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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十五章 『虚像を照らすは月明り、零れる欲と怠惰の声』
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第六百十九話 『夜が来る』

 災岳が飛び立った後、クロノは泣き崩れているジュディアに近づいた。俯き震えているジュディアを庇うように抱きしめ、ウンディーネはこちらを不安そうに見つめてくる。



「……ジュディア、お前の罪は消えない、きっと一生許さないって奴等もいる」

「正直精霊を沢山傷つけたお前を俺も許せないし、今お前にかける言葉も分かんない、何が正しいのかどうするべきか分かんない状態で突っ走った」

「けど、お前を放っておけなかった、助けたいって思っちまった」

「だから俺はお前に身勝手な想いをぶつけるよ、これ以上堕ちていくな」



「…………ッ!」



「その子の手を、もう離すな」



「……罪人の、一生終わらない贖罪の道にスピカを付き合わせる訳にはいかない」

「……けど、僕の欲はもう満たされた……これ以上何も要らないって、思ってしまった」

「……精霊使い、僕はもう良い……罪は償う、抵抗はしない……だからスピカを、陽だまりの下に……」



「その子の手を離すなっつってんだ」



 スピカはジュディアから離れようとせず、俯くジュディアにしがみついている。投獄されようと、どんな形に落ち着こうと、絶対に離れないという強い意思をここからでも感じる。



「スピカ、僕にこれ以上構うな、この先僕の前に続くのは綺麗とはかけ離れたものだ」



「絶対に嫌だよ、どんな先でもついていく」

「もう一人にしないし、しないでよ」



「………………お前は、馬鹿だ」



 そう零し、スピカを抱き寄せるジュディア。抵抗する気もないようだし、正直ほっとした。これ以上、意識を割く余裕は残っていない。



(日が傾いてる、もうすぐに夜が来る……宣言された本番、そう……ここから本番だ)

(まだ終わってない、気を抜くな、緩める、な……)



 身体のあちこちが痛み、疲労感が無視できないレベルになっている。立っているだけなのに、息が整わない。半日以上戦い続けている、肉体も精神も擦り減っている。それでも、止まれない。



「もう良いか? プラチナの元へ向かいたいのだが」



「はい、俺もマルスも行けます」



「プラチナはこの国の地下に居る、いや……あると言った方が的確だろうか」

「あいつはまだ本の中だ、怠惰の限りを尽くしされるがままになっている」

「あいつが自分から動くとは思えない、周囲には悪魔が多数配置されている、戦闘は避けられないぞ」



「だからって逃げるわけには、……いや、そうでもないぞ」



 クロノの言葉を遮り、マルスが勝手に口を動かしてきた。



(ちょい、今俺が喋って)

「プラチナは怠惰の極みとも言えるだらけマンだが、僕達が関わればちゃんと動いてくれた」

「夜の闇で魔法陣が光り出したからか、或いは君やディッシュが動いたからか、重い腰を上げたようだ」



 辺りが暗くなり始めたが、所々が薄く光っている。国中に仕掛けられた魔法陣の光だろう。その光に照らされ、黒い影が人型を取り始めた。出現が止まっていた筈のコピー体が再び現れ始めたのだ。



(…………? なんだ、今までとはなんか……)

「正真正銘、プラチナの力だ……さっきまでの模造品とはわけが違うぞ」



「あいつ、本から出ようと思えば出れるだろうによ……」



 数体の人型が、人差し指でこちらを誘っている。まるでついてこいとでも言うように。



「…………行くしかないな」



「出てきてくれるなら手間が省けて良い、抵抗しようが必ず手に入れる」



 翼を広げ、強欲の悪魔が誘いに乗った。続こうとしたクロノだが、足元に水を撃たれ足を止める。



「!? 何すんだ!」



 ジュディアがこちらに手を向けている、まさか戦闘続行かと身構えるが、そんな気配は微塵も感じられない。



「……世話を焼いたなら、最後まで責任を持ってもらうぞ」



「勝手な話だけど俺今凄く忙しいんだよ! 終わったらちゃんと……」



「ここは戦場のど真ん中、罪人を放置する気か? 逃げるかもしれない、巻き込まれるかもしれない、今この国は国として機能していない、誰一人僕を捕らえようとする者はいない」

