第六百四十五話 『古城に響く声』
「わんわんわわーん、わんわんわわーん、あっちもこっちも真っ暗わーん」
「緊張の欠片もねぇな」
元気よく歌いながら先導するケールだが、ここはれっきとしたダンジョンだ。ダンジョンは負の気配が強く、潜む魔物は正気を失っている場合が多い。知性はほぼ皆無で本能で動いているのが大半、会話は普通不可能だ。
(どっかの異常勇者みたいにダンジョンの外にぶっ飛ばして強制会話、とかしない限りは意思疎通は難しい……出来るだけ戦闘は避けたいがどうなることかね)
(過去に争いや事故があった場所がこうしてダンジョン化したりするが、漂う負の気配に引き寄せられるのは何も魔物だけじゃない、人も魔物も関係ねぇ……絶望して彷徨い、行きつくのがこういった場所なんだ)
(堕ちるところまで堕ちて、狂っちまった奴の集う場所……勇者や退治屋が定期的に散らすが、暫くすりゃまた元に戻る……昔と何も変わっちゃいない)
『決めた、僕はここを理想の街にする』
『だってそうじゃないか、ここに居る皆は苦しんでるんだ、倒して終わりなんてあんまりだよ』
『勇者は笑顔を運ぶんだ、よおし忙しくなるぞぉ……おーっ!』
(魔族の大陸……その最たる地獄……魔境の地を文字通り平らにして、暴れまわる魔物をぶっ飛ばして説得して……お前は本当に街を創ったよな……)
(本当に救われるべき者がここに居ると、ダンジョンをお前は人と魔物の街に造り替えた)
(…………リスクセントは、奇跡の象徴だったんだ)
(……俺は何を考えてんだ、今思い出にふけってる場合か……?)
知っているからこそ、フェルドはダンジョンでの戦闘は出来る限り避けたいと考えていた。過去の契約者の言葉が、救うべき者、救える可能性をちらつかせる。だが、それは今じゃない。それが可能だとしても、今出来る事は悔しいが何もない。あれこれ手を伸ばせる状況じゃない、それはまだ先の話だ。心配しなくても、今の契約者はいつかその域に辿り着く。首を突っ込み、その問題に関わっていくだろう。その時、同じように支えればいい。世界を変える大仕事に、付き合えばいい。
(その時は、あの時よりずっと多くのバカが動くんだろうな)
(だからここに何が潜んでいようとも、もう少し待ってろとしか言えねぇな)
(……さっさとクロノを起こして、前に進まねぇと……)
「わんわんわーん、魔物の匂いが…………しますよっ!?」
「それなら静かにしろやアホ犬」
「確かに!?」
警戒心のないケールを制しつつ、フェルド達は洞窟を抜け鬱蒼とした森の中を進む。正直雰囲気が怖すぎる為セツナは既に限界を迎えそうになっていた。心臓がやばいくらいバクバクしている。
(え、暗くない? 怖すぎない? 今にも何かが出てきそう)
「流石ダンジョンですね、息が詰まるような圧迫感が……」
「空気がうまいっ!!! 自然万歳っ!!」
「この暗闇、我の中の深淵と一体になる闇の力が満ちておるわっ!!」
「少しは警戒してもらえませんか?」
圧迫感が風船のように弾けるのを感じた、明るいのは助かるが凄く目立ってる。
(この調子で騒がれたらやばいのに気づかれそうだ……何か話を振って注意を……)
「あ、あー……そういえばラサーシャさん達は勇者なんだろ? すごいなー」
「そうですね……」
(なんで? 物凄い落ち込んだんだけど……? 切り札はお喋りもダメなの!?)
