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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十五章 『虚像を照らすは月明り、零れる欲と怠惰の声』
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第六百十七話 『欲の底には』

(マスター! この光、すっごい気分悪いよ!)


(うちらの力が剥がれていく! 精霊をぶっ殺すだけの光だ!)


「はっはっはっ! なんとまぁピンポイントな能力だ! 精霊使いの天敵と言ってもいいなこれは!」



 黒く染まった精霊の力が光で剥がされていく。災岳は翼を広げ、光の発生源から距離を取る。



「精霊の力を根っこから否定し、思うままにするか……憎しみ、後悔、絶望、復讐、鮮烈な光の中にどす黒い感情がこれでもかと練り込まれている」

「追い求め、決して満たされる事のない欲が、強欲が! マイナスを加速させここまでの力となっている!」

「底無しの強欲にも興味は尽きないが、それよりもクロノ・シェバルツ! この欲をプラスに誘うか!? 理解しがたい、呪いが如き感情故のこの力! 真逆に向けて何を形取る!?」

「お前には何が見えている、お前の目にはどんな理想が映ってる? お前はどんな欲に身を任せているのだ!」



 災岳は両手を広げ、興奮気味に声を上げた。精霊を滅する光はジュディアの手に集まり、極限まで力を圧縮する。あれに掴まれた精霊は、間違いなくこの世から完全に消え去るだろう。余波で精霊技能エレメントフォースは剥ぎ取られ、クロノも距離を詰めれない。




「ジュディア……っ!」




 声も届いているのか怪しい、ジュディアは自身の背後に向き直り、過去の残滓を睨みつけている。



(まだ終わってない? まだ救えるかもしれない? 今更だ、今更だろう)

(この力で、僕達の全てを歪めたこの忌まわしき力で、今更小奇麗な物語は描けやしない)

(何を成したところで、僕は救われない、救われちゃいけない、今更どの面下げて過去を払拭して陽だまりに戻れる? 重ねた罪は消えない、それに後悔もない、振り返る事は無い……!)

(それに、忘れない、忘れる事が出来ないからこそ、心の締め付けは消えなかった)

(僕は覚えている、スピカという精霊の優しさを……! 今更取り戻せたところで、心に敏感なウンディーネの彼女が今の僕を見たら、今までの黒を知ったら、感じたら、絶望を上塗りにするだけだ)

(振り返れだと……? 俺の光は先には無いだと……? そもそも光なんざ求めてない……)

(僕が目指すは決別の世界、人と精霊が二度と共に在ろうとなど思わない、別れの世界……!)

(関わった先に必ず絶望が待っている、精霊を奪う者が必ずやってくる、そんな世界だ……!)

「世界がそれを当たり前と思うまで、僕は奪い続ける……絶望を押し付け続ける……!!」

「今更、こんなものは必要ないんだ……ないんだよっ!!」





「ジュディアッ!!」




 届かない、自分にはなにも届いちゃいけない。後方からの声を振り切り、ジュディアは精霊を滅ぼす光を握り締める。目の前で揺らめく消えかけの思念、この世にへばり付く残滓の想い。あの日、確かに自分が消し飛ばしたモノ。互いの絶望が繋がり合い、残りカスが漂っていただけの事。キラキラした奇跡なんかじゃない、処理を忘れていたゴミだ。これは必要ない、今すぐ消し飛ばす。簡単だ、触れば終わる。あの時と同じように、自分の力が触れればそれで終わる。あの時とは違う、今度は自分から触りにいく。それで、終わる。





「苦しくても!! どんなに汚れてもっ!! お前達の想いはそれを払って行ける筈だっ!!」

「罪は消えないけどっ!! 想いだって消えやしないっ!!」

「逃げるな、お前の欲は、底にあるお前の欲はなんだあああああああああああああああああっ!!」





 声は届かない、耳は貸さない、ジュディアの手が、想いの欠片に触れた。

























 その頃、セツナはクェルムの腕の中で震えていた。眼前に映るのは、理解の範疇を超えた戦い。目に映らぬ牙が地面を、大気を、抉り喰らい続けている。その脅威に晒されながらも、決して引かぬ嫉妬の悪魔。万象の摂理を歪め存在を主張する悪魔と、万象の摂理を食い荒らす悪魔。二体の戦いは、地形だけじゃなく周囲の環境すら捻じ曲げる。隆起した地面が凍り付き、砂のように崩れたと思えば割かれて消える。首を突っ込めば間違いなく死ぬ、それどころかこのまま観戦しているだけで命の危機が迫ってきそうだ。



