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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十五章 『虚像を照らすは月明り、零れる欲と怠惰の声』
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第五百九十二話 『助けると、約束した』

 バロンの活躍により、クロノ達は全員無事にゲルトから一時退避する事に成功した。しかも危険度でいえば最も高い暴食を無力化し捕らえる事も出来た。一度は魂を抜かれ絶体絶命に陥ったクロノからすれば、盤上をひっくり返す勢いの逆転に思える。



「今ならバロンさんの謎ポーズも輝いて見えるぜ」



「もっと褒め称える権利をあげよう! 俺は褒められると伸びるタイプなんだ!」



「ちなみに切り札も褒められると伸びるタイプだぞ!」



「セツナはもう少し叩いて伸びたほう良いよ、嫉妬的観点から見ても」



「そんな限定的な観点からの評価いるか!! っていうかハチャメチャに振り回されたのに頑張っただろ私!」



 ピーピー喚くセツナだが、その腰は面白いくらい引けている。理由は捕らえた暴食の大罪だ。レヴィの力で強制的に座らせ、セツナが常に剣先を押し当てて能力を封じている。だが溢れる殺気と声は縛れない。当然だが、さっきから凄まじい怒号を響かせていた。



「レヴィィィッ!! 今すぐ能力を解除しろっ! 餓えて餓えて仕方ねェんだよォッ!!」



「セツナ、絶対能力封印外しちゃダメだよ? ディッシュの牙が解き放たれたらレヴィの曲げた法則すら食い千切られるんだからね」

「一瞬でもディッシュの牙が光れば、この距離にいるレヴィとセツナはあっという間に食いカスだよ」



「腰抜けるから私を怖がらせるのは今すぐにやめろっ!」



「この状況、レヴィの命もセツナにかかってるんだから」



「切り札に命をかけるなっ!! むしろ私の命を預かってくださいっ!」

「剣を持つ手が自分でもびっくりするくらい震えてるっ! 経験上私のドジでやらかす流れだ!! 私にアクションを取らせるな! 今の切り札で固定させてくれ頼むから!!」



「テメェ等……絶対に食い殺してやるからなァッ!!!」



「ぴああああああっ! 今すぐ離れたいんだがっ!? あーあーっ! 切り札の精神が削れていくーーーっ!!」



 とてもじゃないが、長くは持ちそうにない。とりあえずクロノはこれまでに得た情報をバロン達と共有する、マルスが感じ取った暴食の裏に控えている存在についても残さず伝えると、シトリン入りの段ボールがゴソゴソと唸りだした。その上にコロンが降り立ち、納得した様子で頷いた。



「夜になったら本格化ねぇ、通りで気配が上手く探れなかったわけだ」

「街の様子も相当だよ、魂抜かれた云々もそうだけどさ、認識阻害系の影響は国全体を包んでる」

「なんせ段ボールが街中這い回っても誰も気にしないし、そもそもコロンちゃん達も意識しないと人が居るって気づけなかった」



「人……? 街の人が普通にいるのか?」



「普通じゃないし、国の規模を考えると明らかに少ないけどね」

「認識阻害のせいなのか、それとも他にも魔術的な影響を受けているのか知らないけど、何人かとすれ違ったよ」

「異常に気が付かないで、日常を過ごしてた……買い物してた女の人を見かけたけど、誰も居ないところで誰かと喋ってた」



「俺達がゲルトに着いてすぐ、セツナちゃんが盗人坊主にぶつかったろ」

「悪魔の術中に堕ちたこの国は、その事にまず気づけない、徐々に徐々に蝕まれているってわけだ」

「少しずつ、魂を抜く以外にも何かしらの手段で削られているかもしれん、今この瞬間にもだ」



「っ! なら……! あ痛!」



 喋りかけたクロノの後頭部に、レヴィの放った小石が直撃した。



「同じこと何度も言わせないで、器くんは一度魂抜かれて失態晒してるの忘れたの?」

「助けたい精神で突っ込んでどうこうできる段階じゃないんだ、マルスの魔力も殆ど使い果たしてる、次の無茶は負けへの直行路だよ」

「レヴィは夜まで待機を推す、これ以上消耗するのは避けるべきだよ」

「そもそも……状況を打破出来る可能性のあるセツナと、可能不可能すら捻じ曲げるレヴィは今動けないし」



 セツナとレヴィは暴食を抑えている、どちらかが抜けた瞬間、暴食は解放され大暴れするだろう。絡め手無しの真っ向勝負になれば、その被害は尋常じゃない筈だ。最悪、その一戦で余力を全て失いかねない。