「おうっ! 俺は服でレフィアンが目ん玉、ラサーシャは槍が勇者だぞ」
「義眼な義眼、それに勇者というか勇者の証を刻んだものな」
「あぁちなみに我が義眼を直視すると正気を失うからか弱き者は注意するのだ、ふふふ」
「そうそうレフィアンのこっちの目ん玉に証がだな」
「あだだだだ何をするか痴れ者がああああああ!」
レフィアンに組み付き目を強引に広げるラックと暴れるレフィアン、彼らの証は確認できたが、ラサーシャだけ俯いて何も言わない。自然と背負っている槍に視線が向いてしまうが、ラサーシャの背負う槍にはセツナがよく知る勇者の証は無かった。その代わり、謎の文字列が浮かんでいる。
「ん? うちにも勇者が居るけど、勇者の証って数字じゃないのか?」
「……えぇ、一般的には……」
「あ、ラサーシャの勇者槍は今レフィアンが預かってるぞ」
「我が闇ポケットの中ぞ、いい加減向き合ったらどうだ我が友よ」
「……ですが……」
「私、聞いちゃいけない事を……?」
「そんな事はない、我が友の問題ぞ」
「なぁラサーシャよ、オメガでの戦いでその槍はお主を見初めたのだ、いい加減覚悟を決めよ」
「……私は……」
尚も言い淀むラサーシャだが、セツナは完全に蚊帳の外だ。首を傾げるセツナの首にラックが手を回してきた。
「俺達さ、本ばっか読んでる鳥さんとオメガって島で勇者の証割ろうとしてたんだよ」
「それが出来れば、なんかこう……わーっ! ってなるらしくてさ、俺も馬鹿なりに頑張ったんだ」
「なるほど?」
(何にも分かんないや……)
「特にラサーシャは頑張ってたんだ、ラサーシャ勇者の事になると怖いけど頑張るからなぁ」
「でも全然駄目で、俺もレフィアンもダメダメ勇者だったわけだ……何も変わらない内になんか悪魔が沢山喧嘩売ってきてさぁ」
「勿論俺達は強いからな! 結構いたけど返り討ちにしてやったんだ! けど俺達より勇者パリーンした鳥さんが滅茶苦茶強くてさ!」
(勇者パリーン……?)
「ラサーシャがそれ見てうおーってやる気出したら、島に突き刺さってた槍が勝手にラサーシャのとこに飛んでってさ」
「ラサーシャは槍が喋ったって言うし、なんか光ったと思ったら悪魔が全員ぶっ飛んでるし、俺の頭じゃなんにもわかんなかったよ……」
「大丈夫だ! 私も何にもわかんない!」
「あはは一緒だな!」
「切り札にも分からないならどうしようもないな! あははは!」
「お前等物凄い頭悪そうな会話してるけどここダンジョンだからな、警戒くらいしとけよ?」
フェルドの忠告でセツナは背筋をピーンと伸ばすが、ラックは変わらずのらりくらりと笑っていた。だが、アホな会話の間もラサーシャは暗い顔のままだ。
「しかしラサーシャは脳みそカチコチの真面目マンだと思ってたのに、槍が喋るとか割とプニプニ脳みそなんだなって痛っ!!?」
「私はっ! 声をっ!! 聞いたんですっ!!」
「その話が本当なら、今お主は喋る槍でラックを殴打していることになるが?」
「物が物だ、我は別に喋ってもおかしくないとは思うが……真実なら不敬に当たるのでは?」
「うぐっ……」
「あれから対話も出来ず、まともに扱えず、我等揃って勇者の証も砕けぬまま」
「はてさて、進捗0の我等に今回声がかかったのは、何かの導きやも知れんなぁ」
「ラサーシャ桜の村でもウジウジだったしなぁ」
「少しは戻ったけど、まだまだ半ラサーシャだぞ」
「…………どうせ、半人前ですよ」
「あの、喧嘩は良くないぞ……」
「ふふっ、戯れよ……心配いらぬ」
「だがなラサーシャ、半人前? それこそ自惚れぞ」
「我等皆、完成には程遠い、生尽きるまで皆、完成には至らぬと知れ」
「刻んだ意味を、誓った想いを、抱え続け生きていくのだ、この身朽ちるまで背負っていくのだ」
「どのような形になるか、終わりの時まで知る術はない」
「後悔なく貫き通そうじゃないか、我等は勇者なのだから」
「やべぇ……めっちゃでかい虫捕まえた……」
「ちょっとそれ向こうにやってくださいっ!!」
「我、今凄く良い事言ってたよ」
