第六百四十六話 『物理な心霊体験』
「あああああああああああああああああああああああああああああああ…………!」
「はっ! セツナちゃんの叫び声! 絵札の一人として助太刀せねば!」
「うーん…………でもいつの間にか森の中わん……」
「寝かせろや、どうして会話イベント進行中だったのにお前ははぐれてんだよ」
セツナの叫び声が既に遠くに聞こえる、ケールはプラチナを背負ったまま何故か森の中を彷徨っていた。
「単純な話だよ、フェルドさんの言葉を瞬時に理解した有能ケールちゃんは誰よりも早く行動を開始して誰よりも早く複雑に空回ったわけ」
「先手必勝の早業を見せる前に、音速で迷っちゃった、てへへ……怠惰さんってば帰り道とか」
「知らん、もうお前本当に面倒」
「仲良くしーまーしょーうーよー!!」
「せめて仲良くする姿勢を見せてくんねぇかなぁ!!」
プラチナを背負ったままぴょんぴょん跳ね回るケール、逃げようにも両足をしっかりホールドされているので逃げられない。安眠と最もかけ離れた場所で脳内をシェイクされるプラチナだが、不意に飛びかけていた意識が覚醒する。
「おい……!」
「えぇ、流石に平気ですよ」
「これでも私、一応は絵札ですから」
地面から白骨化した腕が数本飛び出すが、ケールは空中で身体を捻り紙一重で全てをかわす。プラチナを落とさぬよう背負い直しながら、回し蹴りにて骨の腕を薙ぎ払う。
「スケルトンですか、導かれてないですよこの人達」
「意識を残してる魂ならともかく、ふらふらと彷徨う奴はモノに憑いた時点でアウトだよ」
「そのまま彷徨う事もある、そのまま導きに従う事も、その場に囚われ悪霊化が進むことも……悪循環の輪廻に影響を受けず鈴蘭までいける奴は確率としちゃ半々だ」
「鈴蘭自体は善の効果と言えるけど、誘われた全てが周囲を悪い方に染めていくのさ、その気が無くてもね」
「良かれと思った行いが、善行が必ずしもいい結果を招くとは限らない」
「経験談です?」
「首突っ込むと面倒だよ、色々とね」
「私達は流魔水渦ですから、喜んで首を突っ込みますよ」
「私の首は合計で三本ですから、特に捻じ込んでいく所存!」
地面から這い出てきたスケルトンの群れを相手しつつ、ケールは笑顔でそう言い切る。一瞬怯んだが、すぐにプラチナは溜息をついた。
「みんな仲良く……ね……お前等の理想は多分この世で一番体現するのが困難だと思うよ」
「そもそも敵を殺さず、皆救う、助けるって甘すぎるし……現に今お前は死者をぶっ飛ばしてるけどこの戦闘行為は正当化出来るの? 結局暴力なんじゃ……」
「戦いを避けられない場合があるのは、確かに疑問に思ったこともありますよ」
「えぇ、矛盾してますし、ルト様の理想は言っちゃえば狂ってるんです、イカれてるんですよ」
「正当化なんて出来ませんし、しません、必要なら助ける相手を動かなくなるまでボッコボコにもします」
「その後平気で勧誘します、手を差し伸べますし、無理やり掴みますし、腕が無ければ組み付きます」
「悪い事した子も仲間にするし、跳ね除けられても構いません、また悪い事をしたらまたボコボコにして誘いますし、傷ついたモノにも場所にも向き合うし、不毛と言われても何度だって繰り返し関わります」
「正解も答えも、もしかしたら成功すら存在していないかもしれない、ゴールなんてないのかもしれない」
「ルト様の理想はそんな霞の向こう側、私達はそれと添い遂げると決めたのです」
「狂った理想、欲を体現するために自分勝手に好き勝手に押し付けまくっているのです」
「私達は魔物ですよ? これは善行なんかじゃない、最低最悪の我儘です、ふふふ」