「罪を償えと言っておきながら、扱いが雑じゃないか?」



(か、返す言葉もねぇ……)



「そもそも、お前がこの先で死んだら僕はどうなる」



「死なねぇよ、この戦いは絶対に勝つ、勝たないと駄目なんだ」



「息が切れているが」



「…………うっ」



 ジュディアはゆっくりと立ち上がると、言い淀むクロノの隣まで歩いてきた。向く方向は、同じだ。



「お前に死なれると、困るんだ」



「…………手伝ってくれるのか……?」



「道を間違えるなと言ったのはお前だ、なにより、僕はスピカにこれ以上最悪を見せるわけにはいかない」

「どんな善行も滑稽に映るくらい、僕は汚れている、だったら割り切るさ」

「全てを罪と受け入れ、似合わない道を突き進もう、針の筵だとしてもな」



 背後に精霊を連れた嘗ての敵と並び立つ。消耗した身体が、こんな状況でも奮い立つ。まだ、戦える。そう思った瞬間、無意識の霧を貫く轟音が何度か鳴り響いた。それに続くように、頭上で魔法の炸裂音がした。



(そうだバロンさん……あの化け物の足止めを……それにレラ達を飛ばした方から……)

(…………よそ見をするなクロノ・シェバルツ……! バロンさんは死なないって言った、レラ達だって今頑張ってる……信じろ、前を向け……!)

(何も零したくないのなら、全てを掴むと決めたなら、やるべきことをしっかり見据えろ、揺らぐな!)

「俺は怠惰の大罪を奪い返す、朝日が昇る頃には戦況は変わってるぞ悪魔共!」



 迷いを振り切り、クロノは駆け出した。その頃、ゲルトの外れではバロンが粉々に消し飛んでいた。宙を舞う右手が指を鳴らすと、次の身体と位置が入れ替わる。精神を入れ替え、バロンは死すら気に留めず戦闘を続行する。暴れ狂うデモリッションは、そんなバロンを狙い続けていた。



「34体……! 君は今まで潰した俺の煌めきの数を覚えて、ないなこいつっ!!」



 位置替えを繰り返し、バロンはひたすらにデモリッションの攻撃を掻い潜り引き付ける。圧倒的な速度と威力を誇るデモリッションの攻撃は、時に避けきれず一撃でバロンの肉体を破壊する。



(ふぅむ、このまま続けば夜明けまでは持たんな……)

(肉体を変える度、俺の魔力は最大値に戻る……肉体を培養している間に魔力を込めておくストック式故成り立っている戦術……能力の燃費の悪さもこれでごり押し可能……)

「とは、いえだっ!」


 

 即死級の一撃が頬を掠める中、位置替えを連発して距離を取る。開いた距離は1秒も持たず、既に眼前に拳が迫っている。次の瞬間、デモリッションと位置を入れ替え背中合わせの位置関係になる。



(身体一つでこいつに印を刻めたのは花丸レベルの戦果だよなぁ、おかげで身体一つで稼げる時間がかなり増えた、だが問題もある)



 振り向き様の裏拳を自力で回避し、追撃を遠くの媒介と位置を替え避ける。この際粉々になった自分の残骸すら位置替えの役に立てる。



(こいつ自身が暴走状態で常にかなりの魔力を纏ってる、無抵抗ならともかくこんな暴れまくる魔力の塊を位置替えするにはこっちも相当量の魔力を使う……こいつを絡めた位置変えは消耗が多すぎて多用は出来ない、それに長距離の位置替えも無理、あー海の底に投げ込んだ媒介と位置替えする計画は速攻破綻だ!)

(こちらの攻撃も硬すぎてロクに通らない、再生力もその辺の悪魔とは桁違い、時間稼ぎに全力を注ぐしかないねぇこれは!)