(比較にならないぞ……コピーとは全然違う、レヴィの言ってたとおりだ……)

(レヴィも、クロノと戦ってた時と違う……これが、これが大罪……ルト、無理だよ……私何も出来ないぞ……)



「……規格外ですね、これが大罪同士の戦いですか……」



 さらに距離を取る二人の事など気にも留めず、暴食は翼を広げ空に舞い上がる。それを追うように、レヴィの魔力が膨れ上がる。



「飛べない」



「いいやァ、飛ぶさ」



 レヴィの魔力が暴食の足に触れ、現象を捻じ曲げる。だが、効果が出る前に魔力が空間ごと抉り取られた。レヴィの能力と暴食の能力はほぼ互角、後に残った方が効果を発揮する上書き合戦だ。



「食い荒らしてやるよォ……飢餓の果てカリングヴァイト!」



(レヴィの知ってるディッシュの技じゃない……円を作らずに能力を……指の軌跡が抉れてく……)



 両腕を振るい、ディッシュは軌道上を抉り喰らっていく。牙が残す即死の軌跡がレヴィに迫るが、抉られる前に効果を発揮すれば良いだけだ。



「当たらない」



 牙の食い痕がレヴィを避け地面にめり込む、相手の攻撃は確実に外れ、当たるという要素は自身の攻撃に適用される。レヴィの魔力が、距離や操作の概念を捨て置きディッシュを包む。



「平伏して」



 ディッシュの身体が地上に叩き落され、それを見下ろすようにレヴィが浮かび上がる。



「嫉妬はグルグル渦を巻く、熱いも冷たいも一緒に混ざって……」



 炎と氷の渦を地上目掛け打ち出す、ゆっくりと立ち上がったディッシュがそれを視界に捉え、右目を瞑る。それだけで、渦が食い潰された。



刹那の感触アイズファング



(瞬き……視界を円として……)

「よく噛まないとお腹壊すよ、相変わらずで嫉妬しちゃうね」



「ご忠告どうも、そっちも相変わらずチビで成長が見られねェなァ」



「ディッシュ、レヴィ達と一緒……嫌?」



「まさか、ボクとしてはマルスのクソガキだけじゃなくお前もそっち側なのが理解出来ねェだけさ」

「何をされたか、忘れたわけじゃあねェだろうが? あァ?」



「……覚えてるし、許すわけじゃないよ」



「ならお前こそこっちに来い、もう二度とあんな目には遭わせない」



 嘗ての仲間は、昔と同じ言葉と共に手を伸ばしてきた。だけど、こっちにも譲れないものがある。



「それが何ってわけじゃないし、嫉妬以前に呆れるけど」

「今を生きるレヴィ達にも、あの時みたいに縁が出来たんだよ」



「その先に何が待つか、ボク達は知っただろうがァ」

「欲の果てに狂ったボク達に、理解者も居場所もねェんだってさ」

「マルスはまだ諦めてねェみたいだが、そもそも最初にボクは言ったろ、理想論だ夢物語だって」



「けど乗っかった」



「最後の瞬間には馬鹿だったと後悔したさァ、やっぱりなとも思ったしなァ」



「レヴィだって同じだし、全部を水に流すわけじゃない、嫉妬は今でもレヴィの中で回ってる」

「怒りも憎しみも消えないし、結び付いた欲はずっとレヴィの中にある」

「レヴィの嫉妬は、大好きな人を思えば思うほど、強く巡り続ける」

「レヴィ達は大罪、極まった欲に嘘は付けない」

「ディッシュ、あの時の……レヴィの最後の言葉……ディッシュなら忘れてないでしょ」





「「叶うなら、今度は好きなように生きてみたい」」





 欲のままに生き、悪魔に堕ちた。力を恐れられ、溶け込むために色々と努力をした。ただ一緒に居たくて、それを許してほしくて。欲のままに堕ちた結果、それを縛らねば存在すら許されない。沢山沢山頑張って、自分を歪めて、それでも世界は自分達を許さなかった。封印される前、レヴィは世界を羨んだ。抑え込んだ嫉妬は爆発し、危険と判断され封印は決行されたんだ。最悪な時もあって、逃げだして足掻いて、ようやく出会えた奇跡みたいな仲間達。世界がどれだけ冷たくても、優しさに触れた以上レヴィはそれを愛してしまった。それ故に、嫉妬は止まらず肥大する力は止まらなかった。



