第六百十話 『命と器』
時は少しだけ遡り、ここは錬金国アゾット。今日も今日とて死人のティトは元気に錬金術を学んでいた。だが、最近分からない事が頻発している。
「はい! 王様に質問です」
挙手したティトに対し、宝石塗れの白衣をなびかせ国の王が振り返る。顔に手を当て、大袈裟にティトを指で指す。
「なんだ一番弟子よ! この俺様に何を聞きたいっ! 今日の昼ごはんかっ!? 俺も知らん!」
「このまえいきなりやってきたキラキラの人についてです! 前までは国の人もお城には立ち入り禁止だったのに、どういう関係でしょうか!」
「それとお昼ご飯はパエリアです!」
「それは楽しみだ! なんだ弟子よ俺様の友人兼モルモットに興味があるのかね!」
「奴とは長い付き合いだ! お互い利のある関係を続けている!」
「王様に利がある関係? キャハハ凄そうだね! あの鍵もまさか空間に穴を開けるなんて思ってなかったし、王様は僕の予想以上の事ばっかり見せてくれる!」
「どれくらい長いお友達なの? どこで知り合ったの?」
「何処で……か……まだこの国が出来る前からだった気がするな」
「あの頃俺様は、男だったか? 女だったか……人に興味を持ち探求し始めた頃だった気がする……」
「………………今更だけど、王様ってお幾つ?」
「さぁ、生きた年月そのままなら数百……肉体の成長が止まっている以上年齢をどう表すかによるか」
「ある意味、死人のティトと同じく俺様は止まっている物質に近い、まぁ思考が生きてりゃ存外なんとでもなるものだ」
「隠すようなもんでもないが、俺様は純粋な人ではない、錬金生命体だ」
そういうと、王は自らの肩に陣を描き錬金術を発動する。肩から一本の腕が生え、ピースして見せた。
「うわあ気持ち悪い!」
「はっはっは、正直な感想だ」
「この国の王であり天才である、アルトタス・フレッシスは大昔悟ったのだ、内に秘めし探求心、知りたいこと、どう考えても人の一生では足りぬと」
「俺様が組み上げた錬金術を基盤にこの国は生まれた、国という箱庭の中で人と人は錬金術の式以上に複雑怪奇な動きを見せた、だから俺様はそっちに興味を抱いた、俺様にも作れぬ人にな」
「前にも言ったが、命は錬金術で作る事は出来ない……見ての通り肉体は構築出来ても中身までは生み出せん」
「命は確かに存在し、肉体という器に宿っている、確かに『ある』、あると定義出来る以上器の中身は存在する……だが何百年試しても、命を錬金術では作れなかった」
「俺様でも器を作った後、消滅する前の命を入れ替えるのが限界だった」
「じゃあ王様は、何百年も自分の身体を作って生きてきたの?」
「生命の寿命は肉体と結び付いている、肉体が老いて限界を迎える時肉体と共に命も消える」
「だが命とは本来摩耗することはあっても精神力で持ち直すもの、限界を決めるのは肉体であって命はそれに引かれ散るに過ぎない」
「別の肉体に宿した時、命という灯は思ったより簡単に再燃するのだよ弟子よ」
「まぁもっとも、俺様がその理論に辿り着けたのもあのキラキラドアホのおかげではあるか……」
「ふえ?」
国の王は普段見せないような表情で、黒い鍵を指で回し始めた。膨大な時間を生きてきた彼が思い出すのは、初めて出会った日の記憶。
「本来、あいつは死ぬはずだったんだ」
「だがあいつはそれを拒んだ、信じられるか? どうなるかも分からないのに、当時命の存在証明で躓いていた俺様を利用しやがった」
「肉体の構成式を辛うじて現実的なラインに引き上げるのが精一杯だった、そんなまだ未熟者だった俺様に初めて無理難題を押し付けやがった、本当に生まれて初めてだったよ、式も出来ていない実現不可能を今すぐやれと言われたのは」
「まぁその過程があったからこそ、こうして身体を組むのに不自由しなくなったし、『命の存在』を明確に出来たのだがね」
「君の存在もまた興味深いものさ、君の肉体は確かに生命活動を終えているが、君に残された記憶が命の残存となり意思を形作っている、しかも日々更新される記憶がそれを繋ぎ続けているのだからね」
「途切れかけた曖昧なモノを証明した日には、君の存在は今よりずっと明確に、強力になるかもしれない……いやぁ良い弟子を持ったものだ」
