第六百四十四話 『歩みは止めずに』
「で、目的のダンジョンは何処にあるんだ?」
「潰れてなけりゃコリエンテにあるけど、攻略や浄化済みなら条件を満たす場所を探すとこからだなー」
「アンデッド系が多いダンジョンなら、大体はオッケーだけど……俺達は今の時代の事あんまりだから」
「まぁ高レベルダンジョンは魔物を引き寄せるから、制圧しても時間経過でまたごちゃごちゃするんだけどね」
ケールに背負われながら、プラチナは指先に魔力を集中させる。魔力はそのまま文字を描き、フェルドの目の前に飛んできた。
「『魔城・メギウィドル』……禁忌に触れ、永劫の呪いに沈んだある種欲の末路みたいな場所だよ」
「おっと、その場所は少し前に討魔紅蓮の手によって制圧された筈ですね」
「丁度大会の少し前でしたっけ……時期としては微妙かもです」
「とはいえ他に手がかりもねぇし、行ってみるだけ行ってみるか? 討魔紅蓮は魔物狩り以外に興味無さげだし、運よく残ってたりするかもしれねぇぞ」
「大陸間の移動は、お前さん等の鍵を使えばショートカット出来るだろ」
「そですねー、都合よく近くに居る子が居れば良いんですが……」
「とりあえずコリエンテでお仕事中の子に連絡して、ゲートを繋いで貰いましょうか」
(制圧され、回復中のダンジョンか……そこで目的を達成出来れば、戦闘も避けられるかもな)
(あの手の場所に長くいれば、人も魔物も正気を失う、必ずしも会話が成立するとも限らない、戦うしかない場合もある)
(そういった場面は、クロノでも迷うだろう……俺達の掲げた理想、夢は甘さを含むものだ)
(甘さを抱えれば抱える程、困難は増える、現実は高くそびえ立つ……選択は不自由に、答えはいつも不安定になる)
(俺のこの考えも甘いんだろうが……嫌なもんだな、成長に不可欠とはいえ試練ってのは)
「つまり俺達はクロノの友達なんだ!」
考え込むフェルドの背後から、ラックの大声が飛んできた。彼等はセツナと談笑中だ。
「そ、そうか……私もクロノの友達だぞ」
「クロノとは友達でな、いつか戦う約束もしてるんだ」
「うん、うん?」
「大会じゃ凄くてな、俺の分も凄くてな、討魔なんとかとも凄くてなっ! 凄いが凄いんだクロノはっ!!」
「う、うん?」
「聞いたぞ、クロノは今大変なんだろ、そうと分かったら黙ってるわけにはいかないぜ……俺はクロノの友達だからな……俺に出来る事は何でも言ってくれっ! うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 気合い入れて行くぞおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
(どうしよう、お喋り出来ない……)
「くっくっく……我がカクリヨの力すら震える程の活力、全くどうして……お前の傍は退屈しないな」
「人助けなど粗末な行い、本来なら放っておくところだか……仕方ない付き合ってやろうではないか……くっふっふ……」
(あっちはあっちで俯きながらなんか言ってて怖いし、始まってもいないのに不安しか私に集まってこない)
(向こうでは話が勝手に進んでる感があるし、私はこの混沌パーティーの中で何か出来るのか? 助けてクロノ)
ただでさえ無表情のセツナから感情と希望が抜け出そうになるが、大騒ぎするラックの頭に槍が振り下ろされた。そして、絶望する切り札の前に希望が舞い降りる。
「毎度毎度! 同じことを言わせない! 君は少しは落ち着きを持ちなさいっ!」
「ぐへぇっ!」
「私達は今回助けを求められここに居ます、頼られ、期待されここに立っているのです!」
「それも私達の知り合いが大変だと聞いては、君の言う通り黙っていられる道理はない……ここで立つのは勇者として当然っ! 意気込むのも当然っ! 君の気持ちも理解出来ます!」
「だからこそ! 堂々と構えなさいっ! やるべき事をやり通す為にっ!」
「相変わらず硬いぞラサーシャ……」
「真面目なだけですっ!」
「まぁいつものラサーシャって感じだな、戻って良かったよ」
「吹っ切れたようで何よりだ、腑抜けているより千倍マシよな」
「その件はどうもすいませんでした、ですが掘り返さないようにっ!!!」
「くっふふ……己を見失っていた時はどうなるかと思ったが、月明りは迷いを照らす光明になったようで痛っ!?」
レフィアンの脇腹に、ラサーシャの突きがめり込んだ。
「よせ貴様っ! つんつんするなっ! いた、いたいっ!?」
「………………」
「無言で突くなっ!! カクリヨの力が漏れ出すぞ! やめ、やめろ……やめてっ!?」
「ラサーシャ元気になって良かったなぁ」
(…………あの人とは仲良く出来る気がする、なんかクロノに似た匂いがする……!)
