第六百話 『望まれなくても』
謎の空間に誘い込まれたクロノ達は、目の前に現れた悪魔と交戦していた。空中をひらひら飛び回る悪魔に対し、バロンは媒介を空中にばら撒く事で移動を抑制する。一瞬動きが止まった隙を突き、媒介と位置を入れ替えたクロノが背後から襲い掛かる。
(取った……!)
「ほいっと」
ぼろ切れのようなマントから手が突き出され、二本の指で何かを摘まむ。そのまま何かを捻じるように手を動かし、その一連の動作でクロノの蹴りが意味不明な方向に誘導され空振りに終わる。
(!? 視界が反転して……いや違う俺が逆さまに……!)
「むっ……!」
体勢を崩したクロノはバロンの力で即座に距離を取らされる。悪魔は深追いはせず、距離を保ちながらふわふわしていた。
「どう見る? クロノ少年」
「空間が捻じ曲がった感じだ、幻覚か別空間か知らないけど有利不利は向こうの自在らしい」
「一定距離を保って近づいてこないし、向こうから攻めても来ない……明らかに時間稼ぎだ」
ぼろ切れの隙間からヘラヘラ笑っているのが見える、完全に舐められている。
「ふむ、本体が同じ空間にいる以上……自身の周囲が効果範囲なんだろう」
「シンプルでとても良い、俺とクロノ少年のコラボレーションフラッシュで突破させてもらうとしよう!」
「どうして無駄な事をするのかな、全部全部無駄なのにね」
「…………あ?」
ひらりひらりと左右に飛び回るぼろ切れが、初めて言葉を口にした。
「分かってたくせに、罠だって誘いだって気づいてたのに、どうして踏み込んできたのかな」
「何をしたって無駄なのに、欲の渦に沈むんだ、みんな死ぬんだよ、どうしてそんなに頑張るのかな」
「勝ち目なんて無いのにさ、無駄な事ばっかり無駄なのに無駄無駄無駄なのにつまんない生き方無駄なのに」
「…………つまんねぇ事聞くじゃねぇの」
「何もしなきゃ本当にゼロだからだよ、無駄にしない為に足掻くんだ」
「勝ち目がねぇだ? 俺の諦めの悪さ舐めるなよ?」
「誰も死なせない、あいつらは簡単に死なない……俺の仲間を舐めるなよっ!」
「その目が死ぬ時が楽しみだなぁ……無駄と気づいた瞬間一番人は絶望する」
悪魔の目の前を狙い、クロノはバロンの媒介を蹴り飛ばす。媒介と位置を変え、悪魔の眼前に迫ったクロノは間髪入れずに拳を振るう。空間が捻じ曲がり、拳は悪魔のすぐ隣を突き抜ける。
「ほら無駄だ、馬鹿らしい」
「それはどうかな悪魔さん、この世に無駄な事なんてそうそうないぜ」
突き出した拳は、媒介を握り締めている。バロンが指を鳴らすと、クロノの身体は握っていた媒介と入れ替わる。悪魔が反応するよりも早く、クロノの回し蹴りがぼろ切れに叩き込まれた。
「ぎっ……!?」
「そもそも、絵札の名にかけて俺が無駄になんてさせねぇんだ」
「絶望してる暇なんてねぇんだよっ!!」
蹴り飛ばした悪魔が地上に叩きつけられ、一瞬空間が大きく乱れる。空中を蹴り、クロノは悪魔目掛け突っ込んでいく。
「無駄無駄無駄……何をしたって手遅れだ!」
「それをひっくり返す奇跡、起こしてやるよ!」
空間を歪ませ、クロノは前を目指す。偽勇者が奇跡を信じている頃、その友は過去最大の難題にぶち当たっていた。敵悪魔の放つ弾丸の雨を風の矢で相殺し、ピリカは一気に距離を詰め果敢に攻める。クェルムも増えてきたコピー体を凄まじい速度で処理している。戦況は悪くないが、一手先は困難に阻まれている。レラは狂乱するヘイトの攻撃をギリギリでいなしながら、刀を握る力を強めていた。
「おい! いい加減に……!」
「がああああああああああっ!」
攻撃を受け止め、逸らし、一定の距離を取り声をかける。反応は変わらず、ヘイトは殺気塗れで暴れまわるだけだ。
(不味いな……会話が成立しない……さっきの男とのやり取りを見る限り言葉は理解している筈だが……こいつ自身話せない可能性まで出てきたぞ)
背後では魔法の衝突音が鳴り響いてる、ピリカは近い内に相手を追い詰めるだろう。だが、この場の敵を全滅させてもヘイトは止まらない。怒りと復讐に支配されたダークエルフは、恐らく言葉じゃ止まらない、止められない。負の感情と環境で種の因子すら捻じ曲げた存在、言葉一つで変えられるなら苦労はしない。
(そもそも大口叩いたが、本人がそれを望んでいないなら救いなんて俺達の自己満足、傲慢に過ぎない……!)
