第六百五話 『大きな一手を』
別空間での足止めを食らっているクロノ達だったが、数分前から相手の悪魔の様子がおかしい。露骨に焦っているし、こちらを攻める動きを見せ始めた。必要以上に攻撃してこなかったさっきまでとは、明らかに違う。
「無駄無駄……無駄無駄無駄無駄……」
「急にヒートアップしてきたな、何があった?」
「何かがあったのは間違いないんだろうな、それも都合の悪い何かが」
「侮ったツケでも来たか? なぁぼろきれ悪魔!」
「ッ! 黙れよ害虫……! 無駄な事するから悪化するんだ、こっちまで巻き込むなよ」
「諦めて見捨てれば、夜は当たり前にやってくるのに、知らんぷりしてれば君達は朝を迎えられるのにさ……!」
両腕を広げ、悪魔は空間を掴み捻じ曲げる。両サイドから捻じ曲がった空間が迫り圧殺されそうになるが、バロンの力で位置を変えたクロノ達には当たらない。悪魔が移動したクロノ達を目で追うが、既にクロノは宙を蹴り加速している。
「頼む」
「頼まれよう、君の期待以上に応えようじゃないか」
周囲を覆う風の精霊球、そしてそれに舞い上げられるバロンの媒体。精霊球を砕き加速しながら、位置替えを繰り返しクロノは弾丸のように悪魔に迫る。
「速……」
「”遊乱怒涛”っ!」
一瞬で連撃を叩き込み、最後に首筋に水の力を纏わせた蹴りを叩き込む。意識と精神を刈り取り、悪魔の身体を地面に叩きつけた。次の瞬間、周囲の異次元は粉々に砕け散った。
「俺達だけ無事な明日は、望んでねぇんだよ」
「元の一軒家の中に戻ったな! 不思議な能力だったが問題はない!」
「追手も来ていないな、まだ夜まで時間もある……このまま暴食をそそのかしている悪魔を討ち取るとしよう!」
「うん、急いで……」
狙いの悪魔の場所は、マルスの能力のおかげで位置が割れている。認識阻害の網の中でも、その位置ははっきりと分かる。だからこそ、逃げられていると分かった。
「……この家には地下があるみたいですけど、どうも地下通路は国の色んなところに繋がってるようで」
「むっ?」
「位置が動いてる、結構離れた!」
「ならば我々も地下から追うか!?」
「多分地下にはコピーじゃない悪魔が居るはず……それに目標は今地上に居るっぽいぞ」
「よしならば追撃だ! 迷っている時間も止まっている時間もない!」
(……同感だけど、本当にこれが正しいのか……?)
(認識阻害とコピーの足止めがある以上、どうしても後手後手だ……また逃げられたらそれこそ相手の思い通りなんじゃ……)
これが繰り返し続けば、ただ消耗するだけだ。何度も追いかければ向こうにも位置が分かっている事がばれる。追いつけない現状そこに気づかれれば、利用され掌の上で踊る結果に繋がり兼ねない。家から飛び出し駆け出すクロノ達は、湧き出るコピー体に再び囲まれてしまう。薙ぎ払い強引に進むが、消耗は積み重なる。
「くそ……! 向こうも焦ってるなら、何か予想外の大穴を開ける一手が欲しい……!」
「その為に奮闘しているのだが、流石にごり押しでは上手くいかんか!?」
「頼れる味方が起死回生の一手でも打ってくれると助かるな! はっはっは!」
「前向きな思考は尊敬するけど、頼りきりは現実的じゃ……」
「そうだろうか? 心強い味方が一気に増えたのはクロノ君の人望に寄るところが大きい」
「君を信頼し、尽力してくれる味方は大きなパワーさ、事象を引き起こす要因だ」
「それも君の力じゃないか、大きな波紋が生まれる筈さ、俺達は結束の力で絶望を打ち破るんだ」
「煌めく力だ! 主役に相応しいじゃないかっ!」
「…………そうだな、暖かい力だな」
「勝ちたいな、束ねた力が強いって証明したい」
「真っ暗なほど、それが鮮明になるって……あの時知ったから」
「応えてくれるのが、友だろうっ!?」
次の瞬間、前方の認識阻害が打ち抜かれた。ついでにコピー体も多数消し飛び、そのついでにクロノも消し飛びかけた。
「うわあああああああああああああああああっ!?」
「うおおおおお!? この眩い光は!? 俺の輝きに匹敵している!?」
「道を……開けるのですよおおおおおおおっ!!」
「ん!? クロノ!?」
