第五百六十六話 『ミッション・コリエンテ』
「ってことでレヴィはマルス達と一緒に行くから」
「クロノ君とセツナの傍が一番安全だろうしね、ラベネルートにゃ絵札も向かわせたし戦力的にも一番厚いよん」
「うおおおおおおおっ! 俺もクロノ達と行きたいぞーーーーーー!」
昂るラックだが、どうやらラック達とは別ルートらしい。今にも駆け出しそうなラックをレフィアンが涼しい顔で縛り上げている。
「我が友よ、そう荒ぶる事は無い……運命は既に我等を暗き暗雲に導いている……戦いの時は近い、今は備えの時よ……」
「クロノクロノクロノクロノ! 俺滅茶苦茶強くなったんだぞ! 悪魔だかなんだか知らないけどぶっ飛ばしてやるからさ! タロス達も色々手伝ってくれてんだ! そうだ今度遊びに来いよ飯を食いながら沢山話をしたいんだ! っていうかお前心配したんだぞボロッボロだったくせに元気そうだなホント良かったっ!」
「深淵を覗く時、深淵も我等を覗いている……そうこの戦いは遥か古来より続いている宿命のレクイエム……」
「もう行くのかよぉっ! まだまだ話したい事があるんだぞそうだラサーシャとレフィアンも強くなったんだこの前の討魔なんとかの時みたいに不甲斐ない所はみせねぇぞ絶対に役に立つからなっ! 全部終わったら勝負しようぜ大会で出来なかった分思いっきりさぁっ!」
「聞いて欲しいんだけど……ぐすっ……」
「情報過多過ぎる……」
闇魔法で縛られながらも跳ね回るラックに、決めポーズと共に自分の世界に入り込むレフィアン。共に勝手に喋りまくっているが、どうもレフィアンは無視される事に慣れてないらしい。
「今は状況が状況だからね、全部終わったらクロノ君のお仲間達も集めてそりゃあもう思いきりお祝いしよう」
「お姉……流石お嬢様、いい案です」
「……お祝いか、まだまだ色んな垣根があってどうなるか予測も出来ないけど……そこにレヴィちゃん達も参加出来ると良いな」
「……能天気だね、嫉妬しちゃうよ」
顔を背けるレヴィだが、戦いの果てにようやく手を掴めたんだ。争うだけじゃない、傷つけるだけじゃない、きっと和解の道がある。揉み消された真実を見つけ出し、大罪達を倒すのではなく救い出す。方法すら霞の中だけど、一番良い結果を目指して何が悪い。甘さの極みでも、もう自分はそれを諦めたりしない。離さない為なら、なんだってしてやるんだ。
「良く分かんねぇけど頑張るぞ!」
「はぁ……君はいつもいつも……勢いでばかり行動して……」
「私は……今でも混乱しています、悪魔を罰するまでは分かりますが、救うなんて……それに魔本に封じられし大罪の悪魔なんて……勇者として私は……」
「ラサーシャ、勇者として俺はクロノの力になりたいんだぞ」
「ラサーシャはいつも揺れてるな、初めて会った時からユラユラしてんぞ」
「っ!」
「その槍抜いた時は格好良かったのに、ラサーシャの正しさは面倒くさいって」
「君に何がっ!」
「友よ、今は諍いに費やす時間はないぞ」
「答えなんて何処にも無い、勇者足るもの拠り所は自らで定めよ」
「…………勇者…………」
やはりラサーシャの様子がおかしい、なんというか覇気がない。そしてラサーシャの持つ槍から、何処かで感じた事のある気配がしている。
(何処だっけ、この肌を焼くような威圧感……何度か感じた事のあるような……)
「やっと着いたぁ……! ルト様ゲートが繋がりましたぁ!」
「押すな押すなおぎゃー!」
「ラベネから連絡が! ひゃあ!?」
「ルト様ゲルトに向かった子からうわぁっ!」
不意に扉が開いたかと思うと、様々な種族の魔物が雪崩れ込んできた。同じ扉から入ってきたのに、どうも入ってきた向きが違う。ここはやはり空間が捻じれているらしく、別々のところから同じタイミングで駆け込んで来たようだ。
「あははは、ルトちゃんモテモテだぁ」
「この子達は?」
「討魔紅蓮の一件以降、各地で保護した子や自分達からうちに加入した新入りさね」
