第六百三十九話 『限界突破』
「おいクロノ! お前早いって!」
「レラ! 倒れてるみんなを頼む!」
「俺はこいつを、止める!」
後ろから追いかけてきたレラ達を待たず、クロノはデモリッション目掛け突撃する。デモリッションの巨体を殴り飛ばし、周囲の状況を水の力で感じ取る。
(全員倒れてるけど息はある……余裕は無いけど、可能性はある……!)
「セツナ! 無理させて申し訳ないけど、レヴィちゃんを起こせ!」
「レラも強欲を、ドゥムディさんを起こしてくれ! 後はさっき言った通りに、うおわっ!?」
デモリッションから伸びてきた触手のような腕が前髪を掠める。風の力で宙を蹴り、クロノはデモリッションの攻撃を掻い潜る。一撃でも喰らえば致命傷だが、今こいつを自由にさせる訳にはいかないのだ。猛攻を凌ぎ、渾身の一撃を叩き込み後方に吹き飛ばす、出来るだけセツナ達のいる場所から引き離す。
「クロノ……あ、私なに……」
「無理させて……? 今更……一番無理してるくせに……嫉妬しちゃうな……!」
セツナの肩を掴み、レヴィが血を拭いながら立ち上がる。傷の治りが遅い事から相当消耗しているのが分かる。
「レヴィ! 平気なのか!?」
「平気じゃないけど悪魔舐めないでよね、この程度の傷で死ねるなら苦労しないんだよ」
「クロノが足止めしてる間に、他の奴等を助けるぞ!」
「僕が水で引き寄せる、気休めでも回復術を……!」
ネプトゥヌスの操る水を追い越し、何者かが戦場に飛び込んだ。クロノとデモリッションの間に割り込んできたのは、木の根だった。
「なんだこれ……!」
「アァ……?」
一瞬動きを止めたデモリッションの肉体が、次の瞬間両断された。デモリッションの身体が再生するのと、武器を構えた男がクロノの隣に着地するのはほぼ同時だった。
「……あんた……」
「味方と思ってくれるな、俺の生に味方など存在しないんだ」
「我が覇道の邪魔を消しに来た、それだけよ」
「ゲルトの王様だな、噂通りのおっかねぇ人だ」
「つまりあんたの覇道の邪魔をしなきゃ、隣に立って良いわけだ?」
「……お前の事は例の大会で知っている、なるほど狂っているな」
「敵でも味方でもない奴の隣に、好き好んで立ちに来るか」
「共に在る事が、俺にとっちゃ大事なんで」
「面白い子でしょ? クロノ君は可能性を感じさせてくれるよね」
「けど雑談はそこまでだよお二人さん! ボスキャラが暴れてんだぜ!」
ミルメルを背負ったカラヴェラが瓦礫の上から飛び出してきた。槍を地面に突き差し、ミルメルと共に植物の根を操りデモリッションの動きを抑制する。デモリッションの傷は既に治っている、あの再生力をどうにかしない限り、勝ち目はないだろう。
「王様、初対面だけど頼みがあるんだ」
「あいつを倒す方法がある、ちょっとだけ足止め頼めるか」
「元々あいつは俺の国に喧嘩を売ってきたんだ、俺の獲物だ」
「譲る気はない、席を外すなら勝手にしろ」
「頼もしいね、すぐに戻って横取りしてやるよ」
「生意気なガキだ……」
「おいっ!! ヴェル、オイルッ!! いつまで寝ている、それでも貴様等この国の専属勇者かっ!!」
王の咆哮と同時、デモリッションに斬撃と砲撃が叩き込まれた。倒れていた専属勇者二名が、飛び起きると同時に一撃見舞ったのだ。
「不覚……このような無様を晒すなど……!」
「むぅあああああっ!! 痛いし怒られるし最っ悪!! 覚悟しろデカブツッ!」
「どう見ても軽傷じゃねぇのに……やっぱ凄いなこの国の勇者は……」
「さっさとしないと、お前の出る幕は残らんぞ」
「なんせ好き放題されて俺達は怒っているからな、加減などしない」
「そうかそうか、なら存分にやり返してやってくれ」
「すぐ戻るから、俺にも一緒に怒らせてくれよ」
