第五百七十一話 『再会と急襲』
「さぁさぁあっという間に到着しました北の孤島! 超絶天才作の船は流石過ぎて時間間隔すら狂っていくなぁ!」
「最初は寿命を消費していくとんでもない船だったんですけどね……」
「私の寿命は今も減っていっているぞ……うっぷ……」
「手がかかる切り札だよね、嫉妬されるくらいになろうよ」
フローの頼みでラベネから北に位置する孤島に出向いたクロノ達。メガストロークでの移動でダメージを受けるセツナは、今回もレヴィの援護を受けていた。
「この恩は切り札で返すぞ……」
「意味が分からないし多分要らないよ」
「むきー!」
「ご覧よクロノ君、美少女の絡みはいつどこで見ても美しいね」
「こんな孤島があったんですねぇ」
フローが言うにはこの島で悪魔の姿が目撃されているとの事だ。そんなに大きくない島だし、人が住んでいるような気配もない。コソコソと何かをしているのなら、それを暴き出してやる。
「最近になって動きが活発になってるなら、大罪組だとまず疑うところだな」
「分担するのも手だが何が待っているか分からない、固まって動こう、俺の眩しさに目をやられないようにしてくれよ」
「レヴィは勝手にやらせてもらうよ」
「おっとそれは駄目だ、協力し合える今をもっと大事にして欲しい」
「俺個人として美少女の協力は喜ばしいが、君は大罪の悪魔……共に行動する事は悲しくも見張りの意味も兼ねている」
「良い関係を続ける為にも、マイナスな行動は控えてくれたまえ」
「…………ふん、割と抜け目ないね、嫉妬しちゃうよ」
「バロン大丈夫だぞ、こいつは嫌なチビだけど裏切ったりはしないぞ」
「仲間の為だって、ずっとそこは変わってないから」
「……! ふん、レヴィは別に……」
「くぅ、セツナちゃん立派になって……」
「私馬鹿にされてる気がするぞ……」
何はともあれ、クロノ達は固まって島の探索を続けていく。木々の合間を抜けると、開けた草原のような場所に出た。
「島の中央には山が見えますね、悪魔達が何をしてるのか知らねぇけど……堂々とやってるとは思えない」
「コソコソ何処かに潜んでいるのなら、それに相応しい場があるだろうね」
「ふむふむなるほど、切り札の理解率50%だな」
「今の何処に50%理解出来ないところがあったのか嫉妬に苦しむよ?」
「私は表情筋が死んでいるから顔に出ないけどな! いつもこうやってキリッとしてないとただでさえ期待されないのに上乗せで期待を裏切っちゃうだろ! でも強がっても無理な物は無理で分からないモノは分からない!」
「だからクロノの前じゃ強がらないんだ! 助けてもらったり支えてもらって頑張って前に進むんだ!」
「私は持ち上げられた空っぽの切り札だから、ちゃんとした切り札になる為に恥を怖がらないんだ! もう決めた、そう決めたんだぐぇあっ!?」
「凄い、胸を張ろうとした動作だけでその場で転んだ」
セツナにだけ別の世界の物理法則でも働いているのだろうか、その場で一回転したセツナは顔から重力の影響を受け地面に激突した。
「いったい……痛いぞ……」
「不憫になってきたよ」
「でも同情は要らないぞ……いつものことだ」
「どんな日常を送ってきてるのか嫉妬に苦しむよ」
「良いんだ、転んでも立てばいい、痛くても死ななきゃ安い、嫌だけど」
「もう泣かないんだ、みんな優しくしてくれて、期待してくれてる……覚えてない日もそうだったと確信してるから……」
「倒れる時も、手を付く時も、私は前だって決めた、格好悪くてもドジしても不格好でも前に進むんだ」
「……クロノみたいに!」
「……! ははっ、良い度胸だな」
「むんっ! 今日も頑張るぞ!」