「コリエンテに居る仲間と連絡が付いたので、とりあえず一旦現地に飛びましょうー!」
ケールの声に従い、セツナ達はゲートを通ってコリエンテに向かう。現地の仲間に礼を言った後、プラチナの指差す方へ徒歩で移動する事にした。
「案外近くに出たね、楽で助かるよ」
「お前自分で歩いてねぇだろ」
「大丈夫です! 三か月くらいなら余裕でおんぶします!」
「三か月もお前と一緒とか普通に面倒死するから勘弁してくんないかな」
「いえいえ! きっと楽しいですよ!」
「その自信なんなのさ」
プラチナを背負いながら一番前を歩くケール、尻尾を振りまくりながらズンズンと進んでいるが、五分に一回くらいプラチナに移動方向を修正されている。驚異の方向音痴っぷりだ。
「斜め移動やめて」
「いやぁ流石大罪の悪魔です! 頼りになりますね!」
「こいつに前を歩かせるな……!」
「どっちがお守か分かんねぇな」
一応フェルドもすぐ隣で見張っているが、目を離すといつの間にかどこかに消えてしまいそうだ。現状セツナより目が離せない。先導組が地味ながらも大変な戦いを繰り広げる中、セツナはその後ろでラック達とお喋り中だ。
「じゃあ、ラサーシャさん達は夜通し戦ってたのか」
「はい、アルルカの村で影のような集団と」
「殆ど弱っちい真っ黒マンだったけど、俺やラサーシャにそっくりな奴も出てきたんだ」
「レフィアンさんが村の人を守りながら戦ってくれなければ、被害は抑えられなかったでしょうね……」
「夜の闇が祭典を開いたに過ぎん、ほんの戯れよ」
「そもそもラサーシャが最初足を引っ張るからだぞー」
「うぐぅ……その件は謝ったじゃないですか……」
「まぁその後滅茶苦茶強かったけどなぁ! ちゃんとすればラサーシャは滅茶苦茶強い!」
「精神面が幼いのだ、我が友は」
「自覚してますよ……もう……」
顔を真っ赤にするラサーシャの背をラックが叩き、脳天に槍を振り下ろされる。そんな彼等を見て、セツナは自然と言葉を漏らした。
「仲良いな」
「良くないです、腐れ縁ですよ」
「えぇっ!? 友達だろ!?」
「照れ隠しに過ぎんよ、じゃないと泣くぞ」
「脆さは貴女も大概じゃないですか……」
大罪や流魔水渦の絡みを見ていても、最近はそう思うようになっていた。虚ろな頃、こんな感情は抱かなかった。これが続くと、温かい気持ちになる。ずっとずっと、変わらないで欲しいと思う。理不尽に晒されちゃいけない、悪意に染められちゃいけない、そう思うんだ。この温もりが、好きだ。だから自然とこう思う。この暖かさを、自分は守りたい。この芽生えを、自分の成長だと信じたい。
「この洞窟の先だよ、鬼が出るやら蛇が出るやら……出来ればここでぱぱっと終わって欲しいもんだね」
「鬼か蛇かは知りませんが、匂いますよ、うじゃうじゃしてます」
「契約者の為だ、火花散らして行きますかね」
まるで地獄の入り口のような洞窟が目の前に現れた、この先はダンジョン……危険と隣り合わせの探索だ。だけど、引き返すつもりはない。やると決めたのは、他でもない自分だから。
「待ってろよクロノ、私頑張るから」
「さっさと起きて、褒めてくれよな」
切り札 IN ダンジョン。
セツナがダンジョンに突入している頃、クロノは相変わらず眠り続けていた。ティアラが洗面器を放り投げ、顔面がびしょ濡れにされても、エティルが髪の毛を引っ張ろうとも、目覚める様子はない。限界を超え、ボロボロになったクロノは何をしても反応を示さない。精霊達ですら、クロノの意識を感じられない状態だ。だが、それほど深くに落ちたクロノの意識と干渉出来る存在が居た。
「という事で、あの切り札ちゃんはレヴィ達と協力し、君を目覚めさせる為頑張っているよ」
「あー……起きたらアルディ辺りが怖いな……」
外部の会話内容をマルスから全て聞き、クロノは頭を抱えていた。この精神世界でクロノは随分前から意識はあったのだが、どう足掻いても上に行けず目覚める事が出来ないでいた。ナルーティナーの説明をマルスから聞いていた為、クロノも状況は分かっている。それでも色々試して見たが、何をしても無駄だった。
「マルス曰く、上が現実なんだよな?」
「ここは君の精神世界、上に行けば現実で下に落ちれば落ちる程深層心理の底だ」
「上から順に思考に使う場、精霊達の場、最初に僕が押し込まれた場、と言った具合に層が出来ているんだ」
「この暗闇は、そこからずっと下……自力で上がれる範囲ではないだろう」
「時間をかけて君自身が回復するか、それこそ外部の助けがなければどうしようもない」
「まぁ……普通の人間ならここに堕ちた時点で意識は無いんだろうが……どうして君は普通に意識があるんだろうね」
「知らないよそんなの……マルスの影響じゃないの? それか精霊使いだからとか……」
「前例も無いし、理解できない事に意識を回している場合じゃないな」
「また起きるぞ、プライバシーの侵害だ」
暗闇が、晴れていく。もう何度も起きているし、何度も見てきた、毎回違う場面が投影されるこの現象は、明らかにマルスに関係している。青空が見え、遠くから笑い声がする。これは過去だ、前にもあった、マルスの記憶だ。
「古傷を抉られる気分だよ、まったく」
「あ、あはは……」
(……俺の父さんが本当に地獄の一部なら、俺は半分世界から生まれたみたいな話をされた……)
(本当に俺の半分が世界なら……そこにマルスの記憶が投影されてこの空間が生まれた、とか……)
(考えても本当の事は分からないけど、マルスの反応を見る限り、これは実際あった過去の映像なんだ)
「今更隠す気はないけどさ、どうせ目覚める事が出来ないなら……この機会に見て貰おうか」
「この先にあるのは、絶望だけだ……それでも、君は僕達の終わりを、見届けてくれるか?」
「案内頼むよ、俺はお前達を知りたい」
「この先に待ってる終わりを知らなきゃ、その先を作れない気がするんだ」
確定した未来を、変える為に。記憶を巡る旅が、意識の底で始まった。




