第六百二十五話 『退屈の暇もない』
精霊狩りと呼ばれていた男は息を切らし膝を付く、眼前には自分と同じ姿をした者が立っている。おかしな話だ、つい先ほど悪魔側に居たというのに、今自分は憎くて仕方なかった精霊使いと同じ方に属している。方便を並べ肩を並べたが、正直立ち位置に慣れずフワフワする。
(いやこれは……普通にダメージで足元が定まっていない……)
コピーの攻撃をギリギリで受け止め後方に飛ぶが、自身と同じ能力に加え此方は疲弊した身、当然引き離せず追撃の蹴りをモロに喰らって吹き飛ばされる。
(僕は償い切れない罪を犯した、今更善行なんざ反吐が出る)
「けどそれを理由に立ち止まっちゃ、また君の目を曇らせる」
(どれだけ濁った世界でも、二人なら見渡せる)
(もう絶対に、離れない)
精霊技能・凝浸水、第二段階のリンクを纏い、ジュディアはコピーの追撃を回避する。動きを正確に見切るジュディアだったが、消耗した身体では限界がある。しかも相手は自分のコピー、精霊の力と世界で一番相性が悪いかもしれない自分自身だ。当然、コピーは精霊の力を剥がしに能力を使ってくる、精霊の力なんか一発で引き剥がせるのは自分が一番よく知っている。
(そうだ、僕のコピーだからこそ、どう対応してくるか分かる)
手のひらから放たれた光を浴び、精霊の力が剥がされる。全く同じ能力、同等の力。出力が同じなら、それは絶対に釣り合うはずだ。剥がされかけたスピカを、能力で繋ぎ止める。先の戦いで嫌って程理解した、目を逸らし続けていた事実を魂にまで刻まれた。自分の力は精霊を無力化したり貶めたりするだけじゃない、精霊に対し何でもありなんだ。傷つけるだけじゃない、マイナスだけには留まらない。まだ自分が素直に飲み込み切れていない現実、今生まれたばかりのコピーに反映されるのは当然最後の方だろう。
「お前はさっきまでの僕だな、悪いがほんの少し先に進ませてくれ」
「もう離さないと、誓ったばかりなんだ」
繋ぎ止めたスピカを引き剥がそうと、コピーは動きを止め能力を使い続けている。水の刃を手にジュディアは地面を蹴りつける、数年ぶりに振るう水の力は、自らのコピーを両断した。
(数が数だから個々の精度が落ちているのか、それとも思考が単純になっているのか、どちらにせよ助かった……)
(大まかなベースを作り上げた後、細かな再現を組み込んでいるんだろう……水の自然体で感知していたが内部は常に変動していた)
「流石にあの数を組み上げながら、最新への更新が早かったら化け物なんてレベルじゃないからな……」
ジュディアは背後に目を向け絶句する。黒い山のような何かが、旋風を取り囲んでいる。あれは数百体のクロノのコピーだ。次々と生み出されるコピーを、クロノは完成する前に薙ぎ倒している。倒しても倒しても無限に生み出される自らの複製を、動く前に、強くなる前に、自分と同等までコピーされる前に、最速で叩きのめし続けている。
(ここからでも一体一体の強さが違うのが分かる、最初に宿してる精霊の力もバラバラ……あの速度での戦闘中対応も別に行っているのか、あのガキも相応に怪物だよな)
(ヒヒャハハ……こっちが一体倒す間に何体のコピーをぶっ飛ばしてんだ)
「……ジュディア、長くは持たないよ」
「分かってんよ、観戦しにここまで身体引きずってるわけじゃねぇ」
「それに……」
「欲庫……ほぉ、こんなものまで残っていたか」
「どれ、ではこんな感じで……!」
自身のコピーからの一撃を片腕でいなし、強欲の悪魔は逆の腕を自身の腕に突っ込んだ。そして煌めく3つの球体を取り出し、握り潰す。
「古き収集祭り・増加・拡散・螺旋……っ!」
「それとこれはなんだ? 重力か? これは最近の物だなっ!!!」
捻じれながら放たれた重力波は複数に拡散、能力の再現が追い付いていない強欲のコピー体が数十体まとめて粉々に消し飛んだ。
「あれは……僕が奪ったジークスの力……」
「あぁあの時のか、おれの欲庫は共通なんだ、お前が奪った力もまだそのままだ」
「この戦いが終わったら返してやろう、これはまだ使い手が生きているからな」
「ヒヒャハ、罪は消えないが、返してくれるならありがたい」
(これはまだ、ね……正直あの力、奪うことにしか固執してなかったせいで気にも留めなかったが……一体幾つの能力が貯められてる……?)
