Episode:ブレイバー ② 『月が照らすは虚像の群れ』
「魁人、ブレイドはあれから口割ったんすか」
「いや全く、強情だよ本当に」
「そうか、そりゃ仕方ないっすね」
「予想は付いてたっす、だからこそ少しくらい息抜き入れろって俺は言ったんだ」
ジェイクは空を見上げ、何かを悟ったような目で語る。そんなジェイクには見向きもせず、魁人は紫苑を連れスタスタと先行していく。隣を付いていく紫苑はオロオロと二人を交互に見ていた。
「なぁ、お前は休息の意味を知ってるか?」
「あぁ、身体を休める事だ」
「ここは何処だ?」
「アクト・レリーフだな」
そう、魁人達はコリエンテ大陸のアクト・レリーフに居た。全く口を割らないブレイドに、悪魔達の尋問も自害紛いの行動で難航中。だから魁人はルトから息抜きがてら別の任務を受け、すぐに行動を始めたのだ。当然ジェイクは巻き添えである。
「お前いい加減ブラック企業として訴えんぞ」
「良いじゃないか、たまには外に出て気持ちのいい空気を取り入れないと」
「確かに良いお天気ですね! 主君!」
「見てください、雲一つなく済んだ空……お月様もまん丸です」
「まん丸お月様では兎がお餅をついているんです!」
ピョンピョンとはしゃぐミクレムだが、対照的にジェイクの元気は蒸発するが如く消えている。ちなみに言うまでもないが、月が見える今の時間帯は深夜である。
「寝かせてくれよ……」
「この国には先の件で大活躍した勇者一行が滞在中だ、クロノとも知り合いらしい」
「勇者技能……だったか? 流魔水渦のメンバーが教えてくれた力にも目覚めているだとか……」
「魁人が八柱と戦った時使ったあれだろ、大層な名前だことで」
「不思議な力でした、主君の退魔がいつもと違う感じで……」
「今回の戦いは大規模なものになる、応援を頼む意味も、未知数の力のヒントを得る意味もある……俺達の任は軽い物じゃない」
「尋ねる時間を考えるべきだと思うっすわ、一般常識的に」
「分かっているくせにほじくり返すな、この時間帯が一番目撃例が多い」
「けっ、俺はお前と違って仕事熱心じゃねぇんすわ」
不貞腐れるように、ジェイクは大きく伸びをする。夜も遅く、アクト・レリーフは静けさに包まれている。人の気配はない、国は眠っているようだった。月明りだけが辺りを照らし、光の届かない場所は闇が濃い。口数少なく街中を歩く魁人達だったが、不意にジェイクが指を鳴らした。透過能力が解除され、ミクレムの額が怪しく輝き出す。
「ぴゃあ!? ジェイクさんなんでっ!」
宝獣種の力、扇動の輝きが周囲に広がる。魁人は退魔の力で光を弾き、同時に紫苑を庇う。ジェイクには元々効果はない為、冷めた目でミクレムを睨んでいた。
「ジェイクさーん! 止めれないです消してくださいよぉー!」
「煽り兎、動くなよ」
「へ?」
物陰から人影が飛び出してきた。迷いのない動きで鉄パイプをミクレムに振り下ろすが、その一撃はミクレムの身体をすり抜ける。攻撃した方もされた方も困惑し一瞬動きを止める。ジェイクはゆっくりと愛銃を構え、攻撃してきた男の額に銃口を押し付ける。
「一応街中なんすけどね、昼と夜とじゃ温度差が酷いっすわ」
一切の躊躇いもなく引き金を引き、魔力製の弾丸で相手を打ち抜く。上半身を大きく仰け反らせた男は、首から上が崩れるように消えてしまう。
「みゃああああああお化けえええええええええ!?」
「ジェイクさん! 殺生は!」
「紫苑、周囲警戒」
「心配するな、生き物ですらない」
己の主の言葉に反応し、紫苑は武器を構え前衛を務める。態勢を落とし、周囲に赤く光る視線を走らせる。
「煽り兎、お前は囮だ俺達の円の中に居ろ」
「扱い酷いですよぉー!」
「勇者への応援要請、能力のヒント、そしてコリエンテにおける悪魔目撃例の増加についての調査」
「思うんすけどね、引き受けすぎっしょ」
「夜遅いとはいえ、人の国にこれ程の痕跡……流石に看過できんさ」
「それに、なんだろうなこいつらは……悪魔ですらない」
