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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十四章 『脈動する大罪、コリエンテを駆けろ!』
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第五百八十二話 『複数のはじまり』

「やっぱ冷えるね、夜だってのもあるかな」



 冷たい風が、頬を撫でる。長髪は泳ぐようになびき、ほんの少しの鬱陶しさを感じさせた。元々ポニーテールで纏めていた髪は、あの時の死闘からずっと下ろしたままだ。あの光でリボンを焼かれてから、想いを貫いたあの時から、ずっと。自身の転機のような戦いだった、だから変化を残しておきたかった。だけど、因縁は続いている、何も終わってなんかいない。



 負った傷はまだ完治していないが、大罪の目撃情報が上がってきた。カルディナ達はアットワンの船に乗せてもらい、コリエンテ大陸に上陸していた。



「調査も途中なのに、ごめんなさい」



「いいや、あの悪魔は俺の命、ロマンを燃やそうとしたんだ」

「これは最早俺達の戦い、何よりも優先される戦いなんだ……」



「あ、あはは……」



「マスター、コリエンテは今すっごく危険な感じがするヨ」



「んだよシズクビビってんのか? オレ達の目標はそもそも一番危険なクソ悪魔だろうに」



「シズクは心配してるノーーー!」



 ポヨポヨと身体を震わせるシズクを肩に乗せ、カルディナはリウナと共に船を降りる。この地で自分を待つのは、きっと困難なんて言葉じゃ表せない程辛い戦い。それでも、逃げるわけにはいかない。ケリを付けると、自分で決めたんだ。




「……結ぶには、まだ早いんだよ」

「全部終わらせてさ、臆病で緩くて……格好悪いあたしに戻らないとね」




「そだな、ピリピリしてるお前はなんか似合わねぇよ」




「マスターとイチャイチャしたいから、シリアスはパパっと終わらせちゃオー!」




 この大陸の何処かに、この闇の何処かに、傲慢は潜んでいる。誰にも渡さない、あれは自分の獲物だ。自分に繋がった因縁だ。風が髪を躍らせる、止まらない、止まらせない。締めくくる為に、カルディナ達は進む。冷たい風を切り裂いて、夜を駆ける。
















 同時刻、ラベネ・ラグナは夜遅くだというのにまだ明るい光に包まれていた。開発者達にとって夜も朝も関係ない、閃きのまま活動を続ける者達によってラベネの夜は照らされ続ける。人通りは減るが、ラベネが完全に眠る事は無いのだ。




「さてさて、シトリン準備は良いかな?」




 ふよふよと漂う小悪魔コロンは、ニコニコと楽しそうに笑っていた。その背後には、いつも段ボールを装備している筈の淫魔、シトリンが可愛らしい洋服を着て震えていた。顔を真っ赤にしたシトリンは、その辺に落ちていたズタ袋を頭から被って羞恥心から逃走を図る。



