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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十五章 『虚像を照らすは月明り、零れる欲と怠惰の声』
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第五百九十五話 『この先は』

「…………毒? 毒だって……?」



 よろめきながら、トリュフは自らの吐き出した血を信じられないような目で見る。毒は自分に効かない、こんな現実は受け入れられない。活性化を続けても、組織の破壊が止まらない。肉体の異常は、止まるどころか加速している。



「お嬢ちゃん……! 一体僕に何をしたぁっ!?」



 活性弾を投げつけようとするが、手先がブレて軌道が外れた。狂の近くの地面に着弾した活性弾が爆ぜ、狂の身体が木の葉のように吹き飛ぶ。空中で態勢を整えた狂はボロボロの身体でそれでも着地して見せた。両手には、毒を塗ったナイフを構えている。



「言ったじゃないですか、毒を使いますって」



「っ! 僕に毒は……!」

(吐き気が止まらない、肉体の内側から焼けるような痛み……! 活性化で毒が消えない、毒の進行が止まらない……!)



「簡単ですよお医者さん、これも自分で言ってたじゃないですか薬もやりすぎは毒となるって」

「貴方に打ち込んだのは解毒剤です、人体に無害な、毒の真逆」



「はぁ……!?」



「活性化で本来の効能以上になった時、良薬は肉体を蝕む毒になる」

「人体に害を成すほどにしているのは、貴方自身だ」



「なぁるほどね……お嬢ちゃんは脳みそにまで毒が回っているようだ」

「勝った気になってタネを明かすなんておバカだなぁ……! じゃあ活性化を止めればいいわけだ!」



 顔を上げ笑みを浮かべたトリュフは、自らの腕に刺さったナイフに気づくのが遅れた。音もなく、当然のようにナイフは自分に突き刺さっている。



「お、あ?」



「舐め腐って無頓着だから、反応が遅れるんですよ」

「勿論毒ナイフです、活性化で消さないと大変な事になりますよ」



(毒の巡りが早い……! 腕の感覚が……! いやしかし活性化を使えば……!)



「それと、活性化を使わなくても結果は変わりませんけどね」



 解毒剤を盛られたのは、胴体にナイフを受けたからだ。活性化を止め解毒剤の強化は止まっている筈なのに、胴体の傷辺りが紫色に変色し始めた。それと同時に、激痛が走る。



「な、なん……!? なんだこれは……さっきとは違う痛みが……!」



「私は嘘は言ってません、貴方に打ち込んだのは解毒剤です」

「けどお医者さんなら知ってますよね、薬は万能じゃない、個人の体質によっては正しい効果が得られない事もあります」

「血液型とか、いろんな要因で効能は捻じ曲がるんですよ」

「例えば、解毒剤が貴方に対してだけ毒に変異したり」



「ふざけるなっ! そんな限定的な薬あってたまるかっ!!」



「そうですね、そんな都合のいい薬はありません」

「だから作ったんです、今ここで、痛めつけられながら、血液採取から調合まで」

「出来ちゃうんですよ、毒塗れの最低な人生の果てに、私はその域に辿り着いた」

「私の毒は、何者も逃がしません」



 ボロボロで死にぞこないの娘は、そう言って薄く笑う。その眼光が、初めてトリュフの背を冷たくした。この女は危険だ、ようやく脳が理解した。血を吐きながら、トリュフは全力で目の前の脅威を始末するため力を振り絞る。



「かはっ……!」

(こいつはここで殺す、この女は悪魔云々関係なく危険すぎる……!)



