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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十五章 『虚像を照らすは月明り、零れる欲と怠惰の声』
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第六百三話 『エルフの本気』

『お前はエルフの本質、真理に近いよ』

『大成する、エルフの伝説である俺が保証しよう』



 保証された結果、ピリカの修行はレラの比じゃないくらい絶望で満たされた。そもそもカムイはレラに付きっきりで剣を教えていたのに、こっちは半分放置でオート追尾の魔法に晒されてばかりだった。眠る前の僅かな休息時間、意識が落ちるまでの数分だけカムイは指示をくれた。その殆どが理解の範疇を超え、1割も理解出来ていない。それでも、毎日のように聞かされ続け、自身も反復している言葉がある。幼少の頃から、これだけは欠かしたことはない、言われるまでもない。




(考えることを、やめるな……っ!)




 前に飛び出そうとするピリカの足元を狙い、ライトが銃を構える。足を踏み出した瞬間に発砲され、前に出ようとする身体と弾を避ける為に足を引っ込める動きがつっかえる。バランスを崩したピリカに、ライトは続けて引き金を引いた。転びそうになりながらも、横に身体を投げ出しながらピリカは弓を構える。



(さっきからあの銃……明らかに実弾じゃない、魔力を弾丸にしているのですか……)

(視界で捉えろ、肌で感じろ、入ってくる情報全てを力に変えろ……集中力を落とすな……!)

英知技能マルチメントはエルフの極意、集中しろ集中しろ集中しろ……! 使えるもの全て使って戦場を支配しろ……!)



 背後から聞こえる叫び声、破壊音、恐らくヘイトが使い魔紋の効果で暴れている。気に留めるな、背後はレラが必ず抑え込む。目の前の悪魔を討ち、同胞を解放する。正しさや善悪の基準なんて後回しだ、言葉を交わすのは終わった後で良い、説得なんてするつもりもない。ただ、同胞が悪魔の食い物にされているのは、絶対に許せない。



「彼の善悪を、周りの罪を語る前に……!」



「んん?」



「己の罪を自覚しろっ!!!」



「ははは、他人の都合も無視して首を突っ込む善人気取りが、言うじゃないか」

「誰にも求められていない善行はね、身勝手って言うんだよっ!」



 ヘイトの引き金を引く動作に合わせ、ピリカは弓から風の矢を放つ。両者の攻撃は空中で激突し、大きく爆ぜる。攻撃力は、互角だ。



(連射力では劣るのですよ、銃の性能かはたまた固有技能スキルメントか……単純なスペック差か……)

(足りないモノを自覚しろ、それを補う術を揃えろ、頭を回せ、可能不可能を見極め……)



 一回の瞬き、1秒に満たない時間、僅かに違和感がある。相手の位置が、攻撃が、軸が違う。当たるはずのない軌道を描いていた銃弾が右足に当たり、貫通された。



「いぐっ……!?」



「首を突っ込んだ挙句、無様に死ぬなんて滑稽だと思いませんかね」

「ヘイトを揺さぶってくれたお礼に、君達は仕留めた後ヘイトに切り刻んでもらいます……二度とブレないように、エルフを殺す光景を忘れない為に」



(弾が曲がった……? 軌道操作……? いやそれだと立ち位置が動いた説明が……)



「探求心? 疑問を忘れない? エルフは知りたがりなんですねぇ」

「戦闘中に考えてる暇があるんですかね、良い的です」



 銃弾の嵐が、不可解な軌道でピリカに降り注ぐ。咄嗟に風の壁で弾き飛ばすが、撃たれた足が上手く動かない。



(傷から魔力が漏れ出して……!)



 相手の能力か、銃の能力か分からない。当然だが相手は能力を口にしない、勝ち誇りネタを割ったりしない。知識を頼りに選択を絞るしか、こちらの手はない。頭を回すピリカだが、情報が多すぎて纏まらない。そもそも周囲を覆う認識阻害が常に肌に不快感を与え、特定が困難だ。



(足から漏れ出す魔力が止まらない……このままじゃ数分後に魔力が切れる……!)