「……まだ僕には難しくて良く分かんないや……」
「自分の今の到達点を知るのも、成長の為には必須だよ」
「そうだね、話題の一つに上がった事だし……今日の授業は錬金生命体でも作ってみようか……ん?」
王の言葉を遮るように、ガラスが砕けるような音が場内に響いた。
「うわぁ何々!?」
「ほぉ……予定より早いな、もう『消費』したのか……?」
「済まないな我が弟子、少し授業は待ってくれ」
「へ?」
「友がピンチだ、俺様は案外義理堅いんだよ」
足元に術式が描かれ、城の床が、壁が形を変える。王の生み出した道は、扉の存在しない部屋へと繋がった。中には大量の人形が置かれており、一部は液体の入ったカプセルの中に浮かんでいる。ティトは本能で、それが錬金術で作られた器だと察した。
(でも……王様の身体じゃない……)
「おいおい、よりにもよって作ったばかりの奴と『入れ替えた』のか?」
「ストックは壁にかけてあると言ったろうに、能力がブレたのか?」
「けほっ……出来て時間の経過した器の方が馴染む……性能の高い身体はまだ使いたくないのだ」
「今回、相当使うことになりそうだが構わないな?」
カプセルの一つが砕けている、中から出てきた器は喋っていた。明らかにその器には、『命』が宿っていた。
「それは構わないが、せめてカプセルぶち破るのは勘弁してくれよ、作り直す手間が生まれるじゃないか」
「時間が惜しい、何か着るものはないだろうか」
「このままでは、輝きが止められないじゃないか!」
「生憎だがぼろ布しかないぞ」
「ここは本当に一国の城なのか……相変わらず過ぎるな……」
その辺のぼろ布を纏い、男は山積みになっている剣を一本手に取った。
「何なら数体入れ替えて現地に置けばいいだろう」
「いや、相手が相手だ……使う前に潰される可能性まである……今幾つある?」
「200くらいだ」
「そうか、足りるといいが……悪いが急いでいる為失礼するぞ」
「あぁ、また時間のある時にでもな」
短く言葉を交わし、男は姿を消した。息を吐き、王は砕けたカプセルを錬金術で元通りに組み上げる。
「今の、前にきたキラキラさん?」
「あぁ、バロン・グリットラー……俺様の数少ない対等な友人だ」
「俺様がまだ器ではなく生身の肉体だった頃からの付き合いでな、俺様自身の器を作る前に、あいつの身体を作ったんだ」
「理論自体はあった、そこまでは良かった、だが当時の俺様に命云々の知恵は無かった、存在の証明が出来ていなかった、何と紐付けて良いのか、そもそも紐付けが可能なのかも分からなかった」
「責任なんて取れないと断ったんだがなぁ……無理を通された、それどころかあいつは言ったんだ、作った器に何でもいいから入れておいてくれと」
「あいつの能力はAとBを入れ替える力……無いものは入れ替える事は出来ない、存在を証明して確かに認識しないと発動すらしない」
「あいつは器の中に入れたただの石ころと、『自分の命』を入れ替えた……ただの物体だった器は再び動き出した」
「信じられるか? あいつは好いた女の理想に寄り添い続ける為だけに、生命の理をぶち破りやがったんだ」
「あの瞬間、初めて俺様は敗北を知ったよ、誰かに理論の先を行かれたのは初めてだった」
「馬鹿には勝てん、ふはははははっ!」
笑いながら、王は壁にかけられた大量の器を見つめていた。ここにある器全てがバロンの器なら、距離も関係なく命を移し替えられるのなら、死という概念が限界まで薄くなる。
「死んでる僕が言うのも変だけど……頭おかしくなりそうだよ……」
「常識を捨てるのが、錬金術のスタートラインさ」
「法則を超え、新たな法則を組み上げる……辿り着いたその時、脳内爆発だ」
「しかし同じく悠久の時を生きているというのに……あの男は変わらない……懲りずに一人の女を追いかけ、その理想の為に奮起している」
「命は精神が尽きぬ限り消えはしない、命が消えない限り、あいつの器はここにある」
「モチベーションが数百年経っても尽きぬどころか溢れ続けるなんて、あいつの精神は怪物級だよ」
「あいつは死なない、故に負けないんだ」
再び死地に戻りし絵札、その残機は約200。折れぬ心が、戦場の光となる。




