第六百三十八話 『諦めない』
ゲルトの一角から衝撃が空に伸びる。音を置き去りにし、破壊で巻き上がった砂や石が柱のように昇り視界を奪う。バロンは後方に転がりながら、全身を貫くような殺気を頼りに顔を上げた。
(見えないが、特別感知に長けてるわけでもない俺でもはっきり位置がわかる、隠す気もその必要もない……圧倒的な力……ここまで伸びるか!?)
(欲を糧に力を増すなんて悪魔じゃ珍しくも無い現象だが、限度があるだろうに……)
「これは……俺を何体呼んでも時間稼ぎにすらならないかな……おいおいしっかりしろ煌めきバロン……!」
「俺の輝きがくすんじゃあ、いよいよピンチって事じゃないか……!」
煙が吹き飛び、中からデモリッションが姿を現す。元々歪な巨体だったが、今は人型すら崩れかけている。腕や肩がひび割れ、即座に形が崩れ繋がっていく。崩壊と再生を繰り返しながら、動くものに反応し襲い掛かる。
「勝つのは、私だあああああああああああああああああああああああああっ!」
「どっち見て吠えてんだこいつは」
暴れ狂うデモリッションの上から、ドゥムディが重力を叩き込む。地上に叩きつけ、そのまま押し潰す。
「便利な能力だなこれは、返すのが惜しいくらいだ」
(しかし不味いな、欲庫されてる能力の中にこいつを止めうるものが無い、併用すれば国ごと吹っ飛ばせる組み合わせもあるけど……それでもこいつを倒せそうにない)
(勝利への執着、欲……それがあの暴走悪魔に絡みついた結果有り得ない再生力を生んでいる、あれを無効化しない限りこいつは止まらない)
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
デモリッションは背中から無数の手を生やし、周囲を薙ぎ払う。殴りつけた全てが砕け散り、重力波すらひび割れ散っていく。破壊が魔力に伝播し、崩壊していく。
「追い込まれ、傷を負うほど再生力と破壊力が増している、なんだったら自身の力で肉体が損傷するだけで力が上がってやがる」
「一方で俺達はまだ力が完全に戻ってなくて、更に魔力は消耗済み……ふむ……」
「なァにぶつくさ言ってんだドゥムディッ! 喰い応えのあるゴミが暴れてるぞォ!?」
「劣勢だなと、考えてただけだよ!」
暴れるデモリッションを重量で抑えつけ、風の杭で増えた腕を縫い付ける。動きの止まったデモリッションにディッシュが牙を振るうが、食い千切られた個所が即座に再生していく。
「口からゲロが出そうだなァ……! 残飯エンドレスかよ……!」
「正しく怪物、どうしたものかね」
破壊と真正面からぶつかり合う大罪達だが、戦況は徐々に押されてきていた。相手の底無しの欲を止めるには、能力の強弱を無視したチートが必要だ。
「そのチートは嫉妬もぷんすかしちゃうくらい、ビビりまくってるわけなんだけどね」
「お前私があれに一撃入れられると思うのか!?」
「入れるしかないんだよ! でかすぎる魔力持ちはプラチナの模倣も出来ないし!」
「正確には今の俺にはだけどさー……っていうかレヴィの能力でもどうにもなってないじゃん」
「レヴィの能力は相手を魔力で包むのと、レヴィの想像力が必要なの、でかすぎて対象として認識出来てないの」
「強がってる強がってる、勝てる想像出来てないのもあるのにさ」
「面倒が嫌いな癖に面倒な性格治ってないね、嫉妬しちゃうよ……!」
「絡んでこないでよ、再会早々面倒くさいなぁ……」
「お前等どっちも面倒くさいわ!! 喧嘩してる場合か!?」
「それこそビビってる場合じゃないでしょ」
「正論で殴るのはやめないか!」
「分かってる……私がやらなきゃ……分かってるんだ……」
震えるセツナを見て、レヴィは目を閉じる。先ほど同様、レヴィの力でセツナを強化すれば状況を変えられる可能性はある。
(…………何かのきっかけで、セツナがさっきみたいになれば……あれ程の悪魔でも切り伏せる事も……)
(……リスクが大きすぎる、あの悪魔はさっきの雑魚共とは違う、一手のミスでセツナは即死する……そうなれば勝ち目は潰える……)
(そもそもレヴィの能力も後どれくらい持つか……迷ってる間にディッシュやドゥムディも魔力切れを起こす……プラチナの能力込みでも、レヴィをコピーさせても……自己解釈の両天秤でズル出来る時間はそう長くない……!)
