第六百三十話 『滅焔の証明』
(焔血……? なんだそれは聞いたこともねぇ、種族の固有能力に上位があるなんて初めて聞いたぞ!?)
「もっとも……ルーンやカムイが元の力から逸脱し過ぎたモノを勝手に上位固有と呼んでいたのだがな」
(だろうな初めて聞いたからな! 焦らせやがって……!)
(ルーン、またその名前だ、カムイだぁ? 大昔のエルフの英雄の名前、こいつの口から出るのはいつもいつも過去の幻影ばかりだ、今を直視して身体を震わせ、みっともなく過去に縋りつくガキ、ガキガキガキ、クソガキだ!)
(そのガキに! 俺は負けた、敵わなかったっ! そして今、俺はこいつに対し恐怖した、ふざけるな、ふざけるなよ……)
「俺に対し、俺を前にして……何を証明するってえええええええええええええええっ!?」
右手に冷気を集め、下方に向け一気に放つ。周囲の水が一気に凍り付き、海に開いた穴を満たすように氷がセシル目掛け襲い掛かる。次の瞬間蒸気も残さず氷は掻き消され、目の前にセシルが迫っていた。
(速す……)
「強さを、証明する」
炎を纏った拳が顔面にめり込み、霧雨の身体が天高く殴り飛ばされた。血を吹き出し、それでも霧雨は歯を食いしばる。吹き出す血を凍り付かせ、自分の吹き飛ぶ方向とは逆に冷気を噴射、強引に空中で自身の身体を固定する。顔の周りの凍った血を片手で拭い、苛立ちのままに声を上げる。
「俺は貴様を認めないっ!! 過去に、他者にっ! 縋り、執着し、いつまでも引きずるような精神的弱者がぁっ!」
(いつだって! 俺の周りにはゴミばかりだった、生きているだけの肉、ただ毎日生きているだけ、息をしているだけ、誇りも夢もあったものじゃない、停滞した生に価値は無い!)
(身内も同族も切り捨てた、己の身一つでどんな苦難も乗り越えた、壁を砕いて四天王まで上り詰めた! この身が堕ちるところまで堕ちようとも、高まる力に俺は震えた、強さだけが俺を裏切らなかった……!!)
(この世界で強さだけが……! 俺の支えだ、俺を証明するモノだ! 敗北は認めない、勝利するまで諦めない、弱者は認めない、弱者の理屈を通せば俺の世界に狂いが生じる、絶対に負けられない、認めちゃいけない、俺の、悪魔に堕ちた俺の存在証明の為に、こいつにだけは負けられないっ!!)
「四天王は強さの証明! 止まっちまった魔物の世界は、強さって燃料で動き出すのさっ!!」
「狂ってるのは止まってる世界の方だっ! だから俺は強さで根底までぶち抜いて! 俺が新しいルールを組み上げてやるってんだっ!」
「生きやすく生きて楽しいか!? 生きたいように生きてぇんだよ俺はっ!! その為にならなんでもするねぇ!! 何でもできるくらい強くなって、気に入らねぇもんは叩き潰すっ! それが俺の『強さ』なんだよっ!!」
「前にも言っただろう、お前の強さはお前の為だけにある」
「四天王の名は、お前に相応しくない……この名はそんな勝手な物じゃない」
「この背は、憧れなんだよ」
「だったら俺の強さに憧れてろよ! 世界中がさぁっ!!」
「力無き愚者に、理想は語れねぇんだぞっ!!」
「愚かな理想に、真なる強さは宿らない…………絶対にだ」
「理想が先か、強さが先か、伴わないってんなら見せてくれよクソガキがァッ!!」
「それは俺を否定することになるんだ、俺の今日までの生き方全部を……!」
「お前の強さ、お前の理想、お前の理屈が俺を否定できるのかやってみてくれよなぁおいっ!!」
お互い翼を広げ、上空に飛び上がる。同じ高さで止まり、目線を合わせ構えを取る。身体から炎を吹き出すセシルは、背後から異変を感じ取る。ゲルト周囲の氷が蠢き、内側に氷を伸ばしている。
(ッ!? 氷が国を飲み込んで……!)
