第五百九十九話 『探求心のままに』
エルフの髪は緑色が多い、個体差で色の深みは変わるが大抵のエルフは自然を連想させるような緑色だ。人より長い耳を除けば、他には大きな身体的特徴はない。魔素が無ければ身体能力も高くない、亜人として数えられる種の中では平均で人に近いといえる。
レラは呼吸を整え、何があっても反応出来るよう一番落ち着く体勢で相手の出方を待つ。手にしている刀はカムイから譲り受けた新しい得物だ、前に使っていた剣は師の手によってへし折られた。
(ピリカより細い腕、獣のような眼光、受ける印象はただただ凶暴……ガリガリの身体から想像出来ない加速と力……そして何より……)
相方ほどではないが、レラもエルフとしての探求心は持ち合わせている。戦闘の中で分析するのは呼吸のようなものだ。初めて見るダークエルフに、脳内は速度を上げ解析を始める。平均より痩せているが、外見はエルフと大きく変わらない。違うのは真っ白になった髪と、黒ずんだ皮膚の色。そして、冷たさすら感じる魔力だ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ピリカ下がってろ! 俺が受ける!」
奇声を上げ、ヘイトが飛び掛かってくる。弾丸のように突っ込んできたヘイトは速度を乗せ、力任せに剣を振り下ろしてきた。足に力を籠め、レラはその一撃を真正面から受け止める。衝撃で、レラの立っている地面がひび割れた。
(なんて重い一撃……修行してなきゃここで俺はミンチだぞ……!)
単純な腕力じゃない。剣が魔力を纏っているし、筋力が魔力で強化されている。同じ事をしているからこそ、練度の高さが良く分かる。
『俺達はエルフだ! 弱いところは魔力で補え! 足りないなら周囲の魔素も使え!』
『……カムイ様はあの……俺達が苦戦した八柱を魔力無しで圧倒してましたよね』
『魔力が無ければエルフは弱い、出来れば魔力に頼らない強さも教えて欲しいんですが』
『良い心掛けだが、今のお前じゃ無理だ!』
『俺の場合、培った経験と基礎があの力技を可能にしてる、何事も基板無くしてズルは出来ん』
『特にお前の場合、今は足りないものが多すぎる……ほら見てみろ』
地獄の修行の合間、貴重な息継ぎが出来る休憩タイムにカムイに質問したことがある。返ってきた言葉は想像通りだったし、示された先には自分より先の修行で死にかけるピリカの姿があった。カムイの魔力弾を避け続けるシンプルな修行だったが、当たるまで永遠に追尾してくる即死球の魔力球二十発同時はスパルタってレベルじゃない。
『きゃああああああああああああああああああああああああっ!?』
『どうだ、分かるか?』
『俺もあれをやるって事と同レベルの絶望をするんだろうなって事しか分かりません』
『違う違う、ピリカは魔力で身体能力を補っているだろう』
『昨日からずっとやってるが、昨日と違う点がある……全身を強化するんじゃなくて部位ごとにやってるのが分かるだろ』
『それも強化のオンオフを瞬時に切り替えてる、消費を最低限にして消耗を抑える、あいつは1日で意識せずそれが出来るようになってる』
『今出来る事で補えないならどうするか、成長する前にどう成長すればいいのか自分で理解する事が大事なんだ』
『何が足りないか、どうすれば補えるか、自分で答えを導き出してどうにか出来るなら成長出来る』
『自分でどうにか出来ないところまで行ったら、俺がヒントをやる』
『その繰り返しだ、強さってのは……繰り返して積み上げて、知ってモノにして辿り着くのが本当の強さだ』
『……すぐに手に入るものじゃないって事か……』
『普通はな、お前達の師匠は俺だぞ?』
『安心しろ、俺は貧弱トカゲを鍛え上げた実績もある、必ず強くしてやるし、常軌を逸した速度で強くなれる』
『お前はピリカに比べて足りないものが多すぎるが、逆に言えば鍛えがいがあると言うことだ』
『スタイルも俺に似ているしな! 近接向きのコースでビシバシ行こうじゃないか』
『ははっ……カムイ様にビシバシされたら一発であの世行きですって』
『よし、じゃあ近接特別コースその1だ』
