第五百七十四話 『執念、因縁、怨念』
クロノ達が氷山ゴーレムと戦闘を始めた辺りで、バロン達は異変に気付く。明らかに施設内の気温が下がり始めたのだ。
「嫉妬レディさぁ、妙に肌寒くないか?」
「そりゃレヴィの方に温いが来て逆の寒いがそっちにいってるからね」
「加速度的に冷えてるの君のせいかーっ!」
「お前の事なんてどうでもいいから早くさっきのタネを教えてよ、さっきの位置替えどうやったのさ」
「おいおいそれも俺の事じゃないか、なんだよ嫉妬レディは俺に興味があるのかい?」
「はぁ……でも残念だよ、俺は種族問わず女の子の味方だけど、心はルト様のモノなんだ……」
「誰に捧げてもゴミ箱行きだろうね、環境に謝ってよ」
「あははは! いやぁ打ち解けたのが嬉しい反面物凄い速度で心を抉ってくるなぁ! マイラちゃんと同レベルの毒舌になってきたよ!」
「さっきの位置替えね、確かに俺と影の位置を変える能力で敵を一か所に集めたのは不思議だろう、俺と対象Aを入れ替えた場合、次に俺と対象Bを入れ替えたらAとBが同じ場所に集まるなんて有り得ない……俺の位置は次々と先行していくからな」
「集めたい点に俺が一々戻る必要がある、その方法も時間もあの一瞬じゃなかったって言いたいんだな」
「百歩譲ってお前の能力がレヴィの反応速度を上回っていても、物理的に無理でしょ」
「んー……まぁ能力だけで語れる話じゃないな」
「一言で言っちゃえば、俺が人間じゃないから出来た技さ」
「レヴィちゃんには教えておこうか? 俺が何者か…………ん?」
「? 何の音……うわっ!」
薄暗い通路を進む二人だったが、背後からの異音に足を止める。さっきから寒いしガタガタ振動が響くし何事かと思っていたが、後方から氷が物凄い勢いで迫ってきた。
「おいおいなんだよ氷河期かぁっ!?」
「アホ言ってる場合じゃないよ! 無策だとこのまま氷漬けだっ!」
「チィ! 止まれぇっ!!」
レヴィの能力で氷が急停止する、そしてバロンが急加速して壁に激突した。
「ぶへぇっ!?」
「氷は止まった、その分お前が動いてよ」
「あだだだだっ!! 壁に向かって身体が勝手に……!」
「早くレヴィを抱えて先に進むんだよ! 嫉妬も氷も加速しちゃうよ!」
「無茶苦茶言うなぁ……もう……男バロン、女性のエスコートは慣れたものさ」
レヴィを抱え、バロンは嫉妬パワーを上乗せして通路を突き進む。それなりに進んだところで、背後の氷が再び動き出した。
「ひぇええええええ!? 話が違うぜ嫉妬レディッ!!」
「そりゃレヴィの能力には範囲があるもの、離れたら動き出すよ」
「まぁそれなりに距離が縮めばあっちは止まってお前は加速するから大丈夫でしょ、この先が行き止まりじゃない限り」
「山の反対側まで突き抜ける気かぁっ!? このままじゃ探索どころじゃないぞっ!?」
「はぁ寒いねまったく……このままじゃ嫉妬のソフトクリームだよ……」
「うおおおおおおおおおおおっ!! 大ピーーーーーンチッ!!」
氷攻めに遭う絵札と嫉妬の大罪、本来彼等を救うべき立ち位置の切り札は彼等に負けず劣らず大ピンチであった。なんせ、手を離せば確実に死ぬところまで追い込まれている。
「怖い高い早いやばいクロノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「こんな速さ、天使達との特訓と比べればぬるいぜっ!!」
「おま、お前、おまま……お前基準の話はやめろぼばばばばばっ!?」
山と同等の大きさを誇る氷のゴーレムが振るう腕、クロノは高速で飛び回りそれらを掻い潜る。腕を振るう度に無数のツララが周囲を埋め尽くし、地上は剣山のように荒れていた。
「攻撃その物は大振りだし、避けるのは難しくないな」
「お前にしがみ付くのは難しいわい!! 振り落とされたら切り札のミンチの出来上がりだぞ!!」
飛び回るクロノの首に両手を回し、セツナは必死にしがみ付いていた。手を離せば恐怖の浮遊感をたっぷり味わった後に地上に叩きつけられるだろう。
「何言ってんだよセツナ、ケーランカでもっと高い所からダイブしたじゃんか」