 振り絞った結果、膝が折れトリュフは地面に転がった。



「…………!?」



「毒ナイフに警戒しすぎです、単純過ぎなんですよ」

「戦闘中織り交ぜた毒煙は全部色付きでしたから、想像も出来なかったかな」



 身体が動かない、辛うじて動く目だけを泳がせると周囲に霧のようなものが舞っている。これは自然発生したものじゃない、狂の周囲から立ち上っている。



「無臭無色の毒煙、随分吸い込みましたね」

「活性化を使わなければ、多種多様な毒が貴方を蝕みます、解毒剤も毒と化して貴方を襲います」

「活性化をしても、解毒剤が過剰反応で貴方を蝕みます、苦しみ方は貴方自身が選んでください」



「女、貴様…………っ!」



「誰かの苦しむ姿を見て楽しんでいた貴方に、怒る資格なんてあげませんよ」

「まぁ、私みたいなのがそんな事言ってもって感じですけどね……正義を語れる戦い方じゃないし……」

「けど、苦しくて、辛くて……隅っこで丸くなって泣くしか出来なかった私でも、手を差し伸べてもらった、その温かさを知った」

「それがどれだけ嬉しかったか、知ってしまったから……そっちがいいって思ってしまったから」

「辛さを知ってる私だから、私は誰かを苦しめる人を許さない」

「道楽で誰かを傷つける人を、許せません」



「許しなんていらないねぇ……! 己の欲のままに生きるのが悪魔さ……!」

「他人の覚悟すら踏み躙って笑ってやるのが! 悪魔の生き方だぁっ!!」



 毒の影響を振り切り、トリュフは翼を広げ舞い上がる。血が口から零れ、胴体に至っては壊死が始まっている。それでも、痛みや苦しみを受け続けながらも、悪魔の存在は消えはしない。



「最低な気分だけど、死にはしない……悪魔はこの程度で消えたりしない……!」

「肉体はボロボロだ、大した毒だよもう効果が重なりすぎて意味がわからない! 確かにこれを消すのは無理そうだ! 消えないならもういい、このまま君を殺すことにするよ!」

「消せないなら、消えることのない痛みと苦しみがこのまま続くというのなら! 元凶の君を許すわけにはいかないじゃないか! 相打ち上等だ! 君は殺す絶対殺す確実にここで殺す!」

「どうせ助けは来ないんだ! 僕と君の一対一なんだ! 僕の苦しみは消えずとも死にはしない、だったら君の死は絶対だ!」

「あぁ視界も滅茶苦茶だ、グッチャグチャだけどもうなんだっていいよ、死ねよとにかく、とにかくさぁ!」



 活性弾を周囲に乱れ打つトリュフ、もう狙いは滅茶苦茶だった。それでも、狂の身体は既に限界を超えている。このまま周囲を薙ぎ払われたら、狂の命も無いだろう。毒で蝕み追い詰めても、悪魔を滅するには至らない。せめて自由を完全に奪っておきたかったが、執念と怒りで暴れ狂うトリュフを抑えるにはまだ一手足りてない。上空に飛び上がったトリュフに毒の追撃をする余裕は、狂に残っていない。この状況で距離を取られたのは、致命的だった。



「…………けほっ……やっぱり私は、最後の最後にドジっちゃうんだなぁ……」

「一人じゃ、届かないんだなぁ……」




「あははははははっ! 死ねよ! 死んで無意味を嚙み締め……」




「だから……ありがとうございます、シーさん……」



 狂乱する悪魔の背後に、水竜の影が浮かぶ。その口の中から、双剣を構えたシーが飛び出した。



「…………はぁっ!?」



「私の友人に……何してるんですかぁっ!!」



 両翼を切り裂かれ、胴体に水竜の直撃を受けたトリュフは地上に向かって落下する。理解が追い付かない、どうしてこの魚はここに居る? 認識阻害の中、合流は有り得ない。



「なんで、どうして、何が起きて……なに、なん」



「妙な小細工してるみたいだけど、あたしと兄様、それにマリアーナの能力があるのよ」

「あたし達の力を合わせれば、不可能なんてないんだから」



 水竜を操りながら、アクア達が狂の元へ駆けつける。ボロボロだった筈なのに、指一本動かすのも辛かったのに、今は力が漲ってくる。温もりが、自分の背を押してくれる。




「疫芭流改め……我流毒術……」




「脳の理解が追い付かない、なんだよこれ、なんなんだよ」

「僕は君が絶望する瞬間が見たいんだよ! なんだよその面ぁっ!!」




「”毒魅月”」




 落下する悪魔に一足で迫り、蹴り付け飛び上がる。狂の描いた三日月の軌跡は、見るものを底無しの苦しみに叩き落とす。蹴りから飛び上がる一瞬でトリュフの身体には無数の針が打ち込まれた、無論毒針だ。一本一本に塗られた毒は、戦闘中調合された相手に最も効果的な毒。日々の努力により培った狂の神速調合術は、ある意味で疫芭に並ぶまでになっていた。





「申し訳ありませんけど、私の先は無には繋がりません」

「絶望するのは、終わりにしたんです」





 努力は、無に繋がらない。



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