(一冊に一つの能力しか封印できない技能冊よりよっぽど……危険と判断されて肉体事封印の処置を取られるだけの事はある……規格外だ)
実際、強欲の悪魔は自身のコピーに少しも苦戦していない。恐らく手札が膨大過ぎるのだろう、コピーの再現が追い付いていない。強欲は砕いたコピーの残滓を手のひらで吸収し、一つの煌めきを生成した。それを見た怠惰は、本のまま舌打ちをする。
「一回分と言ったところか」
『出たよ、パクリめ』
自ら生み出した煌めきを握り潰した瞬間、強欲は魔法陣を一つ背負った。魔法陣から放たれた光が強欲を照らし、その姿を二つに分裂させる。
『力の残滓も余さず奪い、使用制限付きで我が物とする、嫌だねぇお前の相手はさぁー』
「昔から泥仕合だったからな、面倒が嫌いなお前とおれの相性は最悪……未だ魔本に封じられた状態のお前では魔力切れで敗北濃厚では?」
『器の再生ギリギリだったくせに何を言ってんだか、復活したばかりのお前の方が先に枯れるよ』
『封印されてる俺でも魔力量で負ける気はしないね、これでも天才なんで』
「そうかそうか、確かにタイマンならこっちがまだ分が悪いかもしれないな」
「だが何を隠そうおれも驚いているんだ、内心お前も焦っているだろうに」
「おれ以上に、マルスの器はお前を諦めたくないらしい」
強欲は笑い、怠惰は押し黙る。話している間も、今出来る最速でコピーを生み出している。生み出す速度と、減らされる速度が釣り合っている。尋常じゃない速度で戦っている筈なのに、息をする暇だって無いはずなのに、この人間が止まらない。
『おい待て……なんなんだお前は……っ!』
答える余裕なんてない、当然だが限界は超えている。多分一回や二回限界を超えたぐらいじゃ説明できないくらい飛ばしている、止まればもう動けないのは明らかだから仕方ない。瞬きを一度するとコピーが百体規模で追加される、それに魔法陣の上なら離れていても容赦なしで生み出される、時間をかけると万全の自分に並ぶ強さになるなら出てきた瞬間潰すのが最善。幸い、耐久力は無く一撃で砕くことが出来るのは救いだ、大地の力も水の波紋を打ち込めば何とかなる、幾度も何とかされてきたから身体で知っている。
『ッ! 見上げたものだよ、怠惰な俺からすれば働きすぎなくらいだ』
『確かにマルスとタメを張れるくらい馬鹿野郎だ、後先考えないのも似ているね』
『けど長く続くわけない、足掻いてもコピー生成速度を上回れていない、数秒後には押し負けるだけ……』
遮るように、重力が空から降り注ぐ。クロノが対処するはずだったコピー体が、一斉に叩き潰された。対応に割く筈の一手が、別の事に使える。
「さぁ行けっ!! マルスッ! そしてその器よっ! 俺に匹敵する強欲の持ち主よっ!」
「クロノだっ!! 今だけその評価を良い意味で受け取ってやるっ!!」
『血反吐吐きながら何格好つけてんだぁっ!!』
突っ込んでくるクロノに対し、怠惰を封じている魔本が僅かに怯む。だが、クロノの前には一体のコピーが立ち塞がっていた。
(こいつ……感じる力が完全に俺だぞ……!? あの乱戦中、攻め込ませずに完成待ちさせてたのか……!)
『自分自身の最強技で消し飛ぶがいいさ、馬鹿らしい最後だろ』
目の前の自分が小さな精霊球を4つ砕いているのが見える、それはダメだ洒落にならない。
(おい待て咆哮撃つ気かっ!?)
「ストップッ! ストップッ!!」
『面倒な奴は消し飛ばすに限るよ』
「悪いが精霊の力は無意味だ」
完璧なタイミングの横槍、ジュディアの閃光が咆哮になる筈だった力を掻き消した。
「僕はこの場で最も弱い、だからこそ手薄だったな」
「それとそのコピーは駄作だな、本体はもっと面倒で暑苦しい」
『ッ!』
「余計なお世話ついでに覚えとけ、俺は諦めが悪いんだよっ!!」
「出てこい、怠惰ぁっ!」
距離を詰めたクロノが左手を振るい、魔本を勢いよく開く。封印が解け、怠惰の悪魔が本から現れる。勝ちを確信したクロノの左腕が、悪魔に捕まれた。
「え」
『(プラチナの『仮身保身』は凄まじい力だけど、一瞬でオリジナルと同等の力をコピー出来るのは直接触れている物に限るんだ)』
(直接……!)
「まだ足は出てない、まだ完全に出てない……!」
「いや待てそれは卑怯……!」
「三対一で押し込まれた勝ちを、素直に受け入れられるかぁっ!!」
怠惰の左右にクロノの完全コピーが生み出される、腕も掴まれているから逃げられない。無防備なクロノにコピーが迫るが、次の瞬間クロノの顔の横に腕が突き出てきた。
「はえっ!?」
「浄罪・祓え」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
青い閃光が指先から走り、怠惰の身体を包み込んだ。落雷のような衝撃が広がり、黒焦げになった怠惰が地面に落下する。
「全身出たな、プラチナ、お前の負けだ」
「この野郎……最後は四対一かよ……」
「それ含めて勝負を受けた筈だろう」
(っていうかお前魔力使い切ってなかったか?)
「今のが回復した分だ、またほぼ空になったよ」
人の口を勝手に使い、好き放題抜かして腕は消えてしまった。隣にジュディアとドゥムディが歩いてくる、気づけば周囲のコピーも全て消えていた。
「珍しいな、怠惰を極めたお前が勝負に固執するとは」
「別にぃ……! 仲間の多いとこまで似てるなって思ったらなんか負けたくなくなっただけだし」
「それなのに結局負けるし、しかも最後の一撃まで昔を思い出す感じだし、やっぱりやる気出すとロクな事がないや……!」
「本当にそうか? この戦いが終わったらレヴィちゃんや暴食とも会えるぜ」
「お前入れて後二人か、もう少しで約束を果たせそうだな」
「はぁ……面倒だから出たくなかったのに……出て来てみれば面倒を極めたような縁が増えてるし……」
「楽じゃないね、いつの世もさ……」
黒焦げの怠惰は心底面倒くさそうに、そして楽し気に笑っていた。後は国を取り戻し、勝つだけだ。