(相手の手数が多い、魔力弾だから弾切れは期待できない、リロードもないなら隙も出来ない、攻めてこっちから隙を作るしか……機動力が落ちてる上に弾の軌道が読めないなら回避は困難、防ぐしか、でも後手に回っちゃ……)




「所詮は小娘、思考が絡まるのが手に取るようだ」

「魔力を失ったエルフなんて、恐れるに足らない……ほら頑張って防がないと蜂の巣ですよ」



 魔力弾の連射が、ピリカに降り注ぐ。軌道はやはり読めず、足を撃たれているピリカは魔法でそれを弾くしかない。魔力の消費は加速し、ジリ貧になりつつある。本来彼女の盾となるべきレラも、ヘイトの相手で手一杯だ。



「がああああああああああああああああああああっ!」



「あぁもう……! 俺にはお前にかけてやれる言葉なんてねぇんだよ!」

「言葉で止まるなら苦労はしねぇもんなぁっ! 助けるって難しいぜ! お前がそれを求めてないなら尚更な!」



 鍔迫り合いを続けながら、レラは渾身の力でヘイトを押し返す。ヘイトの目は正気を失っており、とても会話が成立する状況じゃない。



「……誰にも求められなくても、あいつは助ける選択を続けていた」

「いつしか、俺達も疑問を抱かなくなったよ、助けたいに理由なんて要らないってあのアホはいつも言ってた」

「けど俺達には、同胞を見捨てたくないって理由もあるんだ、だから助けたい力は今の俺達の方が上だっ!」




「がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」




(なんて力だよ……! クソ、反応はあったんだ、こいつの中に疑問は残ってる、記憶は残ってるっ!!)

(使い魔紋の命令が思考を上書きしてる……! せめてそれさえなんとか出来れば……)



 力負けしそうになったレラだったが、ヘイトの死角からクェルムが飛び込んできた。回し蹴りが脇腹にめり込み、ヘイトの身体が吹き飛んでいく。



「コピー体の処理に少々てこずりました、周囲のは散らしましたが、恐らくまた湧き出てくるでしょう」

「差し出がましいようですが、彼に言葉を届けるのは困難かと」



「ここで諦めちゃ、何の為に死に物狂いで修行したか分かんねぇよ」

「少なくても、後悔する道は選ばない」



「ふむ……ですが現状彼を止め続けるのは消耗が激しいと思います」

「鍵は向こうの悪魔、私も加勢に……」



「必要ねぇ、あいつがすぐに終わらせるって言ったんだ」

「むしろ近づくのはやめとけ、死んでも知らねぇぞ」

(あいつを守るって豪語したは良いけど、最近特に差が開いたからなぁ……立つ瀬がねぇ……)



 内心少し凹んでいるレラだが、クェルムが見る限りピリカは苦戦している。自己判断で動こうとしたクェルムだったが、不意に背筋が冷たくなった。退治屋として長く戦ってきたクェルムの本能が、自己防衛を優先させた。



(……? なんでしょう、悪寒が……!)



「俺にも考えがあるんだ、水の力で干渉出来るなら、使い魔としての命令を妨害出来るかもしんねぇ」

「クェルムさんよ、ヘイトの動きを一瞬で良いから止めてくれないか、その隙に使い魔紋にちょっかい入れてみるからさ」



「……まぁ良いでしょう、やるだけやってみます」



「まぁ、こっちの足止めが成立するより先に……あいつが片付けちまうかもだけどさ」

「ようやく、入ったみたいだ」



 レラには分かる、魔力で繋がっているから。自分達は、弱さを自覚した。それを受け入れ、考え続けた。師は言った、一つの答えで立ち止まるなと。結果で結論は決まらない、行き止まりなんて存在しない。飛び越えろ、潜り抜けろ、ぶち壊せ、なんだっていい、前に進む方法を探し続けろ。探求心に終わりはない、知りたいに限界はない、可能性に天井は存在しない。




 ――――エルフに常識は、通用しない。




 周囲の魔力が光り輝き、ライトの撃った魔力弾が消し飛んだ。魔力切れ寸前だったピリカの身体は、光り輝く魔力の渦を纏っている。当然だが、ライトは目の前の異常事態を1%も理解出来ていない。追い詰めていた筈のエルフが、急に息を吹き返した。