「失敗しても、また裏切られるかもしれなくても……それでもレヴィは奇跡を信じたいんだ」

「もう一度が許されるなら、レヴィは世界に嫉妬したい……今度は我慢せずに、思い切り嫉妬したい」

「この欲を許してくれる世界を、レヴィはもう一回みんなと生きたいよ」

「だから……だからさ……!」



 居場所を無くした自分に、手を差し伸べてくれた。感謝を素直に口にすることはないけど、ここはとても居心地がよかった。ずっと続けばいいと思っていた時間は過ぎ去り、居場所は腐敗していく。肥大した欲は居場所を歪め、外部からの抑止を生んだ。寝る時間を極限まで削り、仲間達の欲を抑え込む方法を探った。その内、眠りが必要ない身体に自分の身体を作り替えた。求めても、欲しても、策は無駄に終わる。仲間達の欲は留まる事を知らないし、周りの目はどんどん冷たくなる。居場所を守る為には何もかもが足りなかった。足りない、足りない、力も、考えも、何も足りない、飢えて、飢えて、飢えて、誰かの為に飢え続けた結果、何一つ守れなかった。



「もっかい……一緒に居ようよ……ディッシュ……」

「お腹一杯に、してあげるからさ……!」



 自分の飢えは、この欲は、仲間と一緒じゃなきゃ満たされない。そんなの最初から分かっていて、それでも裏切られた痛みはそこに甘んじる事を許さない。だけど、嘗ての仲間のただの『我儘』は、そんな自分の考えを容易く蹴り飛ばす。何を失っても、憎しみだけは失わない。怒りは消えない、復讐は必ず成し遂げる。そんな真っ黒な決意は、嘗ての仲間の涙に比べればどうでもよくて。そんな単純な、馬鹿げた考えにため息が出る。それでも、欲のままに自分は流される。この飢えは、嫉妬の涙でこんなにも簡単に満たされた。



「あーァ……最悪だ、暴食の牙がこんなに簡単に抜けるのかァ……?」

「だから嫌なんだよなァ……ガキに関わるのはさァ……」

「こんなに憎いのに、恨んでいるのに……ボクの牙は仲間に刺さらねェのかよ……」

「恨むぜレヴィ、昔からお前はボクを狂わせる」



「責任転嫁、嫉妬しちゃうよ」



「思えばボクとドゥムディはお前達に出会ってから狂いっぱなしだなァ」

「欲のままに求めた先に、お前達が居たからこそ……満たされていたからこそ、許せねェってなったんだよなァ」

「お前達以上に、仲間に、繋がりに満たされて、狂ってたのはボク達の方だったかもなァ」



「結局、レヴィ達の底にあるのはそれかも」

「今の時代にもいるんだよ、マルスと同じくらい馬鹿で、レヴィ達がダメだった理想を信じて突き進むアホが」

「アホすぎて嫉妬しちゃうけど、マルスの言葉だけじゃレヴィも今ここに居ないかも」

「嫉妬の極みだけど、今の世界にもその夢が生きてたから……だからレヴィは信じられたんだ」


















 透明な腕が、ジュディアの手を掴んでいた。逃げないように、目を逸らせないように。信じられない様子で、ジュディアは目を見開いていた。消し飛ばすつもりだった、現に今も自分の腕には光が集まってる。この光は、精霊を否定し滅ぼしこの世から消し去るものだ。なのに、目の前の消えかけのゴミは、自分の手を握ってる。嫌だ、認めない、認めちゃ駄目だ、見るな、聞くな、消せ、消えろ、消えてくれ。





『君の求める物は?』





 頭の中で、声が響いた。眠っていたはずだ、お前の力は完全に掌握していた筈だ。なのに、なんで、今、このタイミングで……。




『強欲故に、欲しいものに嘘は付けない』




「やめろ…………やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」




 閃光が弾け、消えかけていた想いを包み込む。手を掴む感触が確かなものになり、呪われた力は過去を現世に蘇らせた。目の前に、嘗て救えなかった精霊が居た。こちらをしっかりと見ている、逃げられない。あの時と同じように、自分の力は自分の言うことを聞いてくれない。





「結局レヴィ達の欲は、仲間に嘘付けないんだよ、嫉妬しちゃうよね」





 これが底にあった、己の願い。



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