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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十五章 『虚像を照らすは月明り、零れる欲と怠惰の声』
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第五百九十話 『満たされぬ飢え』

『ギルドに戻れないなら、どうするつもりなんだ?』



『さァね、この身体は弄りすぎて人の輪には戻れねェだろう』

『だったら、ボクはボクのままで居られる所を探すさ、研究を辞めるつもりはないからなァ』



 ヒラヒラと手を振りながら、その背中は離れていく。ここでお別れなんて嫌だったから、自分は当然のように声をかけたんだ。



『なら、一緒に来ないか?』



『……あァ?』



『レヴィも喜ぶ、知らない仲じゃないだろう』

『僕達と一緒に、理想を追い求めるってのはどうかな』



『流石魔物を仲間に入れてる奴は思考回路が愉快だなァ? 自分で言うのもなんだけどボクは相当イカれてんぜ?』



『なら、変わり者同士丁度良いね』



『……はっ……後悔するなよなァ』



 あの日から共に過ごした、かけがえのない仲間だ。道を違えたとしても、その想いは変わらない。だからもう、二度と離したくない。地を蹴り付け、空中に飛び上がる。先ほどまで自分が立っていた場所が、線状に抉られる。宙に浮かぶ暴食目掛け、全力の拳を構え突っ込んでいく。



「ディッシュッ!!」



「鬱陶しいなァ……! 知れてる仲ってのは面倒くさいッ!」



 こちらに右手を向け、暴食は魔力を集中させる。五指が牙のように光り、握り潰すように指が閉じられた瞬間、虚空がマルスを食い千切るように襲い掛かる。目には映らぬ一撃を、マルスは翼を広げ加速する事で回避、一気に懐に飛び込んだ。



(ディッシュの能力は『界牙ヴァイト』、輪を牙とする能力……身体の何処でもいい、自分に連なる何かで輪を作り、それを閉じる事で視覚出来ない牙で対象を割く)

(全てを喰い割く瞬撃、喰らえば致命傷は避けられない、なんせ強度無視……問答無用で引き裂かれる)



 懐に潜り込んだマルスだが、暴食の悪魔は怯まない。両腕は開かれており、こちらに向く前に一撃見舞える余裕はある。だが、マルスは翼を広げ横に大きく飛び退いた。暴食が片目を閉じた事により、さっきまでマルスが居た空間が切り裂かれる。



「初見殺しも初見じゃなきゃ意味が無いぞ、ディッシュ」



「抜かせガキが、大口叩いて随分と弱腰じゃねェか」



「慎重にもなるさ、相手がお前なんだから」



 暴食が両手をこちらに向ける、それだけで肉食獣が大口を開けているようだ。何度も閉じられる五指の軌道から、マルスは器用に外れ続ける。一度手が閉じられる度、軌道上の建物が喰い割かれ抉られていく。



(さっきの建物みたいに、中に魂を抜かれた者がいるかもしれないな……そもそも魂を抜いていた悪魔を倒しても戻る素振りが無い、抜かれた魂は何処だ? 能力者を倒した以上普通なら魂は持ち主の元へ帰る筈……何かしら別の術で囚われているのか……?)



「余所見とは余裕だなァ!」



 近距離に迫ってきた暴食が、直接右手で掴みに来た。牙に直接噛まれたらアウトだ、どんな防御も通用しない、確実に引き千切られる。迫る右手に向かって、マルスは迷わず拳を叩き込んだ。



「ッ!!」



「行儀が悪いぞ、ディッシュ」



 開かれた右手を思い切り殴り飛ばし、暴食の態勢を崩す。右半身を大きく崩され、暴食は咄嗟にマルスを視界に入れ片目を閉じる。青い閃光に包まれたマルスは、一瞬で暴食の左側に回っていた。



(……浄罪……! 裁くべき相手を高速追尾、確実に滅する……忌々しいなァ!!)