「既に悪魔共の作戦には修正不可能なくらいダメージが入ってる、もはや術式は正常に機能していない」
「それでも壊れた機械のように魔力を打ち続けている、勿体ないよなぁ……俺が使ってやるよ」
「足りないもんは補えばいい、俺の強さになればいい、魔力も、人も、魔物も、凍ったもんは全部俺のもんだ」
凍り付いた全てから魔力を吸い上げ、霧雨は力を増していく。内に留めきれなくなるほどの魔力を纏い、周囲の氷を強化していく。
「お前の大好きな束ねた力さ、結束凝固の氷でお前を固めてやるよ……初めて見たときみたいに、氷漬けにしてやるよぉっ!!」
「…………はぁ、お前は本当に…………」
「いや、もう良い…………もう、何も言うまい……」
「なんだよその目は、なんだその溜息は」
「泣き喚いてたくせに、無様な姿を晒してたガキのくせに、お前はあの時も同じ目をしてたよなぁ……!」
「何様のつもりだクソガキがぁっ!! 見下したような目ェしてんじゃねぇぞっ!!」
「死ねよっ!! 俺の氷であの時みたいに震えて、涙も、ご自慢の血も、全部凍っちまえば良いんだ!!」
「喰らえ……極氷彗星ッ!!」
それは冷気を前方に放つだけの技、極限まで高めた魔力で凝縮した極まった冷気。生き物どころか、空間を一瞬で凍えさせる一撃、対象に抵抗すら許さない絶対零度。その即死冷気がセシルに届くまでの間に、セシルは目を伏せ態勢を低くする。両手で構えた大剣・ヴァンダルギオンに火が灯り、一瞬音が消える。
『お前の剣術は俺が責任を持って鍛えてやる、どうだ嬉しいだろう』
『ん? 顔が青くなってるが大丈夫か? ほらにっこり笑ってみろ、ほらほら』
「……すぅー……はぁー……」
『同じ龍族とはいえ、一括りには出来ないもんだ』
『お前の炎にはお前の燃やし方がある、なぁに単純な話さ』
『龍の炎は誇りで煌めく、半分とはいえお前にもその血が流れているなら、いつか必ず応えてくれるさ』
「…………これが、私の炎だ」
『セシルも強くなったし! カムイやリジャイド、みんなの影響を受けて技にも磨きがかかってきたよね!』
『いっそオリジナルで名付けるのも有りよりの有りじゃない!? その方が格好いいし!』
『それにセシルは幻龍種、他よりすっごいんだしさ!』
混血種なんて、疎まれる方が多いのに。あいつは、みんなは、凄いって言った。珍しいモノを見る好奇心の目、それは悪意が無くても傷つける刃になったりする。あいつにはそれすらなくて、二言目には凄い凄いって、屈託のない笑顔で言っていた。だから、幻龍の名で自身の技を括ったのかもしれない。一緒に過ごした時の温かさが、この名の重さを消してくれたから。だから、真っ直ぐ誇りを抱き、この名を背負って今ここにいる。
「幻龍飛焔――――」
「遅いっ!! 冷気が先に届……」
「”灯籠・命薙ぎ”」
赤い円陣が空を割き、冷気が赤く染まり消し飛んだ。理解が追い付く前に、霧雨の首が転がり落ちる。いつの間にか自分の背後に突き抜けている龍人は、赤い炎を纏った大剣を構え直している。その背は、とても大きく見えた。
(認めない)
その強さは圧倒的で、言葉が出なかった。
(認めちゃいけない、強さを求めて俺は悪魔になった、強さそのものが俺の欲だ)
幼い頃、自分は四天王に憧れたんだ。その強さに、その背に、だから。
(それを認めちゃ、今の俺は崩壊する、それは死に等しい、曲げる訳にはいかない、手放すわけにはいかない)
(俺自身が、俺を手放すわけにはいかない、俺が俺を信じ抜かなきゃ、俺の信じた強さを俺が裏切っちゃ、俺は俺じゃないっ!!)
「負けない、負けられない、負けを認めちゃ、俺は俺の強さを信じられなくなる……だからっ!!」
「負けるかあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
絶叫と共に、落下する首が氷に包まれた。残された魔力は全て使う、足りない分を補う為、ゲルトを飲み込もうとする氷の勢いが増した。増したというより、もはや暴走に近い。国の内側に氷を伸ばすというか、先端が爆発し歪になっていく。ゲルトではレラ達が民間人を守り、氷から退避していた。しかし逃げ場のない状態、今の氷の勢いなら数分でゲルト全域が氷の中だ。まさに絶望の極みといった状況なのだが、ゲルト上空に居たクロノは確かにその目で見ていた。紅く煌めく、その炎を。
「幻龍飛焔・緋吐呼吸」
一息で振り抜かれた一閃が熱波を生み、国全体の氷を消し飛ばす。至近距離で喰らった霧雨は氷ごと吹き飛ばされ、その頭部が消えていく。冷気による再生が始まらない、そもそもこの熱の中に冷気は存在しない。顔の半分を失い、残った左目で霧雨はセシルを見ていた。
(なんで勝てない? どうして届かない? 何故、何一つ敵わない……?)
(…………お前の強さと、俺の強さ、何が違う、どうしてこんなにも違う……?)
(…………認めない、認めてたまるか……認めない限り、俺は、消えない……消えて……)
「……………………た、まる…………か――――――――」
溶けるように、霧雨は消滅した。身体があった場所に残った鍵を、セシルは顔も向けずに尻尾で掴む。その表情は、少しだけ複雑そうだった。
「これも前に言ったが、出来れば肩を並べる存在で居たかった……本心だったんだぞ」
「駄目だな、私は……共存の世界、同じ夢を見ているのに……どうしても下手くそだな」
「ルーンみたいに、仲良く出来なかったな……お前の言う事だって、分かるところもあったのにな」
「…………けど、四天王の名は汚せない……これは譲れないんだ」
「…………それでも、お前の手を取る存在にもなりたかった……傲慢でも、私は自分を不甲斐なく思う」
「…………重いな、この名は…………難しいな、この夢は…………」
天を仰ぎ、セシルは弱さを零す。繋がりの温もりから生じた熱は、理想の為に悪を焼く。だがその使い手は、未だ使い方に迷いがある。正しさは一定じゃない、進み続ける以上考える事はやめられない。迷いと共に歩んでいくからこそ、この強さに終わりはない。未熟だからこそ、成長していけるから。