「なに、を……した……?」




「何も、今は立っているだけなのですよ」




「はは、あはははは! 面白い子だな」

「ふざけるのも大概にしたらどうだっ!!?」




 ライトの放つ銃弾が、軌道を曲げながらピリカに迫る。一発放つごとに、ピリカの視界がブレその度ライトの位置が動いていく。ピリカは動かない、瞬きの回数が激減し、その目は魔力の残光を残す。息を吸い込み、次の瞬間ピリカの周囲の魔力が無数の魔法を発動、魔力弾を全弾叩き落とす。




「!?」




(傷跡から魔力漏れ持続中、『認識阻害含む』周囲の魔力99%把握……周囲に漂う魔力、それ単体、認識阻害を含めた魔素、私の魔力、私の魔力と溶け合った部分、それぞれの組み合わせ、組み合わせた魔素と更に複合、発動可能な魔法89種類、変化含めて912種)

(魔力漏れは恐らく銃の効果と仮定、相手の能力の残り魔素から視覚系の能力、恐らく屈折、見えている像と実際の立ち位置は最初から違ってる、発砲のタイミングで発動、魔力の流れからまず間違いない)




 どれだけ魔力弾を撃っても、ピリカに届かない。虚空が炎を放ち、水が鞭のように弾を弾き、飛沫が凍り付き足を固めてくる。地面が揺れ、風が銃を弾き飛ばした。空間が、自由を許さない。この場の全てが、ピリカに従った。屈折の能力を発動しようとした瞬間、それすらピリカに操作された気がした。周囲の魔素が全てピリカに集い、目の前のエルフが巨大に見える。



 相手と周囲の状況、自身の知識を組み合わせ、真の無限と呼べる戦術。探求の化身足るエルフにのみ許された最大級の反則技、英知技能マルチメント。知識量がそのまま暴力となる、チート技。ピリカは己の弱さを受け入れ、ピンチになるとパニックになり思考が纏まらない弱点をしっかりと受け止めた。八柱戦でもミスで崩れ、不覚を取った。地獄の修行中も、思考が全然纏まらず心の底から凹んだ。だから、弱点の克服に全力で臨んだ。どれだけ焦ってもいい、パニックになればいい。一時心を落ち着ければ、パニックになった分、慌てて取り込んだ分情報量は多い筈だ。滅茶苦茶でもいい、端から端まで、不必要と思えるものも、とにかく情報をかき集めろ、寄せ集めだって構わない。エルフの英知は、ごちゃ混ぜを究極の集中力で圧縮したものだ。滅茶苦茶で不格好だからこそ、理解が及ばず最強なんだ。




「こんなでたらめな力……! あってたまるかっ!!」




 ライトの放った魔力弾が、ピリカに奪われた。『ライトの魔力』から派生した別の属性の魔法が、眼前で閃光を放つ。空間が多重陣を描き、現象の洪水がライトに迫る。





「”探求心にマルチプル果ては無しエンドロール”」





 200を超える魔法の渦に、50種の拘束系魔術が一体の悪魔に叩き込まれる。勝敗なんて、火を見るより明らかだ。極限の集中状態が途切れ、ピリカはその場に崩れ落ちる。まだまだ未熟なピリカに、長時間の英知技能マルチメントは不可能だ。




(おっ……? 銃を壊したからか魔力漏れが止まったのですよ……)




 息を切らしながら後方に目をやると、レラが倒れたヘイトを抱き留めていた。どうやら、使い魔紋を介した命令は途切れたようだ。ついでに周囲の魔素を贅沢にぶっ放した影響か、認識阻害の効果がここら一体穴が開いたように消えている。ピリカは知る由もないが、この影響でマリアーナの能力がピリカ達の位置を正確に捉えていた。




「ふぅ……まだまだですね……我ながら消耗が激しいのですよ……」

「……暗い物語は、嫌いです、我儘と言われても、ハッピーエンドが好きなんです」

「だからあたし達は、方法を探求する、悲しい物語も、救いのない物語も、例え終わった物語でも……」

「ハッピーエンドにする方法を、考え続けます……何を言われても、諦めない」




 諦めない大切さは、無謀な偽勇者から教えてもらった。愚者と呼ばれても、この生き方は譲らない。押しつけでも、助けたい気持ちに嘘はつかない。ピリカ達の欲は、悪魔の欲を上回った。ライトの敗北、そして認識阻害に開いた穴。太陽は徐々に傾き始め、悪魔達が本格的に動き出す。



 戦争は、まだ始まったばかり。



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