最前線を一旦任せ、クロノは足場を蹴りつけセツナの元に戻る。すぐ傍には、大罪達がネプトゥヌスに回収され横になっていた。アクアやピリカが回復術をかけているが、あまり状況は良くないように見える。
「魔力を消耗しすぎているのですよ、悪魔本来の再生力もかなり落ちているのですよぉ……!」
「強がってるけど、レヴィ達は全盛期と比べると相当弱化してる……言い訳じゃないよ? 嫉妬させないでよね」
「器作りをカットしたディッシュですら、長い時の流れで能力は錆び付いてる、復活早々にあんな化け物とぶつかるとかハードモードも大概にしてほしいよ」
「弱化してそれなら、十分頼りにしちゃうよ」
「クロノ! わた、私どうすればいい!? あんな化け物にどうやって……!」
泣きついてくるセツナを受け止めるクロノだが、足に力が入らずふらついてしまう。既にクロノも限界が近く、今のままじゃ希望なんて見えない。だから、当初の予定通り反則技を使うしかない。
(反動を想像すると恐怖はある、身体の事を完全に無視した反則技なんだ、どうなるかなんて想像は付かない)
(けど、何かを失う方がずっと怖い……迷いはない……!)
「レヴィちゃんに、それと可能ならドゥムディさんに頼みがあるんだ」
「ちゃん付けやめて、…………何さ」
「タイミング良く目が覚めたぜ、なんだ? 欲深き人間よ」
「今から俺は自分の身体がぶっ壊れる可能性がある力を使う」
「レヴィちゃんは能力で、俺の身体が壊れないようにして欲しい」
「ドゥムディさんは、そこに転がってる悪魔の能力を俺に使って欲しい、無意識の力だ」
「俺が感じる痛みを、無意識で覆って欲しい」
「おいおい、痛みってのは脳の警告、無視すりゃ危険って理解して言ってんのか?」
「人の身体は脆い、取り返しのつかないラインを超えても気づけないんだぞ?」
「……レヴィも、壊れないようには出来る」
「けどそれで平気かどうかは別の問題、能力解除後どうなってもレヴィは知らないよ」
「分かってるし、精霊達に止められた、説教の予約もされたよ」
「けど、何もしないで失うよりマシ、負けを受け入れて諦めるより全然マシだ」
「俺は、ハッピーエンドを諦めない」
ドゥムディは身体を起こし、倒れているゾーンに手をかざす。欲庫の力で、無意識の力を吸い取っている。
「おれもレヴィも、魔力は残り僅か……どの道長くは持たないぞ」
「三分持てばいい方だけど、それでもやるの?」
「やるしかないんだなこれが」
肩を回し、クロノはデモリッションに目を向ける。ヴェルクローゼン達が頑張っているが、やはりどれだけ攻撃しても再生力を上回れていない。あれを倒すには、超火力で一気に削り、再生より早く切り札の一撃を叩き込むしかない。
「あの、あたしの魔力も使って……!」
「償いってわけじゃないけど……何もしないで見ているのは……」
能力の準備をしているレヴィ達に、ククルアが声をかける。その一言に続くように、レラ達も魔力を差し出した。
「良いの? レヴィ達は悪魔なんだよ? そんなひょいひょい魔力差し出しちゃって」
「クロノが信じてるんだ、疑いとかないよ」
「さっき助けてもらいましたしね」
「器代わりにされた僕からすれば、今更の話だ」
「兄さまが言うなら」
「あたしは回復術で魔力スッカラカンなんだけどね!?」
「お姉ちゃん役立たずだなぁ……」
そして、レヴィの小さな頭に暴食が手を乗せた。
「デッシュ……?」
「吐きそうだ、持っていけ」
「喰えたもんじゃねェや、さっさと終わらせてもう少しマシなもんが喰いたいなァ」
「俺ももう動きたくないから、あと任せるねー」
プラチナも残りの魔力を全て、ドゥムディに差し出した。
「奇しくも、この場の全てを託すような形になったな」
「…………ここまでして負けたくないから、マルスとマルスの器くんは負けたら許さないから」