「さぁ完全にはぐれましたが、やることくらいはやりませんと! このカルシウム達を粉微塵にして魂を鈴蘭の元へ!」
「私達は目標を達する、彼等は成仏出来る! なんら問題ありませんね!」
「行きます! 成仏パンチを喰らええええええええええええええええっ!」
迫るスケルトン達が骨粉と化していくが、プラチナは突っ込みを放棄し空を見上げる。理想の為もがき抗い、奮起した日々は数百年経とうとも脳裏に焼き付いている。時を超え、仲間と再会し、過去の自分達を彷彿させる者達と出会った。捨てた筈の、目を逸らした筈の理想が全力で殴ってくる、そんな気分だ。己の欲のままにキラキラと前に向かう姿は、悪魔と化した今だからこそより強く身に染みてくる。
「欲は何もかも狂わせる、面倒くさいなぁ」
「…………怠惰に染まる程、そう在れる場所に愛着が湧くよ」
叶うのなら、もう一度……今度こそは、そんな考えが浮かんでしまう。それ自体が罪なのに、それが招く結果は歪みなのに、どうしても消えてくれない。こんな自分にした張本人が今寝ている事が、正直我慢ならない。絶対に叩き起こして文句を言ってやる、その想いが怠惰の腕を上げた。
「向こうだ」
「キャン?」
「露出した魂が、向こうに誘われてる」
「死体蹴りをずっと続けるのも面倒だ、さっさと回収して帰って寝るよ」
「…………これって鈴蘭を一番に回収できれば……ケール有能ではっ!?」
「よぉし! 見つけた後帰れる気はしませんが、絵札としてここは良いところを見せたい!!」
「張り切っていざ森の奥へっ!!」
「待てっ!? なんで指差した方と逆方向にっ!!? おいコラ止まれアホ犬っ!!」
「すいません足滑りましたっ!!」
急ブレーキから勢いよく方向転換し、ケールとプラチナは森の奥へ消えていく。すぐ傍の泥が蠢き、空中を揺蕩う魂を一瞬で取り込む。泥は音を立てず、少しずつ肥大化を繰り返す。うぞうぞと一点に集まり、負を凝縮していた。
その頃、フェルドは切り札を抱えたまま動く食器と戦っていた。
「こうした小物にすら魂が宿ってるのか、こりゃ完全に意識の類はねぇな」
「フラフラと彷徨い、それが無機物に宿りロクに動かず不毛な時を過ごしてるわけだ」
「しっかり生きてる奴の生の気に当てられ、半分オートみたいな感じに飛んで来てやがる」
「叩き割って中の魂出してやれば、鈴蘭に導かれちゃんと成仏するだろう、気張れよセツナ!」
結構な速度で飛んでくる皿やコップをひらひらとかわし、フェルドは背後のセツナに声をかける。肝心のセツナは後頭部をティーカップに殴打され、地面を転がっていた。
「いや普通に痛いよ!! 死ねるよ!! 死因になり得るよ!」
「おいおい情けねぇなぁ……後方にヘッドバットして割り返すくらいしてくれよ」
「こっちの頭が割れるわっ!! っていうか……結構な速度で飛んできてるのに、この食器共割れる気配がないぞ!」
フェルドが避けた食器は勢いのまま壁や床に激突しているが、ヒビすら入る気配がない。すぐに浮き上がり、地味に回転を加えつつ的確に飛んでくる。
「一応魂入りだ、霊的なオーラで強化されてるからその程度じゃ割れねぇよ」
「つまり今の切り札の耐久性は食器以下……!」
「つってもそこまで硬いわけでもねぇ、今のお前でも攻撃が当たれば割れるだろうし、そもそもお前の能力なら向こうの耐久貫通で叩き割れるだろうさ」
「さっきから剣振ってるけど当たらないんだよぉ!!」
「勘弁してくれよ、俺はお前の護衛兼指南役なんだぜ? ここで俺が手を出せば何の意味もねぇだろう」
「護衛ってんならもうちょっと守ってくれ! 皿が! なんか気品ある高そうな食器達が切り札に群がってきてる!」
意識なんてないだろうに、フェルドがあまりにもヒョイヒョイ避けるからか食器達の狙いがセツナに移っていく。既にフェルドを狙う食器は皆無であり、食器棚から飛び出してきた全ての食器がセツナを狙っていた。
「おわああああああああああ!? リコーラ! 起きて! 助けて! 早く!!」
「えー? お食事が乗ってないよあのお皿ぁ……」
「殺意ノリノリなんだよあのお皿っ!! 縦回転しながら飛んできてんだよ! 壁に刺さるんだよあの皿ぁっ!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!! 食器の流星群がああああああああああっ!!」
「いやぁ鬼気迫る無表情で大変愉快愉快、回避性能向上で喜ばしいねぇ」
「やっぱ実践に勝る修行はねぇな、セシルやクロノで分かってたけどよ…………あ、こけた」
「あだだだだだだっ!!? ふざけ……あーっ! 剣が当たらないーーーっ!!」
「絶妙な距離取りながらクルクルしてんだけどあのティーカップ共絶対意識あんだろっ! 待てこんにゃろ……いや嘘だ来るなぎゃあああああああああっ!?」
食器の群れに翻弄され、ボコボコにされるセツナ。まるで虫にたかられているようだが、響く音は割と鈍く重い。本当にセツナが無能雑魚雑魚切り札なら、とっくにタンコブだらけになって気絶しているだろう。あれでも拙い自然体を纏い、かなり真剣に剣を振っているのだ。実際ボコボコ攻撃されているが見た目ほどダメージはない。
(意識はほぼなく、本能的に生物を襲っている……攻撃に対し反射で回避行動を取ってる)
(ただ単純に振り回しても絶対に当たらん、攻撃に対し確実に反応してくる小物の群れ……少し工夫しなきゃ勝てないぜ)
「意外にも身の丈にあった丁度いい的がわんさか……機会を逃す手はねぇ、少しは根性で乗り越えなセツナ」
遂に腰を下ろしたフェルドは、壁に背を預け観戦モードに入る。屋敷の奥では大きな音が響いており、ラック達が暴れまわっているのがここからでも良く分かる。恐らく、導き鈴蘭を見つけるまでそうかからないだろう。今回、クロノの為の行動はセツナが言い出した事だ。心が成長し始めているなら、肉体も追いつかなければ勿体ない。折角切り札が育とうとしているのだ、磨いてやらねば可哀想だろう。
「頼りになる仲間達が、鈴蘭はなんとかしてくれるさ」
「お前はお前で、すくすく育て」
「誰だこいつを連れてきたのはあああああああああああああああああああああああああっ!」
「畜生っ! クロノが起きたら絶対に文句言ってやるんだ!! お前の精霊の性格やっぱ最悪だってっ!」
「どうぞご勝手に……どうせ『知ってる』、とか言うだけなんだしよ」
(案外、起きたら見違えてるかもしれないぜ……? 泣いても折れても挫けても、あの目は絶望に染まらない)
(諦めの悪いお前にそっくり……いや、似てきたのかもな、この妹分は)
「切り札が皿に舐められてたまるかぁっ! 飛んできたところにカウンターで……! フェ、フェイント!?」
鮮やかに攻撃を避けられ、皿からクロスカウンターを貰いダウンする切り札。ふよふよしているティーカップ達が倒れているセツナの顔にテーブルクロスを被せた。完全に舐められている切り札はすぐに起き上がり、怒りのままに食器共を追い立てる。すぐに転び、また追いかけられ始めた。そんな切り札を見て、フェルドは笑みを浮かべるのだった。
「いや助けんかいっ!!!!! 助けてーーーーっ!!!」
セツナの受難は続く、ここからずっと。




