第六百二十七話 『罪はお前を逃がさない』
(傷は塞がった、原動力に満ちている心は熱く燃えている)
(だが消耗した分が戻ってきているわけじゃない、あくまでまだ動けるに過ぎない)
(分かってんだろうなクロノ、この先は奇跡でも何でもない、無茶の延長線上だぜ)
「じゃあいつもの事だな、お前達にちゃんと怒られる為にもやり切ってみせる」
(むぅ~……あたしやティアラちゃんはまたハラハラドキドキだよぉ)
(学習、しない……ゴミめ……)
「身内が厳しいんだよなぁ……エールが今のところ一つもない」
(僕はいつも君を応援しているから全部終わった後覚悟しといてね)
「エールのフリした脅しだろそれ、全くこいつ等は……」
「さて、行くか……」
見上げた先には、既に飛び去った大罪二人の背中が見える。クロノは息を整え、乱れた心を少しでも落ち着ける。クロノと同じ方を見ながら、ジュディアが隣に駆け寄ってきた。
「あの二人は何処に言ったんだ? 一緒に居なくて良いのか?」
「さてね、どうなんだマルス」
『欲のままに生きる悪魔に、作戦を説明しても無駄だろう』
『長年一緒に居た経験から言えば、振り回すか振り回されるかの二択だったよ』
「ってわけで、臨機応変に合わせなさいって事らしいぜ」
ドゥムディが言うには、力の強い悪魔がまだ四体いるらしい。そして国を囲む氷の動きからして、元四天王の氷鬼もまだ健在だろう。全てに対応するのは不可能、好き勝手に動く悪魔、そして仲間達を頼りつつ、最高率の動きをしなければならない。
「あの氷をなんとかしないと国の外への避難誘導は出来ないし、お前達の増援も入ってこれないぞ」
「…………あの氷は、あいつの獲物だ」
「は?」
「ジュディア、お前の水の自然体は信用して良いんだな」
「避難誘導しているレラ達を感知で見つけて、状況を伝えてくれ」
「……お前はどうする」
「セツナと合流して、まず上のあれをなんとかする」
「あれが落ちれば有無を言わさず全滅だ、そこから国を見渡して動き方を決める」
「俺もお前も水の力で感知が出来る、敵の位置を探れる俺達はばらけた方が良い」
「ヒヒャハ、元敵の俺を信用して良いのか?」
「俺も、俺の仲間達も、その目なら信じられるよ」
「ッ!」
「必ず償わせる、だから死ぬなよ」
「……そっちこそなぁ」
飛び上がるクロノに対し、ジュディアは絞り出すように言葉を贈る。そんなジュディアに寄り添うように、スピカは黙って隣に浮かんでいた。罪人でも、許されなくても、今は関係ない。やると決めた以上、迷ってる暇はない。ジュディアは精霊と共に、前を見据え駆け出した。その頃、ゆっくりと落下を始める浮島の上ではセツナが混乱していた。
「絶対これ落ちていってるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「そうだね、嫉妬する前にこのままじゃ大惨事だよ」
「ど、どうするんだ、どうなってるんだ!? 何が起きてるんだぁっ!!?」
「頑張れ頑張れ切り札ちゃん! 負けるな負けるな切り札ちゃん!」
「お前はさっきからなんなんだぁっ!!」
そして混乱するセツナの背後では、さっきまで発狂寸前だった悪魔が笑顔で応援していた。
「魔法陣の崩壊具合から、怠惰様もそっち側に裏切って敗色濃厚……頑張るのが嫌いなあたしにとって最悪の状況……」
「そんな可哀想なあたしに救いの手を差し伸べてくれたセツナちゃん! 良く考えればサボれるなら、楽出来るなら、あたしは立ち位置なんてどうでもいい!」
「怠惰様もそっちにいるしぃ、負けちゃったゾーンの兄貴も殺さず拾ってくれるんでしょ? 流魔水渦ってそうなんでしょ?」
「じゃああたし寝返っちゃうよ、リーダー代理も頼りにならないしさぁ~、セツナちゃん好き好きぃ」