「それがマルス的には敗北は罪らしいんだよね」
「負けたら浄罪で俺が焼かれちまう、恐ろしい話だははは」
「って事で引けないところまで来ちまった、黙ってないで最後の後押し頼むよジュディア」
端の方で黙っていたジュディアに声をかける、彼の力がないと話は始まらないのだ。
「これで無理だったらどうするつもりだ? 笑うか?」
「出来るさ、お前はさっき不可能を可能にしたんだ」
「どうして元敵をそこまで信じられるのかね……どうなっても知らないぞ」
「どうなっても、俺は勝つから安心しろ」
「セツナ、今からあの怪物をボコボコにする」
「お前は信じて剣を構えてろ、お前の眼前にあいつを捧げてやる」
「甘いなクロノ、それで私がやり切れるとでも思うのか?」
「あぁ、俺はお前を信じてる」
「ずるいなぁ……怖くても震えても、逃げられなくするんだもんなぁ」
セツナが剣を握り締めるのが、背中越しに伝わった。ジュディアが肩に手を置き、能力を発動する。精霊に対し何でもありの力、契約者の力量に合わせて力をセーブする絶対の決まり、その撤廃。嘗て伝説の勇者の精霊だったフェルド達は、自分に合わせ相当弱化している。その枷を外せば、クロノの中で扱い切れぬ大きさの力が四つ、爆ぜる事になる。このままでは自殺行為、何も出来ず死ぬ可能性すらある。それを、外部の力で無理やり抑え込む。この後どうなってもいい、そんなヤケクソでどの視点から見ても正しくない壊滅的な戦法。ただの諦めの悪さ故、負けたくない、零したくない、そんな我儘の延長線。
レヴィは足元の小石を拾い上げ、魔力を練り上げる。もはや、目の前の人間に託すしかないのだから。最大限の嫉妬を乗せ、彼女は理を否定する。
「嫉妬は巡る、今も昔もグルグルと、今を壊して未来へと、壊れて、壊れぬ未来へと」
小石を砕き、クロノに砕けぬ力を宿す。それに続き、ドゥムディも奪った無意識をクロノに放った。
「痛み苦しみ、これでお前は意識出来なくなった筈だ」
「奪って即使ったんだ、精度は保障出来ないぜ」
そして、ジュディアの力が枷を外す。身体の中で、爆発が起きたような気がした。タダで済むとは思っていなかったが、見てわかる程の変化が出てきた。クロノの身体が、輪郭を失い始めた。これは、仮霊化に近い現象だ。
(……フェルド達の力が跳ね上がったから、内側で精霊球が爆発したみたいな事になったのか……?)
(あまりにも精霊達の力が強すぎるから、俺の内側で精霊の力が常に燃えてるような……)
痛みや苦しみは無意識で感じない、だから今自分がどうなっているのか正しく理解は出来ない。自分の視界にはユラユラと輪郭を失い、幽霊の手のようにぼやける両手が映っている。握ったり開いたりしても感覚はない、だが今の状態は仮霊化に近い。なら、扱える。
(みんな居るか?)
(そりゃあな)
(うおー! 久々に全力全開だよぉ!)
(君には悪いけど、絶好調だね)
(ふわ、ふわ……)
精霊達は絶好調だ、フルパワーでここに居る。痛みも苦痛も完全にシャットダウンしているからか、温もりしか感じない、漲る力は己も焼いている筈なのに、今は恩恵しか感じない。調子に乗っている場合じゃないし、今も命を削っているのは間違いないのに、昂りが止まらない。負ける気が、まるでしない。
揺らぐ姿が消えた、音を置き去りに風が一薙ぎ突き抜ける。デモリッションの身体が、武器を構えていた専属勇者二名の前から消え失せる。
「なんだ!?」
「っ! 上! 何かが跳ね上げた!」
上空に打ち上がったデモリッションの身体が、数回何かに弾かれ更に上に打ち上がる。ブレる視界の中、デモリッションは幽体のようなクロノの姿を捉えた。
「貴様……まだ……っ!」
「仮霊技能・限界突破……」
「負ける方が難しいぜ……怖いくらいに、溢れてくる……!」
その力は、在りし日の伝説。