「……でも……」



「嫉妬ちゃんの言い分は正しい、お相手は絶対有利の立ち位置から動こうとしないし、こっちから仕掛けても暖簾に腕押し、しかも現状能力が幾つか、能力者が何人か、情報はまだまだ足りていない」

「仕掛けても消耗するだけ、ジリジリ削られ夜まで持たないだろう」

「そして最悪な事に、既に俺達以外のメンバーもゲルトに突入している事が判明している」



 先ほどセツナが通信機でルトと話し、聞かされた情報だ。メリュシャン組がピリカ達を引き連れゲルトに攻め込んだらしい。後続との情報共有は済ませたので、ここから先は夜までゲルトに踏み込む者は居ない筈、ここからは戦力が次々と合流してくれるだろう。だが、既に踏み込んだ者達に情報を伝える術がない。相手の能力範囲内では、通信機が機能しないのはさっき試したばかりだ。



「レヴィには関係ないね、勝利を見据えるなら見捨てるべきだよ」



「レヴィちゃん!」



「突っ込んで全員救える保証は? もう国の中で犠牲者が出てるかもしれないのに、今から焦って突っ込んで何かが好転する保証は? 焦りや動揺を誘うために犠牲をチラつかせてる可能性もあるんだ、一人救うために一人死んだら意味がないんだよ、わからないかなお気楽な思考回路には今も昔も嫉妬が止まらないよ」

「ミスって失う命の数と勝って救える命の数、天秤にかけたら傾くのはどっちかわかるでしょ」



「命の価値はどっちも同じだっ!! それは天秤に乗せちゃいけない!」



「ッ! マルスみたいな事言わないでよ! 現実的に考えて今動くのはっ!」



「はいはいはいはい、喧嘩しないの俺のファン達」



 バロンが指を鳴らすと、クロノがバロンのすぐ隣に位置替えされた。そのまま右手を首に回され、引き寄せられる。



「ちょ……」



「レヴィちゃんが正しい、けど俺は見捨てたくないってクロノ少年の気持ちもわかる」

「そもそも俺達流魔水渦に見捨てる選択はないんだ、言ったろう? 俺達は救う事を諦めないって」



「考えなしの行動は、その先に失敗しかないんだよ……」



「オッケー、リーダーの意見を聞いてくれ、出来るだけ煌めく作戦を考えた」

「レヴィちゃんとセツナちゃん、君達はここで暴食の大罪を引き続き拘束してもらう、決して自由にしないように」

「そして俺、クロノ少年、コロンとシトリンはこれより再びゲルトに侵入する」



「え……」



「ま、そうなりますよねぇ」

「ヘイシトリン、準備しましょっかー」



 こうなると分かっていたかのように、コロンを乗せた段ボールが地面を這い始める。あちこちに散らばっているバロンの機械が、段ボールの中に吸い込まれていく。



「自殺行為だよ」



「俺の位置替えを使えば撤退は容易だ安心してくれ、でも可愛い子の心配は万病に効くから歓迎だ」

「シトリンとコロンはあの術中でも紛れ、潜伏し、活路を切り開く能力がある、二人には引き続ぎ探りを入れてもらうし、可能ならば別動隊と合流し俺のサイン入りアイテムを渡してもらう」

「これを持っているか、俺がサインを書き込めばここにばら撒いたものと位置替えで撤退させられるしな」

「そして俺とクロノ少年は共に行動し、夜を待たずして相手に大打撃を与えてみせよう」

「夜の為に準備をするのは、男の役目だからなっ!」



「……何か考えがあるんですか?」



「憤怒の協力により分かったことだろう? 暴食の裏に何者かが居る、その場所も分かるんだろう」



(分かる、一度浄罪で暴いた罪の位置は認識阻害の霧の中でも鮮明だ)