人とエルフへの復讐は、ヘイトが選んだ道。助けるだの救うだのはこちらの言い分で、ヘイトが望んでいないなら迷惑で終わる話だ。価値観が違う、見てきたものが違う、手を差し伸べても払われたらそこまでだ。こちらは復讐対象のエルフであり、敵だ。敵の言葉で簡単に救い出せるなら、ダークエルフになんてなってない。力任せに振るわれる剣には迷いがない、打ち合う度に怒りが伝わってくるようだ。
「けど、だけどな……!」
森に火を放った馬鹿野郎が居た。命より大事な森を焼いた人間だ、ぶっ殺してやろうと思った。敵だ、理解する気も起きない、視界に入れるのも汚らわしい。口にする全てが理解出来ない、今まで関わりも無かった外の理屈だ。関係ない、必要ない、全部全部振り払った。
それでも、こっちの迷惑を無視して踏み込んできた。無理やりこっちの手を掴んできた。最初の印象は最低から始まったのに、真っ暗だった視界は確かに開けたんだ。自分がそうだったからって、他の誰かがそうだとは限らない。救われない存在は、居るのかもしれない。だけどあの感覚は、閃光が闇を切り裂くような感覚は、忘れることは出来ない。理屈もクソもない、救いと表すのもおこがましい愚行だけど、自分達はその衝撃に背を押されたんだ。一欠片でも繋げたい、貰った温もりを繋げていきたい。
「はは、答えは出ない、無謀な行進だ」
「それでもクロノ、俺達はお前に並び立つんだ……だから考えろ、思考を更新しろ……!」
自己満足だろうが、余計なお世話だろうが知ったことじゃない。助けたい気持ちは捨てない、それが今この場に置いての自分の欲だ。求め欲する力は、エルフだって負けてない。
(届く保証はない、それでも言葉を繋ぎ続けろ)
(生まれた時からどん底で、道具同然に扱われるのが救いと認識しちまうようなくそったれの生……認めない、狭い視野なんて切り開いてやる)
(どんな愚行からでも、錆び付いた視野は広がるんだ、全部投げ出して堕ちるには早すぎるっ!)
「おい真っ黒エルフッ! お前に俺は倒せねぇぞっ!」
「があああああああああああああああああっ!」
「お前の復讐はここで終わりだ、最低な道はここで通行止めだ」
「もっと楽しい事、沢山教えてやるから……歪みはここでリセットさせてもらう、勝手だけどさ」
レラの声を切り裂くように、ヘイトは剣を構え獣のように飛び掛かってくる。刀を構えなおし、レラは呼吸を整える。刀が風を纏い、白く輝きだした。
「”凪刀”」
「知ってるか、エルフは同胞を見捨てない」
「お前が何度手を払っても、俺はお前を見捨てない」
互いの獲物がぶつかり合い、ヘイトの身体が後方に弾き飛ばされた。無駄な動きを全て削ぎ落したレラは、吹き飛んだヘイトと並走するように走り出している。吹き飛びながら体勢を戻したヘイトは、防御を捨て反撃に全ての力を回す。全部が込められた一撃を、レラは悉くいなし、逸らす。
「全部吐き出せよ、受け止めてやるからさ!」
「っ……があああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
空虚な咆哮が天を衝く。復讐の果てだろうが、最低では終わらせない。