力むセツナの頭を撫でまわす、空回りしないか見てやるのはこっちの役目だ。俯いて涙を流す切り札はもういない、頑張ろうとするセツナの想いは絶対に無駄にはしない。この先で何が起ころうとも、どんな困難が待っていようとも、必ず二人でやり遂げる。セツナが目標にしてくれるように、情けない背中は見せられない。
「……前だけ見て、掲げた夢、目標をキラキラ見据えて……バカみたいに頑張って……」
「マルス、その子達の傍はさぞ居心地が悪いだろうね……まるで昔のお前だよ」
「セツナちゃん! 俺達流魔水渦全員が君を応援しているぞ! 何かあったらすぐに頼れ!!」
「でもマイラはバロンと口を利くなって言ってたぞ」
「ガビーン!? 俺絵札なのにぃっ!?」
「きっと日頃の行いが悪いんですよ」
「クロノ君の評価が多分低めな位置から始まっている! だがめげない! 何故なら俺は頼りになる!」
「安心したまえ少年少女! この俺が居る限り君達には栄光の輝きを約束しよう!」
「この先で何が起こっても、俺は必ずルト様に完全勝利を捧げてみせる! 悪魔の企みなぞ阻止してみせぐわああああああああっ!?」
突然バロンの身体が吹き飛んだ、何者かがバロンの背後から襲い掛かってきたのだ。近くに来るまで気配を感じられなかった、隠し方が上手すぎる。突っ込んでくる速度も飛び蹴りの威力も桁違いだ、かなりの強敵と判断しクロノも臨戦態勢を取る。取った瞬間、気が抜けた。
「セシル……?」
「むっ……お前……」
セシルだ。四天王の一人であり、旅立ちの最初から最近までずっと一緒にいたセシルがそこに居た。共に誓い合い、一度は別れた相手が今目の前に居る。何故かはどうでもいい、きっと理由があるから。だから、面倒な言葉遊びは不要だろう。
「よぉ、奇遇だな」
「……そうだな、奇遇だな」
「そこの奴、すまんな敵と間違えた……生きているのなら許せ」
「あいたた……あーオッケーイ、美人に頼まれたら刺されても許すぜ俺は」
冗談交じりだが、セシルが本気で蹴っていたらバロンは水平線まで吹っ飛んでいた可能性がある。恐らく、セシルは手加減しつつ襲い掛かってきたのだろう。
「お前の感知力なら突っ込んでくる前に分かりそうなのに、本当にせわしないね」
「むっ……暫く見ない間に随分上からで物を言えるようになったな」
「ほんまセシルちゃんはおっかないわぁ、そうイライラしてるとちっさいミスをやなぁ」
「誰のせいでイライラしていると思っているんだっ!!」
セシルの肩に謎の物体が乗っている、口調と声から恐らくは四天王・ディムラの一部だろう。
「えっと、久しぶりで良いのかこれ……」
「おーうクロノ君! 久しぶりぃ! 聞いてくれへんクロノくーん、魔王城に帰ってきてからセシルちゃんお仕事手伝ってくれてるんやけどな? メッチャ不器用でクソの役にも立たへんねん! 面白すぎやろふへへっ!」
「消し炭となれ」
「もうミスるかキレ散らかして燃え盛るかのどっちかやねん、この子ほんま怖いわぁ」
セシルに鷲掴みにされて燃え盛るディムラ(?)は焼けながら普通に話している。いきなり割り込み話の主導権を持って行った謎の二人組に対し、セツナは頭を切り札的に回転させる。
(………………誰だっ!? 知らない二人だ、いや片方なんだあれ? 泥団子か!? 燃えながら喋ってるぞっ!?)
(いや落ち着け切り札! もっと冷静になるんだ! 今まで誰だコイツって奴に誰? って聞いてどれだけ傷つけた!? 忘れている可能性だってあるじゃないか!)
(そうだ……本当に初対面、身内だけど忘れてる……どう対応する……? 切り札としてどうするのが正解だ……?)
(恐れるな切り札! 手を付くなら前だって今言ったじゃないか! 私はもう悲しむ仲間の顔は嫌だ!!)
(よし! こっちに賭けるっ!! 当たって切り札だっ!!!)