「うん、不審者っすね」

「おいこらシトリーーーーーーン!! おめかししたってのにそりゃあないよっ!! 一瞬で色んなステータスが落ちた音がしたぜい!」



「…………っ! …………ぁ……ぅ……」



「何々? こんな恥ずかしい格好をさせるなんてコロンちゃんの意地悪? いや普通にきゃわわな服着せただけなのに下着みてぇな反応されてもさ……」

「おいおい頼むよシトリンってばぁ、コロンちゃん達お仕事中なんだよ? 真面目にやってくんないとぉ」

「本当は人通りの多いお昼でやりたかったのにさぁ、シトリンそれじゃ多分死ぬから考慮してこの時間なのよぉ?」

「ほらご覧シトリン、人も疎らだ……何も怖くないんだよ、ね?」



「……ひゅー……ひゅー……カヒュ―……」



「あらやだこの子過呼吸だ! 分かった分かった……もうそのままで良いから……いつもの感じでいこー?」

「良い? 始めるよ相棒」



「……ぅ……うん……」



 シトリンの肩に乗り、コロンは魔力を集中させる。二人の魔力は混ざり合い、渦のように巻き上がる。





友好転化フレンドリー…………手加減魅了ハーフチャーム





 淫魔の能力である、生き物を魅了する力。淫魔として色々と残念なシトリンの代わりに、コロンが自身の固有技能スキルメントでそれを操る。淫魔の力は精神に働きかける力、警戒していない状態で喰らえば抵抗は不可能だ。そして僅かな魅了は些細な反応しか誘わない、相手は能力にかかった事にも気づけない。今発動した魅了は、本当にささやかなモノだ。近くを通れば、少し気になって目で追う程度の反応しか貰えない。ほんの少し、意識をこちらに向ける程度でしかない。コロンはその程度の魅了を維持し続ける、そしてシトリンは魅了を纏いながら足早に街の中を駆けていく。存在を消すのが上手いシトリンは、視線を集め即座にその視線から逃れていく。ポツリポツリと夜の街を歩く人々は、ふと何かに誘われ視線を動かす。だが、シトリンを視界に捉える事が出来た者は居なかった。




「大体巡り切ったかな、やっぱお昼と違って人の数は限られるねー」




 路地裏に潜り込み、コロンはシトリンの肩から離れて息を吐く。周囲を確認し、オドオドしながらもシトリンもその声に頷いた。



「で、でも……やっぱり……居ます、居ました……ね、コロンちゃん、当たりだったね……」



「何人居た? コロンちゃんダメダメシトリンの代わりに魅了しまくってたから分かんないんだー」



「うぅ酷い……七人だよぉ……」



「ちゃんと仕込んだ?」



「うん……頑張った……」



「おぉ、偉い偉い、じゃあ早速犯罪スレスレの盗聴といこうぜ!」



「あぅ……一言一句酷いよぉ……」

「すぅー…………調律音リズム……盗聴……」



『今日も良く働いたなぁ』

『また騒ぎが……』

『ザッ……ザッ……』

『冷えるなぁ……』

『……ザー……』



 シトリンの纏う魔力から、様々な音が溢れてくる。シトリンは自身の固有技能スキルメントで音を操作できる。対象に仕込んだ魔力から、対象周辺の音を拾ってこのように盗聴を可能とするのだ。



「プライバシーを侵害する良い能力だよねぇ、シトリン湿度たかーい」



「ひどいよぉ……」



「にひひ、さてさて……夜も更けて参りましたし……尻尾出さねーかなーっと」



「……このまま、続けるね……」



 魅了は、精神に関与する。正常な精神なら、無抵抗の場合抗う術はない。正気なら、ほんの些細な魅了でほんの些細な反応を『必ず』示す。逆に言えば、反応を示さない場合は『異常』と言える。国中を歩き回り、道行く人々を魅了して回った。殆どの人が、存在感を極限まで薄めたシトリンの方へ振り返った。だが、振り返らなかった者が七人いた。その異常者に、シトリンは一瞬触れ魔力を仕込んだ。一般人に紛れても、その精神を侵す存在は炙り出された。人の世に、人の国に紛れ、奴等は今宵も活動する。



『明日雨だって……』

『魔方陣は……』

『計画は順調』



「おぉ、ビンゴ」



『大罪様、大罪様、大罪様……』



「……フローさん、ファクターさんに……連絡、する?」



「いやぁ、まだ居る可能性の方高いっしょ」

「とりあえず今夜は、とことんまで探る方向で」



「分かった……とりあえず候補一人に接近して、追跡で……」



「あいあいさー♪ 行くぜ相棒、隠密モードだぁ!」

「闇夜の陰り……!」



調律音リズム……無音添付サイレントベール



 闇が二人の姿を覆い隠し、音がかき消される。痕跡すら残さず、シトリンとコロンはラベネに潜む悪魔を追跡する。影の影と化した二人は、微かな情報をかき集める為、夜に溶ける。




 誰にも気づかれないような場所で、物事は確かに進んでいる、動き続けている。一夜が過ぎる度、闇は大きく膨れ上がる。コリエンテを舞台に、根付いた闇が形を成す。ある場所では因縁が、ある場所では戦いが、欲が、想いが、速度を上げて交差する。




 そして、昨日とは違った朝日が昇る。日の光を受け、クロノは誓いの鉢巻を締め直す。直感が告げている、戦いが迫ってる。きっと、ゲルトに行けば後戻りは出来ないだろう。負ければ失う物が多すぎる、それくらい沢山背負ってきた。だから、絶対に勝つ。もう何も零さないと決めたから、自分の進む道は険しく困難だと知ったから。だからこそ、やり切ると誓ったんだ。





「……さぁて、長い一日になりそうだ」





 悪魔と人、明日がどちらに微笑むか。分岐点となる日がやってきた。



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