
跳ね上げられたケールが宙を舞う木の幹に着地、背負っているプラチナの言葉に従い下で蠢く超巨大泥山を睨みつける。
「鈴蘭生やしてやがるぜ、あの泥山」
「そういや居たなぁ……鈴蘭を餌に魂喰ってる泥の魔物が……昔捻った記憶があるけど……こんなでかくなかったぞ」
「なんにせよ! 鈴蘭発見で大手柄で……む?」
「この泥山、屋敷に向かってません?」
「でかくなって強気になったんじゃない? 魂来るのを待つんじゃなくて、生き物を自分で狩ろうって
……自分から動くとか相容れないなぁ……」
「えーーっ!? 皆さんのところに向かってるなら危ないじゃないですか! それに鈴蘭第一発見わんこの称号がぁっ!」
「いや知らないよ……面倒くさいなぁ……」
無数の触手を蠢かせながら、泥の山はゆっくりと屋敷に向かって這いずっていく。その地鳴りは、当然だがセツナ達の耳にも届いていた。
「勝ったああああああああああああああ! 食器全部割ったああああああああああああああっ!」
「お疲れお疲れ、しかしなんだこの音は」
「もう少し褒めろよ! こっちからすりゃ十分死闘だったんだぞ!」
「んあ……割れた食器から煙みたいなのが……これが魂か?」
「おいフェルド! 今の追いかければ鈴蘭見つかるんじゃないか!?」
フェルドは応えない、屋敷の入り口から外を眺めているだけだ。セツナが解放した魂がフェルドの脇をすり抜け、外へ飛んでいく。それを追いかけてきたセツナは、魂が飛んでいく先にそびえる泥の山を視認する。
「……あれはなんだ?」
「魂はあれに向かって行ってやがるなぁ」
「こりゃ驚いた、まさか鈴蘭が足生やして来てくれるとはな」
「これは夢か? 夢だな、夢だと言ってくれクロノ、クロノ? クロノは何処だ?」
「しっかりしろよ切り札、お前はクロノを助ける為にここに居るんだぜ」
「単純な話じゃねぇか、もっとシンプルに考えようぜ」
フェルドの笑顔は、セツナにとって悪魔の笑みにしか見えなかった。その頃、半泣きのミカルゲがラックとレフィアンに事情を説明し終えていた。
「なるほど……つまりあれは凝縮されし混沌の律……迫り来る死の権化っ!」
「言ってる場合ですか!? あそこまで巨大化したのは私達のせいですよ!?」
「ミカルゲさん! 奴を止めるには……」
「核を……壊せば……強化はリセットされて……止まります、止まりますが……」
「あんなに大きくなったのは見た事ないです……そして泥の身体がどれだけ大きくても核のサイズは変わらなくて~~……あばばばば……」
(!? 水体種の核って……あのピンポン玉みたいなサイズの……!?)
(あの泥山の中から……この屋敷より大きなあの巨体の中から……そんなの……)
「ラサーシャ何慌ててんだ? らしいっちゃらしいけどさぁ」
「何を呑気な……君は事態がどれ程緊迫しているかっ!」
「あれが俺達のせいで、あれに目的の草が生えてて、こっちに来てんだろ?」
「楽で良いじゃねぇか、全部一気に解決して帰ろうぜ」
笑うラックが何気なく、当たり前のように言い放ったその言葉。楽観的な言葉なのに、やり切る覚悟が込められていた。だから、いつものように、ラサーシャは言葉が喉で止まってしまう。
「面倒くさい? 何言ってるの、とっても簡単になったじゃない!」
ケールはプラチナを背負ったまま、足に力を込める。木の幹にヒビが入り、プラチナは高まる魔力に溜息をついた。
「簡単な話だ、クロノなら喜ぶところだぜここは」
泡を吹いて倒れそうな切り札の頭を撫でまわし、フェルドは楽しそうに笑う。同じタイミングで、ラックは拳を打ち鳴らし前に出る。
「ミカルゲと言ったな、あのデカブツ、あれ程巨大になったのは見たことがないと?」
「え、あ……はい……」
「そうかそうか、だがどれだけ大きくみせても本質は変わらん」
「勇者一人で事足りる相手……腹が膨れて図に乗ったか」
「さしずめ最後の晩餐のようなモノよ、安心せいミカルゲ、ここには勇者が三人、加えて化け物が数体居るのだ」
「立ち位置的に死者の魂で肥えさせるわけにもいかん、盛大に始めるとしよう」
固まっているラサーシャの背を押しながら、レフィアンがラックに並ぶ。頷き、ラックが飛び出し先陣を切った。ほぼ同時にケールも飛び、フェルドがセツナを持ち上げる。
「「「ボス戦だっ!」」」
目標物は、ボスドロップに。