「やぁ久しぶりだなっ!! 元気にしてたかっ!!」
「? 誰だ貴様」
「間違えたあああああああああああああああああああああっ!!」
セツナは崩れ落ち、それでも前に手を付いた。悔しがっているが、挑戦した結果ならそれは成長だろう。クロノは満足げに頷き、それを見ていたレヴィは突っ込みを放置した。
「それで俺達は流魔水渦と大罪の悪魔で色々あって器になったり助けたいと思って切り札を仲間に各地を巡って今はゲルトの孤島で探索中なんだよ」
「なるほど、貴様はいつも面倒な事に首を突っ込むなぁ」
「え待って? セシルちゃんなんで理解してんの? ワイがおかしいん?」
「マイラさん程じゃないけど、俺も少しは魔物式短縮話術が身に付いたかな……」
「知らへん、ワイそんな話術知らへん」
「そしてそっちのチビが大罪の悪魔、そっちの二人が流魔水渦か……」
「レヴィはチビじゃないよ」
「以後お見知りおきを、麗しき龍の子よ」
「ハジメマシテ……」
(四天王って嘘だああああああなんでそんな化け物が二人も……クロノの知り合いってそんなのばっかだあああああああああああ)
「そんでセシルはなんでここに? 散歩?」
「散歩にこんな邪魔者を連れてくるはずがないだろう、仕事だ」
「いや仕事っちゅうかセシルちゃんのドジの回収やで、ワイは案内役兼見張り」
「セシルちゃんがぶん投げて失くした鍵を返してもらう為や、あれがないといざって時に君が困るから君の為に……って」
ディムラの欠片がセシルに鷲掴みにされ、地面に叩きつけられ踏み砕かれた。地面も大きく砕けたが、セシルの足の下からぬるりと抜け出したディムラにダメージは無い。
「セシルちゃんの鍵はエフィクト君が龍族に預けてたんやけど、実は面倒が起きてな」
「今セシルちゃんの龍の鍵を持っとるのは、セシルちゃんの前の四天王やねん」
「そいつがここに居ると聞いて私は来たのだ、お前に構っている暇はないぞ」
「格好良く別れた手前、一緒におるんが気恥ずかしいだけやで、セシルちゃんってば暇さえあれば君の心配を……むぎゅっ!」
再び踏みつけられるディムラだったが、これ以上セシルが怒ると島が二つに割られかねない。流石に止めようとした時、地面のヒビ割れから殺気を感じた。ほぼ同時にクロノとセシルが飛び退くと、地面から黒い氷が飛び出してきた。
「ひぃ!? なんだぁっ!」
(魔力……範囲が広い、かなりでかいっ!)
「バロンさん! レヴィちゃん! 後ろに飛べっ!!」
宙を蹴り、クロノはセツナを抱き抱え距離を取る。地面を突き破り、広範囲に黒い氷が棘のように突き出してくる。翼を広げ、セシルは空中からその様子を伺っていた。そんなセシルの肩に、いつの間にかディムラの欠片はへばり付いている。
「だーれもワイの心配してくれへんの? 傷つくわぁ……」
「傷ついて死ぬような身体になってからほざけ、戯けが」
「そんな事より、奴の氷はこんな色だったか?」
「さぁてねぇ……随分禍々しい氷やねぇ」
地上を覆う黒い氷、セシルは腕組みしたまま目を細め、魔力を探る。氷から距離を取ったクロノも感知範囲を広げ、魔力の元を探る。クロノとセシルは同時に、島の中央に位置する山を睨みつけた。
「……バロンさん! 山の方から魔力を感じる!」
「ほぉ、良いぞクロノ君、流石の感知力だ」
「どうやらビンゴみたいだな、敵も来てほしくないですってよ」
地面から飛び出してきた黒い氷が、解けるように形を変える。巨大な氷の棘から、無数の人型が生み出される。
「なんだこれはあああああああああああああっ!?」
「嫉妬しちゃうね、この範囲、この数、どうしても進ませたくないんだね」
それはつまり、この先に見られたくないモノがあると言っているようなものだ。
「…………おいセシル! 俺達はあの山に用がある! お前に構ってる暇はない!」
「…………!」
「クロノ! 急に何言ってんだ!?」
「私も用がある奴があの山に居るようだ、貴様に構っている暇など一秒も存在しないぞ」
そう言うと、セシルはクロノの隣に降りてきた。意図はきっと、伝わった。クロノは笑顔を浮かべ、それに応えるようにセシルも笑う。両者拳を握り締め、前方に突き出す。炎を纏った一撃は前方の氷人形を数百体粉々に消し飛ばす。
「急がなきゃ駄目なんで、俺は突っ切る事にする、邪魔はするなよ」
「随分態度がデカくなったな、巻き添えで消し飛んでも知らんぞ」
氷が次々と地面から飛び出し、凄まじい速度で氷人形が前を塞いでくる。読み通り、こちらに警戒の比重が傾いた。
「バロンさん、レヴィちゃん、裏から回り込め」
「俺は真正面から突っ込んで気を引くからさ、セツナおぶされ」
「私はこっち側なのかぁっ!?」
「両腕が塞がって平気なのか? 馬鹿タレよ」
「良いハンデさ、お前こそ気を抜きすぎて追い抜かれないようになぁ」
「なんなんだよこのノリはぁ! 正気じゃないぞ!!」
不意の再会、不意の急襲、なんだってかかってこい。切り札に無様な背中は見せられない。憧れの背中を追うのなら、足を止める選択なんて存在しない。追われ追いかける立場として、格好悪いところは見せられない。
いつだって、チャレンジは全力だ。




