第五百八十話 『沈んでいたストーリー』
自分の中に確かな想いを感じ、クロノは身体を起こす。見計らったように、部屋の戸を叩く音が聞こえた。
「クロノ、妾じゃ」
「国のプリンセスがわざわざどうしたよ」
「キザったらしい台詞じゃな、悪いが銃をぶっ放す元気もないがの」
その割には扉を蹴り開けてきた。作業着姿のフローはとてもじゃないが姫に相応しい姿ではない。だが、フローという人物にとってこれ以上相応しい姿は想像出来ない。いつも通りの超絶天才だ。
(いや……いつも通りって訳じゃない、か……)
「いつも以上に、お疲れだな」
「弱音を吐くつもりも、その時間もないがの」
「次は無い、これ以上失態は重ねん」
「全部、自分一人で背負うなよ?」
「はっ……その心配は不要、お主よりずっと口うるさいのが四六時中傍におる」
「今の妾の視野は、超絶天才として生きていた時の何倍も広く明るい、お主等のおかげじゃ」
「故に、この光を絶やすわけにはいかん、全てを賭してもな」
相変わらず、小さな身体で凄まじい重荷を背負っている。何をするつもりか知らないが、クロノの脳みそじゃ到底考えは及ばないので任せるしかない。それは必ず助けになる、そして心配なんてフローに失礼だ。
「うん、お前の援護を信じて俺達は前に進む」
「ほう……? 随分と信頼されたものじゃ」
「当然だろ、この腐れ縁には死ぬまで感謝すると思うぜ」
「…………ははっ、こっちの台詞よな」
「此度もお主に最前線、最も危険な役回りを押し付ける事になる……持てる全てで援護せねば超絶天才の名折れ……いや、お主の友として自分が許せん」
「流魔水渦のネットワークを最大限に利用し、悪魔共の企みを叩き潰してくれようぞ」
「お前だけは敵に回したくないって、心から思うよ……」
「流魔水渦が捕えた悪魔達から魔力を提示して貰えれば、少しは開発も進展するんじゃがのぉ」
「力の強い奴は何らかの力で死亡したと連絡が来ている、残った悪魔共は怯えていると」
「その残った奴等が所謂いつ切り捨てても良い扱いって奴じゃ、魔力も期待外れで実は少し難航中よ」
「…………悪魔が死亡って、なんだよそれ……」
「いや、その話は後で自分で聞こう、それよりフローはなんで悪魔の魔力を?」
「前に妾が作った『精霊発見器1号君』を覚えておるか?」
「存在は覚えてますけど名前は忘れてましたね」
「あれの悪魔版を作ろうとしておる、その為に悪魔の魔力が居る」
「闇属性の魔力ではなく、悪魔の、それも出来るだけ濃い奴がじゃ」
「悪魔自体を感知する装置はほぼ完成しておるが、精度の上昇が不可欠になってな……」
魔力は持ち主の種族により、同じ属性でも魔素の構成が変わると昔学校で習った。学校で習った後ローと復習した為知識は辛うじて残っているが、正確な構成なんて覚えているわけがない。
「それと、お主達が孤島で見つけた魔方陣、出来ればそれの実物が欲しい」
「魔方陣自体は流魔水渦に見つけ次第抉り取ってこいと言ってはおるが……強力な悪魔からの魔力は……」
『僕のを使え、話を付ければレヴィも協力に応じるだろう』
「…………? 誰じゃ、お主」
勝手に口が動き、自分じゃない声が飛び出してきた。協力的になったのを嬉しく思う反面、これはとても面倒臭い。
「ねぇマルス、お前レヴィちゃんみたいに実体まだ戻らねぇの?」
(僕自身憤怒の悪魔として大暴れしたせいで、僕の肉体を構築するには怒りの欲が必要なんだ)
(君の怒りを定期的に糧にしているけど、今の僕は冷めきってしまっているから上手く還元出来ないんだよ)
(大体君が暴走しないように怒りを抑えてやってるのは僕なんだぞ、これじゃどっちが憤怒か分かったもんじゃない)
協力態勢を組んで数分で呆れられた、物凄い親近感が凄く嫌だ。
「おい、クロノ?」
内のマルスと会話しているのを不審に思ったのだろう、気が付けばフローが懐から物騒なモノを取り出そうとしている。このままじゃ数秒後には脳天を打ち抜かれる。
「あ、いや違……」
「実はエティルちゃん達にお仲間が増えたのです!」
「報告は既にそちらにいっていると思いますが、クロノの中には大罪の一人が存在しています」
「おこの、悪魔……手伝って、くれる、って……」
「嫉妬の大罪も協力的だ、魔力の問題は解決だろう」