「問題点は山積み、だが絵札として引くわけにはいかないっ!! たとえっ!!」



 デモリッションの一撃がバロンの胴体を貫く。バロンは血を吐き出しながらも剣を握り、デモリッションの両目を切りつけた。そのまま剣を後方に投げ、指を鳴らす。剣の落下地点に転がっていた媒介と次の肉体が入れ替わり、クルクルと落下してきた剣を右手で受け止めた。左手で髪をかき分け、バロンはデモリッションに剣を向ける。




「たとえ、連続で肉体を切り替えるあまり、身に纏う服が無くなったとしてもっ!」

「このバロン・グリットラーの煌めきは衰えない、いやむしろっ!! 輝きが増しているっ!!」

「君に正気が残っていない事が悔やまれるね、俺の裸体なんて国宝級、うおっとっ!!?」




 気持ち勢いを増したデモリッションの猛攻を『裸』でいなし、バロンは時間稼ぎに奮闘する。ある意味で犯罪的だが、本人は至って真面目で命懸けである。





(さて、日が落ちてきたね……ここからが本番という事か、国の気配も変化してきている)

「頼むぜルト様、クロノ君……どんでん返しは盛大にね」





 その頃、無意識の元凶である悪魔・ゾーンを倒すべく奮闘していたレラは空中に居た。何故かは知らない、気づいたら偽ゲルト城の屋上から吹き飛ばされていた。



「!?」



 咄嗟に宙を蹴り、壁面に刀を突き差して落下を拒む。何が起きたか分からないが、恐らく無意識の中から攻撃されたに違いない。



(落ち着け、集中しろ……! 相手は格上、能力は厄介、気を緩めれば一瞬で終わる)

(メリュシャンの退治屋、人魚兄妹、援軍とも合流出来た……大丈夫だ、やれる……!)



 腕に力を込め、レラは屋上に飛び上がる。次の瞬間、自分は地面を転がっていた。



「…………!?」



 地面を転がっている事より、視界に映った光景が信じられなかった。メリュシャンの毒使いは血を流し倒れている。人魚の内姉二人は倒れ、傍では末の妹が大泣きしている。兄は悪魔に首を掴まれ、ピリカはボロボロの身体で両膝を付いていた。不味いと脳が警告を発し、咄嗟に起き上がろうとした。だが、腕に力が入らない。今まで気づきもしなかったが、どうも肋骨辺りがへし折れているようだ。




「こ、れは……!」




「これが、力の差だ」

「知らない方が幸せだったろうに、お前達は無意識を拒んだ」

「せめて敗北したことに気づかぬ間に殺してやろうとしたのに、中途半端に鋭いせいで地獄を見る事になる」

「そこのチビも、中々に面白い……その年で俺の無意識を抜けるとは、中々の素質」

「だが優れている事が、良い結果を招くとも限らない、事実姉や兄の惨い様を見る羽目になった」

「見ない方が、気づかないほうが幸せだったろうになぁ」




「いや、当事者の君が言うことじゃないね……!」




首を掴まれていたネプトゥヌスが右手に水を刃状に集め、ゾーンの左腕を切断する。尾びれを人の足に変え、なんとか態勢を整えたが、その息は上がっていた。ゾーンは左腕を再生し、憐みの目を向けてくる。



「まだ抵抗するのか、その抵抗すらお前達の意識には残らないというのに」



「この身滅ぼうとも、引くわけにはいかないんだよ」

「軽い気持ちでここに来たわけじゃない、受けた恩を返すために僕は立っている」

「未熟な自分に、挽回のチャンスをくれた恩人達に報いるためにここに居るんだ、僕も、妹達もね」

「無駄とは言わせない、無駄には決してさせない」



「刺し違える覚悟もあるようだが、それこそ無駄というもの」

「認識の外に俺はいる、意識出来ないモノはどうにも出来ない」

「決意も覚悟も、無意識の中ではゼロになる」



 次の瞬間、ネプトゥヌスの身体がくの字に曲がっていた。ゾーンがいつの間にか距離を詰め、ネプトゥヌスの腹部を蹴り飛ばしたのだ。距離はあったのに、目を離したわけでもないのに、レラには一連の動きが認識出来なかった。



(これが、こいつの全力……無意識の能力……! 認識出来ない、動きが、攻撃が見えないんじゃなく、意識出来ない……!)

(時間が消し飛んでる気分だ……気が付いた時にはもう遅い、どうする、対策は、考えろ、自分の考えを自分で認識出来ている今の内に!)