既に周囲を囲まれている。夜の闇から這い出てきたのは、黒い影のようなシルエット。人型のそれは、何体か戦闘態勢すら取っていない。まるで日常生活を送る人の影、不気味な存在が夜の街を徘徊している。
「情報通りなら、事態は深刻かもな」
同じ頃、ラック達もアルルカの村に到着していた。既に流魔水渦が話を通していたらしく。村の専属勇者が挨拶してくれた。隣には、桜色の髪をした木精種の姿もある。
「俺はゲート、こっちはセラス、話は流魔水渦のみんなから聞いてるよ」
「クロノの友達なんだってな、俺達も協力できる事なら何でもするぞ」
「おうっ! 俺はラック! クロノの知り合いなら良い奴だよな!」
「君はまたそうやって短絡的に……私はラサーシャ・クリスタル、まだまだ新米ですが勇者です」
「ふふふ……混沌の呼び声に呼応せし縁……この脈動を感じるか」
「我が真名は常人には危険すぎる、好きに呼ぶと良い」
「大したおもてなしは出来ませんですが、どぞどぞ」
「夜分遅くに申し訳ありません、それに私達は任務で来ています……あまりお気遣い頂かなくてもけっこ」
「うおおおおおおおおおおお! 綺麗な桜だああああああああああああああああああああああ!」
「礼節を重んじなさいっ!!! 君も勇者でしょうにっ!!」
「ってあぁっ!? 既に居ないっ!!」
村の中を舞い散る桜に興奮し、ラックが怒涛の勢いで駆け出してしまう。一度ラックのテンションが上がれば勢いは猛牛のそれを凌ぐ、今日までラサーシャが何度振り回されてきたかは言うまでもない。
「申し訳ありません、すぐに捕まえてふん縛っておきますから……!」
「ひゃっはああああああああああ坂の上にデケェ木が見えるぞおおおおおおおおおおおお!」
「今は夜中なんですよっ!! 静かになさいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
「元気な子だな、あはは」
「夜の闇が深まれば深まるほど、奴等は深淵より顔を覗かせる」
「専属勇者、そして桜の精よ、決して離れるなよ」
「…………やっぱり、感じますか」
「ふはは、伊達に深淵に浸ってはいないさ」
「もっとも、この村がって話ではない……規模が違う」
「村人の安全を最優先とする、静寂に終われば良いが……魔力は静かに、されども確かな波を感じさせる」
レフィアンはニコニコと笑いながら、確かな警戒を見せていた。その目は、夜空に浮かぶ月に向けられていた。その頃、ラサーシャはどうにかラックに追いつく事に成功していた。
「わはー、おっきな木だなぁ」
「拳骨と平手打ちどっちが良いですか」
「うおっ!? ラサーシャどうした殺気が目に見えるぞ!」
「君は本当に……いつもいつも毎回毎回……!」
「…………ラサーシャが怒ってるのはいつもの事だけど、まだいつものラサーシャに戻らねぇなぁ」
「なぁ、そんなにその槍の事引きずってるのか?」
「っ!! 君に関係はっ!」
「ラサーシャ、下がれ」
声を荒げるラサーシャの肩を掴み、ラックは強引に位置を入れ替える。桜の木の影、及び周りの湖から異様な気配がする。
「何を……は?」
桜の木の下に、無数の人影が立っていた。敵意はない、シルエットのようなそれは全員が木を見上げ固まっている。
「なんですかあれ……不気味……コリエンテ中での悪魔の目撃談と何か関係が……? とにかく報告を……」
「…………ラサーシャ、なんか変な感じしないか? さっきから、って言うか今も身体がゾワゾワして……」
「ゾワゾワ……? いえ、別に何も……うわっ!?」
突然、ラサーシャの背負っていた槍が大きく震えた。その瞬間、ラックとラサーシャは全身を何かに捕まれた感覚を覚える。咄嗟に構える両名の前後に、新しい影が浮かび上がる。その影は他のモノと違い、徐々に色彩を纏い始めている。影は形を成し、ラックとラサーシャそっくりの姿になった。
「これは……情報にあったコピーですか……?」
「…………ラサーシャの怒った顔、完璧だな」
「君から先に貫いてあげましょうかっ!?」
月明かりの下、コリエンテに落ちるは悪魔の影。侵攻は、徐々に勢いを増して……。