「離れろーーっ!! いやルトは絶対お前達は見捨てないけど! だからってこんなあっさり裏切るとは……!」
「怠惰の悪魔なんてこんなもんだよ、忠義とか忠誠とかあるならそもそも悪魔とかなってないし」
「確固たる自己とか、信念とか、そういうしっかりした柱があれば堕ちてないよ」
「まぁとんでもなく強い想いや理想が柱を染め上げて、柱そのものが欲と化した化け物悪魔もいるけどね、レヴィ達の事だけど」
「ククルアちゃんは楽したい系悪魔だけどぉ、怠惰様は別格として大罪の悪魔へのリスペクトはちゃんとあるんだよねぇ」
「大罪の悪魔がみんなそっちに行っちゃうなら、ククルアちゃんもそっちに行く、貴方達を好きに利用とか無理だし、出来たとしてもそれは違うでしょ?」
「自分の好きに生きる、欲塗れの貴方達がククルアちゃんは好きなのさ」
セツナを抱きしめながら、ククルアは曇りなき眼で言い放つ。欲に正直に、彼女は己の立ち位置を押し付ける。
「悪い事したのは事実だ、ルトは悪い奴も見捨てないけど、償いはしなきゃだぞ」
「うぇぇ~……?」
「けど絶対見捨てない、お前も、お前の仲間もこっちに来たいって言うなら受け入れるぞ」
「私達は、そうやってここまで来たんだ」
「未来の話をするのは勝手だけど、目の前のあれを何とかしないと未来はぺちゃんこだよ」
ゲルトのコピーはゆっくりと落下を始めている、時間的余裕は皆無だ。
「あれだけ大きいとレヴィの能力範囲に収めるのは、少し無理があるよ」
「ディッシュとやり合ったせいで魔力的にもきついし、そんなに期待の眼差し向けられても逆に嫉妬するよ」
「大体どうしていきなり落ち始めたんだあのでかいのはああああああああああ!」
「怠惰様が魔本から出ちゃったから術式に狂いが出たんだよぉ、元々『怠惰様入りの魔本』を中心に無理くり組んだ術式だったからねぇ」
「ククルアちゃんの固有技能は効果換装、魔力で生き物や能力に効果を付与、改造する能力だよ」
「もう負けちゃったけど狂化って能力を持った悪魔とか、認識阻害の能力を持ったゾーンの兄貴……精神剥奪や空間隔離、活性化なんて能力者も居たんだ、もっかい言うけど負けちゃったけどさ」
「そしてさっきまで寝てたけど夜になって起きた悪魔が三人、分身、時間操作、そして特化」
「最後にリーダー代理の能力は、憑依……あたしはみんなの能力をパーツとして魔法陣を組み上げた」
「限りなく怠惰様の能力に近く、ある一点では超えたコピー能力……」
「限界にぶち当たっても、能力と能力を繋ぎ合わせた安定もクソもないパーツを繋ぎ合わせて無理やり超えた、突っつけば砕けるくらい不安定で強引な寄せ集め」
「出来上がった魔法陣をみんなの魔力で押し込んで、壊れないように無理やり使ってた」
「怠惰様が抜けて、仲間も欠けた、ボロボロだった魔法陣は崩壊し始めてる、それでも運用をやめないで無理くり効果を維持してるのが今の状況さ」
「まぁつまり、往生際悪く足掻いて全部道連れにしようとしてんのよ、やれやれ……」
「やれやれじゃないだろっ!?」
「あんたが術式を組み上げた張本人なら、あんたが抜けたら術式は瓦解するんじゃないの?」
「ダメダメ、完成した術式はあくまでみんなの魔力で固められて運用されてた……今更あたしが能力を抜いても無駄だよ」
「人形の糸を全部抜いても、外側から押し付けてバラバラになるのを無理やり防いでる感じ、人数が減って抑えきれてないからちょっとずつ崩れてるけど、すぐに全壊はしない」
「そもそもこの術式の本領は怠惰様の能力でも無理だった、コピー元の人格すら映し取った完全コピー」
「リーダー代理の憑依をベースに改造した精神憑依でコピー体に精神体を上書きして、強い奴の完全な複製を生み出す事……実験じゃ元四天王のコピーすら生み出せたんだよ、殆ど完璧だった」
「だからあたし達は、最強を無理やり形にしようとコピーするためのベースを作り出そうとしたのさ」