精霊達のナイスアシストにより、宿屋内での発砲事件は未遂に終わった。
「ふむ、お主の中は本当に賑やかじゃな」
「しかし大罪クラスの魔力となれば十分、妾だけではどうする事も出来なかった故助かるぞ」
「もう自分で狩りに行くしかないと思っておったわ、ははは!」
(フローならやりかねない……)
「しかし、世間では知らぬ者も居ないだろう……大罪の物語と言えばその名の通り罪人の物語」
「底無しの欲にて身を滅ぼし、人を、国を傷つけた忌まわしき歴史、魔本は禁忌……常識じゃ」
「お主は本当に、歴史やルールを無視するのが得意じゃなぁ」
「…………大事だから、ルールはあるんだと思ってる」
「万人を守るルールなんて無いとしても、大半が納得出来て、それが世界を作ってるんだと思う」
「でも、嘘で塗り固められたルールなんて知っちまったら無視できない、真実じゃないなら俺は声を大にして叫ぶよ」
「ルールを無視するんじゃない、誰もが知らない、知っても見て見ぬふり、俺はそれを無視出来ない」
「自分で見て、知って、納得できないから抗うんだ、助けたいって思ったから手を伸ばしたんだ」
「大罪の歴史が世界中にそう伝わっていたとしても、俺はレヴィちゃんやマルスと話しちまった」
「俺はもう一度、踏み躙られた物語の続きがみたい、バッドエンドは嫌なんだ」
エゴでもなんでもいい、自分はもう救いたいを誤魔化さない。後悔するかもしれない、辛い想いをするかもしれない、助ける事はそんなに簡単じゃない。それでも、ここで動かないのは自分じゃないから。もう二度と、自分を曲げない、諦めない、諦めさせない。
「ははは、一人では出来もせん癖に……良く言うのぉ」
「それを言うなよ……だからみんなに頼ってんだ」
「あぁ、分かっておる」
「マルスと言ったか、お主も大概イカれた奴に突っ込まれたものじゃ」
『ちゃんとこいつの事は嫌いだ、僕は悪魔だからね』
「俺だって嫌いだね、悪魔は特に」
「くはは、なんじゃお主等仲良いのぉ」
「……このクロノという馬鹿者は、バッドエンドを通り越していた妾を無理やりハッピーエンドに引き上げた男よ」
「歴史もルールも常識も、こっちの気持ちすら無視して、強引にな」
「超絶天才の予測を超える、とびっきりの愚者じゃ」
「精々足掻こうではないか、ある意味こいつの欲は悪魔よりも深いぞ」
『…………ふん』
褒められているのか分からないが、フローはニコニコと機嫌が良さそうだ。初めて出会った時は、こんな顔のフローを見れるとは思いもしなかった。この笑顔の為に何か出来たというなら、自分はそれを誇りに思う。
「さて、魔力を貰えるなら妾の方も大きく進展する、時間も無い故手短に話そう」
「かき集めてきた、クルセルド・ジュディアについての情報じゃ」
笑顔は、奥に引っ込んだ。空気が一瞬で変わり、肌がピリピリする。
「精霊狩り……因縁もあるけど、あいつは今強欲の器だ」
「ゲルトに誘ってきたのもあいつ、間違いなく今回ぶつかる事になる」
『プラチナ奪還の壁になる事は間違いない、あの男はドゥムディの力を使い、既に多くの能力を手中に収めてる』
『ドゥムディを完全に抑え込み、その力を自在に操る……正直理解の範疇を超えている……大罪と呼ばれた僕達を凌ぐ精神力だ』
「今回は前回と違ってな、妾の持てる方法全てを使って奴の過去を洗った」
「…………クロノ、これは妾からの願いじゃ、お主の両肩に重しを追加する事を許せ」
「…………? 言ってる意味がよく……」
「失う痛みは、妾にも理解が出来るからの……許されぬ程の罪を重ねておる、既に裁かれるべき罪人じゃ」
「じゃが、お主の言葉を借りるのなら……見て見ぬフリも罪なんじゃ」
「お主が、奴を止めてやれ……精霊使いであるお主がやらねばならん」
「きっと、お主達の言葉でなければ、届くまい……」
大罪を抑え込む欲、大罪に匹敵する罪、それは今も流れに乗って動き続けている。止まれない、止まらない、止まるわけにはいかない。あの日誓った、始めた、後悔と復讐の物語。罪の物語に、軽いも重いも存在しない。加害者と被害者が存在する事に、今も昔も変わりはない。クロノは拳を握り締め、塗り潰された筈の過去を聞いた。
負けられない理由が、また一つ増えた。




