第五百九十六話 『阻害の網の中で』
「狂さん! 大丈夫ですか! あぁ全身ボロボロじゃないですか!」
「あぁシーさん……来てくれるって信じてました……ガクッ……」
「狂さーーーーん!!」
「アホやってないで状況を説明しなさいよ、合流一つにこんな手間かけさせて」
「見つけたのは僕なんだけどー! お姉ちゃんは狂さんに回復魔法早くかけてあげてよ!」
「もうかけてるわよ!! 怪我人を前にして黙ってる程人でなしじゃないわ!」
「嘘つかないでよ!」
「嘘ってなによ!? あたしをなんだと思ってるわけ!?」
「マリアーナも姉さまも真剣に! ここは敵地ですよ!?」
ぎゃいぎゃいと口論する妹達に呆れながらも、ネプトゥヌスは周囲を警戒する。肌に貼り付くような魔力は、つい先ほどまでは『その事』にすら気づけなかった。マリアーナの能力が上手く働かなかった事で、ようやく異常に気が付けた。認識させない力が、周囲を覆い隠している。
(アクアの魔力をプラスし、僕の水の自然体を重ねようやく戦いの気配を掴むことが出来た……相当強力な認識阻害……これが国全体を覆っているとは、とてもじゃないが個人の力とは考えにくいね)
(一度それに気づいても、多くの情報を認知しにくい状態に強制される……現にこの距離でこれほど派手な戦闘があったのにギリギリ感知出来た程度……長距離を探るのは現状不可能)
(別行動を取っている他の皆との合流は、現実的じゃない……が)
「……っ! このままで、済ませると……」
「おっと、ただでさえ面倒な状況なんだ……少し黙っててくれ」
「”水球牢”」
毒に蝕まれ、それでもなんとか地を這い距離を取ろうとしていたトリュフの身体が水の球に閉じ込められる。ネプトゥヌスが右手を握ると、トリュフを閉じ込めた水球が一瞬でピンポン玉のように小さくなる。指で水球を手元まで引き寄せ、ネプトゥヌスは水球を自らの懐にしまい込んだ。
「止めを刺せない以上、こうして無力化していくしかないからね……狂さんの毒は悪魔相手には失うわけにはいかない戦力だ」
「アクア、出来る限りの速度で治療を頼むよ」
「当然ですわ! お任せください!」
「あだだだだっ!?」
「姉さま! 雑です!」
「雑なのはシーお姉ちゃんの包帯もだよ!?」
「これからの動き方をどうするか意見を聞きたいんだが、そちら側のお偉いさんは何処に? エルフさん達も別行動だった筈だけど」
「エルフさん達はクェルム先輩と一緒に真逆の方角からゲルトに……カラヴェラ様はゲルトの王様のところに直接向かってます……」
「本来ならここからシーさん達を連れて……カラヴェラ様と合流を……」
「二度手間じゃない! どうしてわざわざ別行動で全然違う方から向かわなきゃなんないのよ!?」
「ずいまぜんわがりません!」
包帯でグルグル巻きにされた狂に詰め寄るアクアだが、ネプトゥヌスはその言葉を正面から受け取ることはしなかった。
(本心を馬鹿正直に話すような男には見えなかった、何処の王も真意を見抜かせにくるものだな……)
「ここは敵陣、どの程度まで敵の手に堕ちているのか来てみるまでは分からなかった……そして今目の前の現状がこれか」
「臨機応変に動ける間を与えられたとすれば……やれやれ負担の大きい役回りだ」
「お兄ちゃん、あの……あのね」
「ん? どうしたんだいマリアーナ?」
魔力を見れば分かる、マリアーナは今能力を使っているらしい。探し物を映すというマリアーナの能力は、どうもふわっとしていて姉妹の間では信用は薄い。だが時に核を見抜く妹の力を、兄は確かに評価していた。
「えっとね、さっきから上手く見えないんだけどね」
「あぁ、無理はしなくていい……必要になればさっきみたいに僕達の力も重ねて……」
「えっと…………ヒビみたいなのが入って」
「ヒビ?」
「あっちの方から、ゲルト・ルフを見てるみたいな、別の視点から見てる感じになって……」
「それと、森で会ったエルフさん達が見えるの」
「何よそれ、それが探し物?」
「私達の求める物ですか……今求めている物といえば……現状打開の手立てでしょうか」
「うっわ……凄い……向こうめっちゃ暴れてるよ……」
「……対悪魔の狂さんに、感知に優れたマリアーナ……別動隊に認識阻害なんて知ったことじゃないエルフチームか……はっはっは……良いところ無しだった僕達に随分分かりやすい活躍の場を与えられたものだな」
「あの、私達これからどうしましょう……?」
「そちらの王様の思い通りに動くとしよう、マリアーナ、エルフ達の場所を見続けていてくれ」
「恐らく向こうもその線で動いてるだろうし、そうじゃなくても確実に炙り出す」
「この認識阻害を打ち破る、能力者を挟み撃ちにするぞ」
ネプトゥヌスが反撃の糸口を掴んだ頃、ピリカは認識阻害を風の矢で穿ち暴れていた。
「でりゃあああああああああああああああああああああっ!! 未知を開けるのですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「この馬鹿前回の過ちから何一つ成長してねええええええええええええええええええええええええっ!!」
