第六百二十一話 『急転稼働』
「いやったあああっ!! シーお姉ちゃんが勝ったぁっ!」
探し物を映す目を使い、『ゾーンの敗北』を確認したマリアーナが飛び上がる。先ほどまで震えていたのが嘘のように、姉達の勝利を喜んでいた。
「レヴィちゃん、ありがとう助かったよ」
「レヴィも切り札ちゃんも殆ど何もしてないよ、嫉妬するならディッシュに言ってよ」
「レヴィちゃんと同じ大罪の悪魔か、貴方のおかげで命拾いしました」
「感謝なんざ腹の足しにもなんねェよ、それにまだ終わってねェだろうが」
無意識の霧が晴れ、国に星明りが落ちている。異変に気付いた人々が、ざわつき始めている。
「不味いわね、ここからでもパニックが伝わってきてるわ」
「姉さまの言う通りです、国中がパニックになりかけています」
アクアの操る水の中を泳ぎ、気絶したゾーンを抱えたシーがみんなの元に戻ってきた。
「国全体を包み込んでいた無意識の霧、当然無力化したのは向こうにも気づかれているでしょう」
「暴食さんの言う通り、まだ終わっていません……むしろここまでしたのなら相手も焦ってくるはずです」
「ク、クェルム先輩……正直もう私ボロボロで……」
「狂? 弱音を吐くタイミングも分からないんですか?」
「いやあの違くて!? 戦闘で役に立つのは無理なので避難誘導とかぁ……!」
「狂さんの言う通りだ、俺達はみんなボロボロ……治療するにも魔力もスカスカだ」
「焼け石に水な回復するくらいなら、後の戦闘は仲間に託して俺達は国中の人を保護する動きをしよう」
「頼りになる切り札達も、来てくれたしな」
「頼られてもビビるが頼りにして良いぞ!」
「この切り札は、一瞬くらい格好つけなよ」
「精一杯格好つけてんだよ!」
レヴィに抱えられたままギャイギャイ騒ぐセツナ、絶妙に不安だが、彼女の能力は必ず役に立つ。今は信じて、出来る事をするだけだ。
「レー君も格好つけてないで肩貸してよー」
「お前も大概だな……」
ピリカに肩を貸そうとレラは手を伸ばす、その瞬間肌を突き差すような魔力が国全体を突き抜けた。
「あれは……」
「無意識下でも感じてた魔力だね、煙が上がってる」
「どうも怪物が暴れているようだが……あれは倒せるのか?」
ここからでも感じる化け物じみた魔力、魔力量だけならゾーンの比じゃない。少なくても、今自分達が向かっても何の役にも立てないレベルの敵がいる。
「暴れている怪物もそうだが、国中に魔法陣の光が確認できるな」
「覆い隠していた無意識の霧も晴れ、探すまでもなく堂々と光り輝いている」
「住民の避難誘導もそうですが、目についた魔法陣を手当たり次第潰すのも大事かと」
「……お前等、悠長に喋ってる時間もねェみたいだが?」
各々の動きを整理していると、不意に暴食の悪魔が声を上げた。それと同時に、影がゲルトに落ちてきた。無意識の霧はない、何が起きたかなんて顔を上げて周囲を見渡せば簡単に分かる。簡単じゃない状況が、視界に飛び込んでくる。国全体が、氷の壁で囲まれた。そして、国の上空に国が浮かんでいる。
「氷……!? 一瞬で国を囲んだのですか!?」
「いやそれよりなんだあれなんか浮かんでるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「四方にある偽の城、それぞれを結んで描いた魔法陣から国のコピーを生み出したのか」
「おい、まさかあれを落とす気じゃないだろうな……」
「最悪それもあり得るかもね、嫉妬しちゃう」
「けど、今の状態で国をコピーしたならさ、プラチナの能力まんまコピー出来てるならさ、もっと嫉妬できるよ」
「きっとこの国に描いた魔法陣もコピーされてるし、単純に魔法陣が二倍、ほら溢れてきた」
空中に浮かぶもう一つのゲルト国、大陸が浮かんでいるようにしか見えないが、端から何かが落ちてきている。あれは、コピーされた人型だ。
「空からコピーされた変なのが降り注いできてるぞ」
「馬鹿じゃないの!? あれ全部敵なわけ!?」