 死角からの強烈な蹴りを喰らい、暴食は顔を歪める。吹き飛びながらも左腕を回し、その牙をマルスに向ける。だが、その軌道は読まれ掠りもしない。



「マルス……!!」



「君の牙は見えなくても起動は読みやすい、君の五指は万物を抉る最強の牙だが、閉じるまではただの指だ」

「直線状にしか効果は及ばないし、閉じる前に崩せばなんてことはない」



「舐められたもんだなァ!!」



 態勢を整え、暴食は再び右手を構える。牙を開くが、その力はずっと前から知っている。昔から、相性の優劣は変わらない。マルスは浄罪の高速追尾で、暴食の牙が閉じられるより早く距離を詰める。鳩尾を蹴り付け、暴食の身体がくの字に曲がる。



「がっ!」



 直接掴みに来るが、その手を払い飛ばす。罪に反射する浄罪の力は、暴食の動作全てに反応する。



「マル、ス……このクソガキがああああああああああっ!」



 動作の初期段階で反応し、全てを先読みで潰す。暴食の力を使った攻めは、何一つ通らない。罪を裁く断罪の為、己の贖罪の為、この力は罪の前では絶対不敗を貫き通す。暴食を圧倒しながらも、マルスの表情は曇っていくばかりだった。



「かはっ……変わらねェなァマルス……なんだァ? その面は」



「…………」



 罪が相手じゃなければ、浄罪は発動しない。発動している時点で、罪人が相手なのは間違いない。罪を裁く者として、自分は絶対強者で在り続けた。今も、昔もだ。裁く者として、疑った事は無かった。己の能力を、力を誇りに思った。正しい事をしているんだって、あの時は疑わず力を振るい罪を裁いた。疑うのが遅すぎた、迷わず突き進み、振り返ったあの日……自分の後ろに転がっていた全てが自分を睨んでいた。



「良い気分だろうなァ……罪人はお前の敵じゃねェ、罪を前にしたお前は最強だ」

「敵の罪を掲げ、自分は贖罪を掲げりゃ、お前はいつだって踏みつけに出来る立ち位置だもんなァ」

「何が罪か、どちらが正義か、決定権はいつもお前にある、反則的だなァ」



 大罪を背負い、悪魔に墜ちた今の自分にも、変わらず浄罪は絶対強者の立ち位置を与え続けている。罪人に墜ちた自分が、どの口で罪を裁くというのか。過去の仲間を傷つける現状に、どんな正しさがあるというのか。自分が一体、どれほどの間違いを犯したか、それすら贖罪の一言で正当化するのか。今のマルスに、昔の誇りは存在しない。浄罪の力に、清らかな感情なんて一切抱かない。道を踏み外し、間違いを犯した自分に、罪を裁く視覚なんて無い。正義を語る事は出来やしない。だから、欲のままに力を振るう事を決めた。



「何が正義か、悪か、……あの日僕は過ちに気づいた、そして迷ったんだ」

「全てを理由に僕は足を止めた、話し合うべきだった、みんなともう一度向き合うべきだった……蹲ってる時間なんて無かったのに」

「僕達は裏切られたけど、非が無かったとはやっぱり思えない……すれ違いと食い違いの末、僕達は崩壊した」

「大罪の名を背負った僕達だけど、各々が失敗を抱えたのも事実だ」




「だから抱えたまま消えろってか? 復讐の機会を与えられて黙ってろって? 無理な話だなァ」




「……僕は動かずに失敗した、封印から解き放たれた後も動こうとしなかった……繰り返すところだったんだ」

「この器に背を押された、僕はもう自分に嘘はつかない、悪魔らしく欲のままに動くと決めた」

「今も昔も変わらないよ、僕はみんなが居てくれればそれでいい、良かったんだ」

「他には何も要らない、地位も名誉も、他の誰が認めなくても……みんなと一緒にいたい」

「仲間が一緒じゃなきゃ、共に在る夢は叶わない」

「ディッシュ、レヴィが待ってる……こっちに来い……! 一緒に来いッ!!」



 手を差し出し、マルスは想いを必死に伝える。ディッシュはその手を見つめ、ゆっくりと両腕を広げ始める。両手の指が、魔力を纏い怪しく光り輝いた。



(!?)