「クロノ君の活躍もあって、うちの人員は日々増え続けているのだ、愛すべき同胞よ」
「まだ現場に出るのが危ない非戦闘員も、今は色んなところで細かいお手伝いで大活躍なのだ」
(一気に仲間が増えたのか、もしかして悪魔達はその隙を狙って流魔水渦に忍び込んだ……)
「何を考えてるか分かるけど、安心してねクロノ君? もう二度とあたいの愛を馬鹿にさせない」
「愛すべきうちの子達を利用した事は許さないし、気づけなかった自分はぶちのめした、後悔で足は止めない」
「挽回させてね、ルトちゃん頑張るからさ」
「……はい、信じてます」
「くぅ~! 推せる!」
「あの、各地のメンバーが鍵を使用しているんですが……」
「おぉっとそうだった! 頼むぜみんな! ミッションコリエンテスタートだぁ!」
「クロノ! なんかまたすぐに会えるっぽいからまたな!」
殆ど同時に扉から出たが、ラックの声が凄い勢いで離れていく。別々のところからゲートを潜るらしいので、クロノも慌ててその声に応じた。
「あぁ! 気を付けろよ!」
「大丈夫だ俺はつよいかr……」
「完全に声が途絶えた……」
「レヴィが言うのも変だけど、ここなんなのさ」
「ふっふっふ……ここはこの切り札の属する流魔水渦のアジトなんだぞ!」
「じゃあロクな場所じゃないね、嫉妬しないでおこう」
「なんでだっ! ちょっと大罪で強くて怖いからって生意気だぞちっちゃい癖に!」
「ボスがまともじゃなかった」
「うーん、反論できない」
「どっちの味方だクロノッ!」
「あのぉ……ゲートはこっちです……」
案内してくれる数名の魔物達は、大罪であるレヴィに怯えているようにも見える。まぁ少し前まで敵認定だった奴が味方ですなんてすぐに受け入れられるものではないか。
「大丈夫だぞお前達! こいつはやばい奴だけど今は切り札と友達なんだ!」
「友達じゃないよ」
「こんの……!」
「えっと、あの、セツナ様……?」
「なんだ!」
「私達の事は、ご存じでしょうか……前に一度挨拶をさせてもらったのですが」
「覚えてないぞっ!!! 本当にごめんなさいっ!!!」
「……お前こそ友達じゃないの? 本当に切り札っていう重要なポジなの? 良いとこないの?」
「最後の一言は要らないだろっ!!」
「セツナはちょっと特殊な体質で、一度眠ると記憶を失うんだ」
「……ふぅん?」
「だから今物凄い罪悪感で死にそうなんだ! 許して欲しい!」
クロノと共に過ごす事で記憶のリセットは理由不明ではあるが止まり、セツナ史上奇跡的な『思い出す』事も出来た。だが、やはり完全ではないのだろう。この子達の挨拶がいつあった事なのか分からないが、クロノの影響外で起こった出来事だと予測できる。
「良いんですよ、セツナ様の体質は聞いていますし」
「いつか覚えてもらえるよう、俺達も頑張りますから」
「ごめんなさい……」
「切り札って嫉妬出来ないポジだったかな」
「一々うるさいぞちっこいのっ!!」
「レヴィ元ドルイドだから小さいの仕方ないし、へっぽこ切り札に言われたくないし」
「へっぽこ切り札から脱するために努力中なんだから突っつくなこのーっ!!」
(なんだかんだ馴染んできてるな)
「流石流魔水渦の切り札……あの大罪と言い合ってる……」
新人から羨望の眼差しを受けているが、この争いに中身は驚くほど無い。
「君達はいつから流魔水渦に?」
「殆ど同期なんです私達、クロノ様が討魔紅蓮に勝った後からです」
「各地の流魔水渦メンバーに声をかけて、入れてもらったんだ」
「討魔紅蓮の一件後、流魔水渦は世界中で仲間を募集してたんでね」
「俺みたいな外見が怖い感じの魔物でも快く受け入れてくれて、ここは良い場所だよ」
そう言って笑う鬼人種の男性は、クロノよりかなり大きく確かに威圧感がある。だが、その笑顔は心からのものだった。ここは、本当に暖かい場所なんだろう。
「ルトさんって男も普通に入れるんだね」
