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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十四章 『脈動する大罪、コリエンテを駆けろ!』
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第五百八十一話 『期待の意味を』

 クロノがフローと話している頃、流魔水渦の切り札であるセツナは精霊達と楽しくラベネ・ラグナ中を駆け回っていた。迫る戦いに備えるのも悪くないが、こうしたリラックスタイムはとても大事である。



「緊迫の時から解放されて、セツナちゃんもさぞ心を落ち着かせているだろうね」



「本気で言ってるならお前の性格は五百年前から強化されてんだろうな」



「あははは、フェルド目が笑ってないよ」



「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」



 坂道を転がり落ちる切り札から距離を置き、アルディとフェルドは傍観者スタイルを決め込んでいた。背中にティアラを貼り付け、自由奔放に飛び回るエティルを追いかけ、今まさに盛大に転んで坂道を転がっていく、素晴らしいリラックス法だ。



「何をやっているのか嫉妬に苦しむんだけど」



「それは、私が聞きたいぞ……」

「さっきから聞き捨てならないモノローグを感じるんだ……」



「……ん……水の、力……修行の、賜物……」



「断じて認めたくないんだが……」



 背中に張り付いているティアラが水で衝撃を殺し、びしょ濡れになる代わりにセツナのダメージは殆ど0だった。色彩が変わり続ける不思議な長髪からキラキラの雫を浸らせ、ついでに影も背負いながらセツナは立ち上がる。それすら叶わず足を滑らせ転倒する様に、嫉妬の大罪も割と本気でドン引きしていた。



「わざとじゃないなら、生き物として最低限備えてる筈の何かが欠如してると思う」



「お前には思いやりが欠如してると思うぞ……!」



「おーいセツナちゃーん! エティルちゃんはこっちだよー!」

「って鬼ごっこ中なのにセツナちゃんがずぶ濡れにっ!?」



「お前等一応私の護衛だろうが!! 私を困らせる最前線からいい加減退けーー!」

「全く……こんな事してる場合じゃないのに……アンニュイ切り札にすらなる暇が……」




「ひゃっはー! 退け退けーーーっ!」




「もう今度はどの精霊が……ってうわああああ!?」



 肩を落とすセツナの背後から、唐突に爆発音が響き渡る。ガラの悪い男が、店の中から飛び出してきた。忘れちゃいけないがここはラベネ・ラグナ、世界一の技術力が集う時代の最先端を独走する凄い国、治安の悪さも世界レベルだ。今日も命知らずがラベネの技術力を狙い、隙を見計らって犯罪に手を染めているらしい。



「嘘だ! ただでさえトラブル製造機を抱えてるのに普通の犯罪者イベントに巻き込まれている!?」



「天を仰いでる暇があるなら退いた方が良いと思うよ」



「おらおら退きやがれ! 退かねぇと容赦しねぇぞ!!」



「ほら良くある台詞を吐きながらモブが襲い掛かってきてる」



「馬鹿! この切り札がモブに勝てると思うなよ!!」

「うわああやめろそんな物騒なモノを振り回すな!! 警備兵は何をしているんだ! 助けてくれっ!」



「…………はぁ、その腰の剣は飾りなのかな」

「…………こっちは『退かない』、そっちが『退いて』」




「はぁっ!?  ちょ、ぬわあああああああああああああああああああっ!!」




 セツナに剣で切りかかった男は、見えない何かに弾かれ吹き飛んでいく。法則を捻じ曲げ、レヴィがセツナを守ったのだ。



「悪魔に助けられる切り札って、どうなの?」



「ありゃりゃ、この人頭打って気絶しちゃったねぇ」



「すぐに警備兵が駆けつけるだろうね、お店の方でも通報されてるだろう」

「一応拘束しておこうか、こうやって砕けた石の破片でガチガチに固めて……」



 精霊達に必要以上に拘束される男を尻目に、セツナはしょんぼりと肩を落とす。その様子を見て、レヴィは首を傾げた。



「どうしたの?」



「いや……やっぱり私は助けられてばかりの情けない奴だなって……」



「え、そのドジっぷりでまだ自分に対して落ち込むとかするんだ、レヴィの嫉妬も引くレベルなのに」



「慰めるとか知ってるかお前、人の心の欠片も残って無いのかこの野郎」



「レヴィ悪魔だし、残ってるわけないよ」



 舌を出して挑発するレヴィ、流石のセツナも反撃しようとするが、当然セツナの拳骨なんて掠りもしない。するするといなされ、結局息を切らすまで一発も小突けなかった。



「くそぉ……!」



(……? 変な動き、足とか頭とか、全部の動きが嚙み合ってないよ)

(やろうとしてる動きと、身体が重なってない……? よく転ぶわけだ)