大喰らいワイドヴァイト……!」



 暴食の両腕が閉じるように動き出した瞬間、マルスは今まで感じたことの無い悪寒に包まれる。大きく飛び上がったマルスは、眼下の全てが食い潰される光景を見た。



(範囲が今までの比じゃ……っ!?)



飢餓の果てカリングヴァイト!」



 空中のマルスに対し、暴食は右手を引っ掻くように振るう。五本の斬撃のような何かが、指の軌道をなぞるように襲い掛かる。咄嗟に降下したが、右の翼が僅かに切り裂かれた。



「ディッシュ……!」



「今を歩んで、変化があったのはお前達だけじゃねェよ」

「再び理想を目指そうと、勝手にすればいい」

「ボクの中には、それより大事な復讐心が渦巻いてんだよ……お仲間ごっこじゃ満たされねェ、飢えて飢えて耐えられねェ」

「この飢えは、人間共の血肉じゃなきゃ満たされねェんだよォッ!!」



 どす黒い魔力を纏った暴食の力は、マルスの知る力を大きく超えていた。共に過ごした仲間の姿は薄れ、怪物になりかけた何かがそこに居た。悪魔に墜ちても、ディッシュという男は己を保っていた筈だ。封印される寸前、自らの肉体を逃がすくらいしてみせた男だ。理性を捨て去り、本能のままに暴れるなんて彼らしくない。そもそも、纏っている魔力から他者の念を感じた。



(ディッシュの意思じゃない……! やはり大罪組は大罪信仰の悪魔だけじゃない……そんなの名ばかりだ、ディッシュも、他のみんなも……利用されているっ!)




「マルス……テメェも食い殺してやるよォッ!!」

飢餓の果てカリングヴァイト!」



 両腕を振り回し、周囲を切り裂きまくるディッシュ。肉食獣が大口を開きっぱなしにして暴れ回っているようだ。輪を閉じる事で万物を切り裂く界牙ヴァイトの枠組みを大きく超えている、開きっぱなしの牙を力任せに振るっているような状態だ。とてもじゃないが近づけない、それどころかどんどん追い込まれている。



(地上が八つ裂きだ……! 建物の中に犠牲者が転がっていたら大惨事になり兼ねない……!)

「だけど……迂闊だったな……ディッシュの能力を軽く考えすぎだぞ、大罪組……」



 ディッシュから感じる他者の魔力、ディッシュとは別の罪の気配。浄罪の追尾力は、罪の気配を正確に捉えていた。ディッシュの裏に居る存在を、マルスは能力で暴き出す。そして周囲を覆う認識阻害の術も、ディッシュの暴走でズタズタに切り裂かれていた。更に、事態は好転に向け動き出す。



「うおおおおおおおっ!? 一体これは何事だっ!? 煌めきに対する試練か!?」



「…………あの男は、絵札の…………」

「ディッシュ、感謝するぞ……逆転の手が君のおかげで揃った」



 切り裂かれた認識阻害の隙間から、バロンが現れた。マルスは空中に飛び上がり、懐からクロノの魂を取り出す。



「十分休んだだろう、仕事の時間だぞ」

「この劣勢を覆す、お前の諦めの悪さを見せてくれ」



 身体に魂を戻し、マルスは翼を広げバロンの元に加速する。暴れ狂うディッシュも翼を広げ、マルスを追跡する。突如現れた大罪二名の気配が猛スピードで接近する中、バロンは咄嗟に右手を天に突き上げた。



「見せ場到来の、予感ッ!」



「はは、良い読みだな」



 有利不利を、入れ替えろ。



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