 まだこの場の全員諦めてない、倒れている人魚達も意識があるらしく、どうにか妹を守る為立ち上がろうとしている。毒使いも懐をゴソゴソしてるのが見える。ピリカも魔力を溜めてる、誰も諦めていない。ネプトゥヌスも水を操り、周囲をカバーしている。あれなら無意識下でも、多少のけん制が出来る。立て直す時間稼ぎを、してくれているんだ。



(諦めるな……! 諦めの悪さは友から譲り受けた、もう二度と折れるモノか……!)

(こいつは強い、能力も厄介だが、肉体も強く硬い、再生力も桁違いだ)

(こっちには悪魔の再生力を削る毒、そして封印する為の魔術を使える術者が数人、攻撃役も居るんだ……)

(足りないのは、こいつの能力を超える術、そして火力だ……数は居るんだ、〆の術もそこに繋ぐ手もある……切り込む術を考えろ、こいつの能力を切り抜け、特大の火力で崩せば押し切れる筈だ……!)

(…………ピリカの英知技能マルチメントですら、火力が足りなかったのに……? 俺達だけじゃ、そんなの……)



 考えを巡らせれば巡らせるほど、絶望が湧き上がる。圧倒されているこの状況を冷静に見れば見るほど、そんな都合の良い策があるはずないと結論が出てしまう。足りない、届かない、結果は残酷だった。だが、絶望を前に顔を伏せるなんて有り得ない。そんなの、止まる理由にはならない。




(何度絶望しても、あいつは諦めなかった)

(足りてた時なんてない、最初から届くと分かって挑戦してたわけじゃない)

(絶望するくらい高い壁だからこそ、諦めないんだ……そんな馬鹿野郎だから、俺達は寄り添った!)

(足りない何かを、補い合って……未来に手を伸ばすんだ……!)




「無意味な抵抗を無意識に沈めよう、そろそろ楽になれ」

「苦しみはない、死んだ瞬間すら認識するな」




「巡り巡って嫉妬は回る、巡った事にも気づけない」




 透き通るような声に、ゾーンは気づけなかった。その場の全員が見ていたのに、ゾーンだけが認識出来なかった。ゾーンの右肩から左の腰辺りまでが、一瞬で抉れ飛んだ事に。



「…………ん?」



「お前突っ込むの反対派だったろうがなんで急にやる気出してんだよおおおおおおお!」



「あれはあの時の意見だよ、今は状況が違うし日も落ちてきてるよ、お前達の援軍を待つよりこっちのほうが効率的かなって思っただけだよ」

「後暴れないでくれない? 嫉妬して落としちゃうよ」



「やーーーーーーーーーめーーーーーーーーーろーーーーーーーーーっ!!!」



 騒がしい声がする。顔を向ける前に、レラの隣にクェルムが降り立った。



「狂……皆さん、随分と派手にやられましたね」



「あんたは、メリュシャンの……」



「夜が来ます、本格的に悪魔の時間がやってきます」

「その前に、この無意識の霧だけでもなんとかしておきたく……後続の道を作る為にも最後の追い込みをと」



「…………ははっ…………これ以上ないタイミングで、最高の援軍だよ」

「必要なもん、全部集ったじゃないか」



「これはこれは、光栄だな」

「意識に刻んでおこう、大罪のお二方」



 傷を再生し、ゾーンは楽しそうに振り返る。セツナを抱えたレヴィと、見慣れぬ悪魔が並んで宙に浮かんでいた。悪魔は右手を光らせ、舌なめずりをしながらゾーンを見下ろしている。



「悪くない味だなァ、四枚羽かァ」

「前菜くらいには、なってくれるんだろうなァ?」



「流石大罪様、己の欲に忠実だ」

「思い通りにいかないのも、また一興だ」



 夜の闇が国を覆う中、戦いは加速する。街灯のように国の至る所で魔法陣が光り出す中、一冊の本がフワフワと漂っていた。悪魔達の目を盗み、それはコピーを大量に生み出しながら待ち人を待つ。





『さ、面倒だけど用意したよ、マルスー』

『どっちにつくか、どっちでだらけるのが一番居心地がいいのか、もう一度確かめてあげるよー』

『だから見せてよ、君の選択を』





 怠惰が誘う、夜の闇。溶けるか沈むか、掴み取るか。その結果は、欲に委ねられた。



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