「飛び降りの時点でトラウマだってんだよ!! 同程度の高度でブンブン振り回すとか鬼か! 鬼! クロノは鬼だぁっ!」
「大丈夫だって! 風や振動でお前の身体は俺にくっついてるんだ、手を離しても吹っ飛んだりしないよ!」
「怖いものは怖いだろうが脳みそ狂ってんのかお前はっ!!」
「暴れると余計に危な……お?」
動きを止めたクロノに影がかかった。見上げると、ゴーレムが右の手をクロノ達の上に掲げている。
「クロノクロノクロノクロノやばいやばいやばい私でもこの後やばい事になる気がする絶対に良くない事が……」
巨大な腕の形が崩れ、滝のような水が上から降り注ぐ。水は一瞬で凍り付き、クロノ達は身動きが取れなくなる。
「冷た……!」
「ほらみろ酷い事になったぁっ!!」
「って……クロノ下あああああああああああああああああああああああああっ!!」
そして下から左腕が上がってきた。あの質量がぶつかれば今のクロノ達は粉々だろう。
「こんな死に方嫌だあああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
「んー…………なんて言うかあれだな、修行の成果なのかこれは」
「誰でも良いから助けてくれええええええええええええええええええええっ!!」
「まぁセシルに負けてる奴だし……いやそれにしてもなぁ……」
両眼に焔を灯し、クロノは全身を炎で包み込む。内から風を巻き上げ、炎風で周囲の氷を弾き飛ばす。そのまま風圧で自身の身体を真下に打ち出し、迫ってくる左腕を踏み砕く。勢いは止まらず、火球のようなクロノはそのまま氷の左腕を貫通した。
「あじゃあああああああ! 敵に砕かれる前に味方に焼かれたぁっ! 焼死体切り札だぁっ!」
「落ち着けって、熱くない筈だぞ」
「本当だ! 何でだ!?」
「炎の自然体の操作が出来ればこういう事も出来るんだよ、byフェルド」
「クロノの言葉じゃなかった!?」
「っていうかクロノ……なんかいつもより落ち着いてるな……?」
「そうだなぁ……背中にお前も居るし、セシルも見てるしな……いつも以上に頑張らないといけない」
「それに相手も元四天王、気を引き締めて挑むつもりだったんだけどな」
「だった……?」
「一緒に旅をしたり、敵意を向けられたり、わけわかんなかったりモフモフだったり……でも四天王ってみんな本当にやばいくらい凄いんだ」
「俺の夢を語るには、避けては通れない大きな壁、目標でライバルで、憧れだ」
「こんな見せかけだけの木偶人形じゃねぇんだよ、舐めるのも大概にしろよ」
火力を強め、クロノは斜め上に飛び上がる。左腕を再度ぶち抜き、更に上空の右腕も貫いた。両掌から炎を噴射し斜め下に加速、右腕の上に力強く着地し、そのまま駆け出した。腕の表面から氷の棘が生えてくるが、クロノの速度には追いつけない。
「セツナァッ!! 剣を構えろ!!」
「だから無茶を言うなぁ!! 吹っ飛んじゃうだろう!!」
「大丈夫だ足支えといてやるから!! 振動で張り付けにしてるし!!」
「お前勇気がそんなポコポコ湧き出るもんだと思うなよっ!?」
「あぁもう! 気合入れないとお前の足掴んで振り回すぞ!! 切り札ソードにするぞ!!」
「やるよやりますよぉっ!!! スパルタ馬鹿――――――ッ!!」
クロノの腰に両足を回し、セツナは両手で剣を構える。両手でしがみ付いていた時より態勢は安定し、内心複雑な切り札だった。
「よぉしっ!! お前の能力で思いきりぶっ刺してやれっ!!」
(この速度でこんな氷に剣を刺したら、私の両腕が引き千切れて置き去りになる気が……)
「あのクロノ、やっぱり切り札ソードの方が勝算がある気が……」
「セツナ! 俺の経験則なんだがな!」
「うえ……?」
「夢を叶える魔法があるとしたら、それは勇気なんかじゃない」
「諦めの悪さ、執念だ、多分きっとな」
「え……」
「格好悪くたっていい、噛みついて見せろ!」
「大丈夫だ! 俺が居るっ!」