『今から俺がお前に攻撃するから、良いっていうまで生き延びろ』
『冗談はやめてくださいよ、初動で死ぬ自信がありますから』
『待ってください冗談ですよね? なんで刀抜いてんですか待って溢れる魔力で既に吹き飛ばされそうなんですけど……!?』
『安心しろ、俺は同法を見捨てない』
『やめ、う、ぅわあああああああああああああああああああああああっ!?』
『いい加減こっちもなんとかしてほしいんですけどおおおおおおおおおおおおおおっ!?』
三日間死に物狂いで逃げ続けたし、その間ずっとピリカは追尾弾に追われ続けた。思い出すだけで吐き気がするし、大抵の死のプレッシャーを無感情でいなせるようになった。あの修行の苦しみを思えば、大抵の事は乗り越えられる。感情論じゃない、死の危険に晒され続けた事で、確実に脳の造りが変化した自覚がある。困難な状況、強敵との邂逅、苦戦、劣勢、佳境、壁が目の前に現れた時、自分は考え、答えを導き出す能力を得た。凄まじい力をかけられたが、レラに焦りはない。
(……いなせる)
両足の裏に魔力を集中、指先から噴出し後方に滑るように体重移動。関節を下から順に強化、刀含む両腕に魔力を流す、定点強化じゃなく勢いを魔力と全身で受け流す。後ろに滑りつつ全身を横回転、刀身で相手の剣を滑らせ相手の勢いも利用して放り出すように位置を変える。
相手もすぐ反応している、剣を握る手に力を込めた。魔力の動きで次の動きが予測できる。剣を地面に突き立て、後ろ蹴りを放ってくる。先読みしたレラには当たらない、額を薄皮一枚ほど掠られたが、構わずレラは刀を下段に構える。空中で回転し、即座に体勢を戻したヘイトが剣を振り下ろしてくるが、下から振り上げた刀で手元を打って弾き返す。両腕を跳ね上げ、ヘイトの動きが止まった。
「……ッ!」
「カムイ様直伝……エルフ流・”追刃剣”」
切り上げた体勢のまま、全身の魔力をつま先から剣先に一気に流す。刀身に宿った魔力が噴き出し、二本目の刀がヘイトに襲い掛かる。直撃を許し、ヘイトは大きく吹き飛んだ。
「ふぅ……」
「攻撃後の硬直、その隙を補うカムイ様の魔力の刃かぁ……レー君が使うの見るとちょっとなぁ」
「なんだよ文句あるのかよ」
「だってしょぼすぎて……あの域まで行けるのかなぁって自信無くすよ」
「カムイ様の追撃は一発で山を真っ二つにしたしな、その後土魔法で元通りにするし、今は追い付くとか考えない方がいい、脳がバグる」
「それより今は、あいつだ」
加減はしたが、それでも直撃だった筈だ。なのに吹き飛んだヘイトは、一切怯む様子を見せず起き上がる。その目は憎悪を宿し、殺気は少しも緩まない。
「ダークエルフってのは破壊衝動でも持っているのか、過程がそうさせるのか……」
「推測の域から出るには、情報がいるのですよ」
「……偶然にしては出来すぎているのです、特に……」
ピリカの言葉を遮るように、すぐ隣にクェルムが飛び込んできた。防ぎ切ったようだが、両腕に焼けたような跡が残っている。クェルムの視線の先から、先ほどの男がゆっくりと歩いてきた。
「おやおや、エルフはまたしても君を傷つけるのか」
「我慢する必要はない、ヘイトよ……思うままに斬り捨て、見下ろすといい、君にはその権利があるのだから」
「……初対面とは思えないんですよね、いや初対面なのは間違いないんですけど」
「聞いた話と似てるんですよ、貴方と彼の関係」
「んん? 何の話でしょうか」
「権利とか、使い魔紋とか、重なりすぎて関係ないとは思えないんです」
「領主の息子さんと女エルフの子供って、あのダークエルフで間違いないですかね」
「…………ほぉ?」
ピリカの言葉に、男は反応を示す。同時に、ヘイトが目を見開き襲い掛かってきた。
「があああああああああああっ!」
「っと! おい、落ち着けお前!」
剣撃を受け止めるレラだったが、先ほどより力が増している。いなすのは危険と判断し、同等の力でどうにか押し留める。鍔迫り合いの形になり、両者身動きが取れなくなる。
「関係者はみんな死んだはずですけど、どこでその話を?」