「エルフを前にして未知を認識させないようにするとは……犯罪ですよこれは……やって良い事と悪いことの区別も付かないんですか……!」
「その区別を今一番付けなきゃいけないのはお前だよっ!!」
「ほら見てレー君! 戦争国家ゲルト・ルフ! 前評判に違わぬ薄暗さ! なんか影みたいな人型がどんどん溢れてきて何一つ分からない! ワクワクしてきちゃう!」
「お前はここに何しに来たんだよ!」
「未知を探しに! それとクロノ様の助けになるために!」
「ついでみたいに言ってんじゃねぇよっ!?」
「この程度の認識阻害で未知を隠し通せると思ってるのかな、でも一々打ち消さないとどんどん魔力が覆い隠してくる……気づかせない事に特化してる術式……邪魔だね」
「わたしはこの程度で未知を見失わないけど、レー君とはぐれそうだし……クロノ様達も困ってるかも」
「よっし決めた! 術者をぶっ飛ばそう!」
指を鳴らし、ピリカは物騒な事を呟き先陣を切る。頭を抱えるレラの後ろから、クェルムがゆっくりと歩いてきた。
「何と言いますか、凄いエルフですね……」
「すいません、今止めるので……」
「ふむ、その必要はないかと」
「へ?」
「主はあの方を見て心底楽しそうに笑っていました、戦場を乱すにはぴったりの役者だと」
「あの方の暴走も、恐らく計算通りなのでしょう……それにこの認識阻害が厄介なのも間違いないですし」
「やってみましょう、危なくなったら私がフォローしますので」
「ははは……最大暴走のピリカのフォローをね……」
「はぁ……はいはい、やったりますよ」
認識阻害を切り裂きながら突っ込むピリカの気配は、感知に優れた者に気づけない事を許さない。国全体の認識阻害にヒビを入れ、存在を主張する暴走エルフがゲルト・ルフに飛び込んできた。
ピリカの暴走入国とほぼ同時に、カラヴェラ達はゲルト城に踏み込んでいた。案内の兵が城の入り口を開き、カラヴェラ達はその後に続いていく。
「ここは変わらないなぁ、僕の国と比べると息苦しくて耐えられないや」
「ねぇ君もそう思わない? 窮屈じゃない?」
カラヴェラの軽口に、兵は答えない。転移魔方陣へ案内され、カラヴェラ達は上階へ転移する。
「おーさま」
「勿論分かってるよ、愛しの妹よ」
「いやぁしかしこうして招かれているところを見るに、敵さんからすると問題なしの余裕ムードってことかな?」
「今の動きに、目の前のこれを見る限りそうとも言えないんじゃない?」
「テンプレっていうのかね、決まった通りの動きまんまっていうか……変に弄ってない、弄る必要もない、だからスムーズに事が進んだって感じ?」
「んで、カラカラ的にこれはどうなのさ、なんとか出来るわけ?」
「いや? 何とか出来るレベルの能力ではないね」
玉座の間まで進んできたカラヴェラ達の前には、ゲルトの王と専属勇者二人が並んでいた。その姿は氷漬け……というか城の内部は全てが凍り付いている。案内の兵も、コピー体が機械のように動いていただけだ。
「これ生きてる? いつからこうなってんだかね」
「生きてはいるねぇ、しかしただの氷の方がまだ単純だったろう、化け物共だしそっちの方が生きて救出も現実的だったかもねあはは」
「これはただの氷じゃない、凍らせた奴は少し普通の枠から外れた存在だ」
「一応聞くけど、ミルメル干渉出来そうかい?」
「むり」
「だろうね、これは術者をどうにかしないと」
「たっく……覇道を語る前に地に足しっかり付けろっての、世話の焼ける覇王様だぜ」
「どうにも出来ないならどうすんのさ、敵の親玉でも居ると思ったのに……カッチンコッチンのお城見学してる場合じゃないでしょう?」
「心配しなくても、敵をかき回すイレギュラーは必要分ばら撒いたつもりだよ」
「僕の期待通りの活躍をしてくれたら、相応のカオスは生まれるはずさ」
「混沌も混乱も期待してねーんだわ、もううちの王様物騒でいやんなっちゃう」
頭を抱えるシフォンを差し置いて、カラヴェラはミルメルを抱き上げ玉座の間から出て行ってしまう。
「どーこ行くんですかー、王様ー?」
「ここは国の中心、根を張って後に備えようと思ってね」
「流石に人の国でここまで無礼を働けば、誰だって怒るでしょう」
「って事でシフォン、後よろしくネ☆」
カラヴェラの頭上から、黒い箱が落ちてきた。指から糸状の魔力を伸ばし、シフォンは黒い箱を千切りにする。
「うへぇ、他国の王城の中で一戦交えろって? 部下に無礼を強要するクソ上司かよ」
「いやいや違うよ、僕の考え位100%読み取ってくれよ小さいころからの付き合いじゃないか」
「はーいはい、ぶっ飛ばして締め上げて情報絞り出してその辺に捨て置けってんでしょ」
「あははは、流石シフォンだ」
笑う王と呆れる部下の前に、一体の悪魔が降りてきた。カラヴェラは振り返りもせず、ミルメルを連れて廊下の先に消える。
「無礼だね、人様の城を我が物顔でさ」
「笑わせるじゃん、テメェの城でもねぇだろうに」
「はぁ、やっぱこーゆうほうが向いてんだよね……簡単だしさ」
「任されたからには、ぶっ飛ばしますかぁ!」
認識の外側で、激しい火花が舞い踊る。