どうにか勝ち目を探るレヴィだったが、次の瞬間暴れるデモリッションの顔面が何かに撃ち抜かれ爆発した。態勢を崩したデモリッションに、何かが飛び掛かる。
「”死刀・骸十字”!」
「”斜線一掃”!」
ゲルトの専属勇者二名は、悪魔を無力化したのち街中で避難誘導する流魔水渦達から状況の説明を受けた。悪魔を引き渡し、最も危険な敵を殲滅する為ここに駆けつけてきたのだ。
「消沈、これほどの悪に気づかず……手のひらの上で遊ばれていたとは……己の無能さが嫌になる」
「これ以上よそ者に、それも魔物に良いとこ取られてたまるもんですか!」
「敵も味方も悪魔だらけで訳がわかりませんが……っていうかヴェルも水体種くっつけて訳わかりませんが……とにかく! あのでかいのぶっ潰しますよ!」
「おいおい、随分イカれた力の人間だなァ」
「ここは死地の最前線だが、覚悟出来てんだろうなァ」
「当然、ここは腐っても我等の国」
「尚更、命を懸ける理由がある」
長く喋る時間は無い、両者そう判断しデモリッションに向き直る。猛攻の手が増え、先ほどよりデモリッションの動きが制限出来ている。今なら、セツナの一撃を差し込める。
「セツナ、ビビってる暇も腰抜かしてる暇もないよ」
「分かってるけど身体が分かってないんだよ!」
「めんどーな子だねぇ」
「長くは持たない! あいつを倒すにはセツナの反則能力で何もかも無効化するしかない!」
「みんな全力で頑張ってる! 最後の一踏ん張りだ、嫉妬させてよ!」
レヴィの目を見て、セツナも覚悟を決める。デモリッションが攻撃する度、みんな削られていく。一刻も早く、この戦いにケリを付けなきゃいけない。自分がやらなきゃ、全部壊される。
「あの悪魔の強さは異常、下手な援軍は犠牲を増やすだけだからってコロン達が近づけないようにしてる」
「その代わり、避難はほぼ終わってる……あいつを倒せばまるっと全部解決だぜ切り札ちゃん」
「バロン……」
「あの反則級の再生さえ止めちまえば、こっち陣営の火力は十分……確実に倒せる」
「そしてセツナちゃんの援護はこの絵札の一人、煌めきバロンが引き受けましょう」
「サクッと勝って、ルト様に褒められようぜ?」
そうだ、もう一頑張りだ。専属勇者も来た、大罪の悪魔も力を貸してくれてる。目の前の男は腐っても絵札、頼りになるんだ。勝利は目の前、あともう少しだ。セツナは覚悟を決め、勇気を振り絞る。切り札として、バロンの手を取ろうと手を伸ばす。その覚悟の灯を、悪魔は容易く吹き消した。何か、張り詰めた糸のような何かが吹き抜けた気がした。鈍いセツナでも分かるような、決定的で大切な『何か』。セツナより鋭いみんなは、その何かに一瞬早く気づいた。手を伸ばしていたバロンの表情が歪み、いきなり抱きしめられた。レヴィとプラチナが、自分達を庇うように前に出る。閃光が視界を奪い、衝撃が肉体を貫いた。
「勝つのは、私だ、わたしだあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
空を見上げ、絶叫する異形が目に入る。全身から腕を伸ばしたそれは、シルエットだけでなんか不快だった、ただただ気持ち悪い。次に認識出来たのは痛み、どうやら額から血が流れているようだ。身体は動くが、全身が痛い、どうやら後ろに吹っ飛んで色んな個所を打ち付けたらしい。右手に、生温い感触があった。自分に覆い被さるように、バロンが血塗れで倒れている。周りには、レヴィやプラチナが倒れている。絶叫する怪物の周囲が、クレーター状に吹き飛んだようだ。ようやく理解した、あの化け物は自爆したのだ。正確には、自分を破壊し消し飛んだ。周囲を消し飛ばし、執念の再生力で強化復活したのだ。傷つくたび、再生するたび、勝利にこびりつき醜く強く再生する怪物。そいつは馬鹿げた破壊を撒き散らし、敵対者を薙ぎ払った。
「…………あっ…………」
自分は庇われた、だから意識が残っている。だが、必死に戦っていた者達は爆発の直撃を受けたのだろう。専属勇者も、大罪達も、地面に転がっていた。生きているのか分からないが、肉体が残っているだけ奇跡のような状況。だが、デモリッションが叫ぶのをやめたら、次に動き出したその時には、みんな壊される。それは数秒後に来る、リアルだ。自分以外、誰も居ない。離れていろと遠ざけられていたククルアも姿が見えない。爆発で消し飛んだか、クレーターの外か、確かめる術も時間も無い。いきなり突き付けられた絶望だが、それでも腰を抜かしている場合じゃない。ついさっきレヴィに言われた言葉で己を奮い立たせ、セツナはなんとか立ち上がる。
(……バロンも、レヴィ達も……私を庇ってくれた……私の力が希望だから……)
(あいつを止めれるのは、切り札の、私の力だ……庇われた、助けられた、まただ……また助けられた……)
(私は切り札だ、助けられてばかりは嫌だって……何度も何度も、今回も思うだけで終わりか、嫌だって言ってるだろ……!)