「それが今、下で暴れてるデモリッション、あれを複製出来ればあたし達のお仕事は終わりだった」
「もっとも、あれは最高傑作にして最低の失敗だけどね、あれはコピー出来なかったの」
「この国に溢れていた荒んだ人の魂、歪んだ悪魔の欲、ごちゃ混ぜの能力に狂気、それらを寄せ集めて開花した形になった破壊衝動……狂化で矛先を向ける程度の制御は出来ても、それだけ」
「暴走する狂気、コピーしようとしても術式が砕け散るくらい強大に膨れ上がっちゃった」
「喉痛くなってきちゃった……簡潔に言えばこの術式も、あの怪物も、作ったはいいけどもう制御出来ないので暴走の果てに待つのはグチャグチャって事なの、テヘッ」
「テヘッ、じゃないだろっ!?」
「だって、前線に出なくていいからこれだけやれって言われた事やってただけだし……」
「こんなになるまで追いつめられるとか、思ってなかったし、こんな事になるとか、思ってなかったし」
「ククルアちゃんの能力で出来た術式と化け物だけど、こんな大事になるとかさ、思わなかったんだって」
「ゾーンの兄貴だって負けると思わなかったし、適当に楽して生きてたかっただけで、その場のノリと流れでフラフラしてたら、なんか巻き込まれてて……」
「それで怖くなって、差し伸べられた手に縋ったんだ」
「嫉妬しちゃうくらいの、屑だね」
「………………」
ヘラヘラと笑っていたククルアの表情が凍り付き、そのまま俯いた。セツナを抱えている手が、震えている。
「力には責任が付きまとうんだよ、その気がなくてもそれは付いて回る」
「自覚がなくても、それは振るうたびに周りに影響を及ぼすの、嫉妬や妬み、憧れや期待、マイナスもプラスも勝手に抱かれる」
「能力を改造できる能力、相当な影響を他人に与える力だね、どう足掻いても他人と関わる力」
「色々巻き込んで、影響は自分の手に負えないレベルで大きくなったんだろうね」
「楽に生きていたい、ちっぽけで珍しくもない欲には到底抱えきれないくらい、大きな波だよ」
「静かに暮らしていたくても、強者を世間は放っておかない」
「なるようになるで流されて、自分の行いでどうなるのか考えもせずにフラフラした結果が、これだよ」
「聞いてあげようか? あえて抉ってあげようか? ねぇ、今、楽に生きてるの?」
「屑の先輩として教えてあげるよ、悪魔でも失敗するし、後悔するし、悲しい時だってあるんだよ」
「好きに生きる事と、胸を張れる事は違うんだよ」
「ヘラヘラ笑って、周りにどうなるかを任せてるだけで良いの? あんたの欲の為に、楽の為になんか言わないといけない事があるでしょ」
「差し出されたものを掴むだけじゃ、望む未来は得られない」
悪魔は人の犠牲の上に立っていて、踏み躙り、魂を啜って生きている。だから自分の力で犠牲が出て、それを踏みつける事に疑問を抱かなかった。いや、それが当たり前と思いこんだ。罪の意識から、逃げたかったからだ。自分で考えず、やれと言われてやった。その結果、大勢が傷ついた。自分のせいじゃない、やれと言われたからだ、悪くない、悪くない。自分のやった事が何を招くのか、自分の力で何が起きて、どれだけの者が傷つくのか、それを知るのはいつも事が済んだ後だ。悪魔に堕ちたのは怠惰故か、それとも罪に塗れた結果か、考えの足りない自分には分からなかった。面倒だから、楽をしたいから、それを理由に考えを放棄し、強者や大勢の集まりに寄り添った。求められるままに力を振るい、後の責任から逃げるように前線から退く。繰り返していく内に、己の撒いた種は全てを滅ぼすまでになった。眼下の国は、滅ぶ一歩手前。生み出された制御できない怪物は、このままでは国どころか世界にも牙を剝く。自分の撒いた種だ、目を背けている内に広がった、己の罪だ。一度だって望んだ事は無い、こんな事になるなんて思いもしなかった。もう逃げられない、見て見ぬフリなんて許されない。楽かどうか? 分かり切ってる。これ以上はもう無理だ、笑ってのらりくらりと逃げ出す事は許されないんだ。罪は、自分を逃がしはしない。見ないフリを続ける内に溜まり続けた責任が、余裕を押し潰し決壊した。