「……チート染みたお師匠様がいましてね、合ってるなら貴方がお屋敷の使用人で、事の立役者ですよね」
「話を聞いた限りじゃ、貴方が悪かどうか判断出来ませんでした」
「あの子の為に、本当に救いの為に、復讐の手助けをしたのか……色々と考えました」
「何が目的だったのか、自分の為の行動なのか、あの子の為なのか……話を聞いた時からずっと考えていた」
「もし、このお話に途中から関わる事になったら……自分ならどうするか、ずっと」
「なるほど、同胞が関わっている以上他人事のようには聞けなかったと」
「ははっ、全くの他人から薄っぺらい同情か……ヘイトが特に嫌う案件だ」
「そしてとても私好みの展開だ、悪かどうかだって? そんなのどうだっていい」
「私は理由が欲しいだけだ、命を蹂躙する正当な権利が欲しいだけだ」
「罪を裁く、悪を裁く、上っ面でも理由があれば大衆は祭り上げるものだ、そして被害者というのはいつだって同情を誘う、何の価値も救いにもならないのにさ」
「ヘイトは丁度いい存在だったんだ、都合が良かった、こう言えば大抵の奴は決まって酷いって言うよね、口を揃えて道具扱いするなって?」
「けどヘイトにはこれ以上の救いはなかった、誰も、何も与えなかった、ヘイトに取って私の存在は確かな救いで恩人だ」
「不格好でも利害の一致がある、彼は復讐に身を染め、己の欲を発散できる……それを見て私は満たされる」
「見て見ぬフリをしてたゴミ共や、無責任に彼を作って捨てたクソ親と比べれば、よっぽど私は善だと思うけどな?」
両手を広げ、男は笑みを浮かべて語っていた。更に力を増し、ヘイトはレラをジリジリと押し始める。その目には、救いも絶望も映ってない。まるで、猛獣だ。
「…………ゴミとクソはともかく、屑と比べても善とは呼ばないです」
「けど、この世で彼の事を一番考えてあげたのは間違いなく私だよ」
「……そうですね、そうなんでしょうね……はは、答えか……どうすればいいか、全然出てこない、わっかんないや」
「最善で甘んじるか、最悪を受け入れるか……師匠の言葉がピッタリ嵌って、現実で壁になる」
「ねぇレー君、あたし達はどうすればいいのかな」
「どうしたいか、だろうっ! クロノの支えになると決めた時から、答えなんて決まってるっ!」
「…………だよねっ!」
ピリカの放った風の矢が、男の顔のすぐ横を突き抜ける。
「おやおや、やはり君達も……彼から救いを奪うんだね」
「何が正しいか、答えは出ません……だから考えることを辞めないと決めたんだ」
「あたし達は彼を救う、同胞を道具扱いした貴方は許さない」
「それはそれは……随分勝手な物言いだ」
「自己満足の正義程、うすら寒いものはない」
「迷惑なんてお構いなしに、最高の結末だけ描こうと奮起する」
「そんな偶像の勇者に、未来を変えてもらった」
「だから俺達はっ! 戯言を現実にする為の手伝いに来たんだよっ!」
レラがヘイトを押し返し、そのまま蹴り付け距離を取る。態勢を崩したヘイトに飛び掛かり、後方に押し込んだ。
「こいつは俺が止めるっ! お前達はその男をやれっ!」
「……影のような敵も集まってきましたね、雑魚は私が散らしましょう」
「ピリカさん、あの男は相当なやり手です、雑魚掃除を終えたらすぐに加勢しますので……」
「……その必要はないのですよ」
ピリカが弓を手に一歩前に出ると、呼応するように男が翼を広げ空に飛び上がった。眼前の悪魔に対し、ピリカは魔力を纏う事で戦闘の意思を叩きつける。
「言いたい事、上手く言語化出来ないんです」
「だから、魔法で伝えます……モヤモヤもイライラも全部」
「腐敗した正義感、否定し踏みつけてあげましょう」
「真っ当な方法じゃ救われない存在も居る、手を差し伸べるだけが救いではない」
「彼の事を真に想えば、私が正しいと分かるはずなんだけどなぁ」
「彼を真に想うなら、そんな顔するわけない」
「命は、道具じゃない」
「それを示す現実すら、存在しなかったんだよあいつには!」
「だったら、ここから現実を書き換える」
「薄っぺらな救いじゃない、エルフの欲は不可能を書き換えるっ!!」
不可能を超えろ、果て無き探求心で。