乱射された閃光を寝そべるように回避すると、クロノ達を飛び越えるようにレラとピリカが現れた。二人を目で追うと、穿たれた認識阻害の隙間からゲルト城が見えた。
「え、あれ!? なんで国の外周にゲルト城が!?」
「クロノ様! ゲルト城が四本増えてその内一つに認識阻害なのですよ!」
「こっちは俺達に任せろ! 叩き斬ってやるっ!」
二人の無事を喜ぶ前に、状況の理解が最優先。矢継ぎ早に投げつけられた言葉から、今一番優先するべき情報を脳にぶち込み、反射で動く。両手に風を宿し、クロノは飛び起き二人に向き合う。
「飛ばすっ!!」
「そう来なくっちゃな!」
「お願いするのですよ!」
二人を信じてるからこそ、ノータイムで動けた。暴風を放ち、エルフ二人を一気に斜め上方向に吹き飛ばす。
「足砕け散るわっ!! 加減無しかよぉっ!?」
「物凄いスピードなのですよよよよ……! 一気に雲を抜けて……」
「……居るっ!」
塔の頂上に、悪魔の影を見た。既に、こちらにも気づいている。
「……作戦を早めるって前に出てきたけどさ、捕捉されてんだよねたっく……」
「さっきから人の術に穴開けてんの君等だろう、困るんだよね物理法則無視されるとさぁ」
「こっちもお前の出す霧に困ってるんだ、悪いが倒れてもらうぞ!」
自分で宙を蹴り、レラはピリカより早く塔の頂上目掛け加速する。刀を構えるレラに対し、悪魔は右手をゆっくりと向ける。
「飛んでくるなんてお行儀が悪いなぁ、何のために塔に階段があると思ってんだ」
「ちゃんと一歩一歩踏みしめて来いよ、段階すっ飛ばすから今の世代はなってないって議論されんだぜ」
前方に霧が収束し始めた、明らかに異常だが知ったことじゃない。水の自然体で霧をぶった切り、その勢いのまま悪魔に刃を向ける。刹那の一閃は、紙一重で避けられた。屋上に滑り込み、レラは刀を収めながら片膝を付いた状態で悪魔に向き直る。
「初対面の悪魔に斬りかかるとは、森暮らしでは常識も身につかないのかな」
「悪いね、敵に礼儀正しくするなんて常識は今のところ触れた事がない」
「そうだな、戦闘は常に先手必勝って常識なら知ってるぜ? エルフ流・”追刃剣”!」
悪魔の死角から魔力の刃が飛来し、直撃を許した悪魔の体勢が崩れる。その瞬間を狙い、ピリカの放った風の矢が悪魔の背中に命中した。
「ぐおおおおおおおおおおおっ!?」
数十発の風の矢が降り注ぎ、レラの隣にピリカが飛び降りてきた。二人は武器を構えなおし、息を整える。
「ここは狭いな、落ちたら面倒だ」
「魔力も全快じゃないし、絶対的有利な状況でもない」
「だが、戦況を覆す大事な場面」
「負ける事を考慮した策なんて講じない、ここは確実に取る」
風を払い、悪魔が息を吐きながら此方を睨んできた。傷はない、ダメージも感じられない。明らかに、強さのレベルが跳ね上がった。間違いなく強敵、間違いなく重要な敵戦力。ここで負けては、何も変わっていない。この一戦は、落とせない。
「無意識ってのが一番怖い、気づかない内に事が済んでるとショックだよな」
「物事に関与する間も与えられない、気づいたときには手遅れ、何も出来なかった無力さは相当なもんだ」
「何がきついって、最後まで気づかなければそんな辛い思いしなくて済んだのにって事さ、気づけないより気づいてしまった事が最大の厄なんだ」
「俺に気づかなきゃ、死なずに済んだのに、この国で起きてることに気づかなきゃ、お前達は不幸にならなかったのに」
「欲深いなぁ、何がお前達をここに導いた?」
「友と」
「未知、ですかね」
悪魔が広げた翼の数は、4つ。肉体のシルエットはそれに比例し大きくなり、それ以上に溢れ出る魔力が敵影を巨大に見せる。
「俺は無意識のゾーン、強いよ?」
「その事にも気づかせず君達を殺してもよかったんだが、まぁエルフは未知が好きなんだっけ?」
「冥途の土産に持っていきなよ、どうせ君達の死は誰にも気づかれない」
「あれ、気づいてないのか」
「俺たちは死ぬ気はない」
「負ける気も、ないのですよ!」
偽物の城の上で、譲れない戦いが始まった。国を覆う阻害の霧、それを司る強大な悪魔。戦況を左右する戦いは、誰にも気づかれない。