(私がやらなきゃ……みんな死ぬ、もう後がない……私が助けるんだ、私は切り札だ……!!)
(みんな頑張った、後は私が頑張るんだ……みんなの頑張りを勝利に……!)
「勝つのは、私だあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
全身を、狂気が貫いた。目の前の異形は、異常な執念で勝利にこびりついている。勝利の為に、その一点に絞れば、自分は全く及ばない。狂気だろうが異常だろうが、勝ちたい想いで劣ってる。その理解は、勝てないと頭が理解するに等しい。怖い、無理だ、勝てるわけがない。いつの間にか涙が零れていた、表情は変わらずとも相変わらず自分の涙腺は情けない程に脆い。
「なんでだよ……みんな、頑張っただろ……!」
「夜通し、頑張って……戦って……レヴィ達も、やっと再会出来て……」
「いいじゃんか……ハッピーエンドで、いいだろ……劣勢から頑張って、ようやく勝てそうだったのに……」
「こんなの、あんまりだろ……!」
泣き言が勝手に漏れ出してきた。セツナは一歩、二歩と後ずさりしながらデモリッションに声を投げつける。その声に、デモリッションは首を捻じ曲げ睨みつけてきた。
「あんまりなのはそっちだ……圧倒的有利を覆された私の気持ちが分かるか……?」
「どれだけ惨めで、どれだけ情けなく、どれだけ絶望したのか……ハッピーエンド? ふざけるなよ?」
「頑張れば良い結果が確定するとでも思ったか、人も魔物も悪魔でさえ、そんな決まりは存在しない」
「足掻いて、踏み躙って、どれだけ汚い事をしても終わりの形は確定しない……だから足掻き続けるんだ、それが生だ……!」
「どれだけ惨めでも、どんな手を使っても、私は諦めない、勝利を諦めない……例え壊れても、何を失っても……己がどれだけ擦り減っても……」
「勝利だけは譲らない……何度逆転されても諦めない……劣勢逆行苦難の連続でも、諦めはしないのだ……」
「恐れ、怯え、絶望し……泣き言を漏らすようなゴミに、負けるわけがないんだあああああああっ!!」
その叫びは、確かな力があった。セツナを吹き飛ばし、腰も心も何もかもへし折るに十分すぎる威力だった。後ずさりを続けていたセツナの両足が、地面から離れた。尻もちを付きかけたセツナを、何かが支え受け止める。それだけで、セツナは誰が来たのか理解した。この状況で諦めない奴は、知り合いに一人しか居ない。
「…………ッ」
「諦めの悪さなら、俺も自信があるよ」
「随分分かりやすい状況で助かる、諦めの悪さ比べってわけだ」
「お前を倒せば、この戦争は終わりだな」
「くろのぉ……!」
「なに情けない声出してんだ、こんな分かりやすい見せ場はないぞ」
「さぁセツナ、俺達で終わらせようぜ」
「あいつを倒して、みんな無事に朝日を拝んでやるんだ」
決めたんだ、転んでも、泣いても、もう諦めないって。情けなくても、どうせ転ぶなら前に転ぶんだって。泣き言を漏らすゴミでも、もう下がらないって、自分で決めたんだ。その覚悟は忘れない、離さない、誰に馬鹿にされたって、絶対に譲らない。震える手で剣を取る、震える足で立ち上がる。震える切り札の肩を、クロノは笑って叩いてやる。
「信じろ、俺は必ず勝つ」
「お前はその剣を、叩き込む事だけ考えろ」
「た、助かる……流石の切り札もこの状況で自分を信じるのは無理過ぎるからな……」
「けど、お前の事は信じられる……」
「勝つのは私だ、私だけが勝者となるのだああああああああああああああああああああっ!!」
「いいや、勝つのは俺達だ」
「ここが暴走の終着点だよ、ケリ付けようぜ」
どれだけ絶望的でも、ハッピーエンドを諦めない。これが、最後の戦いだ。