「嫉妬しちゃうよね、さてどうしようか」
圧倒的物量差、疲弊した身体に絶望がのしかかる。明らかに敵が本格的に動く中、国を駆けるクロノは笑っていた。それを隣で見ていたジュディアは首を傾げる。
「この状況で、なんで笑える?」
「いや、先に来てる筈だった友達がいてさ」
「何をしてるんだろうって、ずっと気になってたんだ」
「手伝ってくれる事は絶対に無いけど、それでもあいつの戦いは俺達にとっては救いになる」
「あの氷を見て感じたわけだ、やっぱりあいつは頼りになるって」
そんな大馬鹿に応えるかのように、国中を囲んだ氷が砕け散った。赤い線を描き、凄まじい速度で飛翔するそれは海上に浮かぶ氷の球体を力任せに殴り飛ばす。砕けた氷の中から、悪魔と化した蒼鬼が飛び出してきた。
「国を絶望に染め上げる、俺達の作戦を一手で台無しにしてくれたなぁ小娘ぇ……」
「そんなに鍵を返して欲しいか? 嘗てお前が捨てた鍵をさ」
「ゲルトに来いと誘ったのは貴様だろう、私は誘いに乗ったまでよ」
「貴様が出てくるまで随分待たされたが、意外に退屈はしなかったな」
「中々面白かったぞ、胡坐をかいた挙句有利をひっくり返されたお前達は」
「別にあいつらを手助けするわけじゃないが、これは私の戦いで私に必要な事だが……さてどうなるんだろうな?」
「焦ってお前という切り札を切ったようだが、私がお前を瞬殺すれば戦況はどう動くんだろうな?」
「間接的に、私はあいつを助ける事になるのだろうか、なぁ霧雨、どう思う?」
「知るか小娘、何勝った気になってる」
「お前はここで、凍え死ぬんだよっ!!」
吹雪と爆炎が激突し、海が蒸発し穴が開いた。嘗ての四天王と今の四天王が、互いの想いのままぶつかり合う。
「まさかまた偽物じゃあるまいな、同じ手で尻尾まいて逃げたりしないだろうな」
「安心しろよ、俺は本物さ!」
「逃げる? そんな心配しなくていい、そんな必要はないからなぁ!」
「嬉しいぜクソガキ、やっとお前をぶち殺せるんだからな!!」
「そうか、安心した」
「私もやっと、過去を払拭出来るよ」
炎の一閃と氷の一撃がぶつかり合い、周囲を寄せ付けぬ激闘が始まる。凄まじい力のぶつかり合いと鳴り響く轟音は、多くの者に圧を与えた。ただ一人、クロノだけが安心感を得ていた。
「頼りになるよ、本当に」
あの氷は無視していい、セシルは絶対に勝ってくれる。湧いて出てきた不安点が一瞬で一つ消えた。後は突然頭上に現れた馬鹿でかい浮島だ。
「ゲルトと同じくらいでかいが、まさか国をコピーしたのか」
「なんかコピー体が降り注いでるし、放っておくのは不味いよな」
「じゃあどうする、怠惰の追跡をやめてあれをどうにかするのか?」
「いや、俺達は怠惰を優先しよう」
「大丈夫、あれだけでかいなら任せても平気だよ」
「うちの切り札は、やる時はやるんだ」
期待に押し潰されても、ペラペラになるくらい潰れても、必ず立ち上がると信じてる。助けてくれる仲間も沢山いる。だから、信じて任せられる。
「あ、あれは……私が、この切り札である私がなんとかしてやるっ!」
「私なら、一撃で消し去れる!」
剣を抜き、空中に浮かぶゲルトを指し示すセツナ。その剣先は物凄く震えていた。
「一応聞くけど、どうやってあの浮島に近づく気?」
「分かってるくせに聞くなよ性格悪いなぁっ!? 手伝ってくれよおおおおおおお!」
「いや、手伝うけどさ」
「レヴィィィ……!」
「はぁ……もう頼りになるのかならないのか分かんないね……嫉妬が枯れるよ」
「あんた達は住民の避難でしょ? ディッシュはどうする?」
「あんなもんお前達でどうにでも出来るだろォ? ボクはあの暴れてる奴が気になってんだよなァ」
「あれは、美味そうだからなァ……!」
「そう、気を付けてね」
「互いになァ」
悪魔がどんな手を使っても関係ない、真正面から立ち向かうまでだ。怯んでも震えても、すぐに立ち直る。立ち直らせてくれる、仲間が居る。だから絶対、負けたりしない。