一瞬振り向いたクロノの笑顔を見て、恐怖が消えた。踏み出したあの時も、虚勢を張ったあの時も、誰かの言葉が背を押した、誰かの背中を追いかけた。迷いを振り払った切り札の剣が、氷に突き刺さる。能力が剥がれ、腕の一部分が崩落した。
「行くぜ切り札ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「ぎゃああああああああああああああああめっちゃくちゃ腕痺れるうううううううううううううううっ!?」
剣を突き刺したセツナを背負い、クロノは速度を大幅に上げる。ゴーレムの右腕が半ばからみるみる崩落し、一気に胴体部分へ突っ込んでいく。
「セツナ剣を右に構えろっ!! ぶった切るぞっ!!」
「うわああああああああああああもうどうにでもなれこの野郎おおおおおおおおおおおおおおおっ!」
腕の付け根で踏み込み、クロノはゴーレムの真正面を横切る。一閃の元、能力封じの太刀筋が巨大な氷山を両断した。氷が剥がれ落ち、元の山肌があらわになる。
「さて……本体の気配は未だに薄いがどこに……」
「っ! クロノッ!」
「ん?」
勢いを殺し、フワフワと空中を漂っていたクロノの周囲が一瞬で凍り付く。空気中の水分が凝固し、氷の槍がクロノ達を狙う。先ほどまでは気薄だった気配が、はっきりと形を成した。
「……っ! 速……」
「うわこれ死……」
氷の槍がクロノ達を貫く瞬間、氷の槍ごとクロノ達が爆炎に飲み込まれた。遠巻きに見ていたセシルが右腕を振るい、鉄くらいなら蒸発しそうな炎を放ったのだ。周囲を埋め尽くしていた氷の槍は炎の余波で全て消し飛んだが、その業火はクロノ達を中心にメラメラと燃え盛っている。
「…………ふむ?」
「おーいクロノー、何を遊んでいるー?」
「…………っ! ”幻龍・回帰”!!!」
左腕に風を纏い、全ての炎を巻き込み一点集中。そして一気に周囲に爆散させた。氷も炎も全て吹き飛ばしたが、流石に熱量が段違いだ。今のクロノではコントロールの上限を超えていたらしく、左腕が若干焦げた。
「あっっっっっちぃ………………!! やっぱレベルが違うなぁ…………!」
(……クロノ、嬉しそう……?)
「って殺す気かアホトカゲごるあああああああああああああああああああっ!!!」
(気のせいか……?)
「なんだ、マシになってると思った矢先に泣き言か」
「限度があるだろ一歩間違えたら消し炭だよふざけんなぁっ!!!!」
「クロノクロノ、それさっきの私の台詞と似てるぞ」
「それはそれ、これはこれ」
「間違ってるよ……!」
背中からの抗議を受け流すクロノだが、周囲に漂う殺気は消えていない。セシルの炎が残す熱、その合間から背筋を震わせる冷気が差し込んだ。冷気は形を成し、一瞬で人型の氷が背後に現れる。氷は生き物のように脈動し、クロノ目掛け右の拳を振るう。
「っ!」
衝撃音がすぐ後ろで鳴り響いた。クロノが振り向くより早く、セシルがすぐ横まで飛び込んできていた。クロノを狙って振るわれた右の拳に、セシルの左足がぶち込まれている。生物を粉微塵に砕き飛ばしかねないセシルの蹴りの威力は、クロノのすぐ後ろで相殺されていた。
「どうして私の周りの四天王は、どいつもこいつもこいつから先に狙うのだ」
「そりゃあ、目障りだからじゃないのかなぁ」
「久しいねぇセシルちゃん、相も変わらず生意気そうだぁ」
「ふん、貴様には聞きたい事、返して貰いたい物がある」
「クロノ、貴様の出番はここで終わりだ、貴様は貴様のやる事をやるんだな」
「は? それって……うわああああああああああああああああああ!?」
こちらの言葉も待たず、セシルは尻尾でクロノを弾き飛ばす。割と洒落にならない勢いで山の中腹に叩き込まれるクロノだったが、セシルは見向きもしない。対峙しているのは、紛れもなく元四天王。余所見など、出来る筈もない。
「さて、霧雨…………鍵を返して貰おうか」
「初めて会ったあの日を思い出すなぁ、本当に礼儀のなってないガキだ……」
嘗てやり合った蒼鬼の姿は、黒く爛れていた。その背には、鬼にはある筈のない黒い翼。全身から溢れるどす黒い圧は、正気のモノじゃない。真紅の炎と黒銀の氷、二つが孤島を舞台にぶつかり合う。