「あはははっ! そこに驚く気持ちはわかる!」
「ルト様は『ちょっと』女の子が好きすぎるだけで……仲間達みんなに良く接してくれてますよ」
「だからこそ……今回の件でかなり傷ついています」
「クロノ様、セツナ様、魔を憎まず本質を見よとルト様は良く仰っています……憎しみは何も生まず、復讐は復讐しか生まない、存じているつもりです」
「だけど、犯した罪は償わないといけない」
「悪魔の奴等に、ガツンと喰らわせてやってくれよな」
「俺達はまだ戦闘員として数えられてないけど、仲間を傷つけられて頭に来てるんだ」
「だから、勝ってくれよな」
戦えない者達も、影で動いてる、頑張っている。仲間をやられて、心を痛めている。これは戦いなんだ、傷つくことからは逃れられない、綺麗ごとだけじゃ済みはしない。それを心に留め、それを踏まえて最高を目指す。諦めないからこそ、クロノは大きく頷いて応えた。開けた場所に辿り着き、流魔水渦の鍵の力で開いたゲートがそこにあった。
「必ず、最高の結果を持ってくる」
「この切り札に任せておけ! みろこの両サイドの頼もしい事!」
「はぁ、慣れ合うつもりはないけどね」
「レヴィにとっても譲れない戦いだから、仲間は返してもらうの」
「大体大罪組とか胡散臭いよ、レヴィ達は今も昔も道具じゃないよ」
「あぁ、悪者はぶっ飛ばして、大事なもんは返してもらおう!」
ゲートを潜り、クロノ達はコリエンテに向かう。気づいている者も居るだろう、気づいていない者も居るだろう。コリエンテには暗雲がかかっている、水面下で蠢くのは欲か悪意か。
「各地で準備は滞りなく進んでいます」
「でもでも、鼠が嗅ぎ回ってるですです」
「別に泳がせておけば良いんじゃないのかな、だって見てよ大罪組としてこんなに興奮する時ある? あった?」
悪魔達は集う、悪魔達は笑う、悪魔達は準備する、待ちかねた、焦がれた、自らが崇拝する欲の目覚める晴れ舞台。テーブルの上には一冊の本、それを見下ろす、三体の悪魔。
「随分と『こいつ』は担ぎ上げられてんだなぁ……どうだっていいが……」
「傲慢であれば強くなれるってんなら、この場の全てを踏み台にしてやるよ」
「ヒヒャハハ……僕達はその大罪を利用してるってのにねぇ……その僕達を利用しようとしてるんだねぇ……ヒヒャハハハ」
「君達は彼等が何をしようとしてるのか……知ってるのかなぁ……ヒャハハハ」
「さァなァ、悪魔である以上欲深いのは間違いねェけどなァ」
「お前等器も調子に乗ってると、中からひっくり返されるだろうよ、そいつ等の欲も大層なもんだからなァ」
「まァ、最後には全部ボクが綺麗に食い潰してやるよォ」
集いし大罪、捻じれた魔力に悪魔達は当てられるように高揚する。そんな中、テーブルの上の本は溜息をページの隙間から零す。面倒臭い、と。
その頃、コリエンテ行きの船の上では……。
「ルイン、目的地は決まってるの?」
「あー……悪い何も考えてない」
「何も考えないでこの船に乗ったんだ……」
「待ってくれ弁明を! えっと……確かに居ても立っても居られずあの場から逃げ出したけど……!」
「……あの子にまた会うわけにはいかないからな、俺は俺で俺探しだ……」
「だからルイン探しは良いけど何処に向かうのって聞いてるの」
「まぁ待て今思いついた、確かコリエンテには凄く頭の良いお姫様が……」
船上で語り合う少女と悪魔、彼等は気づいていない、自分達が監視されている事に。船に乗る前から、その目は少女を捉えていた。
「…………シャルロッテ、見つけた……!」
再会の時は、すぐそこだった。
同時刻、空。
「どうして私がこんな事を……!」
「ええやん暇しとるんやし、きっとおもろい事がワイらを待っとるでっ!」
「あーっ! 四天王なんざ辞めてやるーーーっ!!」
肩に謎の肉片を乗せ、セシルは速度を上げる。目的地は、コリエンテ。ピースは着々と揃っていく。平穏とはかけ離れた、とびっきりの騒動が始まるんだ。