「…………ごめん、なさい…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、たすけて……たすけてください……」
大粒の涙を零し、悪魔は縋るように声を絞り出す。手を差し出すんじゃない、向こうから救いを求める手が伸びてきた。
「…………で、どうするのさ切り札」
「好きに生きた結果、そいつは責任に押し潰されそうになってる、その責任はそいつの罪だよ」
「なりたくて悪魔になったわけじゃなくても、やりたくてやったわけじゃなくても、失敗と罪は己が背負わないといけないんだ」
「ただ助けるだけじゃ救いにならないよ、それを踏まえてどうするのさ」
さっき手を差し伸べたのは、ルトやクロノならこうしただろうって思ったからだ。裏切ってくれれば、戦いは避けられる、こちらに戦力が傾く、そういった狙いからだった。だけど今、向こうから助けを求められた。前までのセツナなら、助けるとか助けたいとかそういった気持ちは欠片も分からなかっただろう。何も感じず、そ、そう……くらいの反応しか出来なかっただろう。だけどクロノと過ごして、大罪と関わって、罪や責任の意味を知った。無力感に涙して、誰かの為に戦う意味を知って、確かに芽生えた何かが胸の中で叫んでる。言うだけならタダ、並べるだけなら誰にでも出来る、だからこれは初めて中身が入った一言だった。
「レヴィや、大罪と一緒だ」
「ん?」
「私達流魔水渦は、魔物を見捨てない」
「罪を犯したとしても、そこで終わりになんてさせない、責任からは逃がさないし絶望もさせない」
「いつか罪がお前達を許すまで、お前達が自分を許せるまで、私達はお前達に寄り添うぞ」
「償いはさせる、だけど見捨てない、必ず助ける」
「流魔水渦は、そういう場所だっ!」
「…………あっそ、嫉妬しちゃうね、格好いいじゃん」
「震え、止まったね」
これで許されるはずもない、ククルアのせいで出た被害は尋常じゃない。同じように、助けてと手を伸ばしていた者も居る筈だ。重ねた罪は重い、責任は彼女を押し潰すだろう。それでも、罪の意識を抱き、向き合った者をただ潰すのは贖罪とは呼ばない。償わせるために、向き合う為にその重さを共に背負う。
流魔水渦はそういう場所だ、自分の役目は、立場はその為にある。出来るかどうかは分からない、正直自信はあまりない。だけど、この胸の中にある『助けたい』気持ちは、間違いなく自分の物だった。
「レヴィ、一つ思いついたんだ」
「何? 言ってごらんよ、嫉妬させてみなよ」
「私の為に、弱くなってくれ」
「最高だね、初めて切り札に見えちゃったよ」
「流れる魔々に、嫉妬はグルグル渦巻いて、強さは弱さに、弱さは強さに」
「レヴィは弱く、セツナは強く」
ここで魅せなきゃ、切り札じゃない。能力も、罪も、悲しみや絶望だって、斬ってみせる。切り札である為に、この衝動を無駄にしない為に。剣を抜いた切り札が、浮島の上に飛び降りた。暴走した魔法陣から湧き出てくる崩れかけのコピー体の山、不思議と恐怖は感じない。今の自分はレヴィの強さに支えられている、それに何故だか剣を持つ感覚がいつもと違う。いつもと違うのに、この感じを自分は知っているんだ。虹色の輝く髪を靡かせ、いつもと同じ無表情でセツナは剣を構える。ドジは踏まない、この構えも知らないけど知っている。いつかの自分と、想いと強さが重なった。
「さぁ行くぞ、私は流魔水渦の切り札だ」
魔を払い、魔を救え。