「ねぇ、あんたって……」



「ああああああああああああああああああああっ!! なんで私はこう、上手く出来ないんだ!!」

「やっと、出来ない悔しさも、不甲斐なさも、ちゃんと今日に繋いでこれてるのに!!」

「忘れないで、抱えてきてるのに……! 重いばかりで、全然、全然だぁ……!」

「こんなんじゃ……また、何も……」



「…………よくわかんないけど、結果なんてすぐに出るもんじゃないよ、思い上がると嫉妬する」



「……分かってる、けど私は切り札なんだ……どうしようもないくらいへっぽこでも切り札なんだ」

「何かある度助けられて、守られて、私も何かしたい、返したいのに……たった一回でも、それが凄く遠い」



「さっきのアホ引き渡してきたぜ、それとここ街中だ、弱音を吐き出すにはちと人目に付くぞ」



 俯くセツナの頭に軽く手を乗せ、フェルドが隣に並んできた。セツナの声は、当然だが精霊達に丸聞こえだ。



「クロノも不甲斐ない姿ばっかり見せてたもんだ、焦ってもどうしようもねぇぞ」



「…………私はきっと、クロノの何倍も長い時間、不甲斐ない」

「裏切ってきた回数、きっと覚えてないだけでとんでもない……私は、ちゃんと切り札になりたい」



「君は前に助けたい、頑張りたいって気持ちを分からないって言ってたね」

「何も感じないって、クロノはそれを否定したし、今自分を責めて苦しむ君を見て僕達も同じ気持ちだ」

「振り返って悔むなんて誰もがする事だ、それを抱えて前に進む事が成長だ」



「分かってる、きっと同じ事を何度も言われて忘れてきた、もう忘れないからそれがどれだけ大切で重くて難しいのか、痛いほどわかってる……」

「けど私は、もっと応えたい、私は切り札なんだ……みんながこんな私をそう呼ぶんだ、期待してくれてるんだ……」




「…………あの、嫉妬が振り切れるからはっきり言うけど期待の意味を履き違えない方がいいよ」




 弱音のラッシュを力技で捻じ伏せるように、レヴィは強い口調でセツナの言葉を遮った。



「積み上げた時間の長さなんてレヴィは知らないけど、あれもこれもを期待するわけないでしょ、あんたみたいなポンコツに」




「うぐぅっ!?」




「誰もあんたに勝利や活躍を望んでないよ、優れた力、希少な力、特別な力、飛び抜けた才覚を持つ者に対する期待とあんたの仲間があんたに向けてる期待は別物」

「どんな生き物も、優れた存在には価値を見出す、あんなことやこんなこと、こいつなら出来るだろうなって、ドブの匂いがする欲に塗れた期待」

「利用価値を見出したら、骨の髄まで染み込むくらい薄汚い『期待』を頭からぶっかけてくる、期待ってそんなに良い言葉じゃない」

「捻くれてるって思う? でもレヴィ達はそういう期待を向けられ続けてきた、だから分かるんだよ」

「そんな期待には応えるだけ無駄なのに、背負った重みに優越感とか達成感とか抱いちゃって、馬鹿なんだよね」




「……っ! でも、みんなは……!」




「だから履き違えるなって言ったの、せっかくちゃんとした期待向けられてるんだから、重荷にしないほうがいいよ」




「……へ……」




 意味が分からず、セツナはいつも以上の無表情で固まってしまう。レヴィは背を向け、ほんの少しだけ視線を空に向けて口を開く。




「あんたの能力は飛び抜けてる、貴重で強力で、誰もが欲の視線を向ける筈」

「なのにあんたの仲間達は、あんたに利用価値の期待は向けてない、ちゃんとした澄んだ気持ち」

「ねぇ、あんたはエース、切り札、リーダー……どんな奴に任せる?」




「え、そりゃ強くて……頼れる……」




「レヴィ達は、一番応援したい奴をリーダーにした」

「一番、期待出来る奴を持ち上げたよ」

「ちゃんとした期待ってのは、重荷じゃなくて背中を押すものだ、上から感じるんじゃなくて背中で感じろ」

「正しい期待なんだ、追い風にしないと損だよ、無駄にするとか嫉妬しちゃうよ」

「ムズムズするんだよ、あんたを見てると……もどかしい」

「環境も仲間にも恵まれてるんだ、台無しにしちゃ嫉妬どころじゃすまな……うわっ!?」




 表情を欠片も変えず、セツナは滝のような涙を流していた。感極まったセツナは、そのままレヴィに飛びついていく。



「びぇええええ……!!」



「ちょ、嫉妬以前に殺意が湧いて来るよっ!」



「レヴィちゃんは良い子だねぇ……エティルちゃんの言いたい事全部言ってくれたよぉ」



「絶対嘘だね、嫉妬が渦巻いちゃうよ」



「仲間に恵まれたのは、君もだったんじゃないかな」



「深く勘繰るのはやめたほうがいいよ、レヴィ達は捻じれて最低な結末だったから」

「だからこそ、まだ綺麗な物語を台無しにしたくないだけだよ」



「…………大罪、嘘……悪魔だけど、心……良い色……」



「大罪の悪魔とされてる奴の言葉とは思えねぇな、現実の闇は深いぜ」



「……欲の方向が、ついてなかっただけだよ」

「……本当なら、レヴィ達はただ……」



「私が、私が頑張るぞ……!!」



「はぁ!? ちょ、涙と鼻水付くから離れ……!」



 セツナは大泣きしながらレヴィの肩を掴み、ガクガクと揺さぶってきた。レヴィの怒りが頂点を超える瞬間、一瞬早くセツナが口を開く。



「私頑張るから……お前も、今は私の仲間だから……私が絶対お前の仲間を助けるからぁ……!」

「ありがとう……すっごく嬉しかったから……絶対応えてみせるからぁ……たすけるからぁ……!」




「…………!」

「……あっそ、期待も嫉妬もしないでおくよ……」




「びええええ……わたしはぜったい切り札として活躍するんだあああ!」




「いや泣いてないでさ、せめて数秒は期待させる努力をしてよ」

「現状一欠片も期待できるところが見当たらないよ、こんなんでプラチナの能力に勝てる気しないよ」




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 涙とはお別れだ! 今の切り札にはやる気が満ちてるぞ!!」

「期待を追い風にっ!! 私は最高の切り札にがっはっふっふはぁっ!! うぎゃはああああっ!」




「あ、舌噛んだねぇ」




「速攻で涙と再会したな」




「…………嫉妬も呆れて枯れ果てるよ」



 そう呟く嫉妬の表情は、精霊達と同じように笑っていた。澄んだ欲で飾られた言葉だったから、遠い過去に貰った言葉に似ていたから、その言葉は確かに胸に届いた。確かな縁が、繋がれた。



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