「分かるそうです、即答で」



「俺とクロノ君はそいつを討つっ! もしかしたら他の術者も居るかもしれん! 現状唯一の相手の手がかりだ!」

「敵の真っ只中に飛び込む故危険だが! 多少のリスクを被ってでもやる価値はある!」

「場合によっては向こうの術に亀裂を入れることが出来るやもしれん、そうなれば救出も現実味を帯びてくる」

「何より暴食に対する何かしらの操作を剝がせれば、嫉妬レディッ!」



「…………なにさ」



「君の言葉は、暴食に届くはずだ! そうだろう憤怒!」



「……どうなんだよマルス」

「……少なくても、ディッシュと一番仲が良かったのはレヴィ、君だ」



「…………」



 レヴィは俯き、言葉を返さない。その代わり、もがき続ける暴食が声を荒げた。



「浅い考えだなァ! マルス、ボクが正気じゃねェって疑ってんだろォ!?」

「本心だ、ボクは正気だよ! 確かに力を強化するために大罪組の一人に能力をかけてもらったが、正気は欠片も失ってねェ!」

「虫唾が走るのは今も昔も変わらねェ、お前達が仲間だった事実だって変わらねェ、想うものだって無いとは言わねェさ!!」

「その上でっ! ボクは復讐を取った、この餓えが満たされるのは復讐を果たした時だっ!!」

「もう、それ以外じゃ埋まらねぇんだよっ!」




「…………君はいつだって、研究だ、結果だって素っ気ないふりをしてたけど」

「……君の一番は、情で変わったじゃないか」

「どんな時でも、君の眼は大切なものを映していた……今の君は、君自身の欲すら見失っている」

「断言する、君の餓えは僕とレヴィが満たしてやる」



 クロノの口を借り、マルスははっきりと宣言した。曇った瞳で睨みつけてくる暴食だったが、その背中にレヴィが引っ付いた。



「離せ」



「変わんないね、昔はよくディッシュの肩に乗ってたよ」

「目線の高さが違いすぎて、嫉妬が止まらなかった」



「離せ」



「最後の瞬間、レヴィも覚えてるよ」

「いつもいつも無関心装って、素っ気なくて嫉妬してた」

「そんなディッシュが、レヴィの為に本気で怒ってくれたよね」

「いつもそうだ、ディッシュは仲間が大事で、自分よりそっちで本気で怒る」

「自分自身の復讐で、ディッシュがお腹一杯にならないの、知ってるよ」



「はナせ」



「復讐心も怒りも、本心なのかもしれないけど……レヴィはディッシュの言葉で聞きたいよ」

「ちゃんと、今のレヴィ達で話そうよ……その結果道を違えても、レヴィはその結果を捻じ曲げる」

「レヴィの嫉妬は、大好きから生まれた嫉妬だから……その嫉妬を向ける相手を、誰一人失いたくないんだよ」

「だから、その牙へし折ってでも……戻ってきてもらうから……!」



「ハナセ」



 暴食の感情が明らかに薄れている、正気を失い、その目は人形のようだ。震えるセツナと、俯いたままのレヴィを残し、クロノ達はゲルトに向き直る。



「向こうも暴食の異常に気付いてる筈、試運転のつもりだったんだろうがこれはチャンスだぜ少年」

「暴食を解き放ち、レヴィちゃんの想いが届けばあら不思議、強敵がそのまま戦力入りだ」



「…………そう上手くいくかわかりませんけど、マルスやレヴィちゃんと約束したんです」

「必ず、お前達を助けるって」



「暴食の解放及び、既に現地入りしている仲間達との合流、救出」

「夜までなんて俺の輝きは待ってられないのさ、最高の夜なくして最高の朝日は拝めない……っ!」

「さぁ、仕込みを始めようじゃないかっ!! 当然全力でね!」



「やーれやれ、リーダーに付き合うとお仕事内容がベリーハードになるよぉ」

「シトリンー、お仕事終わったら悪戯させてねぇ……」



「!?」



 悪魔の手中へ、クロノ達は舞い戻る。好きなだけかき乱すがいい、それ以上の勢いでかき乱す。夜なんて待ってられるか、波乱の渦で活路を開けっ! 救いたい欲が、ゲルト・ルフで渦を巻く。



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