「レフィアン見ろ! 虫っ!」
「無視すんなって言ってんだよ!?」
「お前等ここダンジョンだからな? さっきも言ったけどな?」
フェルドの忠告はもはや届いていない、ラックの捕まえた虫で後方の警戒度は0まで下がっている。ゴタゴタの中セツナの脳天にラサーシャの槍が激突しているのが見えたが、もう突っ込む気も失せた。
(クロノが居ねぇと突っ込みが足りねぇ……)
「いやぁ賑やかで良いですね! 最高のピクニックです!」
「ダンジョンだからなここ、鬱蒼とした森を抜けたら半壊した古城が見えてきたけどな」
「やかましくて寝れないよー……」
「ん、派手にぶっ壊れたもんだね……まぁ何百年も経ってまだ原型留めてる分立派かな」
「あの城で禁術暴発して、ここら一帯この有様だよ……調査を頼まれた事もあったっけなー」
「事が起こった場所ほど負の気配は強いし、犠牲者が大勢出た場所ほど呪いがはびこってるだろうさ」
「……ん? お目当ての導き鈴蘭が霊魂を導いて、周囲をダンジョン化させるって話だったろ」
「禁術暴発? 何の話だ?」
「導き鈴蘭は元々この辺の森に咲いてたんだよ、城の魔術師がそれに目を付けて死の世界の扉を開く禁術を使ったのさ」
「鈴蘭の導く先、霊魂の通り道をこじ開け、死の世界から魂を呼び、死魂術で悪い事しようとしたのだよ」
「結果大失敗、周囲は死で満たされ滅びましたとさ、アホくさい話だよ」
「ま、犠牲者達のおかげで鈴蘭はより綺麗に咲き、彼等も等しく導かれたっぽいけどね」
「おかげでアンデッドスポット化して、ご立派なダンジョンになりましたってわけ、俺達の調査結果じゃこんな感じだったっけかな」
「国と国の争いが多かったから、どこも戦力を増強しようとアホばっかやって面倒この上なかったぜ」
「嫌な話だな」
「しかし今の話ですと、鈴蘭は森の中ですか」
「この広い森の中を探し回るのは骨ですねぇ……断言出来ます、迷います」
「だから面倒だけど城を目指したんじゃん、そろそろ後ろの漫才勇者共を前線に上げた方がいいよ」
「さっきも言ったけど事故の中心……禁術大失敗の爆心地であるあの城が一番霊魂が集まりやすい」
「集まった霊魂が導かれる先に鈴蘭があるから、追っかければすぐだよ」
「…………ま、恨みつらみに怨念ドロドロだと……導かれる前にその辺のモノに憑依したりするけどさ」
「そういうのは中々剥がれない、自然に成仏するまで時間がかかるんだ」
「なるほど、あいつらに任せないで本当に良かったぜ、気絶しちまいそうだ」
「どういう事わん?」
「霊魂の依り代を片っ端からぶっ壊して魂露出させて、その後を追いかけろってこったろ」
「理解が早くて助かるね、既に面倒だから楽で良い」
「ってことで……俺寝るから後頑張って……」
「図太い奴だな……さてと……」
フェルドが後ろを見ると、いつの間にかラックがニコニコと屈伸を始めている。レフィアンは謎のポーズを取り、ラサーシャは複雑そうに槍を構えている。セツナだけ、首を傾げていた。
「準備良いぞー!」
「今宵、死魂を導くのは鈴蘭ではなく…………我…………」
「はぁ……出来る限りは尽くしますが……」
「一体何が始まるんだ?」
「どうせならぶっ飛ばした数で競うか、俺はセツナのフォローをする……亡者には悪いが、楽しんでいこうぜ」
「天国か地獄か、導かれる先は知らんが……成仏急行便だ、暴れ散らせ!」
クロノが居たら全力で止めているだろう、不敬の極みのような戦いが幕を開けた。ほぼ同時に飛び出す勇者三名と、当然のように取り残されるセツナ。そんな切り札を持ち上げ、楽しそうに笑うフェルドとプラチナを背負ったまま何処かに消えたケール。地獄のようなダンジョンで、突っ込み不足の地獄は続く。
「いや待って!? 何が始まったんだっ!?」
「超暴力的なお化け屋敷だよっ! これも修行だ、気張れ切り札っ!」
「クロノ助けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
切り札の叫びは、半壊した屋敷の中に